第20話 ディランとエレノア5
「通って来れば良いじゃないですか。」
頭に来たらしいテオは会議室から出て行く。
ディランと二人きりだ。
緊張してるなんて気付かれてはならない。
相変わらず大した度胸だ。
想いを告げた相手と直属の上司の前で、二人にとって大事な女性と偽装結婚宣言とは。
何を考えているやら。
ちょっとだけむっとしたのも隠す。
「焚き付けるにしてももう少しやりようがあろう。」
呆れてみせる。いつまでもぐだぐだと煮え切らない王子に痺れを切らしたにしても。
「妬いてくれないかと期待したんですがね。」
やっぱり二兎は駄目ですね。ディランは苦笑する。
「王子がか?」
やはりそういう関係だったか。冷めた眼で見る。
「…俺の気持ちはお伝えしましたよ。」
ディランは眼で訴える。
「それがどうした。」
眼を合わせようとせずエレノアは淡々と言う。
「…」
ディランは微笑んで何も言わない。
こういうところが。
もう一歩踏み込んできたら部屋を出るつもりでいる。
ディランは分かっていて踏み込まない。
「良い手だと思ったんですが。」
駄目でしたね。
残念そうに微笑む。
「馬鹿を言え。」
エレノアはばっさりと切り捨てる。
「あれ、怒ってます?」
ひょっとして妬いてくださったり、言いかける笑顔を睨む。
「…ルイに手を出したら、分かってるな。」
エレノアの声が地を這う。
「俺は浮気はしませんよ。」
ディランは困ったように微笑む。
どうだかな、という言葉を飲み込む。
思う壺には嵌まらない。
ディランの気持ちを受け入れた訳じゃない。
浮気と認める訳にはいかない。
滅多なことは言えず、無言になる。
「やはり
ディランはそう言うと微笑み、挨拶をして会議室を出て行く。
どっちが。と思う。
エレノアと二人きりの機会を逃せず遅くなった。浮気者と
見透かされたな。
一つ息を吐いてテオを探す。傍目にも苛ついていたから何か仕出かす前に声を掛けておかないと。
「テイラー氏!」
遅かった。泡を
校長は無論ルイの家の
「これはどういうことなのです?」
開封した封蝋付きの丸まった紙を渡されて中を改める。
「ああ…」
咄嗟になんと応えるか迷う。
王太子の名による正式な通達書だ。
王太子令とか、勘弁してくれ。
暴走を許してしまった。
「ちょっと手違いがあったようです。」
「手違い、ですか?」
「ええ、少々訂正させて頂きます。」
その場で書き直す。
ああ、くそ。煽りすぎたか。
一度王太子の名で校長に渡されたものを自分が取り消す事は出来ない。せいぜい追加事項を書くのが関の山だ。
ルイより成績上位者の、エレノアとフレイヤとアイラの名前を追加する。
それから色々条項を追加する。
出来ればエレノアの名なんて書きたくはないがやむを得ない。
こと此処に至ってルイに
三人には足枷になってもらう。
「改めまして、こちらでお願いします。」
「…本当にこれで宜しいのですね?」
二度読み直した校長は不安がる。
「構いません。」
下手したら消されるな、と思いながら、笑顔で渡す。
こんなことならさっきもう一度エレノアに口付けておくんだった。
消えても、憶えていてもらえるように。
アイラの義兄、僧正寮副寮長のイーサンに話を通しに行くと噛み付くような目で見られ、あくまでも偽装だと散々説明して、何とか魔法の餌食にならずに済んだ。
「俺は貴女に付きますよ。」
王太子令が張り出されたのち、ディランは当然のように言う。
助太刀のことだ。
ノアは当然フレイヤに付く。アイラにはイーサン。ルイにはこれまた当然
自分がエレノアに付くのは自然な流れだ。
「頼んでないが。」
エレノアは冷たく言う。
明らかに機嫌が悪い。
誰に対してかはやや判然としないが。
「俺は貴女の騎士になりたい。」
あの試合の後に言おうとしていた言葉を今告げてみる。
「私はそんなに弱くはない。」
さくりと切り捨てられた。
「では、テオとルイ様に勝てると?」
「…っ」
「それともわざと勝ちを譲られますか?」
実にお優しい御姉様ですね。
テオの実力を知りながら、二対一で試合をするなら、勝ちを望んでいるとは思えない。
