第13話 ニーナと翼の女神

息はつけましたか?

ノアは持っていた才能を遺憾なく発揮し、人々から素晴らしい評価を得ました。

さて、次はニーナです。

この頃の彼女は例の遺跡の3女神の壁画について粘り強く調べていました。

そして、再びあの遺跡に足を運ぶ事になります。

そこでニーナが唯一無二の存分となるきっかけの出来事が起こります。

ー聖女どのに?どのような出来事が?ー

ウフフ。気になりますよね?では、話に入りましょう。

            1

季節は巡る。

この時期は原界の殆どの地域で雨期となる。南や東の海から吹き込む湿った暖かい空気が雨雲を作り出し、雨を降らす。鬱蒼とじめじめした雨期に間もなく入る。農業を生業とする人々にとっては恵みの雨の季節でもある。

さて、ニーナは今、史学の授業に出ている。

勉強熱心なニーナは授業をしっかりと聞いている。

始めてのクエストで遺跡を発見してから世間では、はや2ヵ月が経った。

ニーナは、あれから熱心に遺跡の壁画の3女神について調べているが、一向に手がかりが得られていない。

ほとんど歴史に現れなかった神なのか、それとも神代よりももっと古い所以の神なのかのどちらか、強いて言えば後者に当たるのではないかと考えている。

どちらにしろ人の世に記録が殆どない状態かと思われるのだ。

「ニーナ君、ニーナ・カンダーナ君」と史学の教授がニーナを呼ぶ。

なんでしょうか?と駆け寄るニーナ。

「ああ。例のキミ達が見つけたと言う遺跡の調査に明日、行くことに急に決まってね。間もなく雨期に入るから入る前に1度行こうという算段だ。よかったらキミもついてこないかね?と思ったのだが、どうする?」

「はい!是非、参ります!」

では、と教授は待ち合わせの時間と場所を指示して去っていく。

ニーナは拠点となる村のファムムを思い出す。

「ファムムは元気にしてるかしら?そうだお土産を用意していきましょう!」

と、ニーナは1人準備のため街に繰り出す。

……

夜。

「ただいま~。うへ~、今日も疲れたよ~」

と、ヘトヘトになったノアが帰ってくる。

「あら、お帰りなさい。着替えてきたら?お茶を淹れますよ?」

「お願い~。ニーナのお茶は毎日の癒しよ、ホント」

ノアは法術の発表後、ひっきりなしに法術の授業をすることになり、かなりのハードスケジュールだ。

計算は得意だかスケジュール管理はからっきし苦手なノアはニーナやクラスの友達に助けられながら生徒と教える役の二足のわらじを上手くこなしている。

「ノ・アっ!ショートパンツで彷徨かない!」

「いーじゃん、楽なんだし。暑くなってきたんだし、おパンツ見えてる訳じゃないんだから!」

「おパンツとか言わない!」

「へいへい」とそのまま、自分の椅子に腰掛け、足を組むノア。

このようなやり取りは最早この部屋の日常だ。

この口喧嘩が2人ともちょっぴりストレス解消になってたりする。

「何か荷造りしてるわね?何処か行くの?」

書き物用の紙とペンを用意しながらノアはニーナに問う。

「ええ。例の遺跡に史学の教授の調査隊に同行させていただく事になりました」

ニーナは経緯を話す。

「お?ということはファムムの所にも行くの?」

「はい。あの村が拠点となる様です」

「ん?ファムムがどうかしたのか?」

ナイルが自室からリビングにやって来る。

手にはお茶うけ用のお菓子がそれなりの量ある。

ニーナはナイルにも事の次第を話す。

「おお!そうしたなら、ファムムやオバチャン達にヨーカンでも持っていってもらおう!我が国のお菓子分化を知ってもらいたいからな!」自室にヨーカンを取りに行くナイル。

「ええ。わたくしもお土産を見立てて買ってきました。喜んでくれると良いのですが」

喜ぶに決まってるよ、とノア。

「ところで、お前はまた何を書いてるんだ?」

大量のヨーカンをニーナに渡し、ナイルがノアの書き物を覗き込む。

「ん?そうだな~、属性論ってところかな?組み合わせると相性の良い属性とかを解説?してみようかなって。精霊魔法を研究するとよく分かるのよ~。見せられる状態になったら見せてあげるね~」

