第2話 夜道

 突如始まったパーティーの解散式は、比較的早めに終わった。アーリアさんが身重のため、その体を気遣ったのだ。

 そして、ガーグさんとアーアリさんを部屋に残し、他の三人は部屋を後にした。

 空はすでに暗いが、王都の夜は魔法の街灯のおかげでかなり明るい。そのことに、初めて王都を訪れたときには随分と驚いたものだった。

 道を歩けば、深夜まで開いている居酒屋なんかもあって、冒険者らしき人たちがぐだ巻いている。俺の人生が大きく動いた今日でも、この光景は変わっていない。

 大通りを歩きながら、一緒に歩く二人に声をかける。


「なぁ、パーティー解散すっけどさ、二人はどうする? この三人でまた別名義のパーティー組むか?」


 俺の問いかけに、真っ先に答えたのは獣人のロギルス。


「ごめーん、あたしはこのメンバーで冒険者パーティーを組むつもりはないにゃー」

「あ、そうなの? ……お、俺がいるから、か?」


 初期はロギルスによく思われていなかったみたいだし、俺なしでトーチカとロギルスだけなら組むのかとも思ったが。


「そんなわけないにゃー。今のレイリスは好きだにゃー」

「そ、そうか。良かった。なら、なんで?」

「あたし、自由気ままに旅をしてみたいんだにゃ。王都での暮らしは楽しかったけど、ずっと同じところに居続けるのはちょっと飽きたにゃ。

 もともと、里を飛び出してきたのも、外の世界で色んなものを見たいっていうのが動機にゃ。

 紅蓮の流星クリムゾン・スターとして活動してる限りは王都に残ってもいいと思ってたけど、解散するなら、あたしはまた自由な旅に戻るにゃ」

「そっか……。ロギルスが旅立っちまうなんて寂しいな」

「……レイリスが望むなら、一緒に来てもいいにゃよ? 冒険者として成り上がるのを焦る必要もないだろうしにゃ?」

「うーん……その選択もなくはないか……。ちなみに、トーチカはどうする? ロギルスを見送って、俺と二人でパーティー組んで頑張るか?」

「……それも悪い話ではありませんね。ただ、実のところ、わたしも旅をしてみたいという気持ちがあります」

「あ、そうなの?」

「はい。わたし、世界中を見て回るのが夢の一つだったんです。

 世界は広く、未知のもので溢れています。王都も面白いところでしたが、もっと色んな世界や魔法を見たいんです。だから、どちらかというと、旅をしたいです」

「そうだったのか……。案外、二人の知らないことってたくさんあるんだなぁ……」


 皆、冒険者として成り上がりたいのだと勝手に思っていた。それが、それぞれにやりたいことがあり、それぞれの幸せがあるのだと、今更痛感させられる。


「ただ……」

「ん? ただ、なんだ?」

「……レイリスが王都に残るというのなら、わたしも王都に残ります」

「え? なんで? トーチカの実力があれば、一人旅だってできるし、ロギルスについていっても大丈夫だろ?」


 俺の疑問に、トーチカはすぐには答えてくれない。銀髪で隠れ気味だが、その頬と尖った耳がほんのりと赤いような……?

 そこで、ロギルスが俺の頭を強めにべしん。


「レイリスは相変わらずバカだにゃ! トーチカにここまで言わせて、なんにも気づかないなんてありえないにゃ!」

「へ? は? な、何に気づいてないって?」

「ロギルス、止めてください。レイリスは本当に鈍感でバカなんです。もう、そんなことにわたしはいちいち腹を立てません」

「でもにゃー。近くで見てて、すっごいじれったいにゃー。レイリスをぶん殴りたくなるにゃー」

「……今、殴られたけどな」

「当然の報いにゃ。で、レイリスはどうしたいにゃ? 残って冒険者頑張るにゃ? トーチカと一緒に旅に出るにゃ?」

「ん? 旅に出るなら、トーチカだけじゃなくて、ロギルスも一緒じゃないのか?」

「三人旅もいいけど、あたしはやっぱり一人旅にするにゃ。トーチカに恨まれたくないにゃ」

「……恨まれる?」


 ロギルスが再び俺の頭をべしん。痛いぞ、マジで。


「全く、これだからレイリスはいつまで経ってもレイリスにゃ。あたし、今日はもう一人で帰るにゃ。旅に出るときはまた改めて知らせるにゃ。あとは二人で話せばいいにゃ」


 そう言って、ロギルスは駆け足で去ってしまった。

 残される俺とトーチカ。どういう状況なんだ?


「えっとー……」

「レイリス」

「なんだ?」

「少し、二人で話をしたい、です」

「ああ、今、二人だぞ」

「……大通りじゃなく、他に誰もいない場所がいいです。……そうですね、わ、わたしの部屋に、来ません、か?」

「へ? トーチカの部屋に? いや、成人した男が、一人暮らしの女性の部屋に気軽に行くべきじゃないっていう常識くらいはあるぞ?」


 いくら俺が女心に疎いとか鈍感だとか言っても、一般常識くらいは持っているのである。ただのバカではないのである。

 そのはずなのだけれど。

 ちょっとふくれっ面になってしまったトーチカが、杖で俺の頭をぽこん。


「もう! どれだけバカなんですか! 流石に怒りますよ!?」

「ま、待て、これ以上殴るな! 結構痛いんだから! 俺の何がダメなのかを言ってくれ! 話せばわかる!」

「話せば、わかるでしょうけどー! その話をするために、わたしの部屋に来いって言ってるんですよー!」

「な、なんだよ! どういうことなんだ!?」

「とにかく、レイリスは黙ってわたしの部屋に来ればいいんです!」


 トーチカが力一杯杖を振り回す。魔法で攻撃してこないので本気で俺を痛めつけたいわけじゃないだろうが、杖で殴られれば当然痛い。止めてほしい。っていうか、トーチカの杖は『月守つきもり宝樹ほうじゅ』っていう高級品だぞ? 壊したらどうするんだ?


「わ、わかったから! もう振り回すの止めてくれ!」

「ふん! レイリスはバカ過ぎます! 剣士だからって、剣の扱いが上手ければ良いというわけじゃないんです!」

「そ、それはわかってるって」

「わかってません! なーんにもわかってません!」


 トーチカがなおも俺に向かって杖を振り回してくる。

 俺の何がそんなにダメだったのか……。


「避けないでください!」

「避けるだろ! 防御力高くても、痛いもんは痛いんだから!」

「むー!」


 やべ、むくれてるトーチカ、ちょっと可愛い。でも当たったら痛いから杖は避ける。

 本当に、何をやっているんだかな……。

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