月日は百代の祝賀にて「小学生編」

羽織 絹

第1話 彼女と出会った日

 ジリリ……ジリリ……

 目覚まし時計のけたたましい音が鳴っている。耳を強く刺激する音に少しずつ意識がさえてくる。

「眠い……」

 体を丸めたまま布団から顔を出し、震える目覚まし時計を手に取る。スイッチを切って、前面の時間を確認する。目が開き切らないから確認することに時間が掛かった——午前七時を少し回っていた。

 五分ほど布団の中で睡魔とせめぎあっていたが、意を決してカーテンを開けた。日の光が部屋を照らすとともに俺の睡魔を急速にかき消していく。

 ベッドから体を起こし、しばらく呆けた後、ベッドから降りて立ち上がった。昨夜準備を終えていたランドセルを手に取りカレンダーを確認した後、部屋から出た。

 一階のリビングを目指して階段を下りていくと、香ばしく焼けた小麦の匂いが漂ってきた。

「おはよう」

 リビングの扉を開け、まだ眠気の残る淀んだ声で本日の一声を発した。テーブルを見るとすでに朝食はできていた

「餅太郎もうご飯できているわよ」

 母さんが起きてきた俺に気付きキッチンから声を掛けた。自分がいつも食事をとる席に目を向けると、横では朝食を食べ終えた父さんがコーヒーを飲んでいた。

 そこで家族の一人が見当たらないことに気付いた。

「母さん、姉ちゃんは?」

「朝の部活があるって、早く出ていったわよ」

 俺は「ふーん」と鼻で返事すると、ちょうど父がコーヒーを飲み終えてコップを置いた。

「それじゃあ、母さんそろそろ言ってくるよ。餅太郎も学校遅れるなよ」

 そういうと父さんは鞄を持って玄関の方まで向かっていった。

「行ってらっしゃい」

 玄関まで見送りに行った母さんは横目で見ながら少し冷たくなったパンを口に入れた。

 朝食を食べ終えた餅太郎は、水筒をランドセルに入れると思ったより重く感じて、中身の教科書をどうにかして減らせないか暫く考え込んだ——がそれは今日の授業を乗り切るには無謀な挑戦に過ぎないと悟り、もう一度ランドセルを背負うことを決める。

「忘れ物はないか、ちゃんと確認した?」

 玄関で、四月に新調してもらったばかりの運動靴に足を通していると、後ろから母さんが声を掛けてきた。

「さっき確認したから……もう時間がないから行ってくる」

 矢継ぎ早に伝えると、「気をつけなさい」と母さんの言葉に、軽い返事を返して家から学校に向かった。


           *


 見慣れた通学路を歩きながら、見慣れた景色が自然と目に入る。

「うわっ」

 同じ学校に向かう男子女子と、魚群のように集団を形成していると、ふいに軽く足を滑らせた。

 転びはしなかったが一瞬背中がひやりとしたわけで、足元を見てみると薄ピンクの花びらが遊歩道に散乱していた。

 少し視線を上に向けると、数週間前まで一面ピンクの花を咲かせていた木々も、今では半分近く緑へと咲き変わっていた。四月も終わりに近づき、気温もだんだんと暖かくなってきた。青空が顔を出す晴天の中を小さな風が吹き、足元の薄ピンクが青と混ざった。


           *


 学校近くの国道を渡ると、目的の学校が見えてきた。頭を出している校舎の窓から聞こえる声が徐々に大きく聞こえる。

 市立領譜小学校と掲げられた入り口を過ぎると二十メートルほど先に下駄箱が見える。

「……あれ?」

 ふと、視線を横に向けると、来客用の駐車スペースに見慣れない車が止まっていた。今日は授業参観などの特別な行事はなかったと思った際——数日前、担任の先生が教室で話した内容を思い出した。

「……そういえば今日だっけ」

 同じクラスの男子女子は色めきたってはいたが、俺の興味や熱量はそこまで上がらなかった。

 見慣れない車が想像した通りかは、考えても分からないわけで、時間も迫っていることもあり、小走りで下駄箱に向かった。


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