第6話 初夏

 長く続いた梅雨がようやく終わった。家族とともに朝食を食べる際に何気なく見ていた、情報番組の天気情報から「汗ばむ陽気」というキーワードがよく耳に入るようになる。

 テレビ画面の中では、五歳くらいの子供が噴水の水を浴びながら足をバシャバシャ動かしている。

「……」

 箸を口に運びながら、羨望の目を画面の子供に向けた際、卓上にあったカレンダーが目に入った。

「俺もあと二週間ちょっとだぞ」

 朝食を食べ終わると、テレビに向かって独り言を呟いた俺を、隣に座る姉が怪訝そうな目で見てきた。


           *


 七月に入り第一週、最初の月曜日だった。

 俺は自分のクラスに着くなり、汗ばんだ手で背中のランドセルを急いで下した。

「暑っ……」

 ランドセルを確認すると、案の定背中と接する面には大きな汗染みができていた。

 ハンカチで葺いた後、机の上でランドセルを開けると、教科書と一緒に入っていた下敷きを取り出した。

 服の襟元を開けると手に持った下敷きで風を起こす。

「ふう……」

 若干だが自身の体温を下げることに成功すると、自然と安堵のため息が漏れた。

「あれ?」

 教室の前方左隅には先生の机があり、ふと視線を向けると、そこに座っている人物に気付いた。

「珍しい」

 普段はチャイムが鳴ると同時に教室に入ってくる事が多いのだが、何故だか今日に限っては席について生徒たちに目を向けていた。


           *


「授業を始める前に少しだけ話がある」

 先生が何やら真剣な表情で生徒達を確認した。俺を含めた生徒達は何の話か想像ができない為、皆きょとんとした表情を浮かべていた。

「百代、いいか?」

 俺の前に座っていた百代の体が、座ったままの状態で小さく跳ねた。

「……」

 先生も含めた、皆の視線が百代に向けられる。俺はじっと百代を見ていると、徐々に首筋が赤くなり始めていることに気付く。体も少し震えていた。

「百代、大丈夫か?」

 彼女の姿を見て、心配になり思わず声を掛ける。

「……ありがとう」

 そう言うと、百代は数回深呼吸をした——少し落ち着きを取り戻したようだ。

「大丈夫」

 背中越しに述べると、ゆっくりと立ち上がった。

 百代は黒板の前まで行くと、皆の方に向き直った。精悍な表情を浮かべている彼女をみて安心した。

「……」

 百代は皆の表情を確認している——するとまた表情が赤くなりはじめ、足がガクガク震え出した。そして俺を見つけると潤んだ眼をこちらに向けてきた。

 百代の性格から想定できた状況なので、俺は声を出さず、身振り手振りで「気にするな」という気持ちを伝えた。

 百代は俺の姿を見て、少し笑ったように見えた。

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