2-2 思い出作り
「どうしたんですか」
「海! 海見に行こ。思い出作りに、ね?」
ひんやり冷たい大きな手を掴んだリョウは、防波堤の向こう側へと駆ける。
観光地の中でも特に人気スポットである海水浴場は八月後半の夕方でもチラホラと人がおり、リョウの言う『思い出作り』を楽しんでいた。
「思い出作りとは、何をするんですか」
「綺麗でしょ、海。この景色をね、目に焼き付けて、ふと思い出して幸福を得るの。それが思い出作り」
まだ残っている夏の匂いを届ける潮風がリョウの長いおさげ髪を小さく揺らし、夕日で目の前にある大海原と同じ色の彼女の瞳が輝く。それを眺めていた少年は、顔周りの空を片手で探るような、奇妙な動きをした。
「何してるの?」
「……特に何も。しかし、目に焼き付けるなんて不確かな行為は、非効率的です」
「え~。あえて遺さないっていうのがいいんだよー」
「貴方は貴方のやり方で、自分は自分のやり方で思い出作りをします。……それに」
「それに?」
「夏休みは、終わるのでしょう」
「うん? そうだけど……」
リョウから顔を背けた少年は、彼女を置いて砂浜を歩く。
「もう、これまで通りにはいきません」
「……もしかして、私がもうエリヤの家に遊びに行かないって思って、寂しがってる?」
リョウの言葉によって、数歩先にいた少年は振り返った。
いつも通りの仏頂面のはずなのに、逆光のせいなのか泣きそうな表情をしているような錯覚を、リョウは抱いた。
もっと近くで顔を見るために、彼女は一歩、二歩と飛んで、彼に追いついた。すると、やはりただ仏頂面をしているだけで。けれど、けれどもリョウは、潮風によって、そしてそれだけではない理由で鼻がツンとする心地を覚えた。
「そんなことは、考えていません」
「うそ。悲しそうな顔してる」
「そんな顔は、していません」
「エリヤは、普段は情け容赦なく言い返すのに、困った時には同じような言葉ばかり繰り返すんだよ」
「そんなことは、していません」
「ほら、おんなじようなこと言う」
ぐにゃりと唇を歪めた少年は、またリョウに背を向けると、砂浜を歩き始める。
それによって、リョウまで唇を捻じ曲げると、突然サンダルを脱ぎ捨て、水着でもない普通のノースリーブワンピースのまま海に向かった。
「エリヤ!」
「な、……なにをしているんですか」
「だって、エリヤ全然海見ないんだもん。私一人だけで遊ぼうかなって」
裾がどんどん濡れていくのも気にせず、リョウはより深瀬のほうに向かう。……しかし、その前に腕を強く掴まれて引き留められた。
「危ない、です」
スラックスが膝の辺りまで海水に浸かりながらも、構わずに少年は、小さな声でリョウを咎める。
「エリヤ」
「戻りましょう」
「エリヤ。どうして私に話しかけないでって、拒絶したの」
ずっと聞けないまま、ずるずると先延ばしになっていた言葉は、ようやく少年に届けられた。
「エリヤは、そんな酷い言葉を突然言う人じゃないって、この一ヶ月でよく分かった。なのに、どうして?」
陸までリョウを引っ張ろうとしていた少年は、問いかけによって動きを止める。そして、瞼で瞳の色を隠した。
「……ただ、あの時は煩わしかったから。特に、深い意味は無いです」
「じゃあさ、エリヤは私のこと、嫌いじゃない?」
「そう、ですね」
「なら、友達同士の、約束をしようよ」
ぱちりと、少年は目を見開いた。それによって、くるくると互いの瞳の中で夕焼け色が揺れる。
直後、リョウは少年の手を解き、代わりにその大きな手を掴み直した。
「また遊びに行くって、約束する」
「……本当に、不思議な人ですね」
言葉とは裏腹に、少年は竹刀ダコによって固い小さな手をしっかりと掴み返し、陸に上がった。
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