お茶菓子に手を伸ばすノア。

「それはそうと。そうか、ニーナが数日間留守にするのか。困ったな…」

「?何が困るのです?」

ナイルは真顔になり…

「ニーナが居ない状態でノアが居る。それ、即ち部屋が必ず散らかる」

ナイルの発言にニーナは「あ」とだけ答え、自分が帰ってきた時に散らかり放題になっている部屋(特にノアの)を想像してクラッとする。

言うまでもないがノアは片付けスキルがゼロである。

毎日、外出用の服を着て出かけ、部屋に戻ったら部屋着や寝巻きに着替える。それだけでも何故か部屋が散らかるのだ。

ちなみに、洗濯はニーナがしている。洗濯は好きなのでニーナ的には苦にならないようだが、ノアのそれは何故か量が多い。ナイルの物も洗っているが、特に大事な民族衣裳などの手入れはナイルに任せている。というか、ナイルがさせない。

一方、ノアは部屋が散らかる事を何も気にしていない。

だって、あたしの必要としてるものが何処にあるかわかるからいーじゃん。というのがノアの言い分である。

「はぁ…それを想像すると気が重いですね。ナイル!貴女が頼りです!」

ガシッとナイルの両肩を掴むニーナ。

「善処するが、期待しないでくれ」

にこやかに答えるナイル。

そして、2人は全く同じタイミングで深いため息をつき、肩を落とすのだった。

            2

翌朝。

天気は快晴。遺跡の調査隊は予定どおりの出立をし、予定どおり、拠点の村に着く。

少し湿った風が吹き抜けると、濃い緑の匂いが鼻腔をくすぐる。

2ヶ月前より草の青さがました村にニーナは到着する。

調査隊を宿に案内するニーナ。

「おばさま。こんにちは!」

ニーナは宿に入ると元気よく挨拶をする。

宿の女将のオバチャンが「あらあら!」とやって来て、多少の世間話の後、調査隊に部屋をあてがってもらう。唯一の女性だったニーナには個室があてがわれた。

教授から、今日は調査には行かないからゆっくりしなさい。と言われ、早速、ファムムに会いに行く事にするニーナ。

「おばさま。ナイルからのお土産です。東国のお菓子ですよ」

「まあ!珍しいものを!宜しく言っといてね」

「はい!ただ、物凄く甘いので、必ずお茶を用意することをオススメします」

あいよ。と返事をする、オバチャン。

ニーナは程なく、放牧場に向かう。

以前来た時は見られなかった牛や羊達がのびのびと過ごしている。

その中にファムムがいた。

ニーナは手を振りながらファムムを呼び小走りで駆け寄る。

「おお!ニーナちゃん!お久しぶりだす~」

抱きついてくる。

「なして、この村に?」

「例の遺跡を調査する事になりました。今回はその調査隊で来ました」

現状を説明する。

「そうなんだすな!それにしても、相変わらずニーナちゃんは細っこくて可愛いだす~」

どちらかというとややぽっちゃりしていて背も少し高いファムム。

「おっぱいさ、少しは大きくなっただか?」

ニーナが気にしていた事を無邪気に訊ねてくる。

ニーナは肩を落として「ちっとも…」と答え、少しの間の後、2人で声をあげて笑った。

ここ2ヵ月にお互い何をしていたか、家畜達をみながら話を2人でする2人。

時間を忘れて話す2人。気がつけば太陽が一番高い山に隠れ始めていた。

「あ、そろそろ牛っこ達さ戻す時間だす。わだすは、牛っこ達さ牛舎に帰すがら、今はこごまでだす。後で宿に遊びに行くだす~」

後で宿で会う約束をして、仕事に戻るファムム。

夜、宿のお手伝いがてら遊びに来たファムム。

オバチャンはお手伝いは良いからニーナのところに行くようにファムムに促す。

「ニーナちゃん。お腹いっぱいになっただか?」

ニーナの隣に座るファムム。

「はい!おばさまのお料理は美味しいので少し食べ過ぎてしまったくらいです」

「それは良かっただす~」

ちょっと待ってて下さいね?とニーナは部屋に用意したお土産を持ってくる。

ナイルからは東国のお菓子ヨーカンをニーナは日持ちのする街のお菓子と読み書き練習用の本を。

「前に、読み書きを勉強したいと言ってましたから、優しいものを用意しましたよ?」

「わぁ!ありがとうだす!いっぱい勉強するだす!」

「はい♪滞在中はわたくしが見て差し上げますよ」

「ニーナちゃん。ありがとうだす!大好きだす~♪」

