赤とピンクのシクラメン

@amano188

第1話


山下は相澤と仲良くなんてないし、話したことすら無い。なんなら相澤は嫌いな部類に入るタイプの女だった。肌が白くて可愛いし、いっつもニコニコしてるし、皆と仲いいし、家族旅行にもよく行くらしい。”愛されてる人”って感じがムンムンに出てて、それが苦手だった。

そんな奴が今、目の前にいる。それだけならそこまで問題ではない。状況が問題だった。相澤は客で、私は店の人間。ここがファミレスとかだったら良かったかも知れないが、現実は男女どちらも入ることのできる風俗店。男女どちらも入れると銘打ってはいるものの、実際に女性の客が来るなんて一ヶ月に一回あるかどうか。その一回が高校の同級生だなんて、どんな確率なのか。



「ダメじゃん山下さん。ここ風俗だよ?未成年なのに働いていいの?」

「は?そんなこと言ったらアンタもだろ。なんで風俗に来てんだよ。しかも相手は女だぞ。」

「あはは、確かにダメだね。じゃあこの事はお互いに秘密ね?」


やっぱり苦手だ。この余裕のある明るい感じ。それにしても、こいつが風俗に来るなんてどういうことなのか。風俗に来る客の大体は、性欲を満たしたいだけのアホと、寂しくて誰かに一時的でもいいから愛を貰いたいアホのどっちかに分類できる。彼女はどちらも足りてるはずだ。まぁ風俗なんかで働いてる私のことをバカにしに来たとかそんな所だろう。


「で?なに?なんでここに来た訳?」

「実はね、山下さんがここで働いてるの知ってたんだ。」

「は?なんで知ってんだよ。」

「んーいや、知ってたっていうのはちょっと違うかな。お店のサイトみてたら見つけたって感じ。」


やっぱりそうか。風俗店のサイトを見てたら私を見つけて、それを皆に言いふらしたいがためにわざわざ店に入って指名までしてきたって訳だ。

いや待て、そもそもなんでこいつは風俗店のサイトなんか見てたんだ?


「ちょっと待って、風俗店のサイトを見てたってこと?なんで風俗のサイトなんて見てんの?」

「あーうん。女の子とセックスできるところ探しててさ。そしたら山下さんがこのお店のサイトに居て。もーびっくりしちゃった。」

「いや、え、アンタってレズなの?」

「いや、んーどうなんだろう。恋愛対象が無いっていうのが一番いいのかな。私誰のことも好きになれないんだ。男の子も女の子も。男の子に関しては無理なんだよね、男性恐怖症ってやつ。」


なるほど、と思った。コイツは思った以上に変なヤツだ。普段男子ともニコニコ喋ってるくせに、男子が苦手なのか。まぁそれなら恋愛対象が無くなるのも分からなくはない。


「それにしたって、なんでウチの店に来た訳?別にレズな訳じゃないんだろ?しかもわざわざ私のこと指名してさ。意味分かんないんだけど。」

「まぁそうなるよね。私ね、恋愛対象が無いって言ったけど、別に性欲が無い訳じゃないんだ。でも、男性恐怖症でしょ?そうしたらもう女の子とするしかないじゃん?それで女の子が女の子の相手してくれるお店を調べてたの。そしたらプロフィール写真に山下さんが居て、指名して来たってこと。」

「ふーんなるほどね。」


早い話、セックスがしたいけど男とはできないからうちに来たってわけか。てことは、こいつは性欲を満たしたいだけのアホだった。少し特殊だけど。


「最後にひとつだけ聞かせて。なんでわざわざ私を指名したの?そんなことしても気まずいだけだろ。」

「あのね、私、山下さんのこと勝手に仲間だと思ってるんだ。仲間というか、憧れかな?だから山下さんをサイトで見つけたとき本当に嬉しかったんだよ。」


「は?まじで意味分かんないんだけど。分かった口きかないで。」


気づいたら口に出ていた。私とコイツは全く違う。私には愛してくれる人なんて居ない。父親は酒を飲んでパチンコをして暴れるだけ。母親は小さい頃に他の男を作って出ていった。学校にも友達なんて居ない。放課後は生活費のためのこのバイトがあるから遊ぶことなんてないし、何より皆私の荒れた家庭状況を知っていて避けているからだ。

