第7話 朝の些細な出来事

さて、3人の出会いについてお話ししました。

これからニーナ、ノア、ナイルの3人は友情を育み、切磋琢磨して成長していきます。

次の話は、魔法学校に入学してそうそうに、3人で受けたクエストの話。クエストとは学校が指定する課題ですね。

では、最初のクエストのお話しを…

と、客人に話したところで「うふふ…」と思いだし笑いをしてしまう星導神セリカ。

ー如何したのです?ー

と客人が不思議がる。

あ、いえ。うふふ…つい、思いだし笑いを。クエストの前で3人が話してくれたことがとても可笑しくて、わたくしは大好きな話なものですから、つい。

ーどういったお話で?ー

と客人が問いかけると、1口お茶を飲み、セリカは答える。

ああ、ええ、うふふ。殿方にお話するような事ではないのですが、折角です。あの娘達の育ちの違いと言いますか環境の違いがわかるお話ですから、致しましょう。もし、あの娘達にあったとしてもこの話は聞いていないことにしてくださいね。

ーそれは、承知しました。して、どのような話なんです?ー

ええ、あれはあの娘達が学校に入学した翌朝に起こったことでした…

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入学初日の夜は立食パーティーだった。3人はそれぞれにパーティーを楽しんだ。

そして、その翌朝。

3人がどのように朝を過ごしているのか。

比較的早い時間。朝食を食べるための食堂が開くまで2時間はある。

リビングではすでに温かい湯気が立ち込め、ほのかな紅茶の香りが鼻腔をくすぐる。

ニーナがお茶を飲みながら、本を読んでいた。

孤児院の頃からの習慣で、まだ幼いきょうだい達が起きてくる前の静かな時間にゆったりとお茶を飲みながら読書をするのがニーナの日課だった。

本は高価な物で貧しい孤児院では院長のわずかな蔵書くらいしかないが、ニーナはそれを借りて繰り返し読んでいた。

今、読んでいる本は院長から譲り受けた歴史書。歴史から学ぶことは多く、実際にニーナはこの本から多くの事を学んでいるつもりだ。

ニーナは魔法の勉強以外で学校でしたかったことは「真っ先に大図書館に行って、本を借りて、たくさん読書すること」と語る。

孤児院ではきょうだい達が起きてくれば、やれ朝食だ、やれお洗濯だ、お掃除だとやることはたくさんで時間に追われていた。それがない、となると何処か不思議な感じがしていた。ゆったりとした時間を楽しんでいる。

しっかり者で生真面目なニーナだが、根はのんびりした女の子なのだ。1日で一番好きな時間は「お昼寝の時間」と言うくらいだ。

ページを捲る音と、ティーカップを動かす音が静かなリビングを彩っていた。

さて、一方のノアは…

自分の部屋のベッドの上に目を閉じた状態で胡座をかいて座っている。手はお臍の前辺りで組まれている。

呼吸は静かに、ゆっくりと行われている。

何より、ノアの身体の回りを淡い光が覆っている。これは魔力の光である。

今、ノアは己の魔力を高めるためのメディテーショントレーニングの最中だ。ノアはこのトレーニングをはじめて魔法を教わった日から1日も欠かさず、朝起きた時、夜寝る前と続けてきている。昨晩も部屋に戻った後トレーニングをしてから休んでいる。

後世では「大魔導士ノアは無限の魔力を持つ」と揶揄されたが、これはこの地道なトレーニングにより魔力を高め内包する魔力の絶対量を高めたからである。魔力の自然回復のスピードは魔力量に比例することがわかっている。

