第3話 聖女ニーナ
三聖人について話しを始めましょうか。
類い希な才能を持ち、それに傲らぬ努力を重ね、運命の導きを得て、比類なき存在となった三聖人。
その名は
『聖女 ニーナ・カンダーナ』
『大魔導士 ノア・セリーナ』
『剣聖 ナイル・ルターナ』
といいます。
さて、まずは、聖女ニーナから話し始めましょう。
1
某国のとある森。
豊かな森で自然の恵みを多く得ている。その森の中にある孤児院でニーナは育ちました。
心優しく、物腰は丁寧で、礼儀正しい。
髪は明るい栗色で綺麗にボブカットに整えている。カチューシャバンドが良く似合う。瞳は青く肌は白く透き通る様だ。背は、一般的な女性の平均か、やや低いくらい。細身の少女だ。
動きやすさを重視し、肌の露出を抑えた服を来ている。スカートだが、丈は膝よりやや下。膝までのブーツを履いている。
孤児院の庭。切り開かれた場所にあり、日がよく射す。
ニーナは他の子供達と弓の稽古に励んでいる。
森の中で暮らす彼女等からすれば狩りのために弓の練習は必要なのだ。
ニーナは呼吸を整え、しっかりと的を見定めて矢を放つ。
ヒュン!
小気味良い風切り音を立て矢は飛び、ストンっ!と的の真ん中に命中する。
「すごーい、ニーナ!いつやっても百発百中だね!」
「ホント、ニーナが的を外したところ見たことがないよ」
ニーナは少し照れくさそうに微笑む。
「ニーナ!皆、来なさい!」
孤児院から男性が出てきて子供達に声をかける。
この孤児院の院長だ。
年の頃は50ほど中肉中背の穏やかそうな男性だ。
「今日は、魔法の先生がいらっしゃる日だ。到着は夕時になるそうだ。私は町に用があるので、そちらで落ち合う事になっている。留守を頼みますよ」
「「はい!」」
院長は子供達に促す。
「今日は狩りの日だが、あまり遠くには行かないように」
院長は続ける。
「最近この森の界隈で大型のイノシシが現れている様だ。近くの村では被害も出ている。もし、出会ってしまったら無理はしないで逃げなさい。皆に怪我をされたら困りますからね」
「「はい」」
「宜しい。では、私も出立しよう。皆は解散」
院長の一言で子供達は解散する。弓の練習のあとは個々の自由時間だ。
「みなさん、昼食までにはもどってくださいね。院長先生の仰るように、遠出はいけませんよ!」
昼食当番のニーナが院内の庭に散っていった弟妹達を優しく微笑みながら眺めながら、声をかける。
ニーナはこの孤児院の中では年長者組だ。しっかりもしてくる。
院長を見送ったニーナは院内の台所へと向かう。
「さて、お昼は何にしましょうか…」
料理が好きなニーナは皆が美味しそうに食べる姿を想像し、ニコニコしながら献立を考え始めたのだった。
2
昼食に、得意料理のポトフをこさえたニーナ。腸詰めが残っていたのでたっぷり入れてある。弟妹達の大好きなメニューだ。お腹を空かした弟妹達が来るのをまだか、まだか?と待っていた。
「ニーナ、大変だ!」
あわただしく、院内に雪崩れ込んでくる弟妹達。
「どうしたの?何があったのですか?」
ニーナはただ事でないと感じ、エプロンを外す。
「それが…」
話を聞くと弟妹達の数人が森に入ったまま戻らない。ということだった。
ニーナは一考する。そして、意を決した表情をして、1人、頷く。
「わたくしが探してきます。皆さんは院からでないでいてください」
壁にかけてある自分の弓矢を身に付けながらニーナは言う。
「院長先生の仰るように、森がなにやらおかしいです。危険だから大人しくしてましょうね」
優しく微笑み、弟妹達を安心させるために一人一人、頭を撫でてから院を出る、ニーナ。
…
森を警戒しながら歩くニーナ。
彼女はここ数日、森の様子がどこかおかしい事を感じていた。
(院長先生の仰った、オオイノシシ。普段ならこの辺りには現れないハズです。彼を追い立てる何が…)
ニーナはハッとして、呟く。
「もしかして、魔物?」
この穏やかな森に魔物が現れたかもしれない。そう考えると、ニーナはゾッとした。
魔物の殆どは堕神の眷族である。到底、人が1人で立ち向かうにはむずかしい存在だ。その様な存在が現れているのなら、普段、人里に現れないオオイノシシもナワバリを侵されて出てくるのではないか?
