第16話 ディランとエレノア 1

「親父、俺、貴族になる」

 父は豪快に笑った。

「なら励めよ!」

 わしわしと頭を撫でられた。

 投げた花を受け、笑った彼女に相応しい男になる。

「金さえありゃあんな美人でもモノに出来るんだぜ。」

 彼女の母の事を父はそう言った。

 別に蔑んでいるようには聞こえなかった。

 憧れにも似たものを感じた。

 母に言いつけると言ったら青くなっていたっけ。


 取り敢えず、剣の腕を磨いた。

 騎士の称号。一代限りほぼ貴族として扱われる。

 まずはそれからだ。

 相応しい言葉遣い、立ち居振舞いを身に付けるべく、教えを請うた。

 その人に頼んだのは、他に教えを請いたいものがあったから。

 ある時、家にお邪魔したらその人の子供に会った。

 髪を無造作に伸ばした小さな男の子。流石と言おうか、完璧な所作でお辞儀をされた。

「ルイ、駄目よ」

 母親に窘められ、男の子は慌てて姿を消した。

 あの身ごなし、覚えておこう、と思った。


 腕試しに、ある家に忍び込んだ。

 特に警備らしい警備も無く、簡単に入り込めた。

 拍子抜けした、時だった。

 気付けば身体がびくともしない。

 そのまま宙に浮いて引っ張られた。

 暗がりのフードから覗く目が青白い燐光を放っている。

 化け物と対峙している、と思った。

 命の危険、恐怖を感じた。

「なぁにぃ?」

「何、と言われても。」

 声は、出た。

「夜分に失礼しました。迷い込んでしまって。」

 取り敢えず誤魔化す。これで誤魔化される相手でもないだろうが。

「嘘ぉ」

 青白い燐光が半月になる。

 わらっている。

 ああ、警備は必要無いわけだ、と悟る。

「名前ぇ」

「ディランと申します。」

 殺されるかもしれない時に嘘を吐いても仕様がない。

「ディランはぁ、好きな子いるぅ?」

「はい、居ます。」

 何だその質問、と思いつつ、彼女の事は考えないようにする。

 相手は稀代の魔法使い、読まれないとも限らない。

「ふうぅん、じゃあぁ帰って良いよぉ」

 急に解放されて尻餅をつく。

「何故です?」

「ん~?死にたいぃ?」

「いえ、では失礼します。」

 頭を下げて退出する。

 気が変わらない内にと、やや足早に屋敷を出た。

 冷や汗で全身が気持ち悪い。

 命拾いした。


 今回の御前試合が始まった。

 同じ組にエレノアが出ている。

 別の組に王子がいるのを見かけた。

 似た人物かもしれないが、構わなかった。

 一計を案じ、王子がいると噂を流した。

 噂のお陰であちらの組は王子が決勝まで進んだ。

 エレノアは最初に大男と当たってしまい、場外まで吹っ飛ばされた。

 思わず駆け寄りそうになったが、残念ながらまだ面識もない。

 苛立ちはその大男にぶつけてやった。

 大男は泡を吹いて気絶し、四人掛かりで運ばれていった。

 少し溜飲を下げる。

 見物の中にエレノアをつい探してしまう。

 一瞬目が合う。複雑な顔ですい、と逸らされてしまった。

 怪我が無さそうで安心した。

 危ういこともあったが、何とか決勝まで勝ち上がった。

 王子は最初に試合を見たところ勝てる相手だと思った。

 甘かった。

 試合中にその技量を上げていく。

 難なく勝ち上がった為に体力も温存されている。

 辛くも勝利を収めた。

 商人出の自分に野次が飛んだ。

 何と言われようと勝ちは勝ちだ。


 叙任式で国王に長剣で肩を叩かれ、正式に騎士となった。

 エレノアを探そうとしたら王子に絡まれた。

 第二王位継承権は人脈としては悪くない。

 友人という契約を結ぶ。


「失礼、オルティス公爵家のエレノア様ですね?」

「ああ、そうだが貴殿は?テイラー殿だったか?」

 急に話し掛けられエレノアはやや硬い笑顔でこちらを見る。

「平民の出です。ディランとお呼び下さい。」

「いや、騎士殿を呼び捨てにはできまい。」

 笑顔に困惑が潜んでいる。

「…で、何の御用だろうか?」

「…」

「ディラン!」

 邪魔が入った。

 一瞬感情の制御が外れる。急いで笑顔を取り繕う。

 貴女の騎士に成りたい、と請うつもりだったのに。

「何だ、王子の知人か。」

 安堵されてしまった。

 余程不審だったようだ。

 友人同士ということで面識を得られた。

 少し、王子に感謝する。


 王子から登城の許可を分捕ぶんどったので、足繁く通う。

 上級貴族と面識を得られるし、王子に付き従えば只で高等な教育も受けられる。

 その上エレノアに会えることもある。

 周りに何を言われても気にならなかった。

 適度に仕返しはしたが。

 そのうち『悪魔』なんて有り難くもない渾名あだながついた。


 金髪碧眼で天真爛漫な天使と称えられる王子は、とにかくやる気というものに欠けていた。

 いや、むしろやる気が無くても大体の事が出来る、と言った方が良いか。

 飲み込みが恐ろしく早い。

 記憶力も良い。

 自分などついていくので精一杯なのだが、他の人間と学ぶ事が無い所為か全く無自覚。

 褒めると、先生に恵まれているから、と謙遜でもなく言われて呆れた。

 野心やる気さえ持てば、もっと大きい国ですら治められそうな能力。

 正直羨ましかった。

 一番目に生まれていれば、と思わなくもない。


 ともに公爵家の令嬢であるエレノア嬢とフレイヤ嬢は妃候補と噂されていて、初めのうちは妬いていたが、近くに居る内に、お互い友達としか思っていないことが分かり、安堵した。

