2-9 緑の家




 図書室での出来事から数日後の休日。リョウはとある一軒家を見上げていた。

「マドレーヌのおうち?」

「築年数はそんなに経ってないから……」

 外国の絵本に出てきそうな、蔦が這う円柱形の平屋。その外壁は子どもが丁寧にパステルで塗りつぶしたようなスプリンググリーンで。緑の家だ。とリョウはその家にこっそり名前を付けた。

「お母さんがこういうのが好きなの」

「素敵だね」

「そう? この外壁の色みたいにふわふわした人だよ」

 樫の木の扉を開けた桔梗は、中へとリョウを促した。

「ただいま」

「おじゃまします」

 靴を脱ぎ、代わりにカラフルなビーズを飾るバブーシュを履いたリョウは、リビングに案内される。すると、リビングと地続きになっているダイニングキッチンには一人の男性がいた。

「お父さんただいま」

「おかえり。……あぁ、きみが桔梗の友達。いらっしゃい」

 桔梗が男性ならばこのような姿だったのだろうと思えるぐらいに、そっくりな……特に鳶色の目が瓜二つである彼女の父親は、ホーローのポットを二人に見せてくる。

「紅茶、飲むか」

「うん。私の部屋に持ってく。……お母さんは?」

「さっきまで蘇芳をあやしてたから疲れたらしい。蘇芳と一緒に寝室で寝てる」

 そっか、と微かに声に寂しさと、何かを恐れるような感情を乗せながら桔梗は父親が立つアイランドキッチンに向かう。

「お父さんも休みなんだから、もっとだらけてて。紅茶は私がやる」

「おいおい。友達に恥ずかしいところ見せたくないって慌てて自分の部屋の掃除してたくせに、父親にはだらしない姿を推奨するのか」

「よ、余計なこと喋らなくていいから! 座ってて」

 やれやれと首を振りながら、近くの壁に立てかけていた杖を手に取った桔梗の父親はダイニングテーブルの席に着く。そして、紅茶を淹れ終わるまでは君も座っているといいとリョウを向かい側の席に促した。

 それにリョウは頭を下げ、有難く座らせてもらった。

「過保護な娘で困るよ。何度も言うが、お前が生まれる前から杖ついて生活しているんだからな」

「よく転ぶから私の肝が冷える。この前なんて階段で転ぶし。貰ったのに全然使ってない義足、ちゃんと毎日つけるなら、過保護もやめる」

「アレはAI搭載だとか最新型とかで確かに便利だが、着ける度に自分の意識とは違う感覚するから虫唾が走る。アンドロイドと体を共有してるような気分になるんだ」

 膝から下が存在しない左脚のボトムスの結び目を撫でた桔梗の父親は、娘とは違って眼鏡というフィルターのない、猛禽類を彷彿とさせる瞳をリョウに向ける。

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