第5話 添い寝

 可愛らしすぎる笑みに見とれていると、トーチカは恥ずかしそうに視線を逸らした。


「それで……どうですか? わたしと、付き合ってくれますか?」

「……えっと」

「まだ考える時間が必要なら、わたしは待ちます。急な話ですからね」

「悩む余地は……たぶん、ない」

「と、言いますと……?」


 トーチカが側にいるとドキドキする。あの笑顔をまた見たいと思う。恥じらいを含んだ表情を愛おしく感じる。

 これは、世間一般的に、恋と呼ばれる類の感情に違いあるまい。

 だったら。


「俺、トーチカと付き合うよ。俺も……トーチカのこと、たぶん、好きだ」

「たぶん、ですか? 確信に至らない理由はなんでしょう?」

「その……俺、誰かを恋愛的に好きになるって初めてでさ。これが、恋? なのかなぁって……」

「ふぅん。ということは、レイリスは、わたしとキスをして、わたしを好きになったということですか?」

「たぶん。あとは……」

「あとは?」

「……いや、なんでもない」


 笑顔が素敵過ぎた、なんてセリフを口にするのは、俺にはまだハードルが高い。


「なんでもないですか……?」


 トーチカはふむむと思案顔。

 だが、すぐに気を取り直して。


「まぁ、今はいいです。それに、そのふわっとした感じも今は仕方ないでしょう。これからはっきりさせていけばいいだけの話なので、問題ありません」

「……ん」

「へへ。とにかく、今からわたしたち、恋人同士ですね? すごく、嬉しいです」


 トーチカが俺にピタリと身を寄せて、肩に頭を乗せてくる。また、俺の右手を、トーチカの両手が包み込んだ。トーチカの手、こんなに柔らかくて温かかったのか……。それに、ふわっと良い匂いもしてきた。き、緊張するぜっ。


「お、おいおい。くっつきすぎじゃないか?」

「なーんでですか。恋人なんですよ? 何かおかしなことありますか?」

「えっと、ない、のかな」

「ありません。わたしはレイリスが好きなので、できるだけくっついていたいんです」

「そ、そうか」

「レイリスは、わたしにくっつかれるの、不快ですか?」

「そんなことは全くない。ありえない」

「ふふ。良かったです。できることなら……わたし、もっとレイリスとくっつきたいんですよ?」

「も、もっと?」

「そう。もっと」

「け、結構くっついてると思うけど?」

「もう……わかってるくせに。直接口にした方がいいですか?」

「ええとぉ……」

「……少しだけ、遠回しに言います。寝室に行きませんか?」


 トーチカが冗談やノリだけで言っているとは思われない。こういうときにふざけるやつではない。となれば、トーチカは本気なのだろう。

 この段階に来れば、俺だってトーチカが何を言っているのかはわかる。

 トーチカと……え、す、するの? 本当に? つい最近まで、ただの仲間と思っていた相手と? 男女としてのあれこれを、二人で経験しちゃうの? そんなことが起きてしまっていいの?

