1-6 落とし物




 リョウと少年の邂逅の翌日。履いたサンダルを馴染ませるために、爪先を二三度ノックする音がタツミ邸の玄関で響いた。

「出かけるの」

「うん。ちょっと」

「そ。いってらっしゃい。遅くなるときは連絡してね」

「はーい」

 よし、と気合を入れたリョウは、八時過ぎてもまだ寝間着のままで大欠伸をするタツミにいってきますと声をかけてから、朝でも昼とそう変わりない暑さに支配された外に出た。

 どこからか聞こえる蝉時雨に包まれながら、昨日の部活セットと比べれば圧倒的に身軽な格好でリョウは歩く。そして公園、コンビニ、と、昨日行った場所を覗き、少年がいないことを確認すると肩を落とし、歩み続けた。

 リョウが住む海沿いの街は大昔から交易都市として有名で、夏休みを利用して観光する人々がちらほらと存在する。おそらく半月後にはお盆休みによって通行も一苦労なぐらい混雑するのだろう。

 そんな混雑によって捜索が難航する前に少年を見つけてしまいたいリョウは、また前後不覚にならないように休憩を挟みつつ、地道に街を歩き回る。そうするうちに、彼女は商店街に辿り着いた。

 実物に近い触感を再現できる3Dホログラムを利用したネット通販が普及した現代において、個人商店は二十一世紀よりもさらに苦しい状況だ。しかし、この商店街は映像や写真でしか見たことのない雰囲気を味わいたい観光客がよく訪れるため、どうにか生き残っていた。

 タツミがこの商店街の八百屋で売られている野菜を気に入っているので、お遣いでよく訪れるリョウは慣れた歩みでそこそこの広さがある敷地内を移動する。……だが、その途中ですすり泣く声が聞こえたことで、歩みは唐突に止まってしまう。

 リョウが周囲を見渡すと、靴屋と洋裁店の間にある細い路地で一人の男児が弱々しいしゃくり声を上げているのを発見した。

「こんな暗い隅っこに一人でいたら危ないよ。お友達とか、一緒に来た人と逸れちゃった?」

 善良なリョウは見て見ぬふりなんてできるはずもなく、近くの和菓子屋の店頭に置かれている縁台に男児を座らせた。そして事情を聴こうとするものの、男児はますます泣きじゃくり、話し合いさえできない。

「お父さんと、おかあさんっ、かってに、いなくなって」

「うん。お父さんと、お母さんと一緒に来たの? 二人見失っちゃう前に一緒にいたところ、どこか分かる?」

「おかし、あんこのお菓子屋さん」

 餡子のお菓子、つまり和菓子を売っている店は、商店街では今いる和菓子屋ぐらいだ。もしかしたら彼の母親は案外近くにいるのだろうかともう一度周囲を見渡すものの、それらしい人影はなかった。

「めがね、おとして、そしたらひといっぱいで、」

「眼鏡?」

 どうやら、泣いている原因は母親と逸れただけではなく、落とし物をしてしまったらしい。

 どうしようか、これ以上自分がおせっかいをしたら余計状況がこんがらがりそうだから然るべきところに送り届けるかと頭をリョウが悩ませていたその時、男児の前にしゃがみこんでいたリョウに影が差す。

「えっ、ぼくのメガネ」

 えぇっ、と小さく声を上げたリョウが男児の視線を追いかけると、背後には彼女の本来の目的である少年がいた。

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