そんなあからさまなやりようは、さすがにルイも気付くだろう。
「っでは聞くが、君は王子に勝てるのか?」
皮肉を言って微笑む男にささやかな意趣返しを試みる。
「貴女が命じて下さるなら、…勝ちます。」
真っ直ぐ真摯にエレノアを見詰め、誓いを立てる。
「勝ったらご褒美下さいね?」
ついで実に軽く言う。
エレノアの負荷にならないように。
追い詰めたら逃げるだろう。
もう既に警戒されているのだ。追い詰める気なら、退路は全て塞がないと。
「またお前は冗談ばかりだな。」
呆れたようにエレノアは言う。
冗談では無い。それはエレノアも本当はきっと分かっている。
「ま、せいぜい頑張りましょう?」
なるべく軽く、軽く言う。
右手を差し出すと、渋々軽く握り返された。
ぐ、と引いてやろうとしたら、素早く手を引っ込められた。
「その手には乗らん。では、よろしく。」
エレノアは淡々と言うとふいと部屋を出ていく。
「はは。参ったな。」
落胆を隠し、形だけ、笑ってみる。逃げられてしまった。握り返された手に、思わず欲が出た。
でもとりあえず、助太刀はさせてもらえる。
「覚悟して下さいね。」
この言葉はテオへかエレノアへか。
全く。
エレノアは苛々と廊下を歩む。
つい口元に手がいく。
この間のような事になっては困る。
…困る。困るとしか言いようがない。困るのだ。
それもディランは分かっている、と思う。
ルイと共にいる
全く。こういうところが気に入らないのだ。エレノアは思う。
そろそろルイの試合が始まる頃だ。
天気は快晴。
雨が降る気配も無いが、エレノアは空を見上げる。
「お茶、入りましたよ。」
ディランに声を掛けられる。
「ああ。」
返事だけはして、また空を見る。
立ち会いは王子(に化けたノア)のみ。
対戦相手の自分たちは観戦も応援も出来ない。
ここで待つしかない。
「エレノア。」
「冷めますよ。」
フレイヤとディラン二人ともに呼ばれ、ようやく席に着く。
「!」
がたん、とフレイヤが
「?どうした?」
「…何でもない。」
俯いたままフレイヤは答える。
フレイヤこそ、お茶に手もつけていない。
どこを見ているかわからない眼でじっと動かない。
「?」
なにやら深刻そうな顔のフレイヤを不思議に思う。
フレイヤはいつにもまして口数が少ないし、かといってディランと話すこともない。
無いと言ったら無い。
所在無く茶を飲む。
フレイヤは何度か息を飲んだり、身動ぎしたりして、その度に聞くと何でもない、と言う。
しばらくして、フレイヤが大きく息を吐く。
ようやく冷めたお茶を飲んだ。
ちょうどその時、不意にノアが現れた。
「疲れたぁ」
「終わったんですね?」
ディランにノアが答える前にエレノアは部屋を出た。
急ぎ闘技場へ向かう。フレイヤが後を追ってくる。
闘技場から対戦相手のアイラが義兄に抱き
こちらを認めると慌てて降ろしてもらっている。
「ウォード嬢?だっけ?なら多分医務室よ?」
やや赤い頬でアイラは言う。
「わかった。礼を言う。」
嫌な汗が流れる。医務室?怪我をしたのか?テオが付いていながら。
焦る肩にフレイヤの手が置かれた。
「ルイなら、大丈夫。」
「…ああ、そうだな。」
ふう、と息を吐く。
「ごめん。見てた。」
試合、と不意にフレイヤが言う。動揺するエレノアに耐えかねたようだ。
「!」
「だからルイは大丈夫。」
申し訳無さそうに目を伏せる。
「…そう、か。」
あの反応はそういうことかと納得した。きっとノアの魔法だろう。
「ごめん。」
「何を謝る?心配なのは同じだろう。」
「…うん。」
それでも足早に医務室に向かった。
ルイの姿を確認してようやく安堵する。
悪魔の蔓に噛みついたと聞いて驚いたと同時に可笑しくなった。
なんとまあ。
意外にも貪欲に勝利を目指す。ルイの新たな一面を知った気分だ。
試合の高揚が過ぎると、ルイの表情はまた沈みがちになる。
理由などわかっている。
自分の所為と思い悩んでいるのだ。
ルイの所為では断じて無い。
王子と、そしてディランの仕業だ。