そう考えると、怖いくらいにしっくり来る…
あの子が無事だといいのですが…
ニーナは弟妹の安全を祈りながら森を歩く。
すると、遠方から激しい蹄の音。
オオイノシシだ!
ニーナは弓を構え、警戒の体勢に入る。
「ニーナ!助けて~!」
近くの樹の上から声がする。そちらを見上げると、まだ帰ってきてない弟妹の最後の1人がいた。
「もう、貴方ってこは…そこでなにをしているのですかっ?」
「ごめんなさい。今日来る先生のために山菜取ってたら、オオイノシシが現れちゃって、動けなくなっちゃった…」
悪気があっての事ではないようなので、叱るのは後
とニーナは思ったようだ。
「兎に角、今はそこで息を潜めていなさい。オオイノシシはわたくしが何とかします」
そういい、ニーナは気配を消し、オオイノシシに向かう。
このまま、オオイノシシが去るとは思わなかったからだ。
静かに、静かに距離を詰める。幸いオオイノシシには気づかれていない。
(『星』が見えれば…)
ニーナには不思議な力がある。
動物の体に『星』のようなものが見えることがあるのだ。その星に向け矢を放つと、矢は寸分たがわず星を射抜く。そして、星を射抜かれた動物は絶命する。特に抵抗や暴れたりするまでもなく、ただ、パタリとその命を終えるのだ。
この『星』がニーナを狩り名人にしているのだが、動物の命を一撃で奪う『死の星』。その力に心優しいニーナは心を痛めている。何はともあれ、命を奪う能力だからだ。
(でも、今は『星』が見えなければ、この状況を打開できません)
ニーナの弓を握る手に力が入る。
ジリッ、ジリッとオオイノシシを弓の射程に収めるたまにじり寄る。
勿論だが、オオイノシシの突進をまともに受けたらただではすまない。それが更なる緊張を生む。
(見えたっ!)
距離を詰める。
イノシシのある1点に大きな星が見えた。
ニーナはゴクリと唾液を飲み込み、目を閉じ、スーッと深呼吸をし、ゆっくり目をあけてから弓に矢をつがえる。
ゆっくりと呼吸を整え集中力を高めるニーナ。オオイノシシが弓の射程に収まるまで静かに待つ。
パキッ、とオオイノシシが落ちた枯れ枝を踏んだところで、ニーナは樹の陰からイノシシの側面におどりでる。
突然、人間が現れたことに驚くオオイノシシ。向きをニーナの方に向き直し、突撃をかけようとする。
しかし、狩り名人であり、何度もイノシシを狩猟してるニーナの予想と経験則に基づく行動が上回った。
「えいっ!」
ニーナは『星』に向け矢を放つ。
イノシシが突撃を始めようと向き直ったところ、ヒュンッとイノシシの顔の横を矢がかすめ、その矢はニーナの見た『星』へと吸い寄せられていく。
ズシュッ!と音を立て、ニーナの矢は星を射抜いた!
ピタリと動きを止めるイノシシ。そして、ゆっくりと倒れ、そのまま動かなくなる。
……
静寂が支払いする。
「す、すごーい!すごいよ、ニーナ!」
樹の上から降りてきた男の子がニーナを称える。
「あの大きいイノシシ、1発で仕留めちゃった!」
まるで自分の事のように喜ぶ。
「ありがとうございます。でも、このイノシシをこのままには出来ませんから、皆を呼んできてくださいな。院まで運びましょう。わたくしはここで少し様子をうかがいながら休憩をしてますから。」
はーい!と元気よく院に向かう男の子が見えなくなったところで、ニーナは「はぁ~」っと大きく息を吐き出し、大きな木に寄っ掛かりながらへたりこんでしまう。
過度の集中が疲労を倍増させていたのだ。
「でも、あの子が無事でよかった…」
丁度良く暖かい木漏れ日が射し込んでくる。
ニーナは、そのままウトウトっと眠りについてしまうのだった。
3
ガヤガヤと回りが騒がしくなりニーナは目を覚ます。
「あっ、起きたよ」
それを見ていた孤児院のきょうだいの1人がニーナを見る。
見てみるとすでにオオイノシシは台車に乗せられていた。
ニーナも含む孤児院の子供達は院長や周囲の村の狩人から狩りのイロハや道具の使い方を丁寧に習ってる。
獲物を台車に乗せるくらいのお手伝いは全員が出来るのだ。
「いやー、ニーナがあまりにも気持ち良さそうに寝てたから、起こすの悪いなーって思ってさ」
年の頃の近い子が気を使ってくれたのだ。
とりあえず、院にイノシシを運ぼうと皆で台車を動かし始めたところ。
グオォォォォーッ!
