第四章 デッドヒート

「ひぃっ・・・・ひぃっ・・・ひぃっ・・・・。」

僕は全力を出した、出し切っていた。


汗に霞むゴール、第二走者に向かって握りしめたタスキを届けるために。

でも、奴の方が一歩、いや、半歩早かった。


別に最後のゴールでもなく、単に途中経過が1秒ほど、僕の中学校が遅れていただけのことだったんだけど。


僕は悔しくて、悔しくて・・・。

電柱の影で、何度も自分の膝を叩いていた。


彼女に、僕の天使にプレゼントしたかったんだ。

区間賞を。


君のチョコのおかげで勝ち取ったんだと。

そう、誇らしげに言いたかったんだ。


空しくも僕の望みは絶たれた。

それでも僕達の中学校は優勝して、地区大会の小さなトロフィーを持ち帰った。


僕は少しの無念さはあったけど、石井さんが待つ教室にドキドキしながら向かっていた。

だけど、そこには予想もつかない喧噪が待っていた。


「ひゅー、やるじゃんっ・・・・。」

「誰だろう、書いたやつ・・・。」


男子生徒の学ランの黒い固まりが掲示板を取り巻いていた。

僕はそれをいぶかし気に見ながら、席に向かった。


「ご苦労さん・・・。」

担任の先生が、ねぎらいの言葉を投げてくれた。


「みなさーん・・・席についてくださーい・・・。」

大きな声に生徒たちはガヤガヤしながら席についた。


「たった今、報告があり我が中学校は駅伝で地区大会の優勝をしました。」

「おおぉー・・・。」


歓声と拍手が舞い上がる。


「クラス委員の彼は第一走者で二位をとり、優勝に貢献したのですっ・・・。」

先生の言葉が終えると同時に拍手が沸き上がった。


僕は照れながら視線の中で彼女を探していた。

だけど、石井さんはうつ向いたまま顔を向けてくれなかった。


不思議に思っていたけど、放課後に彼女と話すことを思い浮かべ、僕は興奮していた。

クラブでの今後の県大会のスケジュールの確認等で呼び出され、再び教室に帰ったのは一時間以上も過ぎたころだった。


石井さんが待っていてくれるか少しは期待してたけど、誰もいない教室に僕の肩は切なくうなだれた。

仕方ないことだと苦笑しながら、机の中をまさぐった。


せめて今夜は彼女の手紙を何度も読み返しながら、幸せを噛みしめたかったのだから。

でも、何度探しても手紙は見つからなかった。


残されていたのは包みに入っていたチョコレートだけだった。

可愛いイラストがある「ペロペロキャンディー」型のチョコだった。


ブランドの高いチョコではなく、スーパーでも買える安いもの。

でも、その時の僕にとって世界で一番、美味しいチョコレートだった。


何故、手紙が無くなっていたのかは深く考えなかった。

もしかしたら、明日、教室のどこかに見つかるかもしれないと思ったから。


『この手紙を書きながら、私の心は何だかフワフワしています。』

冒頭の一行は今でも覚えていている。


『君は、どんな曲が好きなのかな?私はユーミンが好きです。』

二行目を読んで、僕はユーミンが好きになったんだ。


明日は石井さんと、どんな話をしようか。

僕は駅伝の疲れがあるにも関わらず、中々眠れない夜を過ごしていった。



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