第17話 ディランとエレノア 2

 エレノアはフレイヤの家に入学まで預けた。

 あの自邸は公爵令嬢が出入りするには外聞が悪い。

 決して理性がたないとかではない。

 そのまま入学の準備もそちらで一緒に行う。

 表向きは父親と喧嘩しての家出、ということにした。


「エレノアっ」

 久しぶりのフレイヤは駆け寄ると手を握り締めた。

「…心配、した。」

 表情には出ないが、強く握る手。

「すまない。」

 エレノアは素直に謝る。

 そちらにまで心配を掛けていたとは。

「ありがとディラン。」

 フレイヤは感謝を込めてディランを見る。

「礼には及びませんよ。」

 こちらこそありがとうございます。

 優雅に一礼して謝意を示す。

 エレノアは自分との態度の違いに不満を感じる。

「あれ?妬いてます?」

「っ妬くか!」

 どうしてこの男はいちいちとんでもない事を言うのか。

「妬いてくれても良いんですよ?」

 ディランの冗談は完全に無視する。

 入学まで、フレイヤと久しぶりに穏やかな日々を送った。


 こちらは穏やかじゃない。

 テオに、入学前に何としてもルイに会わせろと捩じ込まれた。

 城に呼ぶのは得策ではない。

 あの容姿は人目を引き過ぎる。あの時も門番連中がざわついて、天使が降臨したとかいうちょっとした伝説になっていた。

 余計な揉め事の種は蒔きたくない。

 …、と、すると。

 ………。

 とにかく先にルイから了解を得る。

 ルイの人のさにちょっと付け込んだ。

 そしてルイを敢えて同席させて、お茶会を頼んだ。

 ああ、師匠の笑顔が突き刺さる。

 別にテオがルイに惚れたのは自分の所為ではない。

 引き合わせた訳でもない。

 そこは分かってもらいたい。

 ルイが居るのであくまで初対面の振りをする。

「お話は分かりましたわ。」

 師匠はにっこりと微笑む。

 背中がぞわぞわする。

「でもお花の贈り主が王太子殿下だったなんて知らなかったわあ。」

 いや、嘘も大概にして欲しい、と思ったが、ルイはかなり焦っている。

 秘密にしていたつもりだったのだろう。師匠はテオの贈った花の意味も、深~く理解している。

「…、ルイちゃんはどうしたい?」

 微笑みの奥から観察するように娘を見る。

 何か言う前に視線で制された。

 ここでルイ次第か。

 少しはテオに会いたいと思ってくれないだろうか。

「そう、ですね。」

 ルイは迷うように少し黙る。

「…ちゃんと、お礼も、お別れも、お伝えしてないので、お会いしたいです。」

 いや、今お別れって言ったか?

 お別れを言うために会う?

 まずい。

 テオが知ったら間違いなくやる気を失くすやつだ。あるいは怒り狂うか。

「そう、それならしょうがないわねえ。」

 師匠は笑みを深くした。

 そういうわけで、何とか約束を取り付けたものの、新たな爆弾を抱える羽目になった。


 浮かれるテオを何とも言えない目で見てしまう。

 呆れてると思われてるので敢えて否定はしない。

 別れが近いなんて、言える訳がない。

 言ったら今度こそ何をするか。

 テオと心中は御免ごめんこうむる。


 表面上は和やかに茶会が進む。

 色々知らないテオがルイに色々質問してははぐらかされている。

 若干居たたまれない。

 たまに師匠からの視線を感じる。

 だから何も教えてませんって、と視線で訴えるとにこりと微笑まれた。ざわりとする。


 帰り際、それとなく別れを告げるルイにテオが激昂する。

 このままテオがルイを連れ去ろうとしたら自分はどうするか。

 邪魔するのか、加担するのか。

 逡巡する内にルイは走り去る。

 安堵したのは事実だが、その選択は違うと呼び掛けた。

 今結論を出さなくても良いだろうにと思った。

 しかし、結論を急がせたのはテオの方だ。

 見事に砕け散ったが。

 テオは茫然自失。

 空になった両手に視線を落としたまま動かない。

 仕方無く肩を抱くようにして、テオを馬車にいざなう。

 さて、どうやって浮上させよう。

 ルイ以外の理由でやる気を出したことなどほぼ無い男に。

 視線を落としたまま一言も喋らないテオを見遣る。

 ポケットから何か白いものが僅かに覗いている。

「それ、何です?」

 言うとのろのろと首を動かし、そこを見る。

 白いものを引っ張り出す。

 テオの目に光が戻る。

 覗き込むとたった一言の応援。これがルイの精一杯なのだろう。署名もなく、文章という程でもない。誰かに見られても、誰からかわからないように。

 多分あの抱き付かれた時に入れたのだろう。

 意外に冷静、それに手癖が悪い。

 そして、少しはテオに。

 笑ってしまった。

 テオをどうしたいんだルイ?