故に、魔力の絶対量が並みの魔法使いの比ではないため、回復量も高まっていたのである。

静かにメディテーションをするノア。

さて、ナイルは、というと…

例の空き部屋で剣の稽古をしていた。

当面、使い道の思い当たらなかった部屋をナイルの提案で稽古場にすることにしたのだ。

女子生徒なら何かと要りようになるだろう、と学校側が気を聞かせ物置、衣裳部屋として用意していたのだが、とりわけこの3人は大荷物、というわけではない。

ナイルは毎日剣術の型を念入りに確認している。これも、国にいた頃からのナイルの日課だ。

奇しくも3人とも早起きして何かをやる習慣が身に付いていたのだ。

メディテーションを終えたノアは紅茶のよい香りに気づく。

あたしももらおっと、と部屋を出る。

残された部屋の中には脱ぎ捨てられた上着とズボンとブーツが転がっていた…

「おはよ、ニーナ。あたしにもお茶ちょうだい」

頭をわしわしとかきながらノアは部屋から出てくる。

ノアに声をかけられ目線を本からノアに移しながらニーナは

「おはようございま……」

と、ノアの姿を見る。

ぼっ、とニーナの顔が真っ赤になった。

「どしたの?赤くなって」

ノアは何処吹く風でニーナを見る。

「な、な、な…」

ニーナはわなわなと震えながら…

『なんですかー!その、はしたない格好わーっっっ!!』

手で耳をふさぐ仕草をするノア。

「な、なんだ?」

そのニーナの叫び声は稽古中のナイルの耳にも届く。

「な、何って普通じゃん?」

「普通じゃありません!ハダカでなんか寝ません!」

「いや、着てるじゃん」

「ハダカ同然です。そんな格好」

「女の子しかいないし、いいじゃん」

「ダメです。女の子同士でもダメです」

「あ、おパンツは新品よ?」

「そういう問題じゃありません。それからおパンツとか言いません。はしたない」

「え~。でもキャラバンのおねさえん達のなかにはスッポンポンで寝てた人もいるけど…それよりマシじゃん?」

「だから!ハダカでは寝ません!」

「あたしも何回かやったけど、解放感あってラクよ?」

「だ・か・ら!そういう問題じゃありません!」

「あ、スッポンポンのお姉さん、スッポンポンの男の人と一緒に寝てたよ」

「関係ありません!それから、そんなのはわたくし達にはまだはやすぎます!」

「あ、パイポジずれた」

「何してるんです?」

「パイポジずれたから直してるの。落ち着かないのよパイポジずれると」

と下着の胸の収まり具合の位置を直すノア。

「?何処の言葉です?」

「ん?おねえさん達がよく使ってたよ。おっぱいポジションの略だって」

「そんなはしたない言葉忘れていいです。使っちゃいけません!」

「あ、ニーナは小さいからよくわからないか」

「大きさは関係ありません!言葉としてダメです!」

と、押し問答。

ナイルが戻ってきているのに気づかないでやっていた。

「あ、ナイル。おはよ」

「あ、ああ、おはよう。朝から何の騒ぎだ?他の部屋の方々は多分まだ寝てる時間だぞ」

「ナイル!もう、ノアのはしたない格好を見てください!貴女からも何か言ってやって下さい!」

ニーナは見たままの事情を説明する。

「んー。ノア。私の国でも女子は人様に多くの肌を晒さない様にしつけられるぞ。特に下着で彷徨くのは女子だけだと言っても、よくない」

ぶーっ、と口を尖らせるノア。

「あ、でもナイルも大きいからあたしの言ってることわかるよね?」

「ん?何がだ?」

「パイポジ」

「だ・か・らぁ!そんなはしたない言葉はダメです!」

「うーん。胸のことか?まー、ノアの言いたいことは分かるが…人の前で口に出して言うことではないな」

自分の胸の大きさを否定しないナイル。

「せめて、下でもちゃんと寝巻きとかはかない方にはお茶は出しません!」

ニーナはプイッとそっぽを向く。

「それから、わたくし、お胸のことは気にしてません!弓を引くのに邪魔になりますから今の大きさで丁度いいのです!」

珍しく、頭に血がのぼっているニーナ。たくさんの妹達を相手にしている様な感覚だ。

「ぶー。わかったわよ…」と、とぼとぼ部屋に戻るノア。

ふぅ~っと、大きなため息のニーナ。

ガチャ!ガチャ!バタン!

