第3話 昔話

 錯乱魔法を使われたわけでもないのに、仲間に頭をかち割られそうになることしばし。

 ようやく気が済んだらしいトーチカが、俺を先導して歩いていく。

 向かう先はトーチカの家で、王都の東側にある住宅街。商店で賑わっている南区からは徒歩で十分ほど。夜はまだ肌寒い初春だが、歩いているうちに体も温まるだろう。

 トーチカはぷりぷりしているが、小柄な身長も相まって、その後ろ姿は相変わらず可愛らしい。聖白竜の衣というローブもよく似合うし、見た目がもう少し大人っぽかったら俺の好みだったと思う。

 惜しい気もするが、基本的にパーティー内では余計な恋愛感情を持つべきではないと思うし、丁度いいのだろう。

 そんなことを考えていたら、トーチカの家に到着。木造の二階建て一軒家、尖った屋根が特徴的。一人暮らしには少々広すぎる印象だが、実力から考えると家賃は安いくらいだろう。


「……どうぞ」


 ようやく口を開いてくれたトーチカが、玄関のドアを開けて俺を招き入れる。


「おう。お邪魔するよ」


 俺が室内に入ると、トーチカが魔法で明かりを灯す。俺は魔法をほぼ使えないから、気軽に明かりを灯せるのが羨ましい。

 トーチカの家に入るのは初めてだが、年頃の女性の部屋らしい、しゃれた内装に感心してしまう。テーブルに民族的なクロスがかけられていたり、花瓶に花が差してあったり、家具も意匠が凝っていたり。俺の部屋なんて、生活に必要なもの以外をそぎ落としているから、見ようによっては殺風景だ。

 リビングからは別室に向かう扉と、二階への階段も見える。あとは、キッチンもあるな。


「……あまりじろじろ見ないでください。別に見られて困るものは置いていませんが、なんか恥ずかしいです」

「おっと失礼。それで、話って?」

「……とりあえず、お茶でもいかがですか?」

「いいね。もらうよ」

「用意しますから、座ってください」


 指示に従い、大人しく部屋の中央に置かれたテーブルに着く。

 うーん……しかし、夜に女性の部屋を訪ねるって落ち着かないな。いくらただの仲間だとしても、妙にそわそわしてしまうぜ。

 少し待つと、トーチカが花柄のカップに入った紅茶を持ってきてくれる。

 俺に一つと、自分にも一つ。よい香りが室内に満ちる。

 そして、トーチカは俺の正面に座った。


「ありがと」


 礼を言って、紅茶を口に含む。紅茶の美味しさはよくわからないが、悪くない。


「美味しいですか?」

「俺に訊くなよ。酒とお茶はよくわからんっていつも言ってるだろ?」

「そうでしたね。あなたに訊いたわたしがバカでした」

「皮肉か」

「お、それがわかる程度には知恵をつけたんですね」

「またバカにしやがって」

「褒めているんですよ? 四年前は、本当に剣を振り回すことしかできませんでしたから」

「……まぁな。俺は剣士で、強ければいいと思ってたから」


 今となっては、本当に恥ずかしい話。


「レイリスも、強いだけでは周りを傷つけたり、誰かに利用されたりするばかりだと知りましたか」

「ああ、それはもうわかってる。だから、あんまり昔のことを蒸し返すな」

「文字も読めず、自分の名前すら書けませんでしたもんね」

「だーかーらー、もう昔の話はいいだろ! ド田舎出身の喧嘩が強いだけの小僧なんてそんなもんなんだよ!」


 ド田舎には学校なんてものはないし、文字を書ける人だってごく少数だった。俺が特別にダメだったのではなく、文字がわからない方が普通だったのだ。


「いやはや、レイリスにお勉強をさせるのは大変でした」

「……あくまで昔話をするつもりか? 言っちゃなんだが、トーチカだって生意気な小娘って感じだったぞ? 『文字すら書けない猿が人間を名乗るなんておこがましいですよ? 人間に憧れるのはわかりますが、森に帰ってキィキィ鳴いている方が良いのではありませんか?』とかな」

「そ、それは! わ、わたしもまだ幼かったんです! 忘れてください!」

「忘れらんねーなぁ。こいついつかぶん殴る、って誓ったものだったよ」

「……じゃあ、殴っていいので忘れてください」


 過去の自分に羞恥があるのか、トーチカは赤い顔で視線を逸らす。


「いやいや、そんな昔の話で殴らねぇよ。あのときはムカついたが、トーチカにはずっと助けられてきたからな。一人だったら死んでたような傷を治してもらったこともある。

 俺があのときのことを忘れらんねーのは……いい思い出になっちまってるからさ。思い出す度に笑っちまうよ」

「……そうですか。まぁ、あまり思い出してほしくないことですが……。もういいです」

「それで、わざわざ俺を部屋に招いてまで、何の話がしたかったんだ?」

「それは、えっと……」


 思ったことは割と率直に言うトーチカが、珍しく言い淀んでいる。


「え、なに? そんなに言いにくいこと? 俺が実は謎の呪いにかかってて、もうじき死んじゃうとか?」

「……違います。呪いなんてかかってませんし、かかっていたとしても全力で解呪します」

「それは頼もしい。じゃあ、どんな話?」

「……レイリスは本当にバカですよ。急かさないでください」

「むぅ。ここでも俺は何かダメなことをしているのか。わけわからん。何がダメなのかはっきり言ってくれ。じゃないと俺はわからん」

「堂々と言うことじゃないですよ」

「丁寧に頭下げるか?」

「必要ありません。レイリスはそういう人です」


 はぁ、とトーチカが溜息。

 今までのどんなトーチカとも違う雰囲気だが……一体どうしたんだろうな?

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