と今まで聞いたことのないような獣の咆哮が響きわたる。
なんだなんだと、大騒ぎの孤児院の仲間。
ニーナの悪い予感が的中したのだ。
「もしかしたら、魔物かもしれません。急いで院にもどりましょう。」
ニーナは弓を構え、最後尾に位置取る。
もしかしたら、このイノシシは魔物の獲物だったのでは?魔物に食べられまいと、ただイノシシは逃げていただけなのでは?
ニーナはその様な事を考えながら警戒を続けた。魔物の迫る気配を感じる。幾らか狩りを経験した者達も同様の気配を感じていたのかもしれない。皆で協力して一目散に孤児院を目指した。
オオイノシシを解体場に起き、子供達は院内で守りを固める。入口を椅子やテーブルで押さえた。
魔獣の咆哮がどんどん近づいてくる。
院の2階から様子を伺っていたニーナはついに魔物を目視で確認する。
「大きくて、恐ろしい。あれが魔物…」
ニーナが姿を確認したのは大型の熊の様な魔物だ。体の大きさはヒグマをゆうに越える。眼は真っ赤で見るだけで狂暴なのが分かる。爪牙は鋭く、前腕や後ろ足の一部は甲殻のようなもので覆われており、鋭い刺の様な突起物確認できた。
怖かった。
ニーナは一目でその魔物が恐ろしい存在であることを感じた。
堕神の眷族たる魔物。ヒトが敵うものなの?星が見えたとしても弓で敵うの?あの厚そうな毛皮には矢が通りそうとは思えない。そうなると、考えうる手段は…
「魔法しか、ない」
習ってきた魔法はすべて復習し、練習してきた。頂いた教書も読み込んである。
問題は、魔法を完成させる時間だ。
ニーナは思考を巡らせ、自分なりの作戦を立てる。今の彼女に出来うる最大のものだ。
「皆は院からでないでください。もし、わたくしがもどらなければ逃げてください」
そういい、ニーナはきょうだい達の言葉を待たずに魔物に向かっていく。
「さあ、こっちです!」
魔物の気をひくために矢を放つニーナ。
体に当ててみるが、想像通り厚い毛皮で弾かれた。
矢が体に当たったのが不快だったのか魔物は大きな咆哮をあげ、ニーナに突進してくる。
木々が邪魔しているものの、魔物の突進は思った以上のスピードだ。
このスピードと体の大きさで体当たりなんかされたら、ニーナくらいの人間は即死かもしれない。
死の恐怖と隣り合わせだが、何処かで落ち着いている自分もいた。
ニーナは魔物の顔に向けて手を開き、魔法を使う。
「ホーリーライト!」
次の瞬間まばゆい光が魔物の眼前で広がる。
本来なら悪霊等を打ち払う魔法だが、物はつかいよう。まばゆい光で魔物の視界を奪うことに成功した。
急いでニーナはある程度の距離を取り両手を組んで祈るような仕草をする。
魔力を集中させ始めたのだ。
(ここは森の中、炎はだめ。水や風も本来の力が出ない。ならば…)
ニーナはポツリ、ポツリと詠唱を始める。
『天を守護せし6大の天使、汝、剛毅なる土の力、ウリエル…我が求めに応じ、その力を顕現せしめたまえ…』
そのまま、やや早めだがしっかりと言葉を紡ぐニーナ。
詠唱が進むにつれニーナの回りで魔力が高まっていく。ニーナは両手に神聖な力と大地の力強さを感じていた。
魔法の完成を感じたニーナは1度魔物を見据え、思い切り両手を地面に叩きつけ力ある言葉を放つ。
『地熾天剛槍ッ(ホーリー・グレイブ)!!」
………
何も、起こらない!?失敗?