抱きついてくるファムム。

その後はファムムに聞かれるままこの2ヶ月間の事を聞かれて話しをしてあげるニーナだった。

           3

翌朝。

準備を整え、ニーナは調査隊を例の遺跡まで先導する。

例の古ぼけた弓も持ってきた。壁画の女神の唯一の手掛かりの品だからだ。

森での狩りの経験からニーナは屋外の探索スキルがそれなりに備わっている。ランク付けするならBランクはあるだろう。

故に、小鬼の足跡はないか、魔獣の足跡はないかを警戒しながら進む。

最近は両方とも現れていないことを事前に話を聞いていたこともあり、それらの形跡が見つかることはなかった。

程なくして遺跡に繋がっている洞窟にたどり着く。遺跡が要調査対象となってからはこの洞窟には警備隊が常駐することになった。

何でも、洞窟内を整備、清掃し休憩所や仮眠所として使える様にしたそうだ。

「ご苦労様です」

警備隊に挨拶をするニーナ。教授と警備隊とが話をし、直ぐに探索の許可が下りた。

「では行こうか」

教授に促され、ニーナは遺跡まで案内する。

洞窟内での小鬼達との戦い。ファムムとの出会い。遺跡での守護者の石像との戦いを思い出す。

あの頃から少しは強くなっただろうか?とニーナは思った。脅威はないはずだが、万が一何かが現れたら、ノアとナイルのいない中、上手く出来るだろうか?少し不安になる。

程なくして遺跡に着く。

「ここから先が遺跡です。明かりは必要ありません。壁画の部屋は此方になりますが?」

調査隊を壁画の部屋に促そうとするが、すでに調査隊は遺跡の材質に興味を持っていかれていた。

「フムフム。これは調査のしがいがありますね。例の壁画の部屋にはまだ行きませんから、ニーナ君が行きたければ行くと良いでしょう。危険はなさそうですし」

確かに、調査と言っても壁画だけの調査ではないわけなので、ニーナは教授の言葉に甘える事にした。

……

3女神の壁画の部屋。

変わらない部屋に、ほっと胸を撫で下ろす。ニーナは翼の女神の絵の前に足を運ぶ。

不思議とこの翼の女神に惹かれるニーナ。

例の弓を握りしめ、壁画をただ、ただ、眺める。

その時、後方から何か気配を感じ、振り返り弓を構える。

部屋のほぼ中央の空間が歪み始める。そして、の歪みから、ヒトの腕の様なものが出現しまるで扉をこじ開けるかの様に歪みを広げていく。

そこに現れたのは威容な容姿の存在。

姿形はヒトのそれに近い。

瞳は赤く輝く。

身長は倍ほどもある。

筋骨隆々とした姿、肌の色は濃い褐色。

口元には鋭く巨大な牙の様なもの、爪も鋭く尖っている。

頭部には角のような突起物が隆起している。

衣服は簡素な腰巻き程度。

「ムハァ、久方ぶりの原界ぞ」

それは大きくひと伸びすると部屋を見渡す。

「ここは、む?あれは…」

それは壁画の絵を見て目を見開く。

「見間違えることはない、まさに憎き三煌神!」

(さんこうしん?それが壁画の女神さまの名前なの?)

ニーナは現れたものから目を話さず、警戒を怠らず、その上手に入れられる情報は得ようと思考していた。

「なんだ?ヒトの小娘か?」

それは遂にニーナに気づく。

「あ、あなたは何者ですか!」

恐る恐る、それに問うニーナ。

「ふ。愚かな人間め。我こそが『神』なり!憎き、三煌神所縁の場に出たようだが、丁度良い、破壊してやろう」

と手に魔力の球体を生み出し、壁の絵に解き放つ。

「やめて!」

ニーナは咄嗟に矢を放つ。

だが、その矢はそれを傷つけることはなかった。否、確かに刺さりはしたが、直ぐに抜け落ち、傷は再生した。

「貴方は…もしかして、堕神?」

堕神、という言葉を耳にしたそれは怒りの表情に変わっていく。

「貴様らのその呼び方、気に入らぬ。堕ちたる神だと?『神』に向かい何たる不遜!」

堕神は激昂し衝撃波の様なものをニーナに放つ。

衝撃波を受け、ニーナの体は翼の女神の壁画に叩きつけられる。

咄嗟に背面に障壁の魔法を使ったので衝撃はだいぶ緩和され、ダメージはない。

その衝撃で弓がポキリと、折れていた。

「く、弓が…堕神であろうが、なかろうが、この部屋での狼藉は許せません!」

ニーナは両手を付きだし魔法を放つ。

(今のわたくしならノアみたいに詠唱を破棄して魔法が放てる筈です!)