そもそも実際のところ、王子はルイ以外を娶る気など毛頭無いだろう。そう言ってやれないのがもどかしい。王子もとっとと自分の口から言えば良いものを。あんな意気地無しとは思わなかった。いっそもう当たって砕け散ってしまえ。
ルイにはそんなことを気にするより、もっと自分の気持ちを大事にして欲しい。嫌なら逃げても良い。我々が一生守り抜く。我々の為に我慢することなどないのだ。
もし、王子を好いているなら、やや不本意ではあるが応援しないこともない。
全てはルイの気持ち次第だ。
ようやく泣き止んだルイを撫でる。
いつも一歩引いているところがあるルイが、
大好きで、安心できる相手、というだけで良いのなら、我々二人だけ居れば良い。
こんなに泣かせる王子なんか
ルイを泣かせる王子に、昔からの友に、ルイの為以上に怒りを感じている自分に気付く。
自分は本当にルイを大事な妹と思っているのだ。
王子に呼び出しの手紙を書く。
王太子を呼びつける、というだけで不敬罪ものかもしれないが、構うものか。
署名をしたらフレイヤに筆を奪われた。止めるのかと思ったら、横にフレイヤの署名も書き込まれた。
フレイヤも怒っているのだ。
直接会うと殴り付けてしまいそうで、ディランを介することにする。
渡してくれと手渡すとさっと目を走らせ呆れた顔をされた。
「貴女方まで…。」
こんなことをして、只で済むとでも?と言外に言われた。
「ああ。」
「少し落ち着いて下さい。」
「落ち着いている。」
それは頼んだ。話を切り上げようと背を向ける。
「…貴女方が処分ということになれば、テオの思う壺ですよ。」
誰も止められなくなります。ぴく、とエレノアは立ち止まる。
「肝に命じる。」
振り返らずに立ち去る。
ディランは引き留められずに溜め息を吐く。
もう少し話したかった。折角エレノアから声を掛けてくれたのに。それに危ないことはしないで欲しい。手紙の中身まではわからないが、寄越したエレノアの態度から穏やかな内容ではないだろう。王太子令からただでさえ若干余裕の無いテオがこの手紙にどう反応するか、残念ながら自分にも予測がつかない。テオの不興を買ったり、感情に任せてテオを傷付けたりすれば、さすがに処分を免れない。
そこまでお互い子供じゃないとは思いたいが。
全く、皆ルイ一人に取り乱し過ぎだ。…気持ちは分からなくもないが。そう、分からない訳ではない。
ディランが手紙を渡すとテオは渋い顔。
「付き合いますよ。」
自分にも非と責がある。それに話が拗れそうなら止められる場所に居たい。
「いや、いい。」
中を読んだテオは静かに言う。
「これは僕の負うべき責めだ。」
「なら俺にも責任の一端はありますよ。」
笑顔で食い下がってみる。
「…いや、やはり一人で行く。」
その笑顔に一度胡散臭げな眼差しを向けると、テオは出掛けていってしまった。
くそ、余裕を見せたつもりが、裏目に出たか。
面白がってると思われたらしい。
じりじりと待っていると憔悴して戻ってきたので悪いが安堵した。
幸いにも揉め事にはならなかったようだ。意気消沈して寝台に倒れこんでいる。
時間だからと凹んでいるテオを容赦なく部屋から追い出す。
返事はしたくせに薬を忘れていった。全く、こんなことならいっそ何もかもバラしてやろうか。
仕方なく薬瓶を引っ掴んで部屋を後にする。
テオの手をフレイヤが思い切り抓っている。
相当痛そうだがテオはやせ我慢を貫いたようだ。
薬を渡して追い払う。
ルイの頬が赤い。
少しはテオの気持ちに気付いたかと思いきや全然だ。
両姫は唖然としているが、まぁルイについては今さらだ。
花も恋文も、あんなに送ったのに、最後まで詫びだと思われていたのだから。
…笑える。
アイラ達との対戦の日。
エレノアと、初めて共に戦えるのだが。
この策はきっとエレノアの意には添わない。
それでも彼女に勝利を捧げる為に。
開始の合図と共にアイラへ斬りかかった。
「なっ!?」
エレノアは案の定唖然としている。
イーサンが咄嗟に障壁を張ったので大分勢いを削がれたが、それでもアイラは吹っ飛んだ。
イーサン、なかなかの反応速度だ。
さすがに一撃だけでは無理か。
まだ障壁は消えていない。
損傷は無いはずだがアイラはまだ立ち上がらない。
