第26話 皇太子襲来 第3話
王太子に報告しなければ。
イーサンはガレオを案内しながら苦い顔をする。
寮まで連れ帰るのも一苦労だ。
「御兄様!」
呼び掛けに焦る。アイラが嬉しそうに駆け寄って来る。
しまった。注意しておくのだった。
「やぁ、アイラ。こちらはヴィロア帝国皇太子、ガレオ・ベルナルド殿下だ。御挨拶なさい。」
アリアス語で言うと、アイラは察して丁寧に御辞儀をする。
「お目通り光栄に存じます。イーサン・ウィリアムズが
流暢なアリアス語で挨拶し、微笑む。
ガレオは無遠慮にじろじろとアイラを見る。
「なんだこのチビ。入学前か?」
アイラの頬がひきつる。貴方だってそんなに変わらない背丈じゃない!という言葉をぐっと堪えた。
「っいいえ殿下、義妹は私の一つ下で!」
イーサンがそれを見て慌てて訂正する。
「ふーん」
ガレオはつかつかとアイラに近寄る。
アイラはギリギリ笑顔を保つ。
急にガレオはアイラの胸を鷲掴んだ。
「おお、本当だ。ここはりっぱだな。」
まるで物のように言い、ふにふにと握る。
「どうだ?わが後宮へ入れてやろうか?」
ふふんとガレオは笑った。
その手首をイーサンが掴んで引き剥がす。
「…
イーサンは低い声で訴える。
怒りに声が震えている。
「はぁ?たかがチビをさわったくらいで何だ!」
イーサンの手を振り払うと呆れたようにガレオは言う。
「!それは暴力に他なりません!謝罪をお願いします!」
話の噛み合わなさに苛立ち、イーサンは更に言う。
いつも賑やかなアイラだが、あまりの衝撃に声出ない。
誰にも、義兄にもまだ触れられたことは無かったのに。
「何がボーリョクだ!皇太子がさわってやったのだ!名誉と思え!…何だ?その眼は!」
睨むようなイーサンの視線に胸ぐらを掴む。
「御兄様!私は平気だから!」
その事態にアイラは何とか義兄を止めようとする。
こんなこと位何でもない。そう自分に言い聞かせる。
下手をすれば国家間の問題になってしまう。
そうなったらウィリアムズ伯爵家はどうなる。
二人で守っていくと決めたのに。
「私のアイラを傷つけられて!黙っていられるわけないでしょう!」
「御兄様!!」
イーサンは、潤んだ眼で何とか強がるアイラに怒りが治まらない。
魔力を高めるイーサンをアイラは必死にしがみついて止めようとする。
「な、何だよ!」
足元から風が巻き起こり、ガレオがやや怯む。
「あれぇ?なぁにぃ?喧嘩ぁ?面白そぉ」
不意に楽しげな声が降ってくる。
ガレオが上を見ると逆さまに覗き込む人間が居る。
「うわっ?!」
ガレオは驚いて後退った。
その拍子に手を離す。
「副寮長ぉ、このチビなぁにぃ?」
逆さまのままのノアは呑気にイーサンに尋ねる。
ふわりとガレオの身体が浮く。
「何だ?!何をする!おろせ!オレをだれだと思ってる!」
そのまま上昇していく。
「ええぇ?じゃあぁお前ぇ、我を誰だと思ってるぅ?」
空中で逆さまのまま
「何を言ってる?!早くおろせ!オレは皇太子だぞ!!」
「だからぁ?」
にぃぃっとノアは歯を見せて嗤う。
「寮長!そいつ言葉分かんないのよ!」
アイラがイーサンに抱き付いたままノアに声を掛ける。
「アイラ、『そいつ』は駄目ですよ。」
いくらガレオに言葉が分からなくても、周りの耳もある。
ノアの乱入に逆に少し落ち着いたイーサンは生真面目に窘める。
「うぇぇ、何それぇ、面倒いぃ」
逆さまのままゆっくり回転してアイラの方を向くとノアは唇をひん曲げる。
ノアは思念が読める。だからガレオが何を言ってるか分かる。
だがアリアス語は話せない。
ぐるんと縦回転して上下を戻すと、つい、とガレオに近付く。
へらあと嗤いながら。
「な!何だ?!寄るな!来るな!!」
不気味さを感じてガレオは逃げようとするが、びくともしない。
「ぅえぇぃっ」
ガレオの額を指で突っつく。
『分かる?』
回線を繋げて脳に直接話す。
思念を伝えるから、言語は必要ない。
うん。合理的だ。ノアは思う。
「ぎゃあああっ」
ガレオは急に思念が流れ込んできて大騒ぎだ。
イーサンもアイラも何が起きてるのか分からない。
『煩いな。焦がすよ。』
小さい炎がぽぽぽっと何個か現れる。
フレイヤから燃やすなっては言われたけど、焦がすくらいなら良いよね?
