第22話 番外編の続きのルイとテオ

 フレイヤがノアを抱き締めている。

 ルイは安堵してそんな二人を見る。

「…良かったです。」

 何とか、上手くいったようだ。

「そうだね。」

 自分たちも、とテオはルイを後ろから抱き締めようとして躱された。

「…ルイ」

 予測はしていたが、悲しい。

「…、申し訳、ありません。」

 ノアから知らされた事に気持ちが追い付かない。

 その事実も、知らされていなかったということも。

 ただただ衝撃で。

 心も身体も強張って、うまく動かせない。

「私…」

 言いかけ、姿を消そうとするルイを捕まえる。間に合った。

「話を、聞いてくれる?」

 ここで逃げられる訳にはいかない。テオはお願いの形を取りながら、声は有無を言わせない。

「…、はい。」

 ルイはまだ強張ったまま、ただ頷いた。

 テオはまたルイを会議室に連れていく。

 逃がさない。捕まえたまま放さない。

 手を引かれていることに、いつもなら人目を気にするルイが、何も言わない。

 ただ悄然しょうぜんとついてくることに心が痛む。


「黙っていて済まなかった。」

 テオは心から頭を下げた。

 詫びるしか思い付かない。

「はい…、…!そんな、お顔をお上げください。」

 呆然と返事をしてからルイはその光景に驚いて慌てる。

 王太子に頭を下げられるなんて。

「大丈夫ですから」

「何を言う。」

 やっとこっちを見た。

 手を上げて制しようとするルイの、その手を掴み、引き寄せる。

 腕の中に閉じ込めた。

「大事な君を不安にさせてしまったんだよ。」

 全然大丈夫じゃない。

 あんな顔をさせてしまった。

 悔やむ。

「お離しくださいっ」

「嫌だ。」

「テオ様っ」

「だって、嫌じゃないだろう?」

 エレノアを気にして言葉では拒むが、大人しく腕の中に居る。

 自分の腕の中に居たいとは思ってくれているのだ。

 離してたまるか。

「…はい。」

 答えて胸に預けた頬が赤くなる。

 テオのあたたかい腕の中で、強張った身体がゆっくり解けていく。

 どきどきするのに、安心する。

 素直なルイをテオはぎゅ、と抱き締めた。

「僕と、フレイヤは友達だ。」

 しばらくして、テオは言う。

 お互い確信を持って言える。

 ずっと友達でしかない。これまでもこれからも。

「…もっと前に、話しておくべきだった。」

 髪を撫でながら言う。

 ほら、やっぱりルイだと髪に触れるだけでこんなに胸が高鳴る。

「もう、随分前に終わった話なんだよ。」

 親同士の口約束で、自分たちの意思は介在していない。

 ルイと結婚したいから断った、とは言わないでおこう、とテオは思う。

 胸に抱かれ、髪を撫でられ、ルイの不安は徐々に消えていく。

 本来なら隣に居るべきはフレイヤだったんじゃないか、という不安が。

「本当にごめん。」

 隠していたのは事実だ。

「君に逃げられるのが怖くて言えなかった。」

 テオはルイの髪を手に取ると口付ける。

「やっとの思いで捕まえたのに。」

「っ」

 目の前で愛し気に髪に口付けられて、ルイは真っ赤になる。

「ルイ…」

 熱を込めて名を呼ぶ。

 頬に手を添え顔を近付ける。

 ルイはたじろぐ。

 しかし、ぎゅ、と目を閉じ、上を向いた。

「嬉しい、ルイ。」

 囁くと唇を重ね

「ルイごめん!」

 ばたーん、とまた扉が開いた。

「話すの遅くて!」

 やはりルイは扉が開く前に飛び退いた。

 また未遂。

「いえ!大丈夫です!」

 テオは最早もはやその反射神経に感心した。

 次は逃げられないように押し倒してやろうか。

 いや、それは自分の理性の方が保たないな。ルイを組み敷いておいて、口付けだけで済ませられる自信がない。

「…ごめん」

 二人を見比べ、フレイヤは今日は謝る。

「全くだ。」

「大丈夫です!」

 不満を露わにするテオと真っ赤なルイ。

「ルイ、王子は友達。」

 気にしない。とルイの両手を取って一生懸命フレイヤは言う。

「はい。」

 もう柔らかい表情でルイは返事をする。

 さっきまで笑えなかったのに。

 気付けば不安は消えていた。

 テオのお陰だと思う。

「ルイと王子の事、嬉しい。」

 本当に。

 真剣にフレイヤはルイを見詰める。

 ルイにも王子にも幸せになって欲しい。

 偽らざるフレイヤの本心だ。

 だったら邪魔しないでくれ、とテオは思う。

「ありがとう、ございます。」

 ルイはふわっと微笑んだ。

 フレイヤもテオもその笑顔に釘付けになる。

「あと、おめでとうございます。」

 もうフレイヤにもノアが居る。

 嬉しくて言うとフレイヤの頬が染まる。

「ありがと、ルイ。」

 フレイヤはルイを抱き締めた。

「ルイの、お陰。」

「いえ、私よりテオ様が」

 言いかけて見返るとテオはじぃっとルイを見ている。

