第12話 出立
二人の式から、一夜明けて。
元紅蓮の流星メンバー五人は、王都の東門前に集合していた。
「四年間、苦労もたくさんあったが、総じて見れば楽しかった。ありがとう。進む道は違うが、皆、達者で暮らせよ」
「元気でね。たまには手紙の一つも送ってね。そして、いつかもう一度くらいは、王都に戻ってきてよね」
ガーグさんとアーリアさんが、俺たち三人に笑顔を見せる。
しんみりとした別れは嫌なので、俺も笑顔で二人に宣言。
「王都には、いつかまた戻ってきます。そんときは、ガーグさんたちの子供に会わせてくださいね。アーリアさんに似ることを祈っていますよ」
うっせー、とガーグさんが苦笑い。他の面子もくすりと笑う。
そして、トーチカとロギルスも続く。
「また、必ず会いに来ます。家族三人……もしくは、もっと増えているかもしれませんね。皆さん、息災でいてください」
「王都も嫌いじゃないし、二人の子供も気になるし、またそのうち戻ってくるにゃー」
別れではあるけれど、これで終わりじゃない。
そう寂しがる必要もないさ。きっと。
「それじゃあ……本当に、パーティーは解散で、さよならだな」
ガーグさんの言葉に、皆で頷き合う。寂しさは押し込めて、力強い笑顔だけを浮かべておく。
「んじゃ、あたしはさっさと北に向かうにゃ。元気でにゃー」
最初に動いたのはロギルスで、特に未練も何もなさそうな、軽快な足取りで走り去っていく。馬を買うくらいの金はあるはずだが、自分で走った方が速い、と言っていた。
潔い去り際に苦笑して、でも、そんな別れが丁度いいなとも思う。
「……足、速いなぁ。流石獣人というべきか……。えっと、それじゃあ、俺たちももう行きます。とりあえず、トーチカの希望で、北東にある俺の故郷へ向かう予定です」
「レイリスの実家、見てきます。それでは、お二人もお達者で」
「おう。じゃあな」
「ん。またね」
軽く頭を下げて、俺とトーチカも歩き出す。なんだかんだ俺たちも徒歩で旅をするのは、その方が小回りが利いて楽だし、馬の世話も大変だから。荷物が多ければそれでも馬を用意したかもしれないが、収納バッグがあるのでその問題も解決済み。
門を出たところで一度振り返ると、二人はまだそこにいて、俺たちに手を振った。
俺も最後に手を振り、もう振り返るまいと決めた。
青い空と白い雲の下、風は穏やかで気温も丁度いい。魔王なんかもいない平和なご時世で、そういう意味でも絶好の旅日和だ。
「……始まりましたね、わたしたちの旅が」
トーチカの声は弾んでいるが、俺は少々気まずい気分。なぜなら。
「本当に行くのか? 俺の故郷なんか……」
「はい。わたしはとても興味があります。レイリスの生まれ育った村」
「なーんもねーところだよ」
「何もない場所なんてありませんよ。どこにだって、何かしらあるものです」
「あるのは畑と牧場と海くらいさ」
「ほら、あるじゃないですか。畑と牧場と海が。特に海はいいですね。わたし、実物は見たことないので」
「そうなのか? うーん……けど、海があったって、つまんねー場所だよ」
「そこにレイリスがいれば、つまらない場所なんて存在しません」
……まったく、トーチカはこっぱずかしいことを平然と言いやがる。可愛すぎだ。
気恥ずかしさを誤魔化すために、軽くおどけてみせる。
「おいおい。俺はそんな面白愉快な人間じゃねーぞ」
「そうですか? 結構面白いですよ? この前だって、間違えてわたしの下着を手ぬぐい代わりにしていたじゃないですか」
「そ、それは! お前が手ぬぐい代わりに下着を渡してきたんだろうが!」
「まさか、気づかないとは思いませんでしたよ」
「今までそんなことされたことなかったからな!」
「肌触りは良かったでしょう?」
「下着だからな! いい生地使ってるぜ!」
「ま、安心してください。流石に使い古しだと恥ずかしいので、そのときはまだ新品です。今はそれを着ていますが」
「新品だったのはいいが、最後の情報は余計だ!」
「わたしが着ているのが不満だ、と? 手ぬぐいとして進呈するべきでしたか?」
「んな話はしてねぇ!」
あははっ、とトーチカが綺麗に笑う。