 何も返せず固まる俺。そして、トーチカが小さく溜息。


「……戦闘と違って、いざというときの思い切りの良さが足りませんよ。せっかくこっちから誘ってるのに」

「……面目ない」

「こういうの、むしろ男性の方から誘うのが一般的だと思いますよ?」

「……申し訳ない」

「ま、レイリスのしょうもないところも含めて、わたしは好きです。惚れた弱みというやつで……今夜は、添い寝だけしてくれませんか?」

「そ、添い寝?」

「本当はもっとしてほしいことがありますけど、今夜は我慢します。一緒に寝てくれるだけで構いません」

「……眠れる気がしないな」

「眠れないなら、することしてもいいんですよ?」

「……すまん。それは、心の準備が……」


 トーチカは可愛い。見た目は少々幼いが、年齢的にはちゃんと大人だし、男女のあれこれをしたい気持ちはある。

 でも、やっぱりまだ気持ちが切り替わっていないのを自覚している。頼れる仲間が、いきなり恋人になって、さらに男女の営みをしてしまうのには抵抗がある。


「わかりました。無理強いはしません。でも、したくなったらいつでも言ってください。わたし、待ってますから」

「……ん」

「さ、それでは就寝の準備をして寝室に行きましょう。添い寝の方がくっつけるので、わたしは早くベッドに行きたいです」


 トーチカが俺の手を引いて立ち上がる。


「わたしは着替えますが、レイリスはどうします? 裸で寝ますか?」

「おい、さりげなく変なことを言うな。着替えはないけど、とりあえず上着とか脱ぐから、あとは魔法で俺の体と服を綺麗にしてくれ」

「仕方ないですね。わかりました」


 というわけで。

 諸々の就寝準備を終えたら、俺は防刃、防魔法効果のある黒曜狼の衣など上着を脱ぎ捨てる。それからトーチカに浄化魔法をかけてもらった。

 トーチカは別室で着替えを済ませ、長袖のワンピースのような白い肌着姿になった。まだ未熟な体ながら、それはそれでとても魅力的で扇情的で……。


「そ、その格好で寝るのか?」

「何か変ですか? 夜の格好としては一般的だと思いますけど?」

「ううん……」


 トーチカがにやにやしている。寝間着としては一般的とはいえ、自分の姿が扇情的であることは理解しているのだろう。

 そして、自分の胸元をぺたぺと触って。


「……大人の女性らしい魅力は足りないですけど、あと五年もすればちゃんと大人の体つきになります。母はスタイル良かったので、期待していいですよ?」

「お、おう……」

「ま、ある意味今の容姿は貴重です。そのうち見られなくなりますから、早めに見ておいた方がいいですよ?」

「み、見ておく……」

「膨らみかけ、というのも、男性的には魅力の一つでしょう?」


 トーチカが意地の悪い笑みを浮かべる。

 そりゃ、そういうのも、悪くないけど、さ。ねぇ?


「ふふ。さ、早く行きましょう。寝室は二階です」


 トーチカに手を引かれ、二階の寝室へ。

 当たり前だが、一人用のベッドが鎮座していて、俺はごくりと唾を飲んだ。


「……その気になったら、わたしはいつでも歓迎ですからね?」

「……んむ」


 導かれるままに、俺はトーチカと同じベッドに入った。

 入った途端にトーチカが俺にがっしりと抱きついてきて、落ち着かないことこの上ない。

 いつも見ているだけだったトーチカの華奢な体……。こんなにも柔らかで滑らかで温かだったんだな……。それに、控えめながら確かに女性の膨らみがあることも感じられて、気持ちよい。

 俺が硬直していると、トーチカがすんすんと俺の首もとの匂いを嗅いでくる。


「な、なんだよ」

「浄化の魔法は、体を綺麗にしすぎるのでもったいないですね。もっとレイリスの匂いを堪能したかったのに」

「……どんな性癖だよ」

「これくらいは普通だと思いますよ? 好きな人の匂いは嗅いでいたくなるものです。逆に、レイリスはわたしの匂いが嫌いですか?」

「……たぶん、好き」

「ちょっと恥ずかしいですけど、嗅ぎたかったら嗅いでもいいですよ?」

「い、いいの、か?」

「いいですよ。代わりに、わたしもレイリスの匂いを堪能します」


 トーチカがさらに俺に身を寄せて、くんくんと鼻を鳴らす。なにこのエロい状況。

 ドキドキしながら、相変わらず硬直することしかできない俺に、トーチカが不満そうに言う。


「……何もしないんですね。わたしに興味ないですか?」

「……めっちゃあるけど、もう頭が一杯一杯だ」

「情けない人です」

「まったくだ」

「でも、やっぱり好きです」

「……トーチカがこんなにデレデレしてくる人だとは思ってなかったよ」

「わたしも、自分の中にこんなにも女の部分があるとは思っていませんでした。自分でも戸惑いますけど……わたし、レイリスとこうしていられるの、すごく幸せです」

「……それは良かった」

「ずっと、ずっと、ずっと、一緒にいたいです」

「……ん」

「今すぐ、結婚しようとかそういう話をするつもりはありません。ただ、わたしがそういうつもりでいることは、知っておいてください」

「……ん」

「眠れそうですか?」

「無理」

「ごめんなさい。クエストの後で疲れているはずなのに」

「んにゃ……心配には及ばん。今回のクエストはさほど大変じゃなかった。移動の方が辛かったくらい」

「確かに移動の方が辛かったですね。では……わたしも眠れそうにないので、もう少しお話をしましょう」

「……ん」


 それから、俺とトーチカは、特筆したことのないしょうもないおしゃべりをした。

 しょうもない話のくせに、俺はトーチカと話すのが楽しくて、幸せで、心地良かった。

 関係の変化にはまだ慣れない。でも、トーチカとずっと一緒にいたいという気持ちは芽生えていたから、恋人として馴染むのも時間の問題だろうなと思った。

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