 周りの思惑はどうあれ。


 オルティス公爵家が、エレノアの母が亡くなってから傾き始めているのを知っていた。

 エレノアの父は所謂いわゆる、人の良い坊坊ぼんぼんで、家督を継ぐとたちまち家を傾けた。

 そこへ何処を気に入ったのかエレノアの母が嫁ぎ、立て直したと聞く。

 その母が亡くなったら、元の木阿弥というわけだ。


 王子は、全く知らないようだ。

 その無関心さに腹が立つ。


 その内、エレノアが登城して来なくなった。

 その前から、いつもほぼ同じドレスだった。

 坂を転がるように、状況が悪くなっていくのを知っていた。


 王の誕生祭の日、初めてエレノアの父を見た。

 仕立ても趣味も良い、上質の服は着ていたが、流行遅れだった。

 身なりの良い貴族に話し掛けられ、顔色を変えて断っていた。

 何の提案か判った。

 聞き取れてしまった。

 今はまだ、資金が足りない。

 焦りが募った。


 雲隠れした王子を見つけたら、意外な人物と再会した。

 相変わらず顔を隠している。王子から友人と紹介されたが、その困惑と距離感に、初対面と丸わかりだ。身元だけは確かなので見咎めたりはしないが。

 憧れの視線を受けたが、そんなもの一文の得にもならない。

 皮肉で返したら王子に睨まれた。

 何か、王子の様子がおかしい。


 式典後に何故送らなかったかと責められて不審に思う。

「彼に固辞されましたし、そこまでの必要を感じません」

 何だその過保護な扱い。

 そう思いながら言うと、王子は不機嫌に、彼ではなく彼女だと言う。

 驚いた。すっかり男だと思い込んでいた。思い込まされていたのかもしれない。

 珍しく執着を見せる王子に、調べるかと問う。

 情報はきんだ。

 身の危険も感じなくは無いが、今はとにかく資金が欲しい。


 王子には言わないが、家はもう知っている。

 後は彼、いや彼女の行動習慣、立ち回り先か。

 そんな中、差出人不明の手紙が届く。

 たった一言。

『何をしているの?』

 とある。

 鳥肌が立つ。

 今のところ何もするつもりはない、と返事を郵便受けに入れた。

 自分は取り敢えず何もしないつもりだ。詭弁だが。

 危険手当ても請求しよう。


 首尾よく彼女と再会出来て上機嫌の王子から資金をふんだくる。

 何か言ってくるかと思ったが、余程機嫌が良いのか、金銭感覚がざるなのか、言い値で払ってくれた。


 それを元手に増やした。

 取り敢えず法には触れない方法で。

 すれすれだったが。

 如何様イカサマは、バレなければ如何様じゃない。


 その頃王太女周辺にある動きがあった。

 こちらとしては願ってもないことだが、テオとしては思いもよらないだろう。

 彼女とのお茶会の準備に夢中になっている。

 敢えて話していない。

 王太女の元へ忍んで行った。

「あらやだ、夜這い?」

 困るわ、私もう大事な人が、と王太女シャーロットは冗談で出迎えた。

「やはり、降嫁なさいますか。」

 大事な人が、なんてわざわざ言って見せるのだこの人は。

「ええ、後は頼むわね。」

 テオの事。

 ふんわりと幸せそうに微笑む。

「それはお任せください。…ですが一つお力添え頂きたいことが。」

「彼女の事?」

 物凄く話が早い。

「…、やはり貴女の方が王位に向いてますよ。」

 どんな情報網をお持ちなのか、空恐ろしい。

「だって彼が婿になってくれないんだもん。」

