2-8 花のような
「私、本田さんのこと嫌ってないよ」
「……なんでここに」
「本田さんのこと、探してたの。一緒に、お昼ご飯食べたくて。相談聞いてる人も、一緒に──、あれ?」
てっきり、誰かが彼女の悩みを聞いていると思っていたリョウは、テーブルを挟んだ向かい側の席に誰もいないことに気付き、先程とは違う意味合いの驚きを抱く。
しかし、本当の相談相手を彼女はすぐに理解する。
「ぬいぐるみ?」
少女は、顔を赤らめながら膝の上に置いていたクラゲのぬいぐるみを隠すように抱き締めた。
「……さっきの話、聞いてたのなら分かるでしょ。私は、悩みを言えるような友達なんていない。喋らないぬいぐるみに一方的に話しかけてるだけ。休み時間は自分の席でじっと時間が過ぎるのを待って、昼休みはこの埃っぽい場所に隠れてお昼ご飯食べてる私なんて、明るい貴方からしたら馬鹿みたいに──、」
「そのぬいぐるみ、くらげちゃんの一周年記念コラボグッズの『シュイムちゃん』だよね⁉ すごい、実物初めて見た!」
ネガティブな言葉を吹き飛ばす勢いで話しかけてきたリョウによって、自身への皮肉を含んでいた少女のぎこちない笑みは溶けていった。
「あっ、ご、ごめん。初めて見れたことに興奮しちゃって」
「貴方が、……くらげちゃんのファンだってことは、ずっと前から何となく分かってた」
「えっ、そんなに分かりやすかった?」
「私、コラボ先のダンテライオンシリーズが好きで集めてるから。貴方が通学バッグにつけてるのが最近発売された復刻版のマスコットチャームだってことも知ってる。うちのクラスで、ダンテライオンシリーズ持ってるの、貴方ぐらいだから、……気になってて、ずっと、……話してみたかった」
「そうだったの? 本田さんに興味持たれてたなんて、嬉しいな。あ、復刻版だけはね、この前やっと買えたんだ。本田さんすごいなぁ、ダンテライオンシリーズって昔から人気だから、ちょっとだけしか発売されなかったシュイムちゃんってプレミア価格ついてるのに、よく手に入れられたね」
「たまたま持ってた親戚に譲ってもらった。……その、ぬいぐるみだけじゃなくて、他のグッズも持ってるけど、……だから、」
俯き加減に言い詰まらせていた少女は、一度言葉を止めて深呼吸をした。そして、意を決したように眼鏡のレンズにリョウを写し込む。
「うち、見に来る?」
その言葉に感極まったリョウは、自慢の運動神経で窓枠を飛び越え、少女の片手を取る。
「うん! 見に行きたい! 本田さんの家、遊びに行く」
「遊びに……ほんとに?」
「うん。あ、本田さん、教室で偶にお菓子食べてるよね。甘いもの好きなら、お菓子持って行く。お菓子パーティしようよ」
家に遊びに行く、パーティ。そんな、高校三年間で初めて聞いた言葉に、少女は心を躍らせた。そして、うっかり喜びの声をはしたなく叫ばないようにと口元に手を遣る。
「そんな、友達みたいなこと……」
「なろうよ。私、本田さんと友達になりたいもん」
本田さんは、怖い人じゃないって分かったから、友達にならない理由なんてないよと笑うリョウに、少女は眼鏡越しの鳶色の目を見開いた。だが、すぐに微かに口角を上げ、笑顔を返す。
「桔梗」
「え?」
「友達になるなら、本田さんなんて、よそよそしい呼び方じゃなくて、桔梗の方が、いい……」
「あ、たしかにそうかも! 桔梗ちゃん、だね。じゃあ私も、貴方じゃなくて、リョウがいいな」
その名前通りの、花のような笑みを浮かべながら、桔梗は両手でリョウの手を包み込んだ。
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