第2章 姉弟の条件

2-1 夏休み明け




「今日で夏休み終わりかぁ。映画と時代劇三昧だったなぁ」

 座っても委縮しなくなるぐらいには体に馴染んでしまった本革のソファの上で、リョウはぐっと伸びをする。そして、少年の家の冷蔵庫に常備されているオレンジジュースを飲んだ。

 部活を引退し、夏休みの中盤に入試を受けた大学から既に合格の通知が来てしまったリョウは、国公立を目指す同級生達と比べたら圧倒的に暇を持て余していた。ゆえに、今年の夏休みはほぼ少年の家で少年と過去の映像作品を観ていた。

「ほぼ、貴方が勧めた時代劇ばかりですが」

「だって、今のエリヤが学びたいことにピッタリでしょ」

 勧善懲悪、愛憎劇。何気ない仕草や僅かな表情の変化から読み取る感情の機微、等々。自分の人生のバイブルだと断言しても過言ではない時代劇の良さを語り始めようとしたリョウは、その前に骨張った長い指たちがピンと並ぶ大きな掌で遮られてしまう。

「午後五時です。帰宅するべきでは」

 少年の提案と共にカーテンが開け放たれ、暗かったリビングに夕日が差込む。そして、スクリーンが上げられた先にある薄型八十インチテレビでは、ポップなアバターのバーチャルニュースキャスターが微笑みながら番組開始の挨拶をしていた。

「送ります」

「えっ?」

「……何故そのような反応をするのですか」

 これまで帰るときには、ソファに座ったまま一瞥するぐらいしか反応がなかった彼の意外な申し出。それに驚愕する彼女に少年は送ることを辞退しようとしたが、慌ててリョウは彼の手を掴んで申し出を受け入れた。よって、二人は冷房が効いた部屋から生温い風が吹く外へと出る。

 八月も終盤に差し掛かり、暑さは大分緩んでいる。少年とリョウがコンビニで出会ったときのあの暑さが嘘のように、夕方は快適な気候となりつつあった。

「夏休みが、」

 ぽつりと少年の口から零れた声によって、道路で流れていく無人運転バスやヒューマノイドが運転するタクシーを眺めていたリョウは声の主へと視線を移す。

「夏休みが明けたら、学校に通うんですか」

「そりゃそうだよ。第一志望合格したからって、高校行かなくなったら進学できなくなっちゃう。そういえば、エリヤってどこの高校通ってるの?」

「通っていません」

「通信制?」

「いいえ」

「じゃあ、働いてるってこと?」

「そう、ですね」

「すごい。かっこいい」

「かっこいい? 労働にそのような感想を抱くとは、貴方は不思議な人ですね」

「違うよ。エリヤが頑張って働いているっていう事実が、かっこいいの」

「……そうですか」

 また『節穴ですか』が刺さるのかと身構えていたリョウは、簡潔な言葉で終わったことに拍子抜けする。そして、最近ようやく辛辣な態度に順応してきたのに、さっきから予想に反する行動ばかりでなんか調子狂うなぁ。と瞼をパチパチと意味もなく上げ下げした。

 少年にどう反応すればいいのか分からず、視線を道路とは反対側に移したそのとき。彼女はあっと声を上げる。

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