 ぷう、と膨れて見せる。

「それに」

 ふわりと微笑まれた。

「だから貴方がいるんでしょ?」

 微笑みの奥の目がきらりと光る。

「買い被り過ぎで無いことを祈ります。」

 伸べられた手に口付けをする。

「そう?」

 シャーロットは可愛らしく小首を傾げる。

「じゃあ、そっちは通るようにしておくわ」

 あっさりと請け負ってくれた。

 王と王妃を動かせるひと。

「…ありがとうございます。」

 心から礼を言う。

 これから王太子を押し付けられるテオの為、これくらいはしてやらないと。

「でも意外ね、貴方はもっと損得ずくであの子の側に居ると思ってたわ。」

 ちゃんと友達なのね。と嬉しげに微笑まれた。

「…やる気を出させる為ですよ。」

 心外だという顔をする。


 王太子となったテオは怒り狂った。

 何よりもお茶会を潰されたのが頭に来たのだろう。

 怒りで能力が跳ね上がる事に気付いた。

 自分が喋ったことのある貴族達の情報が全て頭に入っている。

 それを踏まえてこちらを下に見るような輩は散々にやり込める。

 ある軍関係の貴族が魔術師達など摩りきれるまで使い倒せば良いなどと持論を展開した。

 この世界で、魔法使いの歴史はまだ浅い。

 王室魔術師という職業が出来たのも今の王の即位以降だ。

 魔法の才さえあれば、家柄や身分は関係なく取り立てられる。

 魔法が見つかり始めた頃、何故か身分低い者にその才が発現しやすかった。

 それ故に年齢の高い層程、魔法使いに対する差別的感情を持つものも多い。

「ほう、貴公はご存知無いのかな?私も魔法が使えるのだが。」

 テオは絶対零度の微笑みで、その場を凍てつかせた。

 あまり最初から敵を作りすぎるのも運営に支障が出るので、あるいは宥め、あるいは取り成している内に、お茶会の刻限になっていた。

 門番には話を通してあり、彼女が来たら部屋で待っていてもらう手筈だった。

 テオへのご褒美に。せめて一目会わせてやろうと。

 テオの前を辞し、部屋へ行くと居ない。

 門番を探すと、急遽別の門番の担当になってしまったという。 その門番に聞くと篭を置いてもう帰ったと。

 迂闊だった。一人でふらふらしていたらさらわれかねない容姿だ。

 拐われでもしたら王子も怖いがそれよりも恐ろしいひとがいる。

 あちこち探し回ってやっと見つけた時は、安堵で膝から崩れそうになった。


 テオが何度も城を抜け出そうとするのを止める。

 最初から不品行なのはこの間の作ったばかりの敵を優位にする。

 代わりに花と手紙を持たされた。何度も。自分は仕立て屋であって花屋じゃない。賭けてもいいが、花の意味は欠片も伝わってないからな。


 エレノアは決断を迫られていた。

 母の代わりにオルティス公爵家と父と召し使い達を守る義務が自分にはある。

 しかし、自分にその力が無いことも分かっていた。

 そこへ、援助の話があった。

 相手は裕福な侯爵で、援助を受ければ当面は家政が保つ。

 学校にも行かせてくれるという話だった。

 見返りは。

 母も通った道、と思えば良いのかも知れない。

 エレノアは覚悟を決めて、男の邸を訪れた。

「何をする!」

 いきなり寝床へ押し倒されそうになり、思わず殴り飛ばしてしまった。

「全くだ。」

 驚いて振り向くと、含み笑う覆面の男が立っていた。

「何者だ!何処から入った!」

