第8話 日直

 学校までの通学路を歩きながら、昨夜に思いついた妙案について考えを巡らしていた。

 今日は百代が学校に来る最終日だ。

 転校してきてから数か月間と少しの間にはなるが、学校生活をともに送った。

 彼女について深い理解を得ることができた訳ではないし、そこまで己惚れてもいないつもりだ。

 ただ、彼女が転校を告げた日。彼女の寂しげな瞳。もやもやした俺の気持ち。心残りがないといえば嘘になる。

 その中で俺の頭に閃いたのが、今日の日直当番についてだった。

月 に一度程度、回ってくる役割。朝のホームルームまでの準備だったり、先生の手伝いだったり——あまり進んでやりたくはない仕事だと感じる生徒は多いのではないか。

 昨夜ベッドにて、翌日を考え憂鬱な気持ちのなか思い浮かんだのは、百代が朝早く学校に来ていた姿だ。

 以前から疑問に思っていた俺は、クラスメイトに百代のことを聞いてみたことがあった。

「確かに百代さん……私が来た時にはいつも来てるわね」

「よく本を読んでいる姿は見るけど」

 俺の疑問をクラスの皆に聞いてみても、百代が朝早くに登校していることは知れ渡っているようだが、どうして彼女が早く学校に来ているのかは、誰も知らないようだった。

 ただ、百代がほぼ毎日、クラスにいち早く登校していることは知ることができたのは収穫ではあった。

 学業での成績の良がよく、図書室で本を読む彼女の姿を思い出す。おそらく静かな環境で取り組みたい何かがあるのだろう。

 最後くらい、百代にその時間を作ってやろうじゃないか。


           *


「百代驚くかな?」

思わず口に出した本心と、最終日、百代には少し楽をさせてやろうという気持ち。半分づつ頭で描きながら通学路を歩いていると、いつの間にか目の前には学校が見えてきた。

 自分たちのクラスの下駄箱を見ると、当然のように上履きばかりが収められていた。

「百代は……」

 念のため彼女のネームプレートが掲げられた場所を確認する——よかった。まだ来ていない。

 下駄箱から自分の上履きを取り出し、足元に置いた。自然と視線が足元に向く。

「……ん?」

 陽光を浴びた俺の足元から、影が校舎に向かって伸びている——その横にもう一つ、帽子を象った小柄な影が並んでいた。

 俺は背中に汗をかきながら、ゆっくりと体を起こした。

「……」

 横に立ったその影は、何やらそわわ、そわわと体を動かしていた。

「……餅太郎君」

 薄々分かっていたことだが、その声を聞いて確信に変わった——計画失敗。

 振り返ると想像していた彼女が、目深に帽子を被りながらこちらを見つめていた。

「今日、早いね」

「百代おはよう……あのさ、今日たまたま目が早く覚めたんだ」

 帽子のつばで目元を隠している百代に対して、口からでまかせを言ってしまう——本当は俺が視線を隠したいくらいだ。

「結局……百代には敵わないな」

 その俺の言葉に反応した百代は不思議そうにこちらを見ていた。今日、初めて彼女と目が合った。

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