ノアの部屋から騒がしい音が聞こえる。

その音を聞き目頭を押さえるニーナ。苦笑いのナイル。

「はい。これで文句ない?」

と柔らかな生地でできた白いショートパンツを穿いてくるノア。

「…あるなら最初から穿いて下さい」

ニーナはため息をつきながらお茶を淹れ直す。

「ナイルものみますよね?」

「ああ。そうだ!甘いものを持ってきてやろう!」

と、自室に戻るナイル。

「これだ」と何か茶色いカタマリを持ってくるナイル。

「なにこれ?食べれんの?」

とノア。

「こら!失礼ですよ!」 

内心同じ事思いつつもノアを叱るニーナ。

「ああ。これは『ヨーカン』という。小豆という赤い豆を甘く炊いて、固めたものだ。我が国のお茶の共の鉄板の逸品だぞ?」

と、手際よく切り分けていくナイル。

「「へ~」」

と、そのヨーカンを口にする二人。

「「あまーーーーーい」」

あわててお茶を飲む二人。

「ん?そんなに甘かったか?」

ナイルもヨーカンを一口食べる。

ほっぺたに手をやり、うっとりとした表情でナイルは言う。

「嗚呼、この甘さ!こうでないと!」

実はナイルは極度の甘党なのだ。

「ん?どうした?どんどん食べてくれ!日持ちするからたくさん用意させたんだから」

まー、不味いわけではないから、いいか。と顔を見やるニーナとノア。

ヨーカンの甘さと紅茶の組み合わせを楽しむ3人。

「ナイルは甘いものすきなのね?」

ノアがヨーカンをつつきながら質問する。

「ああ!甘いものを食べると幸せな気分になるからな!甘ければ甘いほどいいぞ♪」

ニコニコ顔のナイル。

その笑顔に何処かほっこりするニーナとノア。

先ほどの喧騒は何処へ行ったのやら。

だが、ニーナはこの頃のノアは魔法の事以外は本当にガサツで、はしたなくて、雑で大雑把でまるで新しい妹が出来たみたいにしつけをしていました。と語っている。

「ノア。そろそろ朝食の時間ですが、髪はとかしたのですか?」

と最後のお茶を飲み干しながら聞く。

「やったよ、こういう風に…っと」

ノアは無造作に手櫛でわしわしと髪をすく。

それを見たニーナは深いため息。

一方のそれをナイルは固まっていた。

「ん?どしたの?ナイル?」

ガタッ!と椅子を立ち上がり。

「見せてみろ」

とノアの髪を見る。

じっーと髪をみて、ナイルは

『何だ!この髪は!手入れも何もあったもんじゃない!ちょっと待ってなさい!』

と声を荒げ、部屋に行く。

部屋から戻ったナイルの手には黒塗りの綺麗な箱が持たれていた。そこから、櫛を取り出す。

そして、おもむろにノアの髪をすきだす。

「いた!いたいっ!」

ナイルが櫛を走らせる度、プチプチと音が聞こえる。ノアの髪が抜けてるのだ。

「全く…我が国では女子は10歳になったら祖母から髪の手入れの道具を与えられるんだ」

慣れた手付きでノアの髪をすく、ナイル。

次第に、プチプチいわなくなるノアの髪。

「そして、こんな風に女家族で髪の手入れを教えていくんだ。私もあねさま達によく可愛がられてたんだ」

箱の中の小瓶から少量の油を手に取り伸ばしてからノアの髪に塗って、櫛を入れる。

「これは、髪に良い成分がたっぷり入った油なんだ」

痛んでいたノアの髪も大分滑らかになってくる。

「私の国では女は何よりも髪を大事にするんだ。いくら顔が美しても髪が荒れていては見向きもされない」

油も馴染んで、ノアの髪は美しい光沢を纏いはじめる。

「へぇ~。じゃあ、髪もキレイで顔も良くて、スタイルも完璧なナイルは、モテまくりってことね」

とノアが言う。

「う~ん、私はただ、王家の者として身嗜みに気を付けていただけだよ。皆からは『カグヤ』と字されたが…」

「「カグヤ?」」

「あ、ああ。我が国での月の女神の事だ。美の女神でもあり、戦う女性を守護する戦神でもある。私がカグヤなどと…全くおそれ多いよ」

