第11話 結婚式
ガーグさんたちの式までの日々は、慌ただしく過ぎていった。旅立ちの準備を整えつつ、クエストをこなしていたら、時間はあっという間に過ぎていった。
俺とトーチカがこなしたのは主に塩漬け気味なクエストだったのだが、請負う者がいないクエストというのは、相応の理由があるもの。無駄に時間がかかるとか、敵が厄介だとか。
特別な薬草の採取は移動だけで半日以上がかかるし、近隣の山に大量発生していた各種虫型モンスターの駆除は気味が悪いからと避けられがち。
王都での最後の仕事と思っていなければ、俺とトーチカだってなるべく避けたいクエストだった。
そして、溜まっていたクエストを二人で片づけ終えたところ、わざわざギルドマスターの部屋へ呼び出された。
「王都内で一番頼りにしていたパーティーが解散してしまい、各メンバーも散り散りになってしまうのは実に惜しい。しかし、今までの功績には本当に感謝するばかりだ。ありがとう」
丁寧に頭を下げられて、俺とトーチカは困惑した。ギルドマスターはもう五十代くらいのいい歳で、立場も上。そんな人に頭を下げられる日が来るとは思っていなかった。
「Aランクパーティーは三つありましたけど、その中では俺たちは最弱って呼ばれてましたよ」
そんな風に言ってみたが、ギルドマスターはフッときざっぽく笑った。
「戦力だけの話なら、他の二つのパーティーの方が上かもしれん。しかし、ギルドとして最も信頼していたのはお前たちだった。
仕事は丁寧にきっちりこなし、多少面倒なクエストやうま味の少ないクエストでも引き受けてくれて、ギルド側や市民への配慮も忘れない。
日頃の態度も偉ぶったところはなく、クエスト外でもちょっとした困りごとは無償で解決していた。冒険者の良き手本になってくれていたよ。
冒険者に強さは必要不可欠だが、強ければ良いというわけではなく、何をしても許されるわけでもない。君たちがいてくれたおかげでスムーズにいくことは無数にあった。
王都に引き留めたいというのが本心だが……若い者の未来を奪うわけにはいかないな。良い旅になるよう、祈っているよ」
正直、俺はただガーグさんに引っ張られて、コツコツとクエストをこなしているだけだった。
誰かに感謝されることもあったけれど、こうしてギルドマスターにまで頭を下げられて、ようやく自分たちが割とたいしたことをしてきたらしいと気づく。
ただし。
「全部、ガーグさんの功績ですよ。俺なんかは、ガーグさんについてきただけですから」
「わたしもそうですよ。わたしやレイリスがしてきたことなんて、本当に些細なことです」
「……そんなことはない、といくら言ってもまだわからんだろうな。ガーグをガーグたらしめたのは、やはりお前たちのおかげでもあるのだが」
首を傾げる俺とトーチカを見て、ギルドマスターはガハハと大きな声で笑った。
それから、もう一つ。
「旅に出ると言うことは、王都に戻ることは当分ないんだろう。お前たちの挙式を見る機会がなさそうなのが、実に残念だよ」
そう言って、またガハハと笑った。
「わたしは今すぐ結婚でもいいんですけどね。もう少し待つことにします」
……はてさて、トーチカは俺のどこをそんなに気に入ったのかね?
自分の良さなんて自分ではわからんもんだ。トーチカがめっちゃ可愛いというのは、痛いほどにわかったけどな。
そして、その翌日。
晴天の空の下。
ガーグさんとアーリアさんの結婚式が、王都内の広場で行われた。
当初、広めの部屋を借りてそこで執り行う予定だったのだが、「そんなわけにはいかない」とギルドマスターに止められた。そして、その権力を存分に行使し、特別に広場を貸し切り状態にしたのだ。
ちなみに、結婚式は教会で行うことも多いのだが、ガーグ夫妻が「教会の世話にはならん」と宣言したので、教会とは距離を置いている。色々あって、冒険者と教会の仲があまり良くないのである。
さておき、急な式だったにも関わらず、そして、身内だけのこぢんまりとした式にしようとしていたにも関わらず、二人の式には数百人が集まった。人を集めたのはギルドマスターなのだが、かといってガーグさんに人徳がなければこれだけの人が集まるわけもない。
「……俺たち、もしかして想像よりもすごいパーティーだったのか?」
「みたいですね。目の前のクエストを淡々とこなしてきたつもりでしたが、いつの間にやら、随分と大きな存在になっていたようです」
俺のぼやきに、トーチカも驚きを隠せない様子で応えた。
「そんなことより……やっぱり綺麗ですね、アーリアさん」
「ん……だな」
視線の先に、随分と恐縮した様子のガーグさんと、晴れ姿のアーリアさんがいる。
やはりというか、当然というか、そのウェディングドレス姿はとても綺麗だ。純白のくせに、体の凹凸がはっきりしているため、随分と艶っぽく見えるのも魅力の一つ。
俺が見とれていると。
「……あと、五年待ってください。わたしも、ちゃんと大人っぽい体つきになりますから」
トーチカが少し悔しそうに呟く。
「……おう」
幼い体つきもそれはそれで可愛らしい。でも、大人っぽくなったトーチカを想像すると、より魅力的だと感じる。
今はまだ、トーチカに誘われようと、夜中に抱きつかれようと、自制心を働かせることができる。でも、体つきが変わったら、もう自制もできないだろうな。五年後なら、何も我慢なんて必要ないんだろうが。
式は粛々と進んで、広場はお祝いムードに包まれる。
二人が永遠の愛を誓い合う場面では厳かな雰囲気だったのも、だんだんと飲めや歌えやの大騒ぎに。
教会式の結婚式だったらどうか知らないが、こんなどんちゃん騒ぎが冒険者二人の結婚にはふさわしいように思う。
冒険者なんてものは、荒くれのきかん坊が大半。二人だって、性根はそっちだと言っていいはず。現に、バカ騒ぎの渦中の方が、生き生きとした表情をしている。
「アーリアさん、ドレス破かなきゃいいけど……」
冒険者の男性一人が「本当はずっとあなたが好きでしたぁ」とアーリアさんに告白したが、アーリアさんは「知らん」と蹴り飛ばしている。
「本当に。っていうか、せっかくのドレスが台無しですね」
「まったく」
「二人とも、なーにを傍観者決め込んでるにゃー? 二人の晴れ姿、あたしたちももっといじってやるにゃー!」
ロギルスに引っ張られて、俺たちはガーグさんたちの前に連れていかれる。
五人揃ってわちゃわちゃと雑談して、その最後に、俺、トーチカ、ロギルスの三人は、改めてガーグさんに頭を下げた。
「今日はおめでとうございます。そして、改めまして、本当に今までありがとうございました」
「返しきれない恩を、ありがとうございました。どうかお幸せに」
「色々ありがとにゃー。幸せに暮らせにゃー」
ガーグさんは照れくさそうに笑って。
「感謝したいのはこっちの方さ。今まで、いつまで経っても未熟者な俺について来てくれてありがとう」
深々と頭を下げてきた。
アーリアさんも、「今までお疲れ様。私からも、ありがとう」と夫に頭を下げた。
なんとなく、ああ、これで俺たちのパーティーは終わったんだな、と妙に納得した。
たぶん、数ある冒険者パーティーの中では、最良に近い終わり方だと思う。
いい四年間だった。本当に。
そんなことを思っていたら、トーチカがきゅっと俺の手を握ってきた。
トーチカは寂しげに、だけど綺麗に笑って。
これからまた、新しい何かが始まるんだな、と思った。
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