第二章 生徒会

用紙が配られ、僕と石井さんは右手と左手で持ちながら内容を確認していた。

くっつきそうなオデコと、甘いシャンプーの香りが僕の胸をときめかせた。


石井さんはクールな女子で、恋愛対象になるとは今まで意識もしなかったのだけど。

今年クラス委員になり二人、生徒会でよく一緒に過ごすようになった。


あの頃の中学二年生の男子なんて。

恋愛など、漫画の中でしか知らない。


だから石井さんの二重瞼が切ないほど綺麗だなんて、少年のボキャブラリーには存在しなかった。


今でも思い出すたびに5ミリはあったかもしれない厚い目蓋は、艶めかしく僕の記憶の中に残っている。

化粧をしている筈もない中学生の彼女の唇はピンク色で、男とは全く違う妖しい印象を僕に投げかけていた。


地味な紺のブレザーだったけど胸元の紐リボンが愛らしいと、あの頃の自分と同じように今、思い出している。

そう、僕は彼女が好きだったんだ。


でも14歳の中学生が告白するなんて、あの頃は想像すらできなかった。

愛らしい天使の顔を思い浮かべながら、布団の中でいたずらをするくらいがせいぜいだったんだ。


今の若い人達からすると滑稽なエピソードだろう。

ネットをクリックすれば情報が氾濫しているのだから。


それでも、僕は言いたい。

知らないことが幸せだったのだと。


わずかな知識で追い求める性。

他愛無く取り込める幼い心は、それでも掌に弄ぶのではなく包んであげたくなる。


そうだ。

あの頃の純情な気持ちに戻って、彼女を、天使の顔を思い浮かべたい。


14歳の僕の心に重ね少女の顔を思い出している。

そして、その透き通る声も。


「明日、放課後に時間・・・ある?」

上目遣いの瞳が、いつも以上にキラキラと僕の心に迫ってきた。


生徒会が終わった放課後の教室は二人だけの空間だった。

夕日が窓越しにオレンジのグラデーションを見せていた。


「う、うん・・・。」

唾を飲み込むのか、返事なのか分からない呟きを僕は返していた。


「あの・・・・。」

俯いた頬が、ほんのり赤くなったのは気のせいだろうか。


「ちょっと・・・・。」

後の言葉は聞き取れなかった。


僕は聞き返す勇気がないまま、返事をしていた。


「駅伝・・・試合が終わって帰るのが午後・・・三時くらいになるけど・・・・。」

時間の計算を頭の中でしながら、たどたどしく言った。


「それなら・・・・先に・・・これ・・・。」

彼女が恥ずかしそうに一通の手紙と小さな包みを渡してくれた。


「は、恥ずかしいから・・・試合が終わってから・・・見て・・・。」

俯いた肩が震えているのが分かった。


「ぜ、絶対、見ちゃあ・・・だめっ・・・よ・・・。」

泣きそうな表情に僕は素直に逆らえない気持ちになった。


「う、うん・・・。」

受け取った封筒を握りしめ、僕の声も震えていた。


「じゃあ、明日・・・。」

石井さんは教室の入口まで駆け寄ると、振り返った。


「駅伝・・・頑張ってね・・・。」

微笑んだ口元から白い歯がこぼれていた。


クラスの中でも目立って白い肌が、真っ赤に染まっていた。

僕はその顔が凄く、美しいと思った。


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