 こんなもの貰ったら、余計に夢中になるだろうに。

 忘れて欲しいのか、それとも本心は違うのか。

 とにかく、望みは繋がった。テオがそう思ったのだから。

 テオはようやく貰えた手紙を目を輝かせて見詰めている。

 とてもルイは最後の手紙のつもりだとは言えなかった。

 折角やる気を出したのだ、言う必要は無い。


 入学したら色々と騒がしくなった。

 王太子殿下に御近付きになれる機会は男女とも欲しいだろう。

 毎日、毎時間、人だかりが出来る。

 辟易を表に出さず、笑顔で一線を引くのは流石に手慣れている。

 威厳を損なわず、親しみは保ち。

 王太子もなかなか大変だ。

 目に恋と野心をたぎらせる女性陣もあっさりと躱す。

 ま、見た目と家柄は良いからな、と客観的に評価する。

 それでも食い下がるそこそこ高い身分の女性達には一計を案じた。

 これを機に他の女にうつつを抜かしてもらっても全然構わないんだが。


 エレノアには女王寮の掌握を指示した。

 訳はまだ言っていない。

 テオはルイを学校に呼びたがっている。だからこその女避けだ。万一にでも誤解されたくないらしい。

 学校なら身分を越えてもっと親しくなれると信じて。

 信じるのは自由だ。

 まぁそう上手くはいかないだろうが。

 そもそも来るだろうか。

 両親が、いや、師匠が許すだろうか?

 ルイを他者とあまり接触させないようにしていた。ルイもそうすることを望んでいるようだった。同年代、どころか、親しく話をする他人は、顔馴染みの店の主人達か、我々位だった。