 男は叫ぶ侯爵に素早く短剣を突き付けて黙らせる。

 かなりの大声にも関わらず、誰も駆けつけて来ない。

 侯爵は青ざめた。

「その嬢ちゃんの価値が判らねぇなら譲ってもらうぜ。」

 金の入った袋を置く。

「嬢ちゃんも嬢ちゃんだ、あんたの価値はこれからもっと上がるってのに。」

 ちちちっと舌打ちをする。

「どうする?俺についてくりゃ、もっと高く売ってやるよ。」

 エレノアは男と侯爵を見比べ、男の後ろについた。

 男はにっと笑う。

「良い判断だ。」

 エレノアを後ろ手に窓辺の露台へ押しやる。

 自分も出ると短剣を咥え、エレノアを抱え上げると手摺に足をかけ、飛び降りた。

「!」

 夜目に、庭のあちこちで倒れている人影が見える。


「…、君はディランだろう?」

 馬車に連れ込まれたエレノアは、じぃっと覆面の男を見る。

「…あれ、バレちゃいました?」

 ディランは覆面を外した。

「声が同じだった。」

 戸惑ったようにエレノアは言う。

「おやおや、次は気を付けます。」

 驚いて見せる。

「随分違う物言いだな。」

 釈然としない顔でエレノアは言う。

「あっちが素ですよ。俺は。」

 下賎の出なんで。

 にっこり笑う。

「あれは、死んだのか?」

 庭に倒れる人影。

 誰も来なかった所を見ると、邸内も同じだったのだろう。

「まさか。」

 少し大人しくしてもらっただけです。

 何でもないように言う。

「王子の差し金か?」

 やや視線を強める。

「さあ、どうでしょうね?」

 はぐらかす。その辺は自分でもよく分からない。相談はしてないが、あの聡い御仁はもしかしたら計算ずくかもしれない。

「助けた、つもりか?」

 いささかエレノアが気色ばむ。余計な事を、と言いたげだ。

「いいえ?貴女は俺が買ったんですよ。」

 あえてばっさり斬るように言う。

「…そうか。」

 出鼻を挫かれたようにエレノアは黙る。


 無言のままのエレノアを自分の邸に連れ込んだ。

 部屋へと案内する。

「俺は用があるんで出掛けますが、この部屋からは出ないで下さいね。」

 部屋には勿論寝床もある。

「…、それで、私はどうすれば良い。」

 やや、所在無げに言う。

 寝床をちらりと見て目を逸らした。

「今日の所は寝ててください。」

 あ、風呂入るならそっちです。

 と呑気に扉を示す。

「っそうではなく。」

 分かってて言っているな。

 エレノアは睨む。

「取り敢えず、俺の手駒になってもらいます。」

 その辺の諸々もろもろはまた話しますよ。

「それだけ、か?」

 拍子抜けしたように言うエレノアにぐっと顔を近付ける。

「喰われたいなら喰ってやるよ。」

 男として、安全だと思われたい訳じゃない。

 獣のような笑みを浮かべて見せる。

「!下品だぞお前っ!」

 後退りながら怒鳴られた。

「お前っていうのもどうかと思いますよ。」

 そして思い出して吹き出す。

「それに、深窓の御令嬢とは思えない見事なこぶしでした。」

 侯爵をん殴るとは。

 ディランに笑われてエレノアは反論しようとして視線を落とす。

「笑え。結局覚悟が足りなかった。」

 家の者を守ろうと覚悟を決めたはずなのに、目の前の助けに簡単に縋ってしまった。

「いや、無事で何よりですよ。」

 ディランはまだくつくつ笑いながら言う。

「…本当に。」

 殴る程嫌だったのだ。助けられて良かった。