でもコイツは、家族にも同級生にも愛されてるじゃないか。何が仲間だ。気持ち悪い。

もうコイツとは喋りたくないし、店長を呼んで帰ってもらおうかと考えていたら、相澤が落ち着いた声で話し始めた。


「私ね、実は母親から暴力受けてるんだ。そんなふうに見えないでしょ。意味わからない理由で殴られたり、髪引っ張られたり。しかもね、お父さんもお母さんが連れてきた再婚相手なんだよね。もう本当にお母さんにメロメロみたいで。だからお母さんの味方しかしないんだ。本当のお父さんは会ったこともない。あと、同級生とも仲良く見えるでしょ?でもね、本当はあの中の数人に強請られてるんだ。私中学の時に万引きしことがあってね、それを知ってる子が高校にも何人かいてさ。バラされたくないならお金払ってって。私も、どこにも身寄りがないからさ。お金払ってでも友達が欲しいんだよね。」

「だからね、ひとりで稼いでひとりで強く生きてる山下さんの事、ずっと憧れてたんだ。」


そうやって私の顔をみる彼女の顔は、さっきまでの明るい笑顔とは違って全てを諦めた末の笑顔のような、そんな感じがした。

うまく返事ができずに俯いていたら、プレイ(のはずだった)が始まってから30分を知らせるベルが鳴った。

あ、延長、と言いかけた瞬間に、彼女は立ち上がり、元の明るい笑顔で「じゃ、今日は帰ろうかな。ありがとう、山下さん。」と言って部屋を出ようとした。


「待って。私、アンタの相手したらシフト終わりだったから、店の外で待ってて。」

気づいた時には口走っていた。本当は次の客が来る予定だった。


店長には体調が悪いと適当にウソをついて店を出た。店の外にいた相澤の腕を掴んで足早に歩き始めた。相澤の腕はとても細くて、やっぱりコイツのことは嫌いだと思った。


「ねえ、どこいくの?」


不思議そうに相澤が聞いてきた。


「ラブホ」

「言っとくけど、金とるからね。あと、別にアンタの話聞いて同情した訳じゃないから。」


うん、とだけ返事をした相澤の顔を横目に見たら、少し嬉しそうな顔をしていて不覚にも可愛いと思ってしまった。ほんとうにコイツのことは嫌いだと思った。




ラブホテルに入ってすぐ、山下は相澤を押し倒した。別に話すは必要ないと思ったし、多分話しかけられても無視していた気がする。

相澤の服を脱がせて、自分も服を脱いだ。相澤は何か言いたげだったけど、そんな事どうでも良かった。相澤の奇麗な白い肌には、数え切れないほどの痣があった。

山下はそれを見て、自分が今どうしようもない怒りの瀬戸際にいることに気づいた。こんな痣を作ったコイツの親に対する怒りなのか。金を脅し取る同級生への怒りなのか。それともそんな事をひた隠しにして明るく生きているコイツに対する怒りなのか。山下には分からなかった。でも、なぜだかそのどれでもないような気がしていた。



相澤と交わっている間に、山下はこの怒りが自分の不甲斐なさに対するものだと理解した。理解した途端、怒りは後悔や悲しみに変わり、山下は涙を流していた。


「ごめん、私。全部知ってたんだ。相澤がお金取られてる事とか、親から暴力受けてる事とか。全部知ってたのに、知らないふりしてた。そんな環境でも明るくて奇麗な相澤が羨ましくて。でもそれと同じくらいムカついてて。嫉妬してたんだ、私。下らない理由で相澤を助けなかった。本当にごめん。」


相澤は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに「そっか、大丈夫だよ」と言って山下を抱き寄せた。


山下は相澤の優しさを全身で感じながら口を開いた。




「やっぱり相澤のこと、だいっっきらいだ。」

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