 顔まで隠させて。その所為で自分達と市に行っても、初めて行くような店ではいつも若干不審に思われていた。

 顔は、まああれでは致し方無いかも知れないが。

 とりあえず、ルイに手紙を書く。

 テオに色んな感情の入り交じった物凄い目で見られる。

 いや、お前が出せって言ったんだろうが。

「御自分で出されたら如何ですか?」

 そんな目で見る位なら。

 無駄に疲れる。

「…、いや、頼む。」

 しおれる。

 まだ衝撃は尾を引いているらしい。

 返事が来ない可能性も当然考えているのだろう。

 ウォード家宛に学校案内も出してもらう。伯爵家には入学資格がある。


 思いがけず、ルイからちゃんと返事が来た。

 迷いに満ちた文面だった。

 厳しく言えば、何を言いたいか分からない。

 学校には魅力を感じる。

 でも、行けないと思う。

 そんな内容。

 未知の世界への憧れと諦め。

 それをある意味くだくだと書いてきた。

 最後の署名に目を疑う。

 思わず封筒の差出人を確認した。

 ああ、そうか、そういう事か。

 あの時の義足の人物が。

 これはまた。

 道理で師匠が。

 テオにどう伝えるか。

 ああ、また難題だ。

 これはいっそ諦めさせた方が得策じゃなかろうか。

 もっと早く知っていれば。

 やはり情報は重要だ。

 入学も、当然断って来るだろう。

 荒れるテオが目に浮かぶ。

 考えるだけで頭が痛い。


 売り言葉に買い言葉で決闘する羽目になる。

 これを口実に諦めさせよう。

 そう思い、勝つ気で臨んだが、負けた。

 ルイが絡むとやはり違う。


 署名を見たテオはさして驚かなかった。

 ある程度予想していたのが窺える。

 意外だった。

「知ってたなら教えておいて下さいよ。」

 恨み言を言う。情報共有は大事だ。

 ましてやこんな重大事。

「確信は無かったからな。」

 噂の段階で余計な情報を入れるのも良くないと思った。と返された。

 王太子自ら噂を集めたのだろう。

 ああ、本当に諦めが悪い。


 仕方無く、筆を取った。

 少しでも可能性を上げる為に。

 師匠に、ルイの身の安全は保証するから何とか入学を認めてやってもらえないかと。

 返事は来た。

 貴方の意見は求めて無い。

 にべもない。

 しかし最後に、ルイがそれを望むなら反対はしない、と。

 まぁもし入学する時はよろしく、ともあった。

 また、ルイ次第か。

 彼女がどう決断するかは、未知数だ。

 テオの前にぶら下げる人参としては、これ以上の人材は居ない。

 あのたった一言の手紙だけで、側に居なくとも主席を維持させる程だ。

 しかし近付けた挙げ句恋破れた日には今度こそ立ち直れない危険も孕む。

 このまま会わせない方がまだしもだろうか。


 結局、ルイは入学を望んだようだ。

 学校側も一生徒として受け入れを決めた。

 テオが動いていたと後で知った。

 呆れた。


 こんなものかな、とエレノアは思う。

 女王寮の掌握はほぼ済んだ。

 来期は寮長に就任出来るだろう。

 並み居る上級生や同級生を押し退けて、である。

 それだけの実績は残した。

 今まで費用面で出来なかったのだ。

 誰よりも貪欲に学び、鍛練した。

 自分がどこまで出来るか試して見たかった。

「約束通りですね。」

 流石エレノア。とディランが言う。

 二人の時は呼び捨てるようになった。

 買われた身なので咎める気はないが、幾分面白くない。

「そろそろ何の為か教えてもらおう。」

「次の新入生の中で、庇護して欲しい方が居ます。」

 寮長として。

「庇護とは穏やかじゃないな。」

 守らねばならないような弱さの人間に入学は許されないはず。

「ま、お会いになればご理解いただけるかと。」

 ディランはそれだけ言って微笑む。

「そんなものか。で、どう守れと?」

「まずは男性との接触をさせないように。」

「何だ、それは。」

 随分過保護というか。

 厳しい親からでも頼まれたか。

「危害を加えられないように。」

「一体どこの令嬢だ。」

 そんなややこしい人物の入学がよく認められたものだ。

「お察しの通り、ワケありです。」

 なので、臨機応変に対応をお願いしますよ。

 と丸投げされた。

「分かった、じゃあ好きにやらせてもらう。」

 これは指示だ。従うより他はない。

 裁量権があるだけましと言うものだろう。

 ルイ・ウォード

 それが対象者の名前だった。


「ルイの事、宜しく頼む。」

 何と王子に頭を下げられた。

 ああ、何だ、ワケとは王子だったか。

「寮長になるのだ、寮生を守るのは当然だ。」

 腕を組んで見下ろす。寮の事に口を出すな。

「でも、頼む。」

 王子は上げかけた頭をもう一度下げた。

 フレイヤにも、王子から話があったらしい。

「頭、下げるなんて。」

「な。」

 二人で目を見交わし、笑ってしまった。あんな王子、初めて見た。

 王太子に頭を下げさせるとは一体どんな娘なのか。

 ある意味、入学の式典が楽しみになった。


 フレイヤが連れてきたルイは。

 一目で色々納得した。

 見た目は勿論だが、緊張し、しかし行儀よく挨拶をするのが可愛い。

 自然と頭を撫でてしまった。

 フレイヤに睨まれた。

 可愛いもの好きのフレイヤはすっかり気に入ったようだ。

「可愛い、飼う。」

 変な呟きを漏らしていた。


 壇上にルイが上がってくる。

 ふわりと口元に笑みを浮かべてお辞儀をした。

 姿勢が綺麗だ。武術の心得があるのが見てとれる。

 そして何より微笑みの破壊力が凄い。

 ディラン、これは教えておけ。

 王子以下大半の男子生徒が釘付けになったぞ。

 序でに女生徒の半分位も。

 周囲のざわめきに気付き、一瞬王子を振り返って慌てて会釈して列に戻った。

 成る程、これは庇護が必要だ。


 難易度を跳ね上げたのは師匠の差し金か。

 ディランは思う。

 ルイが衆目を集めている。

 まさか普通に顔を晒して入学してくるとは。

 身の安全は保証すると言った当て付けだろうか。

 エレノアには負担を掛けるな。

 さて、どう守るか。

 お手並み拝見といこう。

 それよりテオに釘を刺しておかなければ。

 ぼうっと見蕩れている場合じゃない。


 困った。これは可愛いぞ。エレノアは思う。

 何とも庇護欲をそそる。

 一生懸命な受け答えといい、真面目な態度といい。

 この見た目でよくこの性格に育ったものだ。

 それとも演技だろうか?

