2-7 もういや




 話したいときって、どうやってきっかけ作ればいいんだっけ。

 四限目の古典の授業中。リョウはそんな疑問を抱く。ちらりと視線を移した先である隣の席には、愁いを帯びた表情で教師の板書を眺める少女がいた。今朝のSHRで席替えが行われ、幸運にも少女の隣の席になったのだ。

 これはもうやるしかないと決心したリョウは、昨日の少年のアドバイス通りに、また少女に話しかけようとした。……したのだが、四限目に突入しても挨拶さえできていなかった。


 どうしよう。なんて話しかけよう。今日はいい天気だね? ……ダメだ。今日曇り空だし。今日の課題やってきた? ……本田さん優等生だからやってこないわけがないよね。

 あ、そうだ。この後お昼休みだから、お昼ご飯食べようって誘える。


 これだ、これにしよう。とようやく会話のきっかけを思いついたリョウがホッと胸を撫で下ろした矢先、授業終了のチャイムが鳴り響いた。

 今日の授業はここまで。お疲れ様と老年の教師が挨拶をしたことで教室の空気が緩み、つかの間の休息を楽しもうとするクラスメイトたちの顔に、笑顔や気の抜けた表情が現れた。リョウも顔に微笑みを宿し、すぐさまに教室後方のロッカーから弁当箱が入っている保冷バッグを出すと、少女を昼食に誘おうとした。

 だが、振り返った頃には、先程まで椅子に座り込んでいたはずの少女はすでにいなかった。

 どこに行ったのだろうと目を白黒させながらリョウは慌てて教室を出るが、廊下にもそれらしい人影はない。購買、食堂、職員室等々、校内を歩き回るが、少女の姿は見つからなかった。

 エリヤの時と同じことしてるなと、リョウは息を吐き出した。そして、そろそろ昼休みの時間も残り少なくなってきたので今日はもう諦めようかと思いながら、中庭を横断する外の渡り廊下を歩いていたそのとき。近くに植えてある木で聞き覚えのある羽ばたきの音を耳にする。

 リョウが音の聞こえた方へ視線を遣ると、やはり嘴に斑がある銀鳩が飛び立つところだった。

 また学校にいた。もしかしたら、校舎のどこかに巣があるのかなと、空を駆ける鳩をぼんやりと見送ったリョウは、視線をそのまま下に向かわせると、あっと声を上げた。

 木を隔てたその先。今は二十一世紀の遺物というガラクタを放置する大きな物置となっている旧校舎。その中には、リョウが探し回っていた少女がいた。

 埃をかぶった図書室の窓辺の席に座り込む少女は、思い詰めた顔をしている。そんな彼女に話しかけようとリョウは慎重な歩みで中庭を突っ切り、開いている窓から身を乗り出そうとした。……だが、少女の小さな声によって窓枠にかけようとした手はピタリと止まる。

「もういや」

 否定的な言葉に、急激に心拍数が上がった気がしたリョウはそっと息を整える。

 その間にも、薄暗くて様子が分からない向かい側にいる存在に少女は言葉を吐露していた。

「絶対に嫌われた。折角、隣の席になれたのに」

 隣の席、という言葉に、まさか話題は自分のことなのかとリョウは動揺する。そんな彼女に気付けないぐらいに、向こう側の相手へ悩みを相談することに夢中になっている少女は、涙の代わりに震えている声をポロポロと溢す。

「いつもこう。気の利いた言葉どころか、挨拶すら上手くできない。昨日のあの顔、傷ついた顔してた。私のせいだよ。私のことなんて庇わなくていいって、あんな教師、相手にしなくていいって言いたかったのに。言い詰まって、やっと出たのが、余計なことしないでって。しかも相手になにか言われるのが怖くなって逃げたし。ほんと最悪。こんな調子だから、高校三年間ずっとひとりぼっち。もういや。自分の根暗な性格にはもうウンザリ」

 少女の本心に、リョウは驚愕した。そして、自分の考えが杞憂に過ぎなかったのだと理解し、躊躇いを捨てて今度こそ窓から身を乗り出した。

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