第4話 キス

「……レイリスは、バカです」

「らしいな」

「……でも、とてもひたむきで、強くなることに一生懸命で、手にした強さでたくさんの人を助けて、そのくせたいした見返りも求めず、優しくて、仲間思いで、今では礼儀も身につけて……良い青年になったと思います」

「お、おう……。突然褒められると恥ずかしいな」

「……覚えていますか? まださほど仲間として上手くいっていなかった頃。

 わたしがモンスターに攻撃されそうになったとき、レイリスは身を挺してわたしを守ってくれましたね。『助けてくれなんて言ってない』と突っぱねたわたしに、『助けるな、なんて言われた覚えはない』とレイリスは言いました。『だったら、次は助けなくて構いません』とわたしが言うと、『俺はお前が嫌いだから、つまらん命令に従う理由なんてない』と返されました」

「……まぁ、そんなこともあったな」

「あのとき……わたしは、レイリスに負けた気がして、悔しかったんですよ。レイリスはバカでしたけど、仲間というものの本質的な部分を理解していて、わたしは自分が情けなくなりました」

「ほほー。それは初耳だ。けど……そうか、あのくらいから、ちょっと風向き変わったかな。喧嘩は絶えなかったが」

「ふふ。本当に、くだらないことでたくさん喧嘩をしましたね。思い返すと本当にバカバカしいことばかり。

 でも……そうした幼いやりとりのおかげで、わたしは自分の素の感情をさらすことができて、同時に、レイリスの素の感情を知ることができたと思います」

「ん……かもな」


 さて、この話はどこに向かっているのだろうか?

 怪訝に思い、首を傾げる。


「始めは、レイリスが嫌いでした。世間知らずで、わがままで、バカで、めちゃくちゃで。

 だけど……ガーグさんの指導のおかげもあって、少しずつ成長していくレイリスを見ていると……嫌いだったことを、いつしか忘れていました」

「……そうか。俺も似たようなもんかもな」

「嫌いだったはずで、一生レイリスとはそりが合わないと思っていたのに……。何を勘違いしたんでしょうね。

 まだまだ未熟な部分があるとはいえ、成長して、強くなって、優しさを身につけたレイリスのこと……」


 トーチカが、そこで一旦言葉を切る。

 顔は真っ赤で、俺の方をちらりと見て視線を逸らす。

 あれ? この雰囲気って?

 そして、一度深く息を吐き、それからまた大きく吸ってから。


「わたし、レイリスのこと、好きなんです。他の誰と別れが訪れようと、レイリスとだけは、ずっと一緒にいたいです。わたしと、共に生きていきませんか?」


 トーチカの告白に、俺は急速に体が火照るのを感じる。

 え? え? え!? トーチカ、マジで俺に告白なんてしてるの? ただの仲間じゃなかったの? いつも、冷静な態度で俺に接してなかった? そんな恋する乙女の顔、初めて向けられたんだけど?


「あ、え、と……」


 なんと答えればいい? 想定外過ぎて言葉が上手く出てこない。思考も上手くまとまらない。


「……レイリスが王都に残るなら、わたしも残ります。けど、レイリスが、王都にも、冒険者にも、さほど執着がないのなら、わたしと共に旅をしてみませんか? そして……今すぐとは言いません、将来の話ですが……わたしと、結婚、しませんか?」

「ええ、と……」


 なんだこの状況は! パーティーが解散になって、ガーグさんとアーリアさんに子供ができたって話があって、そしたら、今度は俺がトーチカに告白されるだと!?

 これは急展開過ぎるだろ!


「……今すぐに返事をしてほしいとは言いません。ただ、一度真剣に考えてほしいです」

「……うん。それは、考える」

「ありがとうございます」


 トーチカが紅茶を口に含む。容姿だけはまだ十三、四歳くらいだけれど、中身はしっかりと十八歳。顔を真っ赤にしながらも、その動作は大人びている。

 もう、出会った頃のような子供じゃない。

 俺もトーチカもまだまだ子供だろうけれど、何もわからない子供じゃ、ない。

 大人としての思考も持った上で、トーチカは、俺を好きになってくれて、想いの丈をぶつけてくれた。

 ……少し、考える時間が欲しい。

 今の状況に、理解が追いついていない。

 トーチカは仲間だと思っていて、恋人にすることなんて考えたことはなかったのだ。

 今までとは全く違う見方を、トーチカに対してできるのだろうか?

 例えば、トーチカと……キ、キスをする、とか?


「……トーチカは、お、俺と……恋人になんて、なれるのか?」

「……なれますよ。だから、告白したんです」

「恋人って言ったら、あれだぞ? こ、恋人みたいなあれとかこれとか、するんだぞ?」

「そうですね。もう幼い子供じゃないんですから、何も問題ないでしょう?」

「……俺と、キスできるのか?」

「できますよ。今からしますか?」

「ええ? い、今から?」

「はい。今から、です」


 トーチカが席を立ち、俺の隣の席にやってくる。椅子をずらして、俺にぴたりと身を寄せた。

 俺を見上げるその顔は、相変わらず赤い。緊張も、恋心も、しっかりと感じ取れた。


「……わたしは、レイリスが好きです。だから、キスだってしたいです。……それと、わたしが部屋に招いたのは、つまり……そういうことでもあります。これ以上は、流石に言わなくてもわかりますよね?」

「……たぶん」

「キス、しませんか? レイリスが何かに迷っているのなら、わたしとキスをして、それから、どうするかを決めてもいいですよ?」

「……順番、逆じゃね?」

「気にする必要はありません。誰も、恋愛の正しい順番なんて決めてはいないんですから」

「……ごもっとも」

「初めてですから、優しくしていだけると、嬉しいです」


 トーチカがそっと目を閉じる。綺麗な顔。長いまつげ。通った鼻梁。柔らな頬の線。

 近くで見ると本当に可愛い。そんな子が俺を求めていると思うと、たまらない気持ちになる。

 キス、してもいいのか? 本当にいいのか?


「……ん」


 迷っていると、トーチカが急かすように顔を僅かに動かす。

 いい、んだろうな。このまま、キスをしても。

 俺だって、トーチカのことは、決して嫌いなんかじゃない。むしろ、好き、だ。

 心臓の痛みに耐えつつ、トーチカに顔を近づける。

 キスの作法なんて、知らない。

 俺はただ、そっと……トーチカと、唇を重ねた。

 今まで感じたことのない柔らかさを唇に感じて、なんだか頭の中が爆発したようになって、キスを味わうと言うより単に硬直したような時間が過ぎて……わけわからないまま、俺は唇を離した。

 俺、キスをしたのか?

 半信半疑で、直前の記憶も曖昧。

 頭がぼぅっとする。

 ただ、うっすらと目を開いたトーチカは、とても嬉しそうに、恥ずかしそうに、花のような笑みをこぼした。


「へへ……キス、してしまいましたね」


 ……可愛すぎて胸が痛い。トーチカよ、笑顔で俺を殺す気か?

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