「何をする!オレは皇太子だぞ!!」
炙られそうになって叫ぶ。
『さっきも聞いた。だから?』
同じ事を二回も言うなんて。頭悪いなこれ。
「早くおろせ!さもないと!」
『さもないと?』
へらへらと楽しみにノアは続きを待つ。
「父上に言い付けるぞ!」
これで恐れ入るだろうと、勝ち誇ったようにガレオは言った。
『何だ、つまんない奴。』
ノアは心底つまらなそうな表情で言う。
皇太子だっていうから、何をするか期待したのに。
テオは少なくとも、自力でどうにかするだろう。
テオならどうするかな?
今度やってみようかな?
「何だと?!」
『何お前、何も出来ないの?』
チビだけど制服着てるからそれなりの
「こっ皇太子に無礼だぞ!!」
何だこいつ!何なんだ!
ガレオは混乱する。
皇太后だって逆らえず、ルイを自分に差し出したのだ。
『ノアだよ。』
思考を読んで、ノアは答える。
「ノアだと?…!お前が、ノア・モリスなのか?!」
まずい、一番注意を受けた人物だ。
『何の?』
「…さすが大魔法使いと呼ばれるだけのことはある!」
大魔法使い。決して怒らせてはならない。取り込むことが出来れば…。
そう言われたことを思い出す。
「よし!喜べ!お前を召しかかえてやろう!」
確かに使えそうだ。
自分に仕える栄誉を与えてやろう。
『嫌だ。偉そうで楽しくない。』
これと話すの飽きたな。
面白くない。
『我はフレイヤが良い。』
フレイヤの言うことしか聞きたくない。ノアは微笑む。
「何だと?!あんなムヒョージョーおばけのどこが…」
ノアの目が紅く妖しく光る。
そこから先が続かない。
声が出ない!
『フレイヤは、綺麗だ。』
それに可愛い。優しいし。撫でてくれるし。それから…。
『もういい。お前。つまんない。』
ガレオの額の前をノアの手が
もう、脳内にノアの声は聞こえない。
ガレオが必死に口を動かしている。
「わぁぁ、お魚みたいぃ」
これは、ちょっとだけ面白い。
「寮長、ありがとうございます。」
イーサンが礼を言う。
「でも、どうして…。」
自身が魚のようにすいいっと移動してくるノアにイーサンは戸惑う。
ノアは他人に興味を示さない。
一人を除いて。
そう思っていたし、実際そうだった。
それがまるで庇うように。
「ん~?あぁ、何だっけぇ?」
ノアはくるりと瞳を
「寮長はぁ、寮生を守らなきゃなんだってぇ。」
にこにこと言う。
その笑顔で誰から言い付けられたかすぐ分かる。
「あとぉ、アイラ可愛いぃ」
「!駄目ですよ!アイラは私のですっ」
イーサンが大いに慌てて言う。
まさかまさか!ノアがアイラに興味を?!