ニーナはノアにメディテーションを習ってから毎日欠かさずに続けてきた。そのためニーナの魔力の絶対量もかなり高まっているのだ。

『火熾天裂弾(イグニスバレット)!!』

ニーナは火の天使ミカエルの魔法を解き放つ。

無数の炎の矢の嵐が堕神を襲う。

「天使の力か、小癪な…」

堕神は腕でガードの姿勢を取り、致命傷を避けようとする。

ダメージがないわけではないがあまり効いていない。ニーナはそう感じ、次の魔法を準備する。

炎の矢の嵐が収まったところで次の魔法を放つ。

『水熾天波刃(ディヴァイン・ウェイブ)!!』

次は水の刃が堕神に迫る。それは押しては引く波の如く繰り返し斬撃を繰り出す。

「ぬうん!効かぬわ!」

堕神は自信の筋肉に力を入れ物理的な防御力を高め更にもともも高い魔法防御力も高めて、やり過ごす。

(効かない!どうすれば…)

ニーナが動きだそうとしたその時、既に堕神はニーナの目の前に迫っていた。

「遅いわ」

そう言い、ニーナの腹部に拳を叩き込む堕神。

ニーナは大きく吹き飛び、壁に激突する。

「かはっ…」

血と胃液の混ざったモノがニーナの口から吐瀉される。

あまりの痛みにうずくまるニーナ。

「小娘にしては楽しめた。褒美に殺さずにおこう。小鬼どもの苗床として飼い続けてやるぞ?ありがたく思え」

うずくまるニーナは無意識に持ってきていた古ぼけた弓に手を伸ばしていた。

ゆっくり起き上がり弓を引こうとする。

そして、その弓を見て堕神は驚愕する。

「ま、まさかその弓は『聖弓ライトクレイザー』!」

(ライト…クレイザー…)

そして、ニーナに駆け寄り、頭をつかみ持ち上げる。

「貴様その弓をどこで!その忌まわしき聖弓の所持者だったとは!すぐに小鬼の苗床にするのはやめだ、貴様はこうしてやる!」

そう言い、頭を掴む腕とは別の腕でニーナの左腕を握り潰す。

「アアアアアッ!」

ボキボキボキっと腕の骨が砕ける音が響き、あまりの激痛にニーナも悲鳴をあげる。

「グフフフ、良い声で哭くではないか。どおれ、もう片方も…」

そう言い、今度はニーナの右腕を握り潰す。

「アアアアアーッ!アアアアアッ!」

立て続けに両腕を破壊されるニーナ。あまりの激痛に、気を失いそうになる。

「ほう。まだ意識を保つか…ならば!」

と、堕神はニーナを壁に思い切り投げつける。

翼の女神に激突するニーナ。ズルズルと壁からずり落ちる。

「腕だけで済むと思うたか?」

と、堕神は近づき、今度はニーナの右足を踏み潰す。

鈍い音と、ニーナの絶叫が響く。

それでも意識を失わず、強い視線を堕神に向けるニーナ。

(せめて、心だけは屈しない!邪悪には屈しない!例え命を落とそうとしても!)

痛みで朦朧とするなかニーナは強い心で耐える。

「その眼嫌いではない。必ず屈服させてやるぞ、小娘。では、もう一つの足だ!」

堕神は今度はニーナの左足を踏み潰す。そして、ニーナを思い切り蹴飛ばす。フロアの端から端まで吹き飛ぶニーナ。

血を吐き、両腕、両足を破壊されてもその強い瞳の力は衰えない。身動きは一切取れない。抗えるのは心だけ…

「貴様の心を屈させるには…やはり、犯すしかなさそうだな」

そう言い、堕神は一歩、また一歩とニーナに近づく。

ニーナは最後の力を振り絞り、魔法を放つ。

「ふ…フライ・クーゲル!!」

ニーナの意思で自由に動く魔弾が堕神を襲う。

星は見えないが、考えられる急所を同時に攻撃する。

(せめて、眼と心臓と頭を!)

魔弾は堕神の防御を掻い潜りニーナの狙い通りに命中する。

「ぐぬううう。小娘が!我の急所を狙ったか?だが、惜しかったな。その程度では我が急所は貫けぬ」

堕神はゆっくりとニーナに近づき頭を掴んで持ち上げる。

両腕、両足を潰された痛みで気を失いそうになるが、持ち上げられた時もニーナはキッと堕神を睨み付ける。

「小娘…貴様その眼…天眼か?」

堕神はニーナの両の眼を見て言う。

(てんがん…以前、石像も同じことをいってました…天眼とはいったい)

「聖弓とよい、天眼とよい、この小娘、危険なモノを持ちすぎであるなぁ…」

ニヤリと微笑みニーナの頭を掴んでいないほうの手の人差し指と中指を伸ばす。

そして、ニーナの両の瞳に位置を合わせ。

「危険な天眼はこうであろう!」

と2本の指で

「アアアアアッー!アアアアアッ!ぅぅぅぅあ…」

両の眼も潰された。

「ふうーむ、良い声だ。悪くない、悪くない…ぞ!」

そして、もう一度壁に向け思い切り投げられる。

壁に激突するニーナ。

メキメキと、肩の骨、肋骨が折れる音がする。

激突した時点で1度口から血を吐くニーナ。

ゆっくりと崩れ落ちる様にずり落ちる。

そのまま地面に倒れ、再度口から血を吐く。

爽やかな青空を思わせる青色をしていたニーナの服は血反吐で汚れてしまっている。

(ああ…痛い、わたくし、死ぬのね。ノア、ナイルごめんなさい。力及びませんでした…でも、心は最後まで邪悪には屈しま、せん、でした)

