1-3 覚えていません




 大抵の学校が夏休みに突入し始めている時期であるからか、公園には結構な人数の子どもたちが遊んでいる。木陰の下にあるベンチに座らされた少女は、呆然と子どもたちが追いかけっこをしてはしゃぐ姿を眺めていた。

 あれ、そういえば、エリヤは? といつの間にか姿が見えなくなった少年の姿を探そうとしたその時、少年の手とはまた違う冷たさが彼女の頬を撫でた。

「うひゃあ⁉」

「どうぞ」

 どこかから戻って来た少年によって背後から差し出されたスポーツ飲料は、彼がコンビニで盗もうとしたのと同じもので。少女が受け取るのを躊躇っていると、少年はやはり表情を変えず、珍しい色合いの瞳をパチパチと見え隠れさせる。

「何故、警戒しているのですか」

「ど、どうやって買ったの。それ」

「あれで」

 少年が指を差した先には、最近流行りの移動アンドロイド型の自動販売機があった。アイスクリームも販売しているためか、お小遣いを片手に握り締めた子どもたちがゆっくりと移動する自販機の後を追いかけている。

「お金、持ってるの?」

「はい」

「じゃあどうして、さっき、あんなことしたの?」

「あんなこと、とは?」

「万引き。犯罪、なんだよ」

「先程から、貴方は自分のことを、知っているようですが、」

「昔のキミのことなら知ってるよ。アイスクリームは、ストロベリーチーズケーキフレーバーが好きで、かくれんぼが得意で、」

「申し訳ないのですが、覚えていません」

「……ねぇ、覚えてないの? 私、リョウだよ」

「覚えていません」

「そ、そうだ!  私、キミの将来の夢、知ってるんだよ。キミは──」

「もう、話しかけないで下さい」

 それは、今までで一番無感情で冷たい声だった。逆光で陰っている少年の顔は、あの瞳だけが、恐ろしささえ抱いてしまうほどに煌々としていた。

 目の前に立つ彼の、感情の起伏が一切ない瞳。それによって、喉から溢れようとしていた言葉が、少女の……リョウの舌の上で燻る。

 言葉にならない小さな呻きを、リョウが口の中で転がしている間に、少年はその場から立ち去ってしまう。

 リョウの手の中に残されたスポーツ飲料は、掌の熱によって生温くなり始めていた。


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