「ってフレイヤがぁ」
にこぉっと機嫌良く笑う。
ああ、私可愛いから。とアイラは思った。フレイヤの可愛いもの認定を受けたらしい。
何はともあれ助かった。
「寮長、あれ、降ろした方が」
イーサンもつい『あれ』呼ばわりをしてしまう。
「えぇえ?面倒いぃ」
「そう仰いますが私には…」
いつものノアにどっと疲れる。
そうは言ってもイーサンに『あれ』を降ろす
最早かなりの上空で、自分の魔法の適用範囲を越えている。
いや、自分だってとても放っておきたいが。
「むぅぅ、じゃあ落とすぅ」
「待っ!」
言った途端ガレオの自由落下が始まる。
ガレオの顔が恐怖に歪むが、相変わらず声は全く出ない。
叫ぶ形の口で降ってくる。
イーサンが風の魔法で何とか受け止めた。
無事ガレオを地面に降ろすと、アイラと二人安堵の息を吐く。
さすがのガレオも放心状態だ。
へたり込んでいる。
ノアはさっさと消えてしまった。
そこへ誰かが知らせたらしく、テオとディランが足早にやってくる。
「ノアは?」
「消えました。」
テオは溜め息を吐く。
「ディラン。頼めるか?」
「…仕方ありませんね。」
言う割りに心なしか機嫌良く見える。
「イーサン、苦労を掛けた。アイラ、君にも僕から謝罪する。」
テオは頭を下げた。
ガレオはその様子に驚愕する。
何か言おうとしてぱくぱくと口を動かす。
「勿体ない御言葉です。」
イーサンは恐縮する。
「そんな、とんでもございません。」
アイラも慌てる。
「そうか?恩に着る。」
テオはそう言ってキラキラの笑顔を見せる。
「僕は用があるので済まないがこれで失礼するよ。」
そう言ってガレオの方を見る。
「ああ、皇太子殿下は夕食までにディランと今日の課題を終らせたまえ。」
有無を言わさず、どちらにせよ言えないが、テオは迫力のある笑顔でそう言うと、足早にその場を去った。
テオは寮長用会議室に急ぐ。
出来れば全力疾走したい位だが、自重する。
やはり試験など受けないでそばに居るのだった。
イーサンに全て聞いた。
悔やみ、謝罪するイーサンを責める気にはならない。
相手の
イーサンは出来うる限りのことはしてくれた。
なのにアイラにまで不快な思いをさせてしまった。
女性を何だと思ってる。
本当に信じられない。
それにまさか自分が居ない時にあの話題を持ち出してくるとは。
変な所で小知恵が回る。
苛々を何とか鎮めながら会議室の扉を開ける。
「ルイ!」
開けて驚く。
もう放課後になって大分経つのに、居ると思ったルイの姿が無い。
もしかして、今日は来ないのか?
それとも何か用事が?
いや、約束をした。会ってくれと。
ルイは約束は守る。
約束…。
はっとした。
自分は何をルイに約束させた?
『居ないときに話した内容は全部教えて。』
『何かされたり、言われたら隠さずに全部教えるんだよ。』
ルイはそれらにも
嫉妬からくる安易な約束。
まだ皇太子がどんな男か知らなかった。
イーサンから聞いたあの言葉を、自分はルイの口から言わせるつもりか?
どうしてこう、詰めが甘い。
もしかすると、それで今日は来ない、いや、来られないのか?
ルイを探して、あの約束は無かったことにしてくれと言わなければ。
もう寮に帰ってしまっただろうか?
まさかどこかで泣いて?!
勢い良く扉を開けたら、ルイが居た。
「テオ様?」
驚いた顔のルイの腕を掴むと、強引に部屋に引き込んだ。
「あ!」
勢いでルイの抱えていた教科書類が床に散らばる。
「いいから!」
後で僕が拾う!