恋人になって知ったが、トーチカは意外と悪戯好きで、俺をおちょくるのを楽しんでいる。俺を玩具にするつもりなら、トーチカは退屈しないだろうよ。
「とにかく、わたしはレイリスの故郷に興味があります。レイリスのこと、もっとたくさん知りたいんです」
「あ、そ。……何があっても怒るなよ?」
「大丈夫ですが、そんなに重大な事件が起きそうなんですか?」
「さて、ね。俺は……散々村の連中をバカにして故郷を出てきたからな。誰も俺の帰りなんて待ってないし、家族だって、俺の顔を見たら殴りかかってくるかもしれん」
「ふぅん。なら、わたしと似たようなものですね」
「え、そうなの?」
「そうですよ。わたしの場合、両親と喧嘩別れはしていませんが、故郷にあった魔法学校では、周りの人たちを散々バカにして退学しました。故郷に戻れば、一体何を言われることやら」
「……俺の故郷にいくなら、トーチカの故郷にも行っていいよな?」
「構いませんよ。何が起きようと、二人いれば最強ですから」
トーチカは自信満々。俺は妙にこそばゆい。
俺なんてただの剣士だぞ? それに、実のところ、トーチカの支援魔法がなければ紅蓮の流星の中では一番弱かった。他の面子が一緒ならともかく、俺とトーチカの二人では、最強とは言い難いな。
「俺を買いかぶるなよ? 自分の実力くらい、わかってるんだから」
「はぁ……」
「なんだ、その溜息は」
「レイリスが、なーんにもわかっていないことに呆れているのです」
「なんだ、そりゃ」
「最強なんですよ。わたしとレイリスが組めば」
「ふぅん」
「いずれわかりますよ」
そんな話をしながら、俺たちはひたすら歩いていく。
俺の故郷までは、最短で向かえば一ヶ月くらいで着くだろうか。ただ、故郷に行くことが目的ではなく、途中で色んな町を見て回るつもりだから、二ヶ月くらいは見ておくべきかな。
しばらく進み、王都も視界の彼方に消え去って、周囲には街道と平原しか見えなくなる。
「誰も見ていませんし、キスでもしませんか?」
「……唐突か」
「突然じゃありません。ずっと我慢してました」
「今朝もしたのになぁ」
「あれからどれだけ時間が経ったと思っているんですか?」
「言うほど経ってないぞ」
「ごちゃごちゃ言ってないで、立ち止まってこっち向いてください」
「へいへい」
立ち止まり、街道のど真ん中で見つめ合う。
トーチカがすっと目を閉じるので、いつもの流れでそっと口づけをした。
吹き抜ける風が心地良くて、気分壮快だ。
唇を離すと、トーチカが不満そうに睨んでくる。
「なぜすぐに終わらせるのですか」
「ええ……? ここ、街道だよ? モンスターだって出るんだよ……?」
「この辺りはまだ安全ですよ。モンスターが出るのはもう少し先です。そもそも、見える範囲でモンスターなんていないじゃないですか」
「……まぁ、ね」
「ほら。もっとちゃんとキスしましょう」
「……へい」
「わたしとのキス、嫌ですか……?」
トーチカが不意に自信なさそうにするので、俺は慌てて首を横に振る。
「そんなわけないだろ。男の子の複雑な気恥ずかしさを察してくれ」
「もう十八じゃないですか。あ、童貞だからそんなことを言うんですね。早くそんなのは捨ててしまいましょう。今からでも!」
「街道のど真ん中でできるか! ほら、もう、わかったから落ち着け!」
ふん、と鼻を鳴らした後、トーチカがまた目を閉じる。
一度きょろきょろと周囲を見回し、モンスターも人影も無いことを確認。すると、トーチカがぷふっと笑う。薄目を明けていたらしい。
「なんだよ!」
「なんでもありませんよ! 可愛らしいなと思っただけです!」
「うっせ! お前が堂々としすぎなだけだ!」
「恋人同士がキスをして何が悪いというのですか!」
「悪いとかじゃなくて……だからぁ!」
二人きりなのに、五人でいるときとさほど変わらない賑やかさ。
……楽しいとは思っているよ。俺だってさ。
それを素直に伝えるのは、気恥ずかしいというだけで。
結局、なんやかんやと言い合った後にディープなキスをしたわけだが。
恋人になったトーチカとの関係に慣れるには、まだ時間が必要かな。
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