第10話 手紙

「あのね、先生と話したいことがあって……」

「そっか、わかった。ここで待ってるよ」

 神妙な面持ちの百代。彼女に言いたいことを何となく察して、とりあえず職員室の前で待つことにした。

 職員室の扉を開けた後、百代に手持ちの書類を渡した。

「伝えたいことは、しっかり伝えて来いよ」

「……うん」

 百代が職員室に入ったのを見届けた後、廊下の壁にもたれながら、何気なく周りを見渡してみる。

 下校の時間から一時間ほど経ったため、廊下に生徒の姿はあまり見られない。先ほどまで校庭から聞こえていた笑い声なども耳に入らない。今も校舎に残っているのは、俺たちのように何かしらの用事が残っている生徒や、この学校の職員だけだろう。新鮮な空間に身を置いていると時間が経つことを忘れてしまうようだ。

…………

……

「少し遅いな」

 百代が職員室に入ってから十五分以上時間が過ぎていた。積もる話が合っても十分くらいだろうと考えていたので、若干不安になってくる。

「どうしよう、いや、うーん」

 職員室の扉の前で「中の様子を伺おうか、いやでも百代に待つといった訳だし」と心の中で自問自答をしていると——目の前でその扉がゆっくりと開いた。

「あ……」

 案の定、扉を開けたのは百代だった。

「……」

 黙ってこちらを見つめる百代の顔は、少しだけ赤みを帯びていた。

「教室戻ろうか」

「……うん」

 俺の問いかけに小さく頷き並んで教室まで歩いて行った


           *


 教室まで戻った俺たちは、一通り日直の仕事を終え、視線を少し交わらせた後でゆっくりと帰り支度を始めた。

 うつむき加減の百代に窓から差し込んだ光が当たる。

 窓の風に教室内の埃が舞い、光を乱反射させている。

 彼女と一緒の、小学校での授業が終わった。

「百代、……今日、学校に来るのは最後だよな」

「そ、そうだよ、学校に来るのは」

百代との会話が名残惜しくなり声を掛けると、百代は背中越しに教科書をランドセルにしまいながら返事を返してきた。

「そうか……」

 次の会話が思い浮かばない自分の頭に、いたたまれない気持ちになる。

二人の間を埋めるように、外でせわしなくセミが鳴いている。

遠くの景色は熱気で少し歪んでいる。

机の影は午前中より伸び始めていた。

「餅太郎君」

百代にかける言葉がうまく浮かばず、もどかしい思いが心に渦巻いていた為か、彼女がこちらを振り返っていることに気付かなかった。

「あの、これ……職員室で書いてきたの」

 そういう百代の手には小さな便箋が握られていた。

「……俺に?」

百代は珍しく俺の目をしっかりと見て頷いた——突然の事に思わず面を食いつつも、その便箋を受け取った。

「今日の夜になるまでに、なかの手紙を読んでほしいの」

「……ああ、わかった」

 百代は俺の返事を聞くと顔を紅潮させながらランドセルを背負うと小走りで教室を出ていった。

「……」

「……え……ラブレター……」

 一人になった教室で思わず言葉をこぼした。

 手に持った便箋を再度見つめて百代の言葉を思い出す。

「今見てもいいよな」

 自分の好奇心を抑えきれず百代からの便箋を開いた。書かれた内容は予想外で、かつ手短だった。


『今日の午前0時に学校の校庭に来てください。渡したいものがあります。

                                 ✖✖✖ 』


「……どゆこと」

 期待していた予想が外れ、口が開いたまま閉まらない。書かれている内容も意図が分からないし——最後に書かれた文字……なのか、今まで見た英語でも海外の文字でもない筆記が記されていた。

 勉強好きな百代の茶目っ気かな——と思うしか、今は考えが及ばなかった。

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