第10話 財産分与

 五人で食卓を囲み、俺とトーチカ、そしてロギルスが王都を離れて旅に出ることを伝えた。


「そっかー……。皆いなくなっちゃうなんて寂しいわね……」


 アーリアさんの表情が曇る。


「ま、仕方ねぇさ。王都って言ったって、世界の広さに比べれば狭っ苦しい鳥かごみたいなもんだ。家庭を持って落ち着く前に、色々と見て回るのも良い選択さ。並の実力者ならただ旅をするだけでも危険なもんだが、こいつらなら問題ない」

「あなたが、そうなるように育て上げたものね。本当にたいしたものだわ」


 アーリアさんの賛辞に、ガーグさんが照れくさそうにする。


「元々、磨けば光るやつらだったんだよ。俺は大したことはしていない」

「オリハルコンは磨くのが大変なのよ。普通の砥石じゃ、傷一つつきやしないんだから」

「む、むぅ……」

「照れてる照れてる」


 ふむ。

 二人のやりとり、雰囲気は特別に変化したわけでもないと思うが、二人がもう結婚間近だと思って見ると、ただのパーティーメンバーとは違った親しさがあるように思う。

 なるほどなるほど。俺が鈍感だと言われるのもこのせいか。


「それで、三人はいつ出立するんだ?」


 ガーグさんの問いに答えたのは、トーチカ。


「十日後を目処には、と思ってましたが、お二人が結婚するなら、式を見届けてからでもいいかなと思っています」

「式、か……」


 ガーグさんがまた照れくさそうな顔。


「俺たち、式、するか?」

「私は別にこだわらないよ。花嫁衣装の似合う女でもないし」

「いや、それは似合うだろ」

「似合いますよ」

「間違いありません」

「似合うと思うにゃー」

 

 四人に突っ込まれて、アーリアさんが顔を赤らめてしどろもどろ。


「に、似合う? 私に、ドレスみたいな女っぽい格好……」

「似合うな」

「絶対綺麗ですね」

「何故似合わないと思っているのかわかりません」

「素晴らしいお姫様の出来上がりにゃー」

「そ、そう、かな……」


 戦闘中は戦神のごとく勇ましいアーリアさんが、ドレスが似合う似合わないで赤面している。こんな一面は知らなかったな。めっちゃ可愛い。

 ここで、ガーグさんがポンと手を叩いて頷く。


「なかなか踏ん切りがつかなかったが、式、挙げるか」

「それがいいと思います」

「アーリアさんの晴れ姿、楽しみです」

「うんうん! 王都最後の思い出にふさわしいにゃ!」


 というわけで。

 俺たちの後押しもあり、ガーグさんとアーリアさんの結婚式が執り行われることになった。

 あまり俺たちの出立を遅らせるわけにもいかないと、早急に諸々の準備をして、十日後を目処に挙式ということになった。

 アーリアさんにはもう親も兄弟もいないが、ガーグさんは別の街に両親と妹がいる。通常だと片道だけで十日はかかる距離だが、ロギルスが飛竜便で迎えに行くことで間にあわせる。なお、急なことでも、特に都合がつかないということはないだろうとのこと。

 参列者は、俺たちパーティーメンバーと、多少関わりのある人たちくらい。総勢二十人くらいを想定。俺たち三人とガーグさんの家族が来られるなら、他は都合がつく面子だけで十分だそうな。

 ついでに、ガーグさんは、昼の間に冒険者ギルドに行き、冒険者を引退することとパーティーを解散することを伝えていたらしい。ギルド側は渋ったが、最後には認めてくれた。

 なお、どうやら近々引退する旨は事前に伝えていたらしく、ガーグさんは今後、ギルド職員として後進の育成に勤めるそうだ。


「今後、俺は冒険者じゃなく、ギルド職員になるわけだが……レイリスとトーチカに頼みがある。どうやら、雑多なクエストが溜まっているらしい。王都を離れる前に、それをちょいちょいっと片づけていってくれないか? 報酬として……俺が長年愛用してきた収納バッグをやるからさ」