ニーナは狼狽する。
魔物も目眩ましが解かれ、獲物たるニーナを睨み付ける。大きく開かれた口からは鋭い牙。ポタポタとヨダレが垂れていた。
魔物がニーナに向け突進しようと両の前脚を地面につく。
その時、魔物の回りだけ激しく地面が震動した。震動が収まると、魔物の足元から巨大な岩の槍が突き上げてきた。その岩の槍の巨大さは森の木々とそう変わらない高さなこと。
魔物は岩の槍で空中に打ち上げられた。そして、そのまま、2度、3度と岩の槍が魔物を打ち上げる。
3度目の打ち上げが終わったところ。
「見えたっ!」
ニーナは魔物の体に星を確認した。
普通の弓は通じない、例え星目掛けても、毛皮で弾かれてしまうだろう。なら!
ニーナは弓を構える仕草をする。
白い光の矢がそこに産み出される。
ニーナの学ぶ神聖魔法の最も基礎的な魔法、聖なる矢、ホーリーアローの魔法だ。
この魔法は、基礎となる。と魔法の先生は仰られた。それから毎日、練習してきた。
ニーナは空中の魔物の星を睨み付けて、一気に魔法を放つ。
『ホーリーアロー!』
ニーナの手から放たれた光の矢は寸分違わず、ニーナの見た魔物の『星』を撃ち抜き、貫通した。
やった!
ニーナは確かな手応えを感じていた。
魔物の巨体が大きな音を立て地面に激突する。おそるおそる、近づくニーナ。近づき魔物の様子を確認する。
「絶命してる…」
星を射抜いたときの他の動物の様に、魔物もピクリとも動かなくなっていた。
「よかった…護れた…」
そう呟くとニーナは2、3歩後退り、そのままどさりと、地面に腰掛けた。
「「スゴイ!スゴイよ!ニーナ!」」
院のきょうだい達が駆けつけてくる。
魔物をやっつけたこと、皆が口々に誉めていた。
当のニーナは初めて使った大魔法の反動と、1日の疲労のためかその場で眠ってしまっていたのだった。
4
解体されたオオイノシシは夕食として振る舞われた。
余った物は近くの村にお裾分けしたり、保存食にするそうだ。
魔物も、ニーナ達により解体された。熊に似ていたため、熊の解体のノウハウが生きたのだろう。
翌朝、大事な話がある、とニーナは二人の先生に呼ばれた。
「ニーナ。昨日は見事な活躍だったそうですね」
穏やかに、魔法の先生が切り出す。
「初めて、大魔法を使って成功させた。見事な才能です」
謙遜するニーナ。
「さて、今、世間では堕神の軍勢と戦うため、魔法のノウハウを学び共有出来る学校を作り出そうとしています」
その話を聞き、ニーナはその様な学舎があればどれだけ素晴らしい勉強が出来るのだろうか?と想いを馳せた。
「そこでは、私も教鞭を取ることになっています。そこで、誰か学校の生徒を紹介てきないか?という話がでて、貴女のことを思い出しました」
ニーナは驚きの声をあげる。
ニーナも一度は断ろうとしますが、院長が「私からも頼みます。」
昨日の出来事から、本当にニーナを学ばせたい、と思ったのだ、と。
暫く考えた後、ニーナは学校にいくことを決めたのだった。
そして、半年。
ついにその学校が開校することになり、ニーナも孤児院から巣立つ日がきたのだ。
院長に呼ばれる。
「ニーナ。ここを旅立つに辺り、皆からの贈り物がある。」
「贈り物ですか?滅相もない。それにこの院のどこにそんなお金が?」
院長はお金のやりくりについて話す。
半年前の魔物の討伐で多額の報償金が入ったのと素材が思いの外高く売れたことを院長は話しした。
「ニーナ。贈り物は服です。この院を代表して学校に行くのですから、当て布の後や縫い間違えの後の残った服では行かせられない、と皆で話し合いました。皆のためにもぜひ、着てみて下さい。それとも、貴女は家族からの贈り物を無下にするのかな?」
院長に説得され、ニーナは院の皆が選んでくれた服に袖をとおし始める。
カチューシャバンドは白。こちらは新調したものになる。トップスはうすい水色がかったブラウス。フリルスタンドカラーが可愛らしく特徴的だ。その上にベージュのベスト。ボトムスは空の色を感じさせるブルーのふわりとしたミディ丈のスカート。動きやすさを重視したため、このスカートはなかなか決まらなかったそうだ。
そして、靴は濃いベージュの少しだけ踵のある(運動するのに邪魔にならないほど)編み上げのブーツ。
新しい服に袖を通し、心機一転、皆の前に姿を表すニーナ。
孤児院の全員の応援を受け、ニーナは決意を秘めて巣だって行くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます