第7話 デート
旅に出ると決まったところで、俺とトーチカは出発に向けて動き始めることにした
何はともあれ、パーティーメンバーに旅に出ることを報告をしたいと思ったのだが、すぐには居場所がわからない。普段なら次の集合日程を決めてから解散するのだけれど、今回は次の予定を話さなかった。
おそらく夕方には各自家にいるだろうということで、昼の間にはトーチカとデートすることになった。え、デートなの? 旅の準備は?
「二人きりで過ごしたこともありますけど、恋人として一緒に街を歩いたことはありません。王都にいるのもあと僅かですから、レイリスと一度ちゃんとデートをしたいです」
とのこと。
俺は昨日と同じ格好だが、トーチカはおしゃれに気を使った可愛らしいドレス姿になった。白を基調とし、フリルも散りばめられた代物で、可愛さと綺麗さを両立した逸品。劇的に似合っていたのは言うまでもない。
リビングにて、着替えを終えたトーチカが、頬を赤らめながら俺をちらちら見る。俺もたぶん、赤面気味だと思われる。
「ど、どうですか? 変ですか?」
「……全然変じゃないさ。似合いすぎて怖いくらい」
「……褒めてるんですよね?」
「当然だ」
「なら、いいです。まぁ、レイリスが普段着なのはアンバランスですけど、正直普段の格好が一番似合うので、良いと思います」
「おう。これで勘弁してくれ」
「……勘弁してあげますから、出発前にぎゅってしてください」
トーチカが両手を俺の方に差し出す。何この可愛い生き物。本当にトーチカなのか?
断る理由はないので、トーチカに近づき、ぎゅっと抱きしめる。トーチカの両腕も俺を包んだ。
はふぅ、とトーチカが幸せそうな吐息を漏らすので、反応しなくていいところが反応しそうになっちまったい。
「……このまま一日中過ごすのもありですね。まぁ、立ちっぱなしは辛いので、ベッドで過ごしたいところですが」
「……トーチカ、なんだかダメ人間になってきてないか?」
「レイリスがそうさせるのです」
「俺のせいか……」
「全てあなたのせいです。わたしが、こんなにも満たされてしまうのは」
トーチカが可愛すぎるので、少しだけ腕の力を強める。俺もトーチカを離したくない気分になってきた。胸が一杯で苦しいのに、幸福感が強い。
しばらくそうしていたら、トーチカが手を離す。
「……そろそろ行きましょうか。抱き合うのは夜でもできますし」
「ん。だな」
ようやく、二人で街に繰り出す。なお、デートではあるのだが、念のため俺は剣を帯びているし、トーチカも杖を手にしている。最近ではあまりないが、街角でチンピラに絡まれることもあるので、無防備で出かけることはない。
そして、商店の集まる南区に向かおうと一歩踏み出したところで。
「……手を、繋ぎませんか?」
「お、おう? い、いいけど、なんか恥ずかしくない? 顔見知りも結構いるし……」
王都に住み始めて四年ほど。しかも、解散したとはいえ、Aランクパーティーに所属していた俺たち。パーティーメンバー以外にも知り合いはたくさんいるので、俺とトーチカが付き合い始めた感じを見せつけるのはなんだか気恥ずかしい。
「なんですか。わたしが恋人だと恥ずかしいというんですか。見た目が若すぎるからですか」
「変な方向に話を持って行くなって。恋人とか、初めてだし……。気恥ずかしいだろ、そりゃ」
「気にする必要はありません。どうせあと少しで街を離れるのですから」
「ん……まぁなぁ」
俺がおずおずと左手を差し出すと、トーチカがすぐに右手を繋いでくる。指の間に指を入れる、恋人同士がよくやるあれ。
「へへ。じゃあ、行きましょうか」
「……おう」
トーチカよ。顔を赤らめて幸せそうに微笑むのは止めてくれ。俺、悶え死にしそうだから。
さておき、手を繋いで歩いていると、ご近所の男どもから妙に視線が集まる。
「おや? あの二人、そういう関係だったのか?」
「何!? 不可侵の天使、トーチカちゃんが、レイリスと付き合い始めたのか!?」
「ふざけるな! 僕の方が先に好きだったのに!」
「天使がついに人妻に……っ。なんてこった! 神はどうしてそこまでして俺を苦しめたいのか!」
……知ってたけど、トーチカって大人気なんだよな。
見た目は可愛いし、実力はあるし、性格も良い。愛想を振りまくタイプではないとしても、クールな態度ながら困っている人がいればすぐに助けに入る優しさがある。
紅蓮の流星というAランクパーティーのメンバーというのもあり、王都でもよく知られた存在。
人気が出ないわけないし、早期に王都を出るのは主に俺にとって良い選択かもしれない。闇討ちとかされたら面倒だ。
「くおぉのおおおおおおおおおお! 俺のトーチカちゃんをぉおおおおおおお!」
おっと、闇討ちじゃなく、真っ昼間から俺を襲ってくる大男がいた。見覚えがあるどころか名前も知っていて、Dランク冒険者のドンザだ。性格に難有りの荒くれ冒険者で、さほど実力もないのに俺たちにしょっちゅう喧嘩を売ってきていた。
トーチカを気に入っているのはわかっていたが、トーチカが俺と手を繋いでいるだけでここまで激高するとは……。
「お前のトーチカじゃないだろうが……」
ドンザは両手で剣を振りかぶりつつ、真正面から俺に向かって駆けてくる。
殴ろうとするだけならまだしも、真剣で同業者を襲ったら冒険者資格剥奪もありうるけど、いいのか?
「なんて、のんびり構えてもいられないか。悪い、トー」
「
トーチカが温度のない声で唱えると、ドンザの下半身が瞬時に氷に覆われ、その場から動けなくなった。
「なに!?」
「さ、レイリス。早く行きましょう。こんなのを相手をしている暇はありません」
「……おう。いいけど、トーチカって結構思い切りがいいよな」
「相手は真剣を使って襲ってきてるんですよ? それなら、こちらから攻撃することをためらう理由がありません」
「……ごもっとも」
「あ、おい、こら! 待て! そこのクソ剣士! 俺のトーチカちゃんをどうするつもりだ!?」
「お前のトー」
「うるさいですよ。わたしとレイリスが何をしようが、あなたには関係ありません」
「トーチカちゃぁああん!」
ドンザの叫び虚しく、トーチカは俺の手を引いてぐいぐいと進んでいく。
と、そこで、ドンザが最後の抵抗とばかりに俺に向けて剣を投げてきた。
俺の着る
「
またもトーチカが魔法を行使し、突風に吹かれた剣はドンザの方に戻っていった。そのまま剣身がドンザに突き刺さりそうになったが、ドンザが白刃取りすることでことなきを得た。ドンザならあれくらいは受け止めると思っての反撃だろうが、トーチカもなかなか過激な防衛をするな。
「ってか、多少は俺の出番を残しておいてくれてもいいんだぞ?」
「……そうですね。ただ、せっかくのデートを邪魔されて、少し苛立ってしまったもので……。また何かあれば、レイリスを頼りますよ」
「おう。任せろ」
ドンザがまたトーチカの名前を呼ぶ声がするが、完璧に無視して俺たちは仲睦まじく歩いていく。
好きな相手に振り向いてもらず苦しむ姿に、男として同情しないでもない。でも、だからってやっていいことと悪いことはあるわけで、いちいち気にかける必要もないだろう。
気を取り直し、俺はトーチカの手をきゅっと強めに握った。
さらに強い力で握り返されて、ちょっとだけ気恥ずかしくなった。
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