1-7 故意




「貴方の、眼鏡ですか」

「う、うん」

 少年が右手の拳を開くと、レンズにヒビが入り、それどころかフレームが完全にひしゃげて一部分が割れている臙脂色のメガネが現れた。

「ぼくのメガネ、ぐしゃぐしゃになってる……」

「往来の真っ只中に置いていたら、踏みつけられるのも致し方ないです。ガラクタ好きの知り合いに届けようと考え、拾いましたが、あのまま地面に置いていたら更に破損していたことでしょう」

「ち、違うよエリヤ。落としちゃったんだよ」

 話しかけるなと拒絶したからか、決してリョウの言葉に返事をしようとしない少年。だがその代わりに、彼女の弁明に対して目を細めるという反応をした。

「馬鹿、なんですか」

「えっ」

「サイズが合っているものを落とすなんて、現代の眼鏡の性能ではあり得ません」

 馬鹿、という言葉にドスリと体を貫かれたリョウは膝をつきそうになる。しかし、信頼している年上の友人達に背中を押してもらったことで勇気を携えた彼女は並大抵のことでは諦めない。ゆえに、どうにか立ち上がって反論をする。

「じゃあ、なんで落ちてるの」

「故意に落としたとしか考えられません」

「こいって、なに」

「わざと、落としましたね?」

 背の高い少年の感情のない虹色の瞳に見下ろされた男児は、肩を震わせ、体を縮こまらせる。

「そんなこと、してないよ」

 青白い顔を俯かせるという反応をする男児は、明らかに不注意で落としたとは思えない。けれども、震える声は事実を認めようとしなかった。

「……この型は、五年前にシルフで販売されていたものですね」

 折れ曲がったツルに記された製品名によって、チェーンストアで販売されていたものだと確認した少年は、男児の身の丈を確認する。

「しかし、貴方は推定五歳から七歳ほど。この眼鏡が発売された直後に購入したとは考えられない」

「……中古品ってこと?」

「最近シルフは全店舗で中古品の大幅な値下げのセールをしていたので、その際に購入したと考えるのが自然でしょう」

 少年のヒントが、リョウの頭の中でカチカチと噛み合う。そして、一つの推測が生まれた。

「もしかして……、中古品のメガネが嫌だから、人混みに紛れて道に捨てたの?」

 答えを見つけられてしまった少年は、母親と逸れた不安とは違う意味合いの感情による涙を零し始め、ぽつぽつと不満も零し始める。

「だって、『ライディ』がいいっていったのに、高校生になるまでダメって、こんなダサいの。周りのメガネ持ってる子、みんなおしゃれなのに、古臭いのつけてたらはずかしい」

「デザインは高く評価されているライディですが、機能性が低いです。そして性能に見合わぬ割高なものとなっています。今の貴方に着飾るためだけに作られた高級品は必要ありません。よって、この型落ちのほうを使うのが合理的でした」

「ち、ちょっと、エリヤ……」

 淡々と話す少年による言い分は、小さな子どもが理解するには少々難しかった。だが、不満と言い訳を真っ向から否定されているのは雰囲気で理解した男児は『だって』と『でも』を連呼し、ますます泣きじゃくる。厚意で客ではない男児が縁台にいるのを見逃していた和菓子店の店員も流石にこれ以上騒がれるのはと苦い顔をし、往来の観光客もどうしたんだと困惑しながら横目にリョウたちを見てくる。

「エリヤ。もう少し言い方が」

「何も間違ったことは言っていません」

「そうだけど、正しいことを言われて傷つくこともあるから」

 無表情のまま、小首を傾げた少年は、数秒ほどそのままの状態で固まっていた。そうしてから、瞳に差し込む光がくるりと回った。

「不適切な発言をしたということ、ですか。それは、誠に申し訳ありません」

 淡々と謝罪をした少年。だが、男児はそんな声を聴く余裕もなく、相変わらず泣き続けていた。

 そんな少年に、冷や汗をかきながらもリョウは微笑みかける。

「眼鏡、どうしても必要なの?」

「違うの、かっこいいやつじゃないとダメなの。ダサいのはダメ」

「かっこいいやつって、どんな眼鏡?」


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