第9話 恋人として

 トーチカのお買い物は、俺の想定の三倍くらいの時間がかかった。

 パーティーメンバーで一緒に買い物することくらいはあって、そのときは必要なものをささっと買って終わらせる印象だったのだが、プライベートでは違った。

 色んなお店を回りつつ、これいいな、あれいいな、と呟きはするものの、結局何も買わずにいることも多々あり、長々と時間がかかった。

 途中、俺が少々呆れているのに気づいたのか、トーチカは、「何かを買うことだけが目的じゃなくて、買い物をすること自体も楽しんでいるのです。そういうものなのです」と言ってきた。そういうものらしいので、俺は何も言わずにトーチカに付き添った。

 買い物の仕方については俺の理解の及ばない部分もあるのだろうが、トーチカが色々なものを見て、コロコロと表情を変える様を眺めるのは楽しかった。恋人効果とでもいうのだろうかね?

 さておき、とあるアクセサリー屋にて、俺は青い花型の髪飾りをトーチカに買ってやった。魔法効果も何もついていない、単純に可愛いだけのアクセサリーなのだが、トーチカはとても嬉しそうに微笑んだ。


「多少高くても、魔法効果付きのやつの方が良くないか?」


 尋ねると、トーチカはゆるりと首を横に振った。


「これでいいんです。魔法使いとしてのわたしじゃなくて、一人の女性としてのわたしを見てほしいですから」

「そういうもんかね」

「そういうもんなんです。今は、仲間としてじゃなく、恋人として、レイリスの隣にいたいんですよ」

「……さよか」


 なんとなくむずむずする気持ちを味わいつつ、お買い物は終了。

 程良く日も傾いた頃に、二人でガーグさんの家に向かった。

 ちなみに、昨日聞いた話によると、ガーグさんとアーリアさんは近所に住んでいて、頻繁にお互いの家に出入りしていたらしい。同棲まではしていなかったのは、パーティー内では恋人関係を秘密にしていたのと、仲間としての節度を保つためだったとか。意味があったのかは不明だ。

 そして、今後はもう関係を隠す必要も、節度を保つ必要もないので、同棲を始めるのだとか。


「そういや、あの二人、いつ結婚すんだろーな」

「近々結婚すると思いますよ。もう妊娠もしているんですし」

「……式を見届けてからの出発にするか?」

「それもいいかもしれません。焦る旅ではありませんし」


 そんな話をしていたら、ガーグさんの家に到着。ちょうどロギルスもやってきたところだった。


「にゃあ、二人とも。半日で破局とかはなかったみたいだにゃー。トーチカ、良かったにゃー?」

「そんなことにはなりませんよ。お互いのことはだいたいわかっているのですから、今更幻滅も何もありません」

「そうかにゃー? 仲間として接するのと、恋人として接するのはまた違うからにゃー。レイリス、この半日でも結構疲れたんじゃないかにゃ? トーチカの印象もいつもと違ったんじゃないかにゃ?」

「印象は確かに違ったけど、いつもより可愛いなと思っただけ。それに、普段の活動量に比べれば、買い物程度で疲れはしないよ」

「そっかそっか。それは残念だにゃ」

「なんで残念?」

「おっと、なんでもないにゃ。それより、レイリスがさらっといつもより可愛い可愛いとか言うから、トーチカがさらに可愛くなってるにゃっ」

「あん?」

「よ、余計なことは指摘しなくていいんです!」


 トーチカの方を見ると、淡く頬を染めている。


「……赤面する女の子って、反則的に可愛いよな」

「レイリスも何を言ってるんですか!」

「にゃはは! 男のくせに、そうやって素直に女を褒めるのはいいことにゃ! 末永く幸せにやっていくにゃ!」

「ん……。ま、俺がトーチカに愛想尽かされるまでかもだけど」

「そんなことにはなりませんよ。レイリスのダメなところなんて、今まで散々見てきました。それでもいいと思えているのですから、愛想を尽かすなんてありえません」

「そこまで自信満々に言われると、俺としてはちょっとプレッシャーというか……」

「そんなの感じる必要はありません。レイリスはレイリスであればいいんです」

「さよか」

「さようです」


 談笑していると、ふと玄関のドアが開いた。


「……玄関前でいつまで話してるんだ。用があるならさっさと入ってこい」


 ガーグさんが呆れ顔で俺たちを招き入れる。


「にゃはは! お楽しみのところに突撃しようと思ったのに、何もしてないのかにゃ!」

「アーリアは妊娠中だ。下手なまねできるかよ」

「そっかそっか! レイリス、そのときが来たら、ガーグを見習うにゃ!」

「それは、まぁ……」

「っていうか……ほほう。そうかそうか。お前たち、ようやくそういうことになったか」


 ガーグさんが、俺とトーチカの繋いだ手を見て、にやりと微笑んだ。


「ようやくって……。ガーグさん、トーチカの気持ちとか、知ってたんですか?」

「気づいてなかったはお前くらいのもんだ。ま、どっちになるか内心楽しみにしてたわけだが……」

「どっちになるか? 付き合うか、付き合わないかってことですか?」

「おおっといけね。今のはなんでもない。忘れろ」

「はぁ?」

「ほら、早く入れ。ついでに飯も食ってくか? アーリアが用意してるぞ。お前たちはまた夕方にでも来るだろうってさ」


 アーリアさんも、俺たちの行動パターンは読めているわけね。

 四年間というのは、そういう時間なんだろう。

 お互いの全てを知るには短すぎるけれど、言わなくてもわかっちまうことがたくさんできるほどの時間ではある。

 ガーグさんの案内で、俺たちは室内に入っていく。

 この家に来るもの、あと何回だろうな。

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