 逃げ出したりしないように、と釘を刺し、もう一度覆面を身に付けるとディランは出掛けていく。


 オルティス公爵は憔悴していた。

 窓の外を見つめる。

 きっと娘は、エレノアはあの男の所に。

 止めるすべもないことに打ちひしがれる。

「何を黄昏たそがれてやがる」

 不意の声に振り向くと男が立っていた。

「こいつはあんたのお嬢の代金だ。受け取んな。」

 執務机の上に重い袋を二つ置く。

「っそんなもの受け取れるか!娘を返せ!」

 激昂し、男に掴みかかろうとして机に組み伏せられる。

「ああ?ふざけんじゃねえ、誰の所為でこうなってると思ってんだ!」

 男から怒りの波動が吹き出す。公爵はそれを聞くとがっくりと項垂うなだれた。

手前てめえが不甲斐ねえ真似しやがるからお嬢が身体張らざるを得ねえんだろう!」

 半ば本気で怒鳴り付けた。

手前てめえにはこいつを受け取る義務があんだよ!」

 金袋を顔に押し付ける。公爵は苦渋に呻く。

「…受け取って、増やせ。」

 幾分声を和らげる。

「教えてやるから。」

 思いもかけない言葉に公爵は振り向こうとする。

「ちゃんと増やせばお嬢は返す。」

 それまでは預かるからな。

「分かったら返事をしろ!」

 覆面越しの凄みに、公爵はただただ頷いた。

 その夜の内に、少ない召し使いを呼び集め、小作料の取り立て方法からまず指導し、公爵には投資について手解きする。

 しばらく通って指導してやるというと公爵邸は震え上がった。


 すんなり受け取りやがったらただじゃ済まさなかったが。

 とディランは思う。

 ま、あれでも父親か。

 あえて指摘するような真似はしなかったが、エレノアはずっと震えていた。

 それを思うとやっぱり二三発殴っておけば良かったかとも思う。


 気配を消してエレノアの部屋に忍び込んだ。

 エレノアは眠っていた。

 ほっとした。

 灯りが見えたから眠れていないのではと思った。

 少しは安心しただろうか。

 エレノアの淡い金色の髪が枕に散っている。

 一房ひとふさすくい上げ口付けた。

「間に合って良かった。」

 不意にエレノアは目を開き、ぼんやりとディランを見上げる。

「…何だ、やはり夜伽か。」

 起き上がると寝巻きを肌蹴はだけようとするので慌ててき合わせる。

「いや、待った待った!違うっ違いますって!」

「大丈夫だ。覚悟はしている。」

「だから違うって!」

 どうやら寝惚けているエレノアを何とか押し留める。

 無事に返すと約束したばかりだ。

 有事になってしまう。

「嘘じゃない!ちゃんと覚悟を…」

「分かった分かった」

 半眼でめ付けるエレノアをとにかく宥める。

「お前なんか来るから…」

「それはすまん」

 振り上げた拳が胸板にぽすぽす当たる。

「…助かった。」

 かと思うとふらふらと凭れかかる。

「…怖かった…」

 言いながら目蓋が下がっていく。

「…ちゃんと、覚悟…」

 そのままエレノアはまた眠りに落ちてしまう。

 もう起こさないようにそっと寝床に横たえる。

「誰もあんたの覚悟が嘘だなんて思っちゃいねえよ。」

 そっと頬を撫でると明かりを絞って部屋を出た。

「…ああっくそっ、あのなぁ俺も普通に男なんだぜエレノアっ」

 自室のディランの叫びは誰にも届かなかった。

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