第13話 テオ side2

 その夜はなかなか寝付けなかった。

 ルイの顔がちらつく。

 こんなはずじゃなかった。

 生まれた身分ゆえに、決められた相手と結婚するものだと。

 恋などする必要はないと思っていた。

 気付けば落ちているとは思わなかった。

 会わなければ、この想いも消えるのだろうか。

『テオ様』

 いや、無理だ。

 もう出会ってしまったのだから。

 この想いを早く伝えてしまいたい。

 世界が彼女に気付く前に。


「お茶会、ですか?」

「君も是非!」

 色々考えた末、どうにか自分の家に招こうと、お茶会ということにした。

「…」

「嫌、か?」

 黙るルイに不安になる。

 ここで断られる想定は無かった。

 詰めが甘い。

「嫌、という訳ではありませんが。」

「ならば待っている。」

 内心の跳び上がりそうな喜びは押し隠した。


 ルイが来てくれる。

 この頃の自分は完全に浮かれていた。

 周りの動きが見えていなかった。

 あんな失態を演じるとは。

 折角準備した部屋は朝には綺麗さっぱり片付けられていた。

 王太子の玉座に、ひっきりなしに訪問があった。

 内心の動揺を矜持だけで捩じ伏せ、こちらを侮るような挨拶には容赦なく冷笑と皮肉を浴びせた。

 何をしでかすかわからなかったのだろう。ディランがずっと傍を離れなかった。

 取り乱していた。義姉にも当たり散らした。

 あまり思い出したくもない。


 ディランから、ルイの焼き菓子だけが届けられた。

 美味しかった。悲しかった。

 何の書き付けもなく、招待状もそのままで。

 ふと涙が流れているのに気付いた。

 これで終わりかと思った。

 だが、どうしても諦められなかった。

 王に妃は自分で選ぶと駄々をねた。

 ままは百も承知だ。

 王太子の、未来の王の妃は、様々な思惑の中で周囲に決められる。

 今の王妃がそうであるように。

 ルイを諦めない為に、これだけは何としても約束を取り付けなければ。

 認められなければ王太子を降りることも辞さない構えでいたが、意外なことにその我が儘はすんなり通った。

 これで口約束のフレイヤとの婚約は解消となった。


 ルイに会って謝りたかったが、ディランにまで邪魔をされ、どうしても城を抜け出せなかった。

 仕方無く詫びの手紙を書いた。

 返事もくれないかと思いながらディランに届けさせた。

 気にしてないと返事が来た。

 言伝てだけだったが。

 嬉しくて何度も、何度も書いた。

 いつも短い言伝ての返事だけだった。

 会いたい、と何度も書いた。

 花も沢山贈った。

 花の意味を調べ、自分で選び、花束を用意した。

 自分は恋文のつもりだった。

 贈る花にも、そういう意味を持たせた。

 なのに返事はいつも同じになっていった。

『お仕事頑張って』

 何度望んでも手紙は一度もくれなかった。

 焦った。会いたい。会って話したい。

 どうにかしろとディランにじ込んだ。

 王太子の地位に価値を見出だしたのか、ディランはあまり逆らわなくなった。


 ようやく招待してもらったお茶会の日、久しぶりに会ったルイは反則だった。目の前には天使がいた。

 誰にも見せたくなくて抱き締めた。

 こんな無防備に外に出てこないで欲しい。

 もう、離したくない。

 そう思ったのに、帰り際告げられたのは別れの言葉。

 立場を考えろだって?