と、謙遜するナイルだが、アークザイン国民の多くはナイルの凛としさ美しさを認め、憧れているのだ。

「ほら、とりあえず今はこんなものだな」

と、合わせ鏡を取り出し、ノアに見せる。

ボサボサで所々跳ねていたノアの髪は見違えるように美しくなっていた。

「ニーナ、見て見て!髪のお手入れでこんなに変わるのねー。我ながら惚れ惚れする~」

と、ノアもご満悦だ。

着替えてくるねー、と部屋に戻るノア。

「ニーナもどうだ?」

何処と無く羨ましそうにノアを見ていたのを気づかれたニーナ。孤児院では毎日、妹達の髪をすいてやっていたのだが、自分はされたことないな、とニーナは思っていた。

「ほら、遠慮するな。先も、下の娘の髪を女家族みんなですいてやると話したろう。私は末姫だったから自分で他人の髪をすいてやったことがなくてな。折角だから友達の髪をすいてやりたいんだ」

「そ、そういうことでしたら、是非!」

「分かった」

2人とも何処と無く嬉しそうだ。

ニーナの髪に櫛を走らせるナイル。

「う~ん。きちんととかされているが、やはりところどころ髪が痛んでいるな」

「え?そうなのですか?気を付けていたのですが」

「ああ。普通にとかしていたくらいか?」

「ええ。念入りに。わたくしも年上でしたので下のきょうだい達に見られるので身嗜みはきちんとしていたつもりだったのですが」

「いや、しっかりしているよ」

と、ナイルはノアに塗ったのと同じ油をニーナの髪につけ、櫛をすく。

次第に艶を得て滑らかになっていくニーナの髪。

「ほら、よくなったぞ」

「まあ!全然ちがいますね!」

ニーナも鏡をみて、自分の髪の変化に喜ぶ。

「おっ?ニーナもやってもらったのね?いいじゃーん」

着替えたノアが戻ってくる。

「はい!ありがとうございます、ナイル」

「またやってね」

2人に喜ばれてナイルも嬉しそうだ。

「どういたしまして。私も嬉しい。じゃあ、私も着替えてくる」

「はい、わたくしも」

……

「お待たせしました」

まず、ニーナが戻る。

「待たせたな」

と、ナイル。

「へぇ~、ナイルはお化粧もするのね~」

ナイルの目尻と唇に紅がひかれていた。

「あ、ああ。私の国では、女は15の時に母から化粧道具を贈られるんだ。そこで化粧を習う」

「何で15歳何ですか?」

「ああ、我が国では15歳は大人の仲間入りをする年齢なんだ。結婚もできるようになる」

「なるほど。じゃあ、ナイルはもう結婚できるんだ!」

まあな。と軽く受け流すナイル。

「あ、今日はお袖はついてないのですね。昨日、着ていたものと少し違いますか?」

と、ナイルの服装のわずかな違いに気付くニーナ。

「ああ。昨日のアオズズアイは式典や公の場で着る最上位のモノだ。袖も同じくだ。今着ているのは色は同じたが、生地の質が下がる。平時に着るようにこさえたモノだ」

平時のものといえど仕立ては普通の服とは比べ物にならないな。とニーナは感じた。

「確かに、昨日のに比べると生地の質は下がってるし、細かい刺繍もないわね。でも仕立ての良さはかわらないなぁ。細部まで丁寧に仕上げられてる」

「違いがわかるのか?」

「まあね。キャラバンで色々な商品扱ってきたから目は利くのよ」

ノアの意外な特技に驚くニーナ。

「値段つけるなら、昨日のはそうだな~…最高級のドレスより上、かな。そもそも、こっちの国々と紡織の技術が違う感じ。生地も絹の中でも特に上質なものを選びに選びぬいて、しかも拘って作られてる。刺繍の意匠も何か意味があるのかなぁ?って思うよ」

ノアの見立てに感心する2人。

「すごいな。ほぼほぼあってるよ」

「ホント?やるじゃん、あたし。キャラバンで何度もニセモノ摘まされそうになったからねー。そろそろ、行こうよ。お腹すいた~」

ノアが声をかけると残りの2人も頷き、食堂へと向かったのだった。



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