1-4 麦の穂のように




 リョウが呆然とベンチに座り込んでいるうちに日は傾き、子どもたちは家に帰っていく。無論、まだ十八歳未満であるリョウも、暗くなる前に空っぽになったペットボトルを持って家に帰ることにした。

 そうしてのろのろと帰路を歩いていたリョウは、自宅である少しばかり古臭い一軒家が見えてきた辺りで、あれ。と首を傾げる。

 近所の家と同じように灯りがついている自宅。しかし、一緒に住んでいる親戚は、今日は用事があって帰りが遅いから灯りは点いていないはず。昨日の夜から点けっぱなしにしていたか、あるいは……。と、嫌な予感に怯えるリョウは、恐る恐る玄関の引き戸を開けた。

「ただいま……?」

「おかえり」

「あっ、むぎちゃん」

 玄関までやってきて出迎えてくれた知り合いの女性によって、リョウはほっと息を吐いた。

「どうしてウチに?」

「龍未が、今日帰りが遅いって言ってたから。未成年が一人で夜に留守番するのが心配だし、龍未から合鍵貰って、授業終わりにお邪魔させてもらった」

 台所に引っ込んだ知り合いの、『手、洗って。お夕飯できてるから』という発言と共に漂う、空腹を誘う香りがリョウの胃を刺激する。

 すぐに手を洗い、汗でペタペタする夏制服を脱いで着替えたリョウが食卓に向かうと、卓上には出来立ての料理が並んでいた。

「魚は?」

「入ってない」

「お肉は?」

「入ってないよ。見ての通り卵はあるけど」

「卵は好きだからいい。いただきまーす」

「まったく。龍未といいきみといい、相変わらず肉と魚が食べられないなんてひどい偏食だね」

「だって味と食感が……」

「はいはい。まぁきみは卵を食べてくれるからまだマシだよ。龍未なんて豆腐しか食べないし」

 トマトに好物の卵を絡めてある炒め物を嬉しそうに食べるリョウ。それに女性……近所に住む大学生の麦は微笑んだ。

「龍未との暮らしはどう? 辛かったらウチに転がり込んでもいいんだよ」

「全然大丈夫だよー。またむぎちゃんはタツミくんに意地悪言う」

「心配してるんだよ。龍未はあの通り世捨て人気取ってるし……」

 リョウは、血の繋がった家族と一緒に住んでいない。

 家族とは折り合いが悪く、中学校卒業後は高校への登校距離を理由にほぼ家出同然に実家を出て、一人暮らしをする遠縁の一軒家に転がり込んだのである。そんな事前の相談もなしにやってきたリョウだが、家主であるタツミは軽い返事で同居を許可した。

 同居が始まった当初は二十代前半の男性と未成年の学生二人だけではどうにもならない問題が多々起こったが、タツミの高校時代の同級生である麦が力を貸してくれた。お陰で、なんだかんだ約二年も共に過ごせている。それどころか、実の家族と過ごすよりも心地よく暮らせていた。

「むぎちゃんが助けてくれるから全然大丈夫だし、むしろタツミくんと暮らすの、楽しいよ」

「なら、悩みとかもないんだね?」


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