第5話 剣聖ナイル

さて、ノアのルーツは今語った通りです。

彼女の才能は目を見張るものがあったようです。最も、当のノアは「毎日、自分がどうやったらすごい魔法使いになれるかな?としか考えてなかった」とよく笑っていました。

そして、星導神セリカは客人のお茶を淹れなおす。

今度は緑色のお茶だ。

東国のものですね?と客人は問いかける。

ええ、折角ですから、ナイルの事を語るならお茶はこちらの方が良いでしょう。とセリカ。

さて、精霊魔法を極め、あらゆる剣術を極めたナイル。

3人の中でも小さくない葛藤を乗り越えて来た彼女です。ですが、先ずは彼女の紹介も兼ね、生い立ちから語りましょうか?

            1

草原を暖かい風が吹き抜ける。この国では間もなく春を告げる風だ。

この原界では大陸は南北に走る大峡谷により東西に分けられている。先のニーナやノアが主に住むのが西側の国々である。

西側は3大国家と称される国とその他いくつかの勢力が存在する。

そして、今から語るナイルの住むのが東側の国。名をアークザイン王国という。

広大な草原を国土の殆どとする1つの国であり、独特の文化が育まれてきていた。

先も説明した通り、東国と西国の間には大峡谷がある。

風の大峡谷と呼ばれ、年中風が吹き荒れており、風が穏やかなわずかな時が東西交流の大きな機会なのだ。

風は数ヶ月吹き荒れることもあれば、何日も穏やかな日もある。原初の時代から一際、風の力が強かったと言われている。

この風の大峡谷が陸路による東西の交流を困難にしているのだ。

アークザイン王国の北部と南部には海が広がっている。

では、海路はどうか?

アークザイン王国の北部の海域は風の大峡谷の影響か、非常に荒れやすい海域として知られている。多くの船乗りが西側諸国からアークザイン王国の海路を切り開こうとしてきたが、成功したものは誰もいない。

では、南部の海域はどうか?

西側諸国の南東部は険しい山岳地帯となっており、大きな船を出せる港が作れない。よって、南側からの海からの交易も困難を極める。

それらの自然の事情がアークザイン王国を独自の文化を持つ国に育て上げたのだ。

王都。

ここはアークザイン王国の王都である。

王城を中心としてその回りには有力な家臣軍が住み、その外に大きな城下町が発展している。

人々の往来も多く活気に満ち満ちている。人の多さならば東西合わせた大陸の王都では一番だろう。

王城内の稽古場で優雅にかつ力強く刀を振るう少女がいる。

凛とした佇まいの少女だ。艶やかな黒髪は頭の後ろで高めの位置で1度まとめられている。ポニーテールというやつだ。その上で尻尾部分にあたる髪は腰まで。ヘアピンの様なものだろうか?髪留めの小物も凝られた意匠が施され見事なものである。

背は同年代の女性からすればやや高い。細身の身体も相まってより高く見える。

切れ長の目をしており、瞳は髪同様に黒い。目尻に施された赤色の化粧がより眼を際立たせている。

唇にも紅がひかれている。

新緑の瑞々しい葉を思わせる様な濃いグリーンのトップスは、この国独特の『アオズズアイ』と呼ばれる民族衣裳だ。

襟は前合わせの立て襟。ノースリーブが特徴だ。上半身部分は身体にフィットする仕立てだ。丈は足首くらいまであるが、ウエスト部分から深いスリットが入っている。また、所々細かい刺繍が施されており、絹であろうか?布地も高級な物が使われているのが遠目でもわかる。

腕にはアオズズアイと同色のアームカバーの様な物。ゆったりとした袖口が特徴的である。

ボトムスとしてやはりこの国の民族衣裳の1つ「ハルカマ」をはいている。ゆったりとしたスカートの様な仕立ての物だがひだが着いているのが特徴的だ。

色は草原を思わせる様な明るく薄い緑色だ。

靴は編み上げのブーツだが、この国では何故か「ハイカラ靴」と称される。

少女は型の練習を終え刀を鞘に納める。

パチパチと拍手の音。

「さすが、カグヤ殿。今日も優美ですね」

拍手の主は女性だ。少女より年上だろう。色は違うがアオズズアイを着ている。

「あねさま。からかうのは止めてください」

ため息とともに姉であろう人物に近づく少女。

「うふふ。だって可愛い妹がカグヤに例えられてるんですもの、嬉しくて、つい、ね」

柔らかく微笑みながら女性は言う。

「私にはナイルという名前をあるのです。名前で呼んでください。カグヤだ何て、畏れ多い。」

そう、今、刀を振るっていた少女が後の剣聖ナイルだ。

ナイルはアークザイン王国の生まれだったのだ。

余談だが、カグヤとはこのアークザイン国の神話、伝承における月の女神にして美の女神。また戦う女性を守護する戦女神の側面もあわせ持つ。そのカグヤに例えられるのはこの国の女性をにとって大変に名誉な事なのだ。