 ルイと目が合うとにっと笑う。

 ルイの好きな笑顔。

 それだけで顔に血が昇るのが分かる。

「フレイヤ、僕はまだルイと話がある。」

 笑顔でフレイヤに言う。

 フレイヤは察する。

「うん。王子も、ありがと。」

 フレイヤはそれだけ言うと部屋を出て行った。


「ルイ、座ろうか。」

「っはいっ」

 ルイはかちこちと、示されたテオの隣に腰掛ける。

「本当に済まなかった。」

 テオはルイの手を握り、何度でも謝る。

「!謝って頂くことでは。」

 今更ながらエレノアを思い出し手を離そうとするが、テオは許さない。

「…いつかは、お話し下さったのでしょう?」

 だったら、時期が早まっただけのことだ。

 言うとテオはやや視線を泳がす。

「……、うん、そうだな。結婚式を終えて、本当に君を僕のものに出来たら、話すつもりだった。」

 気にする必要の無い位の関係になったら。

「そんなに、先ですか?」

 やや驚く。まだ数年先だ。

「だって、気にしただろう?」

「それは…。」

 返す言葉もない。

 色々気にする自分に、余計な不安を与えたくなかった、ということだろう。

 実際、不安に駆られ、笑顔も作れなくなった。

 自分はやはり相応しく無いのではないかと。

 テオにしっかり抱き締められて、それも消えてしまったが。

 我ながら単純だ。

 テオは少し悪戯っぽく笑う。

「僕としては、今すぐ結婚でも良いんだが。」

 待てない。儀式や手続きなんかどうだって良い。

「?!それは早過ぎます!」

 王太子の結婚は国の一大事だ。

 ぽんぽんと出来るものではない。

「早く君を正式に手に入れたい。」

 男として、色んな意味で。

「?…もう、私、テオ様のものですよ?」

 小首を傾げるルイに心臓を撃ち抜かれた。

「…テオ様?」

 何かおかしな事を言ったろうか、とルイは固まるテオを見上げる。

「…じゃあ、ノアと手を繋いだのはどうして?」

 何とか気を取り直して、先程の衝撃の光景の訳をルイに尋ねる。

「え?」

「ノアに、抱き付いてたよね?」

 分かってる。ノアの魔法を止めようとしたこと位。

 しかし、だからと言って抱き付かなくても良いだろう。

「?」

 ルイは不思議そうな顔で首を傾げる。

「あ…」

 ようやく思い当たったのだろう。

 小さく声を上げた。

「…全く。」

 本当に自分のものな自覚があるのだろうか。

 悪気がないのだって分かってはいるが。

「っ申し訳ありませんっ」

 ノアは何と言うか、幼子のようなので、全く気にも留めていなかった。考えてみれば軽率だった。

 ルイは反省する。

「ノアを何とも思ってないからだろうけど。」

 謝るルイをもう一度腕に閉じ込める。

「僕はとても嫉妬深いんだ。」

 離さない、強く抱き締める。

 誰にも触れさせたくない。『他の男なんかに容易く触れさせはしない』これはルイにこそ言えることだ。

「憶えておいて。」

「はいっ」

 耳元で囁くとそれだけでルイは赤くなる。

「僕にはなかなか触れてくれないのに。」

 少し拗ねてみせる。

「それはテオ様だと…」

 焦って反論しようとしてテオを見上げ、口をつぐむ。顔が更に赤くなる。

「僕だと?」

 言い返そうとする事自体珍しい。

「…」

「…ルイ?」

 是非聞きたい。

「どきどきしてしまうのですっ!」

 言い切ってテオの胸に顔をうずめた。恥ずかしくて顔が上げられない。湯気が出そうだ。

 もう一度テオの心臓に矢が刺さる。

 何だこの可愛い生き物。

 耳まで、いや首まで赤い。

 妬けたから、拗ねて怒って、ルイから口付けとかしてもらおうと思っていたのに。

 当てが外れた。

 こんな可愛い人をこれ以上責められない。

「あ~あ。」

 溜め息を吐くとルイはびく、と震えた。

「…申し訳ございません。」

 気に障ったと勘違いしたルイは小声で謝る。

 安心させようと撫でて髪に口付ける。

「違うよ。折角お詫びに口付けてもらおうと思ってたのに。」

「くちづ…」

 ルイは顔から火が出るかと思う。

「そんなこと言われたら怒れないな。」

 自分は特別だと、無意識に伝えてくれている。

 すっかり気を良くしてしまった。

 テオの言葉にあわあわするルイ。

 何でこんなに可愛いかな。

「テオ様っ」

 ルイはテオの手を掴む。

「?」

 何か柔らかいものが指先に…。

「…これで、お許し頂けますか?」

 真っ赤な上目遣いに魂が飛びそうになる。

 指先とは言え、まさかルイから口付けてくれるなんて。

 口にしてみるものだ。と感動する。

 ルイは、まだ怒っているかと、心配そうに見上げる。

「そんなの、許すに決まってる!」

 喜んで引き寄せる。

 ルイは安堵したように、テオの胸に寄りかかった。

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