そして、ニーナはこと切れる様に意識を失う。

           4

ニーナは何処とも言えぬ天も地もない白い空間を漂っていた。

砕かれた腕も動く、踏み潰された足も動く、潰された眼も見える。あれだけあった痛みは、ない。

ただ、ふんわりと浮遊している感覚がある。

「ここは…死後の世界でしょうか?」

キョロキョロと辺りを見回すニーナ。

そこに光を纏う一羽の7枚の翼を持つ鳥が向かってくる。

ニーナの目の前でその鳥は美しい女性にその姿を変える。

それは壁画の翼の女神と同じ姿をしていた。

「わたしは、七天の守護者たる秩序の光。煌天の鳳凰フェニーナ」

「煌天の鳳凰…フェニーナ…。七天の守護者、秩序の光…?貴女様が壁画の翼の女神様…」

フェニーナはこくりと頷く。そして「そなたは?」とニーナに問う。

「わたくしは、ニーナ。ニーナ・カンダーナです」

ニーナは女神と名前が少し似ていることが嬉しかった。

「ここは?わたくしは死んだのですか?」

ニーナの問いにフェニーナは首を横に振る。

「ここは何処とも言えぬ空間。生も死もありません。わたしは、そなたの邪悪に屈しぬ強い意志に惹かれて参りました」

「わたくしの意志に…」

そうです、とフェニーナは言う。

フェニーナは神代のおり、原界を我が物にしようとしていた悪しき神々、後に堕神と呼ばれる存在と戦った。

「その時の戦いに用いたのが、そなたが手していた弓。神器(アーティファクト)、七天の力を宿す光の聖弓ライトクレイザー。今は輝きを失っていますが」

ニーナの眼前に移籍で手に入れた弓が現れる。

「そして、悪しき神々と戦いし後は、世界の秩序を乱す『混沌(ケイオス)』と戦い続けている」

『混沌』。初めて聞く名である。

堕神よりもより、恐ろしく、邪悪で厄介なものなのだろうか…

「そして、わたしは原界を離れた。『混沌』を滅する為に」

フェニーナの話に聞き入るニーナ。

『混沌』は何処にでも現れ、秩序を乱す。この原界だけではありません。と、説明を付け加えるフェニーナ。

「ニーナ」

「は、はい!」

「わたしはそなたに、今世にて、わたしの力を継ぐにたる意志を見ました。わたしの力を継ぎ七天の守護者たる秩序の光、煌天の鳳凰となる意志はありますか?」

その道は険しく、永劫と続くやもしれません。とフェニーナは付け加える。

ニーナは一息、呼吸を整え、強い眼差しでフェニーナに応える。

「はい」

「では、聖弓を取りなさい」

ニーナは目の前の古ぼけた弓に左手を伸ばし、掴む。

するとまばゆい7色の光が解き放たれる。

ニーナはその光に何処か懐かしいような暖かさを感じていた。

「これでそなたは神器・聖弓ライトクレイザーの所持者となりました。物理世界での怪我も直ぐに修復されるでしょう。ただ…」

ただ…とフェニーナに口ごもったわけを問うニーナ。

「失われたそなたの眼は戻せぬ」

ニーナは力強く。

「構いません。生きて、いるのですから」

ニーナの強い眼差しにフェニーナは気付く。

「そなた…天眼か?」

またも、天眼。天眼とは一体なんなのか…

「天眼とはまさしく天が授けた眼のこと。あらゆる存在の弱点を見抜き、1度見た邪悪を見失うことはない」

フェニーナは続ける。

「わたしの眼を与えましょう。そなたと同じ天眼です。馴染む迄しばらく時を有しますが、そなたの為です。そなたは、いずれわたしをも超える存在になる。そう感じたからです」