 それはそれで化けの皮を剥がすのが楽しみだが。

 王子とも、特に何も無いらしい。全てを話している訳では無かろうが、りとて嘘を言っているようにも見えない。

 話す範囲を瞬時に判断している。

 頭も悪くない。

 庇護の話も何も聞いてないようだ。

 王子は我々に頭まで下げたのに。

 天下の王太子殿下が全くの片思いとは笑える。

 ルイを自分のものと宣言した。

 王子に先んじたようで若干の優越感を得る。

 何故か歓声に包まれた。

 まぁ不都合はない。


 ルイは察しも良かった。

 庇う為にあんな真似をしたと理解している。

 引き寄せると簡単に腕に収まる。

 同性とは言え無防備過ぎる。

 どんな風に育ったのやら。

 不意に悪戯心が湧いた。

 口付けようとしたらどんな反応をするだろう。

 …やるんじゃなかった。

 ちょっと心が揺らいでしまった。

 そんな趣味はない、はずだ。


 意外と疑似恋愛がとても楽しい。

 ルイが相手だからか。

 恥ずかしそうにしているのが可愛くてもっとからかいたくなる。

 フレイヤに取られた。


 案の定入学の式典でルイに興味を持った、あるいは一目惚れした連中が寄ってくる。

 追い払う。王子に頼まれたのもあるが、自分が気に食わない。

 ルイに断りの台詞を覚えさせる。

 自分が側に居なくともちゃんと断れるように。

 何をどう誘われてもそう言えと。

 ルイは不思議そうな顔をしたが、真面目に頷いた。

 これは、全く判ってないな。

 まぁそこが可愛いのだが。

 妹というのはこんな感じだろうか。

 参った。王子なんかに渡すのが惜しくなってきた。


 やり過ぎとディランに言われる。

 何が問題だ。と返す。

「まさか妬いてるのか?」

 意趣返しをノートに書き付ける。

「そうですよ、妬いてます。」

 さらりと書き返されて思わず顔を見てしまう。

 するとディランは躊躇いがちに微笑んだ。

 目を逸らした。

『この鉄面皮が。』

 エレノアは心の中で毒づく。

「お前もルイ狙いとは。」

 敢えて外す。

「皆まで言わせますか?」

 ディランがそう書くのを見ない。

 後は見ない。何か書いているが見ない。

 何となく負けた気がして腹立たしい。


 寮長会議の後に三人で話せるか、とディランに言われる。

 話すことなど特に無いが。

 ルイについてか。

 お互い知らない振りで話すのはとても滑稽だ。

 珍しく王子が苛々している。

 王子をからかえるなんてかつて無い機会。

 ちょっと調子に乗った。

 意識を乗っ取られた。

 そんな力を持ってたなんて知らなかった。

 幼い頃から一緒に居たのに。

 良く今まで我々に隠し通してきたものだ。

 そのたがが外れた。

 それほどルイへの執着が強いのだろう。


「舞踏会、やらないか?」

 寮長会議での急なテオの提案。

 各種催しは大体寮長会議が主宰する。

 確かに昨年は幾度も開催されたが、今期はまだ未開催だ。

 王子の背後にルイと踊りたいと書いてある。全く、私情を持ち込むんじゃない。

 あまり自分たちがルイとの接触を邪魔するから思い余ったのか。

「嫌いだったろう。」

 いつにも増して周りを囲まれるのが面倒だと。

「今期はまだ一度もやってない。楽しみにしている生徒も多いだろう。」

 生徒達をおもんばかった風な言い方が気に入らない。

「君は踊らないのだろう?」

 嫌いだと言うからには。

 エレノアは切り込む。

「…まあ。」

 そう、だな。

 言葉を濁す。

 ルイとは踊りたいが他は御免だ。

 全部顔に出てる。

 こんなに分かりやすい男だったか?