扉を閉めると抱き
良かった。来て、くれた。
「…お待たせして、申し訳ありません。」
溜め息にしゅんとしてルイは言う。
遅くなって心配を掛けてしまった。
「違う!僕が、僕の方が、済まない。」
声が震えるのを抑えられない。
「どう、されたのですか?」
いつになく余裕の無い様子のテオをルイは不思議がる。
「イーサンから話は聞いた。僕はそれを君に話せと、」
ルイは聞くとぴく、と震える。
「…君に話せなんて、酷い約束をしてしまった。」
離すまいと抱く。
「あの約束は、取り消させて欲しい。」
また一方的に願う。
「テオ様が仰るのでしたら…。」
ルイはすぐにそう答える。
「…うん、ありがとう。」
内心の葛藤。
自分が言うからと、何でも言うことを聞いてくれなくて良い。
命令じゃないんだ。
言いたいけど、ここは聞いて欲しい、我ながら身勝手だ。
「…」
ここに来るまで、どこにいたのだろう。
聞きたいけど、咎めたい訳じゃない。
聞き方が浮かばなくて、黙る。
「…あの、図書室に辞書を借りに」
行っていて遅くなったと、申し訳なさそうにルイは言う。
それも床に落ちている。
気付いたルイが拾いたそうなので、渋々腕を解く。
自分も拾い集める。
「ありがとうございます。」
渡すと遠慮がちに礼を言う。
「…あの、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
教科書類を胸に抱えると珍しく、ルイが口火を切る。
「何故、約束をお取り下げに?」
「え?」
驚いてルイを見る。
ルイを思ってのことだったが、自分の口で告げたかったのだろうか。
「ウィリアムズ様は守って下さいました。
ルイの眼が潤む。
「お伝えしようと思い、…大丈夫、と、…お約束を、ちゃんと、…無ければもっと早くお会い出来たのにっ」
ぎゅう、と教科書類を抱き締めて唇を引き結ぶ。
「ごめんルイ!僕が愚かだった!」
涙を
泣くのを我慢して、震えながら何度も息を吐くルイに胸が痛みながらも、一方で喜んでしまう自分も居る。
ルイは、早く会いたかったのに、と言ってくれたのだ。
こんな時だからかもしれない、でも、ルイが、自分に、会いたかったと。
嬉しさが込み上げ、ルイの頬に触れると唇を重ねる。
「!」
ルイは驚いて目を
ぽろりと、涙が頬を伝う。
「申し訳、ありません…。」
涙を拭くと神妙な顔でルイは言う。
「謝らないでくれ。」
そうテオが言ってもルイは
「お会いすると駄目になりそうで…。」
落ち込む。
ガレオが言うような事実はないと思いながらも涙が出そうになり、ぐっと堪えた。
落ち着こうと図書室へ行った。
テオに会いたかった。腕の中で安心したかった。でもその為にはちゃんと起こったことを話さないと。
泣いたら優しいテオに心配を掛ける、泣いてしまったら一生懸命守ってくれたイーサンにも申し訳ない。
自分で大丈夫と言ったのに。
そう思って、どう話すか考えて、ようやく心を決めて来たのに。
心配そうなテオの顔を見たら、やっぱり駄目で。
話すと涙が
その上、余計なこと口走ってしまった。
約束が無ければ、もっと早く会えたのにと。
ちゃんとすぐ話しに来られなかった自分が悪いのに。
「申し訳、ございません。」
沈み込む。
自分はどうしてこうなのだろう。
もっと強くならなければ。
テオの隣に居られるように。
「謝ることなんてない。謝るなら僕の方だ。あんな約束、早く取り消すのだった。」
俯くルイの肩を掴む。
そうしたら今日はもっと早くルイに会えた。
悪いのは全部自分なのに、どうしてルイが謝るのだろう。
それに。
「僕に会うと駄目になるって、何だい?」
ルイは全然駄目なんかじゃないのに。
それに、自分に会うと、と言うのはちょっと聞き捨てならない。
「…」
ルイはあからさまに目を逸らした。
駄目、って、もしかして自分がか?
