第三章 約束

『ぜ、絶対・・・見ちゃあ・・・だめっ・・・よ・・・。』

石井さんの言葉が、僕の脳裏に何度も繰り返されていた。


くすぐったいほどのトキメキが僕の胸の中で、エンドレスにリピートされていく。

僕は誘惑には勝てず、彼女が去った教室で一人、手紙を開いた。


そこには、丁寧に綴られた文字が整然と並べられていた。

あの頃流行っていた丸文字ではなく、書道を習っていたに違いないキッチリとした楷書だった。


『この手紙を書きながら、私の心は何だかフワフワしています。』

一行目を読んだだけで、僕の心は宇宙の果てまで飛んで行った。


大げさでは無く、そう思ったんだ。


考えてもみてよ。

中学二年生、14歳の男の子が経験している恋なんて。


よほどマセタ奴以外は、テレビや漫画の中でしかない筈だ。

それをしかも、大好きな女の子からの手紙の中で見つけたんだ。


僕の心は歓びで爆発しそうだった。


『君は、どんな曲が好きなのかな?私はユーミンが好きです。』

そこまで読んで、僕は手紙を丁寧に畳み封筒におさめた。


今、読むのが勿体なく思えたからだ。

明日、駅伝の試合が終わってから二人で読もう。


僕はそう思い、封筒と包みを僕が座る机の中に入れた。

かばんの中に入れて家に持ち帰ると、きっと誘惑に負けて読んでしまいそうだから。


人生の中で一番、嬉しい瞬間だった。


大好きな天使から貰った、生まれて初めてのラブレター。

僕は家までの途中で、明日がバレンタインデーだと、やっと気づいた。


そう、あれが僕の初めての。

バレンタインチョコレートだったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る