 そんなの散々考えた。考えても、打ち消しても、どうしても君を諦め切れない。

 このまま連れ去ってしまおうか。

「僕が、嫌いか?」

 否と言ってくれ。祈った。正直卑怯な打算もあった。懇願する眼差しで、ルイの優しさに付け込んだ。それに自分は一国の王太子だ。面と向かって嫌いとは言えないだろうと。しかしそんな打算は粉々に打ち砕かれた。

 この時のルイの顔は、未だに忘れられない。

 今にも泣き出しそうな、綺麗な笑顔。

 悪かった。ただ否定して欲しかっただけなんだ。そんな顔、しないでくれ。

 引き寄せて、抱いてしまいたい。

 けどきっと君は泣くだろう。

 躊躇ううちに、手は引き抜かれ、ルイは走り去った。

 追えない。まだ追えない。

 君のその訳を全部理解してみせる。そしたら今度こそ絶対に離さない。

 頑張るから、待っていて。


 ルイの事を探りながらの入学になった。

 正攻法ではほぼ情報が無かった。

 そういう女性がこの国には居る。

 あえて言うなら、それくらいの情報しか得られなかった。

 身分違い、とか、そういうことじゃないと思った。

 ルイの家、ウォード家は伯爵家だ。

 王家に嫁ぐにはやや身分は低い。

 だが認められない程ではない。

 ルイは最初から色んな事を諦めているように見えた。

 誰かと親しくなるとか、自由に出歩くとか。

 何度かいちに誘ったが、ルイは用を言い付けられて無ければ決して付いては来なかった。

 一緒に行ける時は欲目かもしれないが、嬉しそうに見えた。

 通る道順も決められ、予定外の行動は出来ないようだった。

 自分の方が自由じゃないかとさえ思った。


 入学して、ひょんなことから、学校にまつわる醜聞の噂を聞いた。

 ひょっとして、これなんじゃないかと思った。

 そんな噂、城では聞いたことがなかった。

 いや、もっと網を張り巡らさなければ。

 噂の断片を拾い集めた。

 時期もバラバラで、噂に関わる人物も色々だった。

 しかしこれは意図的に乱されているように感じた。

 城では噂に上らないことにも何者かの意思を感じる。

 それができる人物は限られている。

 だ。

 この件に関わっている。そう確信した。

 そんな中、ルイからディランに手紙が届いた。

 ディランに。

 何度手紙を送っても頼んでも自分に与えられたのはたった一言の紙片だけだったのに。

 自分がディランに出させたものの返信だったが、嫉妬でどうにかなりそうだ。

 御前試合以来の、決闘をした。

 ルイの署名。概ね予想通り。ルイの書いてきた家名は隣国の皇家のもの、そしてその名は隣国の皇太后と同じ。つまりこの署名だけで、ルイが隣国の皇家の直系、もしくは極めて近い血統であるとわかる。ルイが抑制された生活を送っていた理由が、わかったように思う。

