第1話 円満解散
ほぼ二日かけて移動し、夕方頃に王都フローラロードに戻った俺たちは、クエスト達成祝いで豪勢な食事をした。
普段なら俺とトーチカ以外は酒を飲むところなのだが、珍しくガーグさんとアーリアさんは酒を飲まなかった。
程良く食事と談笑を楽しんだところで、ガーグさんが不意に真剣な顔になり、「大事な話がある」と言い出した。そして、食事処で話すことでもないというので、一旦その場を後にし、ガーグさんの自宅に移動した。
ガーグさん宅のリビングにて、パーティーメンバーの五人がテーブルに着くと。
「実は、
ガーグの言葉に、俺は驚きを隠せなかった。
地道に実績を積み重ね、ようやくここまで来たのに、解散してしまったら今までの長い努力が無駄になってしまう。
「リーダー、何故ですか!? 俺たち、ようやくAランクになれたんですよ!? それなのに、この状況で解散だなんてどうかしてます!」
俺が勢い込んで尋ねると、ガーグさんは申し訳なさそうに眉を寄せる。
「皆も、今解散なんておかしいと思うでしょう!?」
ガーグさん以外の三人の様子をうかがうと、何故かかなり冷静だ。これはどういうことだ?
困惑していると、左隣のトーチカが俺を見て溜息を一つ。
「……レイリスは本当に鈍感ですね。わたしは、近々そうなるのではないかと思っていましたよ」
「は? なんで? どういうこと?」
意味がわからず、槍使いアーリアさんと双剣使いの獣人ロギルスを見る。
アーリアさんはガーグと同じように申し訳なさそうにしていて、ロギルスはカカと愉快そうに笑っていた。
「……ごめん、レイリス」
「レイリスは男だからなーんも気づかんにゃー」
「……どういうこと? 俺、何か見落としてた?」
これでも、パーティーメンバーのことはなにかと気にかけているつもりだった。体調が悪いとか、怪我とかは見落としていなかったはず。
キョロキョロと皆の様子をうかがう俺に、トーチカがようやく答えをくれる。
「アーリアさん、妊娠しているんですよ。ガーグさんの子供を、ね。今回の遠征中も、そんなそぶりが見えました。確信はなかったのですが、このタイミングで解散なら、そういうことでしょう」
「……は?」
妊娠、してる?
え、どういうこと?
いや、その前に。
「……妊娠以前に、二人ってそういう関係なの?」
「にゃはは! レイリスは本当にバカだにゃー。この二人、一応隠してはいたけど、恋仲だなんてのは普通気づくにゃー。お互いに対する態度が、他の人に対するものと微妙に違うにゃー。
もちろん、二人ともあたしらのことも大事にしてたから、びみょーな違いだったけどにゃー」
「わたしもロギルスも、アーリアさんたちから何かを聞いたわけではありません。でも、パーティーとして一緒に過ごしていれば、これくらいは気づくものですよ」
「そ、そう、なの? マジで? 俺、そんなに観察眼なかったの?」
「ないにゃー」
「……観察眼がないというより、素直なのでしょうね。お二人が隠しているから、素直に騙されたんです」
「……マジかー。情けないというかなんというか……」
パーティーメンバーのことはよくわかっているつもりだった。しかし、そんなことは全くないのだと突きつけられた気分だ。
「にゃはは! ま、レイリスの鈍感クソ野郎ぶりは、今に始まったことじゃないにゃー。とにかく、アーリアは妊娠してるから戦線離脱して、そのまま引退。これを機にガーグも冒険者引退、ってとこかにゃー?」
「……俺、鈍感クソ野郎なの? いや、それより、アーリアさんが妊娠しているとはいえ、ガーグさんまで引退する必要はないんじゃ……いてっ」
突然、トーチカに杖で殴られた。
「な、なんだよ!?」
「ガーグさんが、まだ引退するほどに衰えていないのは事実でしょう。しかし、わたしたちが普段請け負うのは、相応に危険が伴い、かつ、比較的時間のかかるクエスト。
となれば、ガーグさんは身重のアーリアさんの側にいられなくなりますし、アーリアさんもガーグさんがちゃんと帰ってくるか不安を抱えて過ごすことになります。