「ならばやろう。」

「え…。」

「君が嫌いかと思って遠慮していたのだ。いつも通り踊らないなら問題無かろう。」

 エレノアはふふん、と笑った。

「あ、…うん、そうだな。」

 王子は当てが外れた顔で頷いた。

「楽しみにしている生徒も多いものな。」

 エレノアは人の悪い笑みを浮かべる。

「…勿論だ。」

 テオは辛うじて笑みを作る。

「じゃあ細かいことを話し合おうじゃないか。」

 何となくエレノアの仕切りで話が進む。


 ディランは急いで生地や材料を取り寄せる。

 舞踏会の打ち合わせを重ねるうち、ルイは男装ということになった。

 ルイが目の前で他の男と踊った日にはテオが何をするか分からない。

 しかし、ドレスのルイが誘われないはずもない。

 かといって今まで開会以外一度も踊らなかったテオがルイを独り占めして踊るのもおかしなものだ。

 二人には何の約束も無い。

 苦肉の策だった。

「じゃあディラン、よろしく頼む。」

 エレノアが良い笑顔だ。

 ルイの夜会服を用意しろ、ということだろう。

 エレノアのドレスは既に勝手に取り掛かっているが、もう一着か。

 採寸、裁断、縫製。

 舞踏会までの日付を考える。

 何とかなる、か。

「承りましょう。」

 一礼する。

「で、報酬ですが。」

「うん?」

 ずいっとエレノアに迫る。

 エレノアは逃げてたまるかという顔で踏み留まっている。

「金なら無いぞ。」

 知っての通り。

 エレノアは開き直ったように言う。

「ええ、ですから…」

 もう一歩踏み込む。

 頬に手をかける。

「…何だ。」

 吐息がかかるほど近付くとようやくエレノアは聞く。

 平然とした声音にふっと笑う。

「踊って頂けますか?」

 瞳を覗き込むようにして尋ねる。

「誰とだ。」

 とぼけられる。視線を逸らさないのがエレノアらしい。

「俺とですよ。」

 決まってるでしょう、とは言わない。

「それが報酬になるのか?」

 疑いの目で見られる。裏があると思っているようだ。

「勿論です。」

 校内とはいえ公の場で公爵令嬢とダンス。

 平民上がりの自分には中々良い報酬だろう。

 ま、純粋に踊りたいだけなんだが。

「ならば仕方あるまい。」

 ルイの為だものな。

 そう言われると本当に妬ける。

 あのまま口を塞いでやれば良かった。


「じゃあ、やる。その代わり必ずルイと踊れるようにしろ。」

 ちょっと予想外だ。

 しかも珍しく命令形。

 からかい過ぎたか、あるいは深刻なルイ不足か。

 そんな事を言い出すとは面倒な。

 やはりルイを呼ばない方が良かったか。

 目の前に居るのに邪魔されてろくに話も出来ない。

 それでは抑圧が高まる一方だ。

 仕方無い、一度解消させるべきか。

 何となくエレノアに恨まれそうだ。

 あそこまで気に入るとはちょっと想定外だった。

 妬けるな、本当に。

 しかしこれで二着増。

 なかなか予定が詰まってきた。

 そうだ、フレイヤにノアを動かしてもらわなければ。

 二人に邪魔が入らないように。


 結果的に選択の余地もなく三着目が増える。

 稀代の魔法使いの依頼は断れない。貸しを作れる機会を逃す手は無い。

 流石にキツい。

 しかし一旦引き受けたからにはやり遂げる。

 仕立て屋として。

 手は抜かない。完成とは顧客の満足が得られた時だ。

 自分が何者かと聞かれれば仕立て屋と答える。

 親父と職人の皆に仕込まれた腕。

 手に職があればどんな時代でも渡れるとは親父の言。


 結局睡眠時間を削る。

 寮の私室が工房と化している。

 布が散らばり、足の踏み場も無い位だ。

 片付ける暇も無い。

 眠気を押して授業を聞く。

 もうすぐ試験だ。

 人前で欠伸はしない。

 平民風情がと言われる隙は作りたくない。


 何とか完成したのは舞踏会の朝。

 少しだけ仮眠を取ってエレノアとノアへ納品する。

 もう一着は。


 さて、いよいよ舞踏会だ。

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