自信の両目を何の躊躇いもなくえぐりだしニーナの眼に重ねる。

「フェニーナ様!」

「良いのです。神たる我が身。暫くすれば眼も戻ります。だが、ヒトたるそなたの眼は戻らない。さあ、戻りなさい。そなたのあるべき所へ…」

徐々に意識を失っていくニーナ。まるで昼寝のまどろみの様に…

           5

「動かなくなったか…危険な小娘よ。頭を踏み潰し、始末してくれるわ」

そう呟き、堕神がニーナの頭を踏み潰そうとしたとき、古ぼけた弓、聖弓ライトクレイザーがまばゆい光を放ち、満身創痍のニーナを包み込む。

「ぬわあああ!な、なんだこの忌まわしい光は!」

光の中、ニーナはゆっくりと立ち上がり、力強くライトクレイザーを掴む。そして、ゆっくりと両目を開く。

聖弓の放つ光が徐々に収まる。

1つ、異変があるとすれば、ニーナの栗色の髪が黄金の光を纏うかのごとくの金髪になっていること。

後世に綴られるノアの属性論によると「一部の属性の強さは体の特徴に現れる」とされた。つまり、今のニーナの金の髪への変化は、ニーナの中で光の力が強まっていることを現しているのだ。

「堕神よ。お覚悟を!」

そう言い、ニーナは弓を引く。

光の矢がつがわれ、解き放たれる!

聖弓から放たれた光の矢はその威力を増幅させ堕神の肩をいとも簡単に射抜く。

「ぐわあああ!我の肩がっ!」

ニーナは立て続けに弓を引く。弓を引くニーナの右手には火の力が強く収束している。

ーニーナ。ライトクレイザーは神聖魔法の力を増大させますー

ニーナの頭の中でフェニーナが語りかけてきていた。

『火熾天裂弾(イグニス・バレット)!!」

ニーナは再び、火の天使ミカエルの魔法を放つ。

ライトクレイザーにより威力が増幅された無数の炎の矢が堕神を襲う。

「ぐわあああ!な、なんだと言うのだ先ほど迄と威力がまるで違うではないかぁ!」

堕神の身体に無数の矢傷ができていく。

「おのれ!小娘!」

多少のダメージをものともせず堕神は一気に距離を詰め、鋭い爪の右腕を振り下ろす。

ーライトクレイザーはそのまま近接武器としても使えますー

フェニーナのアドバイスがニーナの頭に響く。

「物理障壁(プロテクション)!」

ライトクレイザーを盾にするように構え物理障壁を張るニーナ。

堕神は効果が増幅された物理障壁を破壊することができない。

「ぐっ!おのれ…」

1度距離を取る堕神。

ニーナはライトクレイザーを剣の構えで言うところの上段に構え魔力を込める。

ライトクレイザーを媒介に巨大な斧が形作られる。

土の熾天熾ウリエルの神性武器である。その名は。

『スワンチカ!!』

ニーナはそのまま巨大な斧を堕神めがけて振り下ろす。

斧から放たれた斬撃は堕神の片腕を吹き飛ばす。

「ぐわあああ!お、おのれ小娘!こ、ここは1度退散し軍勢を引き連れ、改めて蹂躙してくれるわ!」

堕神は現れた時と同じ空間の歪み、おそら間転移のゲートでえろう。を作り出し、そこに逃げ込む。

「逃しません!」

ニーナは聖弓を引き絞る。

ニーナの天眼は堕神の『星』をとらえていた。

「フライ・クーゲル!!」

そして、闇の熾天熾の神性武器を解き放つ。

ニーナの放った魔弾は堕神の作った空間の歪が閉じる前にその歪みに入り込む。

「申し訳ありません。既に見えています」

ゲートの中、片腕を抑え憎々気に独り言を呟く堕神。

だが、背後から神聖な力を纏う何かが複数個飛んでくるのを感じると、その顔は恐怖でひきつる。

「ば、バカな!!ゲートを通り越して我を追ってくるのか!」

堕神の回避行動、防御行動全てをすり抜け、放たれた魔弾は堕神の身体にある5つの急所、ニーナの天眼が見定めた『星』を同時にかつ、確実に射抜く。

「ぐは…バカな…バカなぁぁぁ!!神である我が、神である我が人間ごときにぃぃぃぃ!」

断末魔の叫びと共に堕神の肉体はゲートの奔流にも飲まれ粉微塵になり消滅したのだった。

ニーナは閉じたゲートの入口側で矢を放った姿勢のまま静止していた。

「全て、見えていました…これが天眼の力…」

戦いが終わると、ニーナの髪の毛の色も元の栗色に戻っていた。

最もこの戦いの時、ニーナは自分の変化に気付いてはいなかった。

だが、それと同時に両目に激痛が走る。

「痛いっ!これは、まだ、フェニーナから譲り受けた眼が身体に馴染んでいない証拠でしょうか?」

とても眼を開けていられる状態ではないのでニーナは眼を閉じる。

程なくして全身を途方もない疲労が襲う。

「だ、だめ…力が…意識が、とおく…」

ニーナはその場でゆっくりと崩れていく。

「おーい、ニーナ君!そちらで今物凄い音がしたが大丈夫か?」

教授の声が聞こえる。だが、ニーナは自分の意識を保っていることができない。

(せ、先生。ご無事でよかった…で、でも。あれだけ激しい戦いだったのに、今頃、気付かれたの、かしら…)