それなら、もうここですっぱりガーグさんも引退し、なるべく安全な仕事をしつつ、アーリアさんと共に過ごす時間を確保するのは、良い判断です。
少なくとも、女性としては、ガーグさんの選択を賞賛したいところです」
「……なるほど」
言われてみれば、そうだよな。
色々と大変な時期に、旦那が側にいてくれないというのは、例え豪傑のアーリアさんでも心細いだろう。
アーリアさんだって戦線を離れれば普通の女性なのだということを忘れていた。情けないことに。
俺は日頃から冒険者視点でしか考えていなかったけれど、他の人が皆、そうというわけじゃないんだよな。
「……わかりました。ガーグさんとアーリアさんがパーティーから抜ける。そして、五人揃ってようやくAランク認定されるこのパーティーでは、二人が抜けたら
三人でも
仕方ないな、と思う。俺はまだ若いし、冒険者として活躍したいという気持ちが強い。でも、それを他人に押しつけるわけにはいかない。ガーグさんにも、アーリアさんにも、他の皆にも、それぞれの幸せの形があるのだ。
深く息を吐く俺に、ガーグさんが頭を下げる。
「悪いな、レイリス。若いお前の夢を妨げるようなことになってしまって」
「止めてください。俺はガーグさんのおかげで強くなれました。
無防備に敵に突っ込んでいくばかりだった俺を根気よく指導してくれましたし、パーティーとしてのそれぞれの役割についても教わりました。人としてのまっとうな生き方も学ばせてもらいました。
ガーグさんと出会わなければ、俺は今頃モンスターのクソになって散らばっていたか、うだつの上がらない下級生冒険者止まりだったでしょう。
ガーグさんは、俺にとって命の恩人であり、人生の師です。
ガーグさんがここまで導いてくださったこと、決して無駄にしません。俺は俺の道を、これからも走り続けます。そして、ガーグさんとはまた違った夢を、自分の手で叶えます」
「そうか。……うん。その言葉が聞けて良かったよ」
強面のガーグさんの目に、ふと涙が浮かぶ。おいおい、と俺は動揺してしまうが、他の面子はただ温かく見守るばかり。
「私としても感慨深いわね。本当に、出会ったばかりのころのレイリスは、血気盛ん過ぎて率先して死んでいくタイプだったもんね。トーチカとも喧嘩ばっかりだったし」
「……わたしも、何度見捨てようと思ったことかわかりません」
「傍迷惑な新メンバーだったにゃー。こっそり毒でも盛って強制的に冒険者辞めさせようかと思ったこともあるにゃー」
「え、俺、そんなにやばかった? 迷惑でしかなかった? お、俺、結構必死で戦った記憶もあるんだけど……?」
そんなに疎まれていたというのはショックだ。……確かに、身勝手な行動で迷惑をかけたことも少なくはなかったと思うが……。
凹む俺に、涙目のガーグさんが笑いながら言う。
「そう気を落とすな。実のところ、尖っていたのはお前だけじゃないんだ。出会った当初は、皆それぞれに問題児だったんだぞ?」
「え、そうなんですか? ちょっとその話聞かせてください!」
「例えばアーリアは……」
「あら、私がなんですって?」
アーリアさんの声が急速に冷える。ガーグさんも顔をひきつらせた。
「……いや、なんでもない」
「ふふ。おかしな人」
アーリアさん、笑顔がとっても怖いです。
そして、ほんの少しだけ笑顔の温度を上げ、眉を寄せつつ、アーリアさんが俺たちに言う。
「……そういうことだから、このパーティーは今日で解散とさせてもらうわ。これからっていうときに、本当にごめんなさい。私とガーグは冒険者を引退するけれど、皆はそれぞれの道で頑張っていってね」
「わかりました! 頑張ります!」
「わかりました。そして、お二人の幸せを心から祝福しますよ」
「お幸せににゃー」
これで大事な用件が終わり、その後は賑やかな談笑が始まった。
パーティー解散は寂しいけれど、この四年間で培ったものは俺の中で生きている。
想定した道ではないとしても、これからも俺の道は続いている。何も問題はない。
そうだよな?
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