第7話 転校
「私、この一学期までで……転校することになりました。そその……今までありがとうございました」
教壇に立った彼女が、視線を泳がせつつも、たどたどしくクラスの皆にそう伝えた。
「え……?」
ただ、クラスの皆は百代の突然な告白に言葉を失っていた——俺も含めて。
誰かが声を上げないと、クラスがこのまま静寂に包まれ続けるのではないかと思った。
「……突然の話で驚くのも無理はないと思う。ご両親の都合上、仕方のないことだ。みんな理解してくれ」
クラスの状況を見かねた先生が、百代の事情を皆に簡単に伝えてくれた。
それがきっかけとなり「なんで?」「さみしいー」等、クラスメートから口々に百代に対して声が上がる——俺は百代が転校してきた四月の日を思い出していた。
転校してきたばかりの彼女に対して、クラスの皆は甲高く強い関心を持って、彼女に声を掛けていたことを思い出す。
対して、今俺の耳に入ってくる声には、その色はあまり見られない。心の中に自分でも分からない、もやもやした気持ちが大きくなる。
教壇の横に立ち、うつむく百代の目が少し寂しそうに教室の床を見ているように思えた。
*
七月下旬。今日は一学期を終える為の大切な終業式がある。
「餅太郎、どうしたんだ? こんなに早く家を出るなんて」
学校に行く準備を終えた俺が玄関で靴を履いていると、寝間着姿の父さんが二階から起きてきたところだった。
「あー、今日は日直なんだ。少しだけ早く学校にいかないと」
靴ひもを結び終えると、ランドセルを背負いなおした。
「あれ、そいえば父さん今日は?」
「俺は休みを取ったぞ」
父さんは表情を隠そうともせず、鼻息高く優越感を浮かべていた。
「……ふーん、まあこっちは明日から夏休みが始まるからね」
父さんに言い返した後「行ってくる」「気をつけてな」と軽く言葉のやり取りをしながら、背中越しに父さんへ手を振った。
*
——
目覚まし時計を午前七時に合わせた後、ベッドのなかに潜り込んだ。
部屋の電気を消した後、しばらく目を瞑ってみたが、最近は夜中でも気温が下がらず、なかなか寝付くことができなかった。
「……」
体を起こしてベッドから降りるとカーテンを開き部屋の窓を開けてみた。外は既に暗闇だが、ふと見上げると満月直前の月が眩い存在感を放っていた。
「きれいだな……」
月を眺めながら思わず声が漏れると——ふと頭の中に思い浮かんだことがあった。
「そういえば」
すでに準備を終えていたランドセルをもう一度開くと、中から時間割表を取り出した。
「百代もだよな……いいこと考えた」
俺はベッドに戻ると、目覚まし時計にもう一度手を伸ばした。設定した時刻を満足気に確認した後、もう一度布団をかぶった。
開いた窓の外から風が流れ込み、光とともにカーテンが揺れている。
鈴虫の鳴き声が耳に届き、気分が落ち着く。今度は眠れそうだ。
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