 収納バッグ。空間魔法という希有な魔法がかけられていて、見た目はただのバッグなのに、一人暮らしの家一軒分くらいの荷物が収納できる。それのおかげで、俺たちも随分と楽に遠出のクエストをこなすことができていた。

 なお、パーティー全員で使うものだったが、所有者はガーグさんだった。


「え? マジですか? めちゃくちゃ欲しいです」

「いただけるなら本当にありがたいですね」

「むー、あたしが密かに狙ってたのににゃー」


 喜ぶ俺とトーチカに対し、ロギルスはやや不満顔。俺とトーチカも申し訳ない気持ちになる。


「あ、やっぱりロギルスに……」

「一人旅は大変でしょうし……」

「ま、いいにゃ。二人が結婚するときの、ご祝儀の前払いにゃ。別れたら寄越せにゃ」

「それなら、永久にわたしたちのものですね」

「即答できるトーチカがちょっと怖いにゃー。引っ込みがつかなくなるようなことがなければいいけどにゃー」

「大丈夫ですよ。何も問題はありません」

「レイリス、頑張るんだにゃ。これからは、トーチカの暴走を止められるのはレイリスだけだにゃ」

「お、おう……」

「別に暴走なんて……」


 こんな俺たちのやりとりを、ガーグさんとアーリアさんが微笑ましそうに眺めている。

 それから。


「ロギルス。お前にも手間かけさせちまうし、これをやるよ」


 ガーグさんが、テーブルの上に『金剛力の指輪』と『魔人の腕輪』を置く。

 前者は、装着した者の身体能力を大幅に強化してくれる逸品。物理戦闘を得意とするロギルスが持てば、かなりの戦力アップが望める。ガーグさんも愛用していた。

 後者は、魔法使い以外でも多くの魔法が使えるようになる便利な品。攻撃魔法については威力の上限があるけれど、回復や浄化、火起こしなども簡単にできるようになるので、旅の道中重宝するのは間違いない。


「にゃにゃ!? いいのかにゃ!?」

「ああ、やる。俺はもう第一線で戦うつもりもないし、遠出もしないつもりだ。俺が持っていても宝の持ち腐れになっちまう」

「ありがたくもらっておくにゃ! ガーグについてきて良かったにゃ!」

「……ものに釣られすぎだろ」

「にゃはは! 気にするなにゃ!」


 ロギルスも上機嫌になってくれて、俺とトーチカもほっと一息。


「ちなみに、クエストの報酬の一部をパーティー用として取っていたわけだが……」

「それはガーグさんたちにあげますよ」

「意義ありません」

「取っておけにゃ! どうせこれから収入減って大変だにゃ! お前たちにやるにゃ!」

「ありがたいが……いいのか? 結構な額だぞ?」


 気にするな、と俺たち三人が言うと、ガーグさんとアーリアさんが微笑み、頭を下げてくる。


「ありがとう。俺は、良い仲間を持てた」

「本当にありがとう」

「もらった分を返したまでですよ」

「そういうことです」

「そういうことにゃ」


 パーティー解散時には財産分与で揉めるというけれど、俺たちの場合は全くそんなことなかったな。

 こんなところを見ても、このパーティーはすごく良かった。

 四年前、ガーグさんに拾ってもらえた俺は、本当に幸運だったよ。

 話が落ち着いたところで、俺たちはお暇することになった。

 ガーグさんの家を出たところで。


「わたしたちも、あんな夫婦になりたいですね」


 トーチカがしみじみと呟いて。


「やれやれにゃ。二人のノロケなんて見てられないから、やっぱり一人旅が一番だにゃ」


 ロギルスが……ほんのりと寂しさの滲んだ声でこぼしていた。

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