イーサンの魔法を掻い潜りもう一撃入れようとする。
がきぃん。
止めたのはエレノアだった。
ひゅん、と剣を振る。
「君はイーサンの相手をしたまえ。」
アイラの前に立ちはだかるようにして言う。
「それは命令ですか?」
イーサンの追尾魔法を躱し、切り裂きながらディランは息も切らさず言う。
「ああ。」
「なら承りましょう。」
ディランは剣を握りなおすとイーサンに向かった。
見送るエレノアの足元が盛り上がり、悪魔の蔓が飛び出してくる。
地を蹴ってそれを躱すと振り返る。
「後ろからとは卑怯な、と言いたいところだが、こちらも似たようなものだからな。」
ディランは自分の助太刀だ。初手の一太刀の責めは自分も負おう。
「何で」
アイラは漸く立ち上がる。魔力はエレノアには視認出来ないのだが、風もないのにゆらゆらと外衣が揺れている。
悪魔の蔓が攻撃準備にたわむ。
「何で
アイラの感情に呼応するようにごお、と悪魔の蔓がエレノアへ襲いかかかる。
躱し、剣で打ち、受け止め、押し払う。
「何でと言われてもな。それなりに親しくしているからな。」
さっきのディランの剣の方が重かった。途中で気付いて引いたようだったにも関わらず。
…まだ敵わないか。やや痺れる手で構えなおす。
「…親しく…ですってぇ?!」
悪魔の蔓が絡み合い太さを増して叩き付けられる。受けようとして咄嗟に躱す。
地面が抉れる。
「事実だ。」
エレノアは攻撃を躱しながら淡々と言う。
寮長会議では役立たずの僧正寮寮長よりもイーサンと話す機会の方が多い。
控えめな好青年、というのがエレノアの評価だ。
「きいいい!!!」
激昂するアイラは絡み合い太さを増した悪魔の蔓を何本もエレノアへ叩き付ける。
「義兄様を誘惑するなっ!!この娼…」
「アイラ!!」
アイラの首にはディランの手がかかり、障壁を砕き、ぎりぎりと締め上げていた。
「アイラ!今すぐ謝罪なさい!!そのような暴言許しませんよ!」
イーサンは焦って言う。
「かっ…」
アイラの顔がみるみる赤黒くなっていく。
「離せディラン!」
「…」
エレノアが叫ぶがディランは応えない。
イーサンは杖を投げ出して駆け寄り跪いた。
「義妹の非礼は代わって幾重にもお詫びいたします!お願いです!お離し下さい!!死んでしまいます!」
「謝罪は受けた。ディラン、命令だ。離せ!」
ディランは軽く舌打ちするとアイラから手を離した。
ずる、と崩れ落ちるアイラをイーサンは抱き止め首に手を当てて治癒を施す。
「エレノア様へのそのような振る舞い、二度と許しませんよ。」
冴え冴えとした笑みを浮かべ、ディランは言い放った。
イーサンは無言で頭を下げる。
「勝手に言うな。」
テオによって勝者の宣言がされた後、エレノアは半ば呆れ、半ば怒りの表情でディランに言う。
「俺が許さないんです。勝手じゃありませんよ。」
「だからそれが勝手だと言うのだ。」
アイラが咳き込んで意識を取り戻した。
「?義兄様?」
ぼんやりとイーサンを見上げる。
「アイラ!良かった!」
イーサンはアイラを抱き締めた。
「?私、どうなったの?勝負は?」
聞かれてイーサンは数秒逡巡すると顔を取り繕った。
「申し訳ありません。私の力不足でまた負けてしまいました。」
どうやら記憶の混濁がみられるアイラを誤魔化す。一歩間違えば…などといって怯えさせることはないとイーサンは判断した。不用意な発言は厳に慎むように諭すと心に誓いながら。
「ううん、義兄様の所為じゃないわ!」
何だかわからないが自分が意識を失っていたのだ。義兄の所為ではない。
「その、大丈夫か?」
エレノアは決まり悪そうに覗き込む。
その顔をアイラはきっ、と睨む。
「貴女なんかに心配される筋合いは無いわ!」
「やめなさいアイラ!」
エレノアの背後からの冷気にイーサンは慌てて義妹を止めた。
「どうもわからないが。」
エレノアは怪訝な顔で言う。
「さっきから一体君は何を怒っているんだ?」
「は?」
「…エレノア様。」
思わず言葉を失うアイラ。ディランは深々と溜め息を吐く。
「…何だ。」
呆れ顔のディランを睨む。