遂にニーナの意識は落ち、眠ってしまう。

駆けつけた教授達が見たものは、激しい戦闘の後と血だらけの服をきているものの外傷が全くない状態で穏やかな寝息を立てているニーナの姿だった…

            5

「はっ!」

ニーナは眼を覚まし、らしくなくガバッと起き上がる。

「あ、ニーナちゃん、気付いただか?」

「ファムム?」

回りをを見渡すと、宿の自室だった。

「すっかり寝ちまってるニーナちゃんが運ばれてからまる1日くらい経っただすよ?」

「そうですか、そんなに…」

ニーナは堕神との戦いで力を使い果たしてしまい、深い眠りについていたのだ。

翼の女神、煌天の鳳凰フェニーナの助力があったとは言え、初めて神器を使った戦いをしたのだ。今のニーナには少し過剰な力を引き出して使っていたことになる。そのため身体の負担も大きかったというワケだ。

ニーナはベッドから起き上がろうとすると、あることに気付く。

気付いた次の瞬間に顔が真っ赤になる。湯気でも出そうな程だ。

「はは、ははは…っははは…ハダカ!?な、な、な、何でハダカで寝てるんです~!?」

ニーナは顔を真っ赤にして眼をぐるぐるさせてパニックになる。

「いやー、ニーナちゃんの服、下着まで血だらけだっただすから、わだす頑張ってお洗濯したんだすが、落ちなかったので捨てちまっただすよ」

「お、落ちないからって捨てることないじゃないですか~!どどどど、どうやって街まで帰れば良いんですか~!!?」

「心配しなくても大丈夫だす。わだすの服さ、貸すだす。枕元においてあるだす」

ニーナは言われるまま用意されていたファムムの服を着る。

「ニーナちゃん、やっぱり、細っこくて可愛いだす。わだすは大きいから細っこいの憧れます」

「そ、そういうものなのですか?」

「はいだす」

とりあえず、ファムムの服を着てみたニーナ。

言うまでもないが、サイズが合わない。

特に、胸が…

「ファムム~!お胸のサイズが違いすぎます~!こ、こんなのノアに見られたら…」

「あれま!これは思った以上だす。ゴメンだすよ。ニーナちゃん。紐とかで縛って、羽織ものとか用意するだすから、我慢してくれだす」

ファムムはさりげなくニーナの痛いところを突いていたが、悪気がないのでニーナも何も言えない。

とりあえず、羽織ものを上から紐でしばって胸の辺りのガバガバ感を誤魔化すニーナ。

その後、3日ほどニーナは村に滞在した。調査団は3日間遺跡調査をして正解を得たようである。一方のニーナは静養を言い渡され、ファムムに約束通り読み書きを教えたりとのんびり過ごした。

ルーンヴェスタに戻る日が来る。ニーナがオバチャンやファムムから日持ちのするお土産をたくさん渡されたのは言うまでもない。

……

程なくしてルーンヴェスタに着くニーナ。

「では、ニーナ君。急がないが君が交戦したという堕神についてのレポートをよろしく頼むよ」

「はい。先生」

調査団と別れたニーナには、重要なミッションがあった。

それは、「ノアに見つからずに部屋に戻ること」である。全くサイズのあっていないファムムの服を着ている所を見られたら、絶対にからかわれる!そう思い寮に急ごうとするニーナ。

「あれ?ニーナじゃん。お帰り~」

と、早速ノアとその友達に見つかってしまった。

「の、ノア!?」

ノアの姿を見て動揺するニーナ。

「どしたの?その服。サイズあってないけど…特に」

「そんなことありません!」

「いや、何も言ってないけど」

あっ、という顔をするニーナ。

とりあえず、からかわれる前に事情を素直に話す事にする。

「ちょっと…」

「何でしょう?」

「堕神と戦えるなんて、羨ましい!早くあたしも戦いたい!後で話聞かせて!」

ノアらしい反応にから笑いのニーナ。

「それよりも、そのおっぱいのところガバガバの服をなんとかしないとね」

「うう…お願いだから、街中でお胸のことは触れないで下さい!」

「あはは。じゃ、あたしは授業しに行かなくちゃいけないからみんながニーナを可愛くコーディネイトしてあげてよね!あたしの時みたいに。何せあたしらファッションダメダメだから」

