月日は百代の祝賀にて「小学生編」

第3話 五月

　静まり返った教室にチョークが黒板を叩く音が断続的に鳴っている。背中を向ける先生に視線を向けながら手元のノートにペンを走らせる同級生たち——ただ一部には眠気に苛まれ頭を揺らす男子もいれば、窓の外を眺めている女子もいる。

　彼女は両親の都合で、数週間前に転校をしてきた。

　転校してきてからの数日間は、同級の女子たちが彼女へ積極的に話しかる姿をよく見た。

　それに対して話しかけられた彼女は俯いていることが多く、返す言葉も一言二言だった。

　一週間ほどたつと彼女に話しかける女子も少なくなったようだ。俺も含めて、彼女が普段何を考えているのか分からなかった、それが原因だと思う。

　彼女から同級生に話しかける姿を見たことがなかった。何故他の子と関わらないのだろう？　仲良くしたいと思わないのだろうか？　そんな彼女を不思議な女子だと感じた。

　いろいろと考えを巡らせたけれど、俺の頭では答えが出なかった。

　彼女について理解が追いつかないとともに強い関心も感じていた。

「百代、学校楽しいのかな」

　　　　　　　　　　　＊

　大型連休が終わったばかりの、五月初旬。

「なんで引き受けてしまったんだ……」

　心の声を思わず口に出しながら、俺はいつもより一時間ほど早く自宅を出た。

　数日前、体育の授業でサッカーをすると、先生から告げられた。隣の一組と試合形式で行うらしい。

　それを聞いた負けず嫌いなクラスの男子達は色めき立ち、教室に後ろで集まると何やら話し込んでいた。俺は少しだけ嫌な予感がしたので関わり合いにならないよう教科書を取り出して、珍しく予習に励む姿を表現してみたのだが、仲の良いクラスメートに声を掛けられてしまった。さらに二人三人と俺の机に集まり「一組に負けるわけにはいかない、だからあした朝練習しよう」と滾々と説得された。

　あまりにもしつこいものだから、一日くらい良いだろうと軽く引き受けてしまったのだ。

　ただ、実際当日になってみると、貴重な睡眠時間を削ったことから気持ちが少しだけ沈む。

　　　　　　　　　　　＊

「餅太郎、遅いぞー」

「ごめんー、荷物だけ教室に置いてくる」

　足取りが重かったせいか、他の男子より遅れて学校に着いた。すでにクラスメートたちは校庭でサッカーボールを蹴って練習に取り組んでいる姿をみて速足で教室に向かった。

　まだ誰もいない廊下を小走りで進んで自分の教室前に着いた——誰もいないと思ったので勢いよく扉を開けた。

「ひゃ！」

　こじんまりとした悲鳴が聞こえたと同時に、何かが床に落ちる音がした。

「……」「……」

　目を丸くしてこちらを凝視している女子。小さく両手を上げた彼女の座るイスの横に一冊の本が落ちていた。

「百代、いたのか。……ごめん大きな音をたてて」

　百代は驚いた表情のまま、まじまじと俺を見たまま小さく首を横に振った。

　すぐさま目をそらした百代を確認すると、外に級友たちが待っていることを思い出し、ランドセルを机に置くと急いで校庭に向かった。

　　　　　　　　　　　＊

「百代もう来てるんだな」

　クラスメートが蹴ったサッカーボールが足元まで転がってきた。足の内側で受け止めると、靴底で遊ばせながら少しだけ間を取った。

「テストもいつも一番らしいし、やっぱり努力しているんだな」

　視線を校舎の方に向けると、窓際に座って手元に視線を配る百代の姿が見えた。

「次は俺が一番を取ってやろうかな」

　足元にあるボールをクラスメートの方に蹴りだすと、目的の場所から一メートルほど右にそれた。

「慣れないこと言うもんじゃないな」

　後ろに転がっていくそれをしばらく二人で見つめ、クラスメートがこちらを振り返った。

「……ごめん」