第2話 自己紹介

 廊下で他のクラスの同級生たちが騒ぐ廊下を縫うよう歩いて、見慣れた自身の教室に着いた。

「餅太郎おはよう」

「おはよう」

 親しいクラスメートが教室の扉を開けた俺を見つけて、うきうきと声を掛けてきたので俺も返事を返す。

「お前、いっつも遅いよな」

 自身の席に着いた俺に、前の椅子に座ったクラスメートが笑みを浮かべながら話しかけてきた。

「遅れてはないから」

 そいつに一瞥をくれた後、軽口をたたきながら、ランドセルに入っていた教科書を取り出し、授業の準備をする。

「そういえば今日だよな、転校生」

「……そう聞いてはいるけど」

 クラスメートが、今思い出した風を装って口に出してきた内容。先日、担任の先生が、少し遅れてこのクラスに転校生が来ることを朝のホームルームで話していた——俺も全く興味がない訳ではない。確か女子だったはずだ。

 ガラガラと、教室の前方の扉が開いたのを、何やら妄想を浮かべている同級生の顔越しに確認できた。

「そろそろ始めるぞ。みんな席に着けよ」

 担任の先生が教室に入りながら生徒たちに向かって声を掛ける。

 級友たちは、「えー、もう始めるの?」とか「あんた達うるさいわよ」とか言いつつ、せわしなく席に着き始めた。

 全員が席に着いたことを確認した先生が、教壇に立ち生徒たちを見渡した。

「早速だが、みんな、この間話したことは覚えているか?」

 先生の言葉に一瞬沈黙が生まれたが、すぐさま生徒達から素早い反応が返ってきた。

「転校生!」

「どういう子!かわいいの?」

 それぞれが思い思いの言葉を、大きな声で話していた際。

 ガタッ

 先生が入ってきたクラス前方の扉が、一瞬音を立てて動いた。

「……」

 その音にクラスの生徒ほとんどが気付いたようで、クラスの中がしばらくの間、沈黙に包まれた。

「……そ、それじゃあ入ってきてもらおうか。おーい」

「……」

 先生が教室の外に向かって声を掛けたが、返事は帰ってこないし、教室に誰も入ってこない。ただ扉付近に人の気配は感じる。

「おーい」

「…………はぃ」

 鈴虫でも鳴いたのかと思うほどの小さい声が返ってきた。

 扉がゆっくりと開くと、ようやく意中の人物が姿を見せてくれた。

 教室に入ってきたのは事前に伝えられた通り女子だった。肩に届くくらいのセミロングの髪、同年代と比べても際立った白い肌、くっきりとした目元が印象的だ。

「かわいい……というか大人っぽい」

「うん、なんというか綺麗ね」

 女子たちが転校生を見て各々感想を述べている。男子に至っては、ポカンと口を開けている者や、彼女の持つ不思議な魅力に口を開くことができない者。かく言う俺も彼女に興味を持ち始めていた——何故かというと、彼女の顔が真っ赤なことと、足がガクガク震えているからだ。

「よし、それじゃあ自己紹介をしてくれるか?」

 先生に自己紹介を促された彼女は、ゆっくりと同級生の方に向き直った。

「……」

「……」

 彼女は同級生たちとの目が合っても無言を貫いた——かと思ったが、よく見ると彼女の口元が小さく動いていた。

「……おそらく聞こえていないと思うぞ」

 先生のその言葉に、彼女は一瞬肩を震わせ、次いで大きく叫ぶ程の深呼吸をした。俺を含めた同級生たちは体をのけぞって身構えている。

「百代と申します。これからよろしくお願いします」

 大きな助走に比べて、あまりにも小さい跳躍だった。けれど何とか彼女の声が俺の耳に届いてきた。

「これから百代も、このクラスの一員だ。みんなよろしく頼むぞ」

 締めくくりの言葉を先生が述べると、彼女は促されて空いた席、俺の前にあるイスに腰かけた。

 

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