そう言いノアは「楽しみにしてるからね~」とだけ言い、立ち去っていく。

ノアの友達とニーナも顔見知りである。一緒に法術の練習をしたりすることもある。

じゃあ、行こう!とニーナは服屋に連れていかれる事になる。

………

「だ、ダメです!脚を見せるとかとんでもない!」

試着室越しからニーナの叫び声が聞こえる。

ちなみに下着も納得させるのを決めるまでそこそこの時間が掛かった。

用は、脚を見せた方が絶対に可愛い!と言い張るノアの友達と脚を絶対に見せたくない!というニーナで姦しく言い合っているのだ。

「でも、これ気に入ったって言ったじゃない?確かに可愛し似合ってるからからおすすめなんだけど…」

先ず選んだのは上下一体タイプのシャツワンピース。ゆったりとしているので動きを阻害しなさそうである。

白をベースに青のストライプが入っている。襟はスタンダードなもの。右側の身頃にはシルクで美しい模様が刺繍(空のイメージだろうか)がされているものに置き換えられている。シルクの右前身頃とスカートの丈から少し飛び出ているのが特徴的だ。ハイウエストタイプで濃いブルーのベルトで調節ができる。

スカートの丈はミニタイプで膝から少し上だ。

このミニ丈で揉めているのだ。

確かにニーナも一目惚れで着てみたい!でも脚は見せたくない!というジレンマだ。

「じゃあ、これ穿こう」と黒のレギンスを持ってくる友達。

これならということで早速レギンスを穿いてみるニーナ。

「これなら、この素敵な服も着れますし、脚も見せなくて済む。完璧です!」

ご満足である。

「じゃ、その上にこれは?」

と次に持ってこられたのはコート。面白いのは上半身部分と腰の辺りで布を変えていることだろう。上半身は空を思わせるブルーで短めの燕尾型。再度は高めにカットされており下のパーツがよく見える。下の部分はやや広がり気味のスカートの様になっている。上パーツには金で縁取りがされ、スカート部分もブルーでゆったりとしたカーブのラインで縁取りがされている。腰の部分はリボンが装飾されている。襟と袖は白。金の刺繍で縁取りがされている。

この上着を羽織ると丈は下に着ているワンピースのスカートより少し長いくらいでバランスがとてもよい。

ブーツはくるぶしくらいまでのショートブーツ。色は濃いめのベージュ。

このコーディネイトをニーナはとても気に入り、その場でお会計。

上機嫌でノアの友達と別れ部屋に戻るニーナだった。

……

「ただいま戻りました!」

夜、上機嫌で部屋に戻るニーナ。

「「おかえり」」

すでに今でお茶を飲んでいたノアとナイルはニーナを出迎える。

「見て下さい!この服!」

と、その場でくるりんと1回転するニーナ。

「良いじゃん!」「うむ」

と素直な感想を延べるノアとナイル。

「コートの下のワンピースも素敵なんですよ!」

と嬉しそうにコートを脱ぐニーナ。

服でこんなに嬉しそうに話す女の子だったんだ。と思う2人。

「じゃあ、ナイル。精霊魔法の話はとりあえずここまでね」

「ああ」

と、ノアは立ち上がり珈琲を淹れだす。

ノアらしからぬ手際の良さで珈琲を出すと、チョコレートも用意する。

「ささ。ニーナ。何があったか聞かせてもらうわよ!」

はい。と、コートを置きに1度部屋に戻るニーナ。

……

「これが、わたくしの神器、聖弓ライトクレイザーです」

遺跡で手に入れた古ぼけた弓が目映い輝きを放っている。

堕神との戦いで死にかけたこと、煌天の鳳凰フェニーナから力を得たことなど遺跡であった出来事を話すニーナ。

ノアは堕神と戦ったことを兎に角羨んでいた。自分の力がどれだけ通じるのか試したいのである。

ナイルは話に聞くだけで、堕神の恐ろしさを感じていた。

「わたくしは引き続き三煌神について調べていきます」

そして、ニーナはあれが堕神の中でも小物の方だと感じていた。

後日、ニーナの提出した堕神との戦闘の事、三煌神の事、神器の事は大いに魔法学校で話題になった。

この日からニーナは『神器持ち』として様々なもの達から注目を浴びていく事になるのだった。





如何でしたか?

ーなるほど。最初に手に入れた弓がそもそも例の聖弓だったのですね。それにしても、聖女殿は意志が強いー

聞き入っておりましたが、ご自分の知っている知識と当てはまりましたかしら?

ーはいー

それは、よかった。さて、次の話の前に昼食に致しましょう。出来ましたらお呼びします。どうぞ身体を動かすなどご自由に過ごされて下さい。

次はナイルの話をしたいと思います。そろそろ彼女にも大きな大きな転機が訪れます。それこそあの娘の生涯に関わる出来事です。それでは、一時の休息を。










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Stardust Heros Saga ~星屑英雄譚~伝説の三聖人 杵露ヒロ @naruyamato

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