「して、あねさま。何用ですか?ただ私をからかいに来たわけではありませんよね?」

ナイルは姉に問う。

「ええ。あなたの事をお祖父様がお呼びだわ」

「え?大王さまが?」

大王とはナイル達の祖父への敬称だ。

ナイルは姉とともに広間へと向かう。

           2

広間では王家の面々が勢揃いしていた。

ナイルの祖父、母。兄、姉達。

ナイルの父親は彼女が幼い頃、流行り病で亡くなられている。

多くの兄妹の中でもナイルは末姫なのだ。兄、姉達からも可愛がられている。

「ナイル、参りました」

そう言い一礼するナイル。

「うむ。先日、西のルーンヴェスタ国から客人が参ったのは知っているな?」

ナイルはうなずく。

話の内容はこうだ。

ルーンヴェスタ国のアレン公子が、堕神との戦いのため多くの人が魔法を学べる機会を作ろうと学校の設立に大陸中を奔走しておられる。

わざわざ、公子自ら、風の大峡谷を越え、その願いをアークザインにも申し出に来られた。

その学校は身分や貧富の関係なく学べる様にすることに考えている、と。

「儂はアレン殿の人となりを見て感服した。故に、我が国としてもその学校の設立、運営に全面的に協力することを決めた」

「はい。それで、私をお呼びになったのは?」

「うむ。アークザインからの誠意の証として王家の者をその学舎に通わせたいと思ったのでな。そなたに行ってもらいたい」

ナイルは驚く。

「その学校は丁度お前と同じくらいの年の頃の者が多く通う予定だそうだ。お前には魔法の才もある。それに、私個人の意見だが、若いお前に西国の文化に触れてきて学んでもらいたい。そして、我が国との橋渡しとなって欲しいのだ」

と、ナイルの兄が続ける。

「すでに、大王はアレン公子殿に習い、この国でも多くの者に魔法の勉強をさせられるように指示を出された。そこはすでに私と先生殿で動き始めている」

先生とは西国からやって来た魔法使いの女性で、この国の文化に入れ込んでしまい、それ以降この国に住んでいる。ナイルの魔法の師でもある。博識であり、王家の相談役も担っている。

「我が王家には神器があるが、神器1つで護れるものは多くない。幸い、我が国は堕神の侵略は少ない。だが、いつ、堕神が攻勢をかけてくるかわからない以上、多くの者に魔法を学ばせるのが良策と考えたわけだ。」

と大王の代わりに兄が説明する。

兄の言う通り、アークザイン王家には代々神器が受け継がれている。

風の神の強い加護を得た神剣で、銘をクサナギと言う。但し、同じく風の神の強い加護を授けられた者にしか振るう事が許されない。神器の継承者には風をあしらった紋章が身体の何処かに現れる。王家ではこの紋章を『風神の紋章』と呼んでいる。