確かに、思い当たる節しかない。
勝手に婚約を破棄させて、強引に婚約を了承させて、無理やり抱き締めて、口付けて、命令ばかりして、約束ばかりさせて、その上それを忘れて苦しめて…。
さあ、と血の気が引く。
「駄目、なのは僕か?」
肩を掴んだ手に思わず力が入る。
「?」
「もしかして、僕が嫌いに?!」
少しは好かれていると、思い込んでいただけなのか?
それともこんな奴だから嫌いに?!
「?!そんなことありません!」
テオはいつも優しくて、だから、甘えてしまって、ちっとも強くなれない。
「私が!私が、駄目、なんです。」
ルイは俯く。約束も守れず、その上テオを責めて泣いてしまった。
「何で?どうして?君のどこが駄目だって言うんだ?」
自分の言葉を否定してくれたルイに、取り敢えず安堵する。が、俯くルイを不思議に思う。
「…私、テオ様よりもう弱いんです。」
しばらく躊躇い、ルイは絞り出すように言う。
「…うん?」
テオは何を言い出すのかと思う。
彼女は妃選びの実戦で一位の成績だ。
無論自分も助太刀はしたが、勝ったのはルイだ。ルイは控え目に小細工なんて言っていたが、あの多彩な攻撃手段、技の数々には驚かされた。
「どんどん、弱くなってるんです。」
庇われて、守られて、甘えて、甘えて。
昔はテオに勝てていたこともあったが、あれはテオが自分と同じ流派の剣で戦おうとしてくれたから。後で気付き恥じ入った。
今はもう立ち合っても勝てそうにない。
「もっと、強くなりたいのに。」
出来れば、テオの前に立ってテオを守れる位。でも今のままでは、腕の中に居てはテオを守れない。
テオを守れなくては。
「弱いと、お側に居られません。」
真剣にルイは悩んでいる。
悩んでいるのは分かった。
側に居たいと思ってくれているのも。嬉しさに胸が熱くなる。
「どうして、そう思うの?」
なるべく、優しく尋ねる。
ルイが弱くても強くても、自分が守るのだから関係無い、とは言わない。
「…母様は父様を守っています。」
ずっと、それを見てきた。
「!」
納得した。腑に落ちた。
ルイは特殊な家庭だ。
母はずっと父の護衛を兼ねている。
皇帝になるはずだった父とそれを守る母。
だから自分もそうならなければと思っているのだ。
父母しか知らなければ、そうなのかもしれない。
出会った頃のルイが、いつでも戦えるように、と言っていたのを思い出す。
あの頃も、ちょっと不思議に思っていたのだ。
王都は比較的治安が良い。昼の表通りであれば子供一人で出掛けられなくもない。
凛とした目でそう言うルイに見蕩れ、容姿の所為で狙われやすいのかと安易に思っていた。
「…、ルイ、王家は、少し違っていてね。」
何と言おうか迷う。
王妃が王を守るという決まりはない。
そう言うと、ルイはやっぱり、とても驚いていた。
妃選びなんかで競わせたこちらに全面的に非があるが、
自分が求めてやまないのは護衛ではなく生涯の伴侶だ。
全くもう。でも、ルイのそんなところも大好きだ。
「で、どうして僕に会うと駄目になるの?」
ルイの悩みは分かったが、肝心の所を聞いていない。
聞くとやはりルイは気まずそうに目を逸らす。
「…」
「言ってくれ、僕に悪い所があるなら改める!」
嫌われる前に、何でも直すから。
「違います!私が、……甘えてしまって…。」
ルイはしょんぼりと言う。
「?」
甘えて?誰に?