「ウィリアムズ嬢は、貴女とイーサン殿の仲を疑い、嫉妬なさっているのですよ。」
極めて明快にわかりきったことを説明する。
「…何故だ?」
エレノアは首を傾げる。そのような仲ではない。
「貴女が義兄様を呼び捨てるからよっ!」
「?親しければそれくらい普通だろう?」
「また親しいって言った!!」
「アイラ、もうお止めなさい。」
「貴方の責任でもありますよ、イーサン殿」
また冴え冴えとディランの気配が凍てついていく。
「は、…」
「義妹可愛さかなんだかは知りませんが、誰彼構わず噛み付くようなら躾不足ですよ。」
まるで犬猫を見るような目でアイラを見下ろしている。
「肝に命じます。」
イーサンは青ざめて頷く。
魔法を使っての勝負なら勝てるはずだった。それゆえ目の前の男はアイラの障壁を狙ったのだろう。
通常の勝負なら、一対一なら勝てる。それはお互いにわかっている。
それなのに何故ここまで威圧に怯んでしまうのか。
「失礼な!私はむぐっ」
噛みつこうとするアイラの口を塞ぐ。
ディランは呆れたように溜め息を吐くとエレノアを促す。
「参りましょうエレノア様。」
「っ…ああ、そうだな。」
「
「アイラ。そろそろもう少し、私の気持ちを信じて下さい。」
滅多に見ない程真剣な、そして怒りがちらつく眼差しに、アイラは息を呑む。
「私は他の者になど揺らぎませんよ!」
「!」
驚き、次いでかあっと頬を染め、そしてその眼にはみるみる涙が満たされていく。
「あっアイラっ
アイラの潤んだ瞳にイーサンは慌てふためく。
「わっ私もいけませんでしたっ妬いてくれるアイラが可愛くて嬉しくて!ですから泣かないで下さい!」
周り中に妬いて噛み付くアイラが可愛くて、そしてその為に孤立したアイラが自分の側だけに居るように、そう望んだ事は否めない。
「義兄様…」
「はい?!」
「嬉しい!」
アイラは慌てるイーサンにひしと縋り付く。
「アイラ…」
イーサンもアイラを抱き締めた。
「……………」
「どうしました?」
先ほどからぐるぐると考え込んでいるエレノアにディランは声をかける。
「…、あの、二人…」
「ああ、お付き合いされているようですね。」
先ほどの光景を見てようやく気付いたらしいエレノアにディランは微笑む。
「成る程、それゆえの嫉妬、ということか。」
腑に落ちた顔で頷く。
単なる義理の兄妹と思っていた。
連れ子同士だ。特に法的にも問題ない。ないのだが。
「いや、驚いた。」
まさか目の前であのような…。
かあ、と頬に血が昇る。
『可愛い』と言ったら怒るんだろうな。
「…何だ。私はもう寮に戻る。」
ディランの視線に、頬の赤みを誤魔化すように顔をしかめている。
ああ、本当に可愛いな。
「あれ、ご褒美くれないんですか?」
「…何を言う。あんな卑怯な策。罰を与えたいところだ。」
一応勝ったから相殺にしておいてやる。
「おやおや。」
では普通に勝てば…と言いかけて睨まれてやめる。
「そもそも、…いや、何でもない。」
褒美は王子に勝った時だったろう。という言葉を飲み込む。そんな約束をちゃんとした覚えはない。
「エレノア!」
「御姉様!」
もうひと押しして言質を取ろうとした時残念ながら迎えに奪われた。
「…お早いお着きですね。」
「そうですか?」
フレイヤは察したがルイは不思議そうに首を傾げる。
ルイに気付かれないように息を吐く。
フレイヤの視線が厳しい。後ろ暗いことはしていない。笑顔で見返す。納得したのかフレイヤは目を逸らした。
「迎えに来てくれたのか?」
「はい!」
エレノアは嬉し気に返事をするルイをよしよししている。羨ましく、いや、羨ましい。
別に頭を撫でられたい訳ではない。
当然のように隣に居るのが、微笑みを向けられているのが羨ましい。
最近の自分は警戒されて作り笑顔さえ向けてもらえない。
あの行為に後悔はないが。
思わせ振りに動いても鋼のように弾かれたのだ。
自分の気持ちを無視できないよう刻み込むつもりでやった。
「では俺はそろそろ戻ります。」
後ろ髪引かれつつ
…今日も進展なし。
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