残念ながらナイルには紋章は現れなかった。

故にナイルには神剣は扱えない。

「さて、話が少しそれたが、どうじゃ?行ってくれるな?」

迷うことはなかった。もともと、魔法の師の話を聞き、西側諸国の文化や剣術に興味があったからだ。

「承知しました。この不肖ナイル、ルーンヴェスタ国に参ります」

深々と頭を下げるナイル。

事の詳細はまた、後日話すと言うことでこの会合は解散となった。

           3

学校の開校は春。もう間もなくだ。

風の大峡谷の様子を見なくてはならないことからナイルの出立は急ぎ進められた。

ナイル自身は自分の手荷物など必要最低限のものを既にまとめていた。

それとは別に、王族として用意しておかなければならないものが多く家のものはてんやわんやと準備を進めていた。

当のナイルは稽古場で型の練習を行っている。毎日の日課であるし、何処であろうと欠かすことはない。

「ナイル。来なさい」

稽古場にナイルの兄が現れた。

「準備はどうだ?」

「はい、私の方は万全です」

「そうか。久しぶりに稽古をつけてやろう」

そう言い、兄は木刀を構える。

「はい!是非に!」

ナイルも訓練用の木刀に持ちかえる。

「ナイル。我が王家の秘剣、四風剣は体得したか?」

「はい。そのつもりです」

「わかった。ならば見せてみよ」

兄は晴眼に構える。

ならば、遠慮はいらない!今の自分の力量を図るよい機会だ。そう思い、ナイルも構える。

腰を落とし、刀を水平に構える。突きの姿勢だ。刀を持った方の腕を引き、反対の腕を前に突き出すように構える。

そして、呼吸を整え、一気呵成に踏み込む。

その様は吹き抜ける一陣の風である。

超高速の踏み込みによる刺突技である。

通常のものならその突進を捌くことすら難しいだろう。だが、さすがはナイルの兄、いとも簡単に受け流す。

「見事な『疾風』だ」

「流石は兄上。軽く流されました。では次は…」

ナイルは瞬時に呼吸を整え、刀を下段に構える。そして、今度は大きく身体全体で旋回しながら刀を振るう。

広範囲をなぎ払う技だ。

ナイルの兄はこれも上手く避ける。

「うむ。申し分ない『旋風』だ」

続けてナイルは呼吸を整えながら刀を上段に構える。

そして、烈迫の気合いとともに刀を振り下ろす。

ナイルの兄はそれを最小限の動きでかわす。

剣圧による衝撃が数メートルにわたり地面を斬る。

一撃必殺の大技『烈風』である。

「では、構えよナイル」

今度は兄が剣を構える。

ナイルは静かに呼吸を整え、兄の動きを見定める。

兄の踏み込みに呼吸を合わせ、紙一重で流し、カウンターの一刀を入れるナイル。

「見事。最も難しいとされる『凪』も体得していたか。兄として嬉しく思うぞ」

2人は1度間合いを取る。ナイルは自然と一礼していた。

兄は改めて王家の秘剣について説明する。

王家の秘剣の秘訣はその呼吸方にある。呼吸により風の力を取り込み、身体能力を爆発的に向上させて繰り出すのだ。無論、普段の稽古により肉体も十分に鍛えられている必要もある。

幼い頃から剣術に打ち込んできたナイルの肉体は年齢からすれば十分以上に鍛えられている。それ故にアオズズアイを来たときの上半身のラインは際立って美しい。その美しさに男性よりも、国内の多くの女性が憧れているのだ。

「肉体、呼吸方ともに問題なし。強いて言えばまだそなたが成長期でまだ身体が完全に出来上がってないことが懸念されるが、それも問題なさそうだ」

兄は続ける。

「ナイル。私はそなたに天賦の才を感じている。故に、本来ならば神剣の継承者にしか相伝されない最後の秘剣を見せる事にした。西に行くそなたへの手向けでもある」

ナイルは緊張から無意識に唾液を飲み込んでいた。

「構えよナイル。そして、刮目せよ!」

ナイルは剣を構え、兄の所作を一挙一動見逃さないように集中する。

刀を構え、呼吸を整える兄。そして、一気に間合いを詰め技を繰り出す。

………

動きを見るのに集中していたこともあるが、一歩も動けなかった。否、動いたら斬られていた。

「見たか?これが王家の秘奥『神風』だ」

ナイルが感じたのは、避けることも受けることも出来ない技である事だ。故の神風である。と。

『疾風』神速を有し、間合いを詰める、突進技。

『旋風』広くをなぎ払う範囲攻撃。

『烈風』一撃必殺の一刀。

『凪』唯一無二のカウンター技。

「これが、秘奥…『神風』」

ナイルが感じたのは、「斬撃による一呼吸の間に行われる全方位攻撃」だ。それ故に技の難しさを瞬時に悟らせる。

「そなたならいずれ神風をも使いこなすだろう。そんな予感がするのだ。さて、稽古はこれまで。支度に戻るがよい」

兄に促され、出立の支度へと戻るナイルだった。

間もなく、ナイルも王都を出立する。

風の大峡谷の事を考え、時期に余裕を持った旅立ちだ。

ナイルの旅立ちは多くの者に期待され祝福されたものだった。

道中も穏やかに済み、風の大峡谷で数日の足止めを受けたもの、順調に西側諸国に入りルーンヴェスタを目指すことができたのだった。

           4

こうして、ナイルも旅立ちました。

旅立ち事態は穏やかなものでしたが、王族としての責務や立場など学校での気苦労は絶えなかったと、彼女は語りました。

え?なぜ、アークザイン王家の家名を名乗るのを止めたか、ですか?

それにはナイル自身の大きな葛藤と決断があってのことですが、その事を語れるのはまだまだ先の話。

さて、もう間もなく運命の3人が出会います。

話を続けるその前に、一息いれましょうか…


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