「ですから、駄目に…。」
ルイは
信じられない、ルイは自分に甘えていたと言うのだ。
いつだ。
甘えられた自覚が、残念ながら無い。
甘やかしたいとは思ってる。
甘えて欲しいと、切実に思ってるのに。
甘えてくれていたなんて。
それで駄目になるなんて。
「…僕としては、もっと、甘えて、頼って欲しいのだけど。」
出来れば、もっと分かりやすく。
これは気付けなかった自分のわがままだけど。
「いけません、そんな。」
ルイは本当に駄目だと思ってるようだ。
「これ以上甘えたら、本当に、…」
ルイは言い掛けて口を噤む。頬が染まる。
「本当に?」
「!何でもないです。」
真っ赤になってる。
最近気付いた。これは何か可愛いことを考えてる。
「…ちゃんと、聞きたいな。」
ちょっと意地悪なのは分かってる。
「ほら、教えて?」
ぐい、と引き寄せて腕に閉じ込める。
「テオ様っ」
逃げられないと悟ってルイは焦る。
「ね?本当に、何?」
耳に口付けるほど近くで囁かれてルイは観念する。
「…っ離れられなくなってしまいます!」
ルイはとうとう白状して真っ赤な顔を両手で隠した。
「…」
可愛さが過ぎる。
テオは震える。
離れられないなんて大いに望むところだ。
もう、このまま押し倒して抱いてしまいたい衝動に駆られる。
駄目だ。まだ婚約の身なのだ。
それに、ルイとの初めてはもっとちゃんと…。
「…」
情けない、恥ずかしい。
テオから離れられないなんて言ってしまった。
甘えて、離れられなくなるなんて。まるで子供のようだ。
強くなりたいと言ったばかりなのに。
きっとテオは呆れただろう。
呆れた顔のテオを見るのが怖くて顔を上げられない。
お互い全く別の事を考えて、しばらく無言になる。
「…ルイ。」
「はいっ」
名を呼ばれ、ようやく顔を上げる、と、降ってきたのは口付けの雨だった。
髪、額、頬、目蓋、勿論唇にも。
「っテオさっ…!」
「…」
ルイの初めは強ばってい身体の力が抜け、テオの腕の中でくたりとするまで続けられた。
「全く。可愛いのだから。…困ってしまうな。」
真っ赤になって熱い吐息を漏らす腕の中のルイに、テオは本当に困ったように微笑む。
テオの対皇太后の為に鍛えられた鋼の自制心でも、揺らいでしまう。
このまま、全てを求めてしまいたい。
「?…そんなこと、ありません。」
赤い顔のまま、ようやく息が整ったルイは不思議そうに言う。
「?そんなことないって何が?」
今度は何を言い出した?
「私、そんなに、可愛いくはないです。」
お褒めいただくのは嬉しいですが。
頬を染めながらもルイは自信無さげに言う。
「………ん?」
現状認識に時間がかかる。
「背も低いですし、御姉様方のように美人でもないです。」
エレノアはゆるい巻き毛の淡い金髪で大輪の白薔薇の様に華やかな顔立ちだ。フレイヤはまっすぐな銀髪で冴え凍る氷の花の様な美貌の持ち主。
母は美人だが、自分はどちらかと言えば父親似だ。
「アイラ様のように愛らしくもないですし。」
アイラはふわふわくるくるの金髪で天使のようだ。
綺麗とか可愛いという誉め言葉は、彼女達のような人達にこそ相応しい。
自分は金髪でもない。地味な色の髪、地味な顔立ち。
言いながら、だんだんしゅんとしていく。
「!待って、本当に?本気で言ってるのか?」
ようやく凍結から覚めたテオはやや強い口調になる。
「…はい、何故ですか?」
逆に問われて絶句する。
まさかここまでとは。
自覚が無いにも程があるだろう。
…よし。
「僕には、ルイは世界一可愛い。」
認識はゆっくり改めてもらうとしよう。
そう思い、ルイを抱き締めて囁く。
「…あ、りがとう、ございます。」
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