 これで諦めてくれということでしょうね。

 ディランが言う。

 そんな、そんなことで諦めなきゃいけないと思ってるのか。

 そんな訳無いだろう。

 あんな嘘を吐かれたまま。

 聞けば僕が諦めると?僕は君が何者だって構わない。

 本当に、こんなに執念深いとは自分でも思わなかった。


 ルイの入学に際し、噂の真実を知る古参の教師達がざわめいているようだ。

 一生徒として受け入れてもらえるよう動いた。

 両姫にも、頼んだ。


 いよいよルイに会える。

 指折り数えて迎えた入学の日、朝から落ち着かなかった。

 やっぱり反則的に可愛い。

 ついに世界が君に気付いてしまった。

 両姫が守ってくれるのは有難いが、ベタベタ触りすぎじゃないだろうか。

 異性にすら嫉妬する。

 本当にどうしようもないな。


 舞踏会、ディランの言葉を真に受けた振りをした。

 女装なら散々義姉にさせられた。

 その代わり、絶対ルイと踊れるように取り計らえと、半ば脅すように命じた。

 ディランは心底呆れた顔をしていた。

 ルイを部屋に引き込んだ。

 目を丸くしたルイが可愛い。

 久し振りに、本当に久し振りに、名前で、呼んでくれた。

 呆れるか、嗤われるかと思ったが、ルイは屈託なく笑った。

 そんな顔、初めて見た。

「笑わないでよ。」

 逆に照れる。

 ルイは優雅に、申し出を受けてくれた。

 いつになく楽し気なルイと踊る。

 肩に触れられて心臓が跳ね上がる。

 まさかルイから触れてくれるなんて。幸せだ。

 ルイが不意にかくんと膝から崩れた。抱き止めた。

 吐息が熱い、上気した頬、開かない目蓋。

 額に触れた。熱い。

 すぐに抱えて医務室に向かった。

 自分の格好なんて頭からすっかり抜けていた。

「あらまあ、ルイちゃんなの?」

 医務室の先生は少し驚いた顔で。

 寝台を用意してくれた。

「脱がせてあげて?」

 苦しいだろうから。と言われ慌てる。

「いえっあのっタオル濡らして来ますっ」

 焦ってタオルを掴んで水場に行く。

 濡らして戻るとルイの額に乗せる。

「あら手袋、」

 言われてそのまま一緒に濡らしていたことに気付く。

「まぁまぁ、よっぽど心配なのねえ。」

 先生はおっとりと微笑む。

「ルイ、さんは、その、容態は?」

「…そうねぇ、」

 先生はルイの手を取るとふわりと力を込める。

「うん、大丈夫よお、少し疲れが出たみたい。」

 安堵する。

「ルイ様はこちらですか?」

 ディランが来たので退室する。

 着替えと共に手近な部屋に放り込まれた。

 未練がましく戻ろうとするのを留められ渋々寮へと戻った。


 温室で告げられた言葉。

「私は御祖母様を愛しています。だから御祖母様のものです。」

 ふざけるな。

 エレノアと同じ、しゅにかけられた表情。

 諦めては微笑むルイの癖。

 それがこの所為なら。

 冷たい怒りが沸く。ルイに、何てことを。何てことを。

 同時に自分の能力への嫌悪感が増す。

 初めて、殺意を抱いた。会ったこともない相手に。

 揺すっても大きな声で名前を呼んでも解けない。

 強固な呪。

 もちろん自分のではない。

 いつから、出会った時にはもう?

 ルイの眼を覗き込む。視線が合わない。顔を近付ける。口付ければもしかして。

 ノアが止めてくれて良かった。

 もう少しで壊してしまう所だった。


 また、泣かせてしまった。


 暗殺の計画書と侵略の計画書を同時に書きながら、心は別の事を考えている。

 どうやってルイを取り戻す。

 数少ない能力ゆえ、事例も少ない。

 自分のようにすぐに解けないなんて。

 言霊を使った人物も御祖母様とやらなのかどうかも調べなければ。

 計画書を取り上げたディランが、ルイに言霊が効かないのは、もうかかっているからなのではと問うてくる。

 その可能性は実は真っ先に思い浮かんだ。

 だからどうした。

 言霊が効こうが効くまいが、ルイはルイだ。

 別の可能性も頭をよぎったがそれは後の話だ。


 休みが終わると、学校には戻らず、ルイの両親に面会を請う。

 まずは母上にお会いした。

 なかなかの曲者だった。

 道理でディランが…。

 以前お茶会で会った時とは、身に纏う雰囲気から全く違う。

 あの時はすっかり隠されていた。

 隠さない、ということは、とりあえず話だけはまともに聞いてくれる気があるということだ。

 母上にルイを妻に望むとはっきり伝えた。

 案の定はぐらかされた。

 噂と言霊の件をぶつけた。

 母上の目が細まった。

 ルイが自分を選ぼうと選ぶまいと、ルイを解放したいと請い願った。

「このままで良いと、お考えですか?」

 母上は、しばらくこちらを見ると、例の噂をさらりと話し、その後、一度ルイを連れて隣国へ行ったことがあると話してくれた。

 無論気を付けていた。

 ちょっとの間のことだったと。

 両親の目が一瞬離れた隙に。

 気付いた時には。

「もう、大変な御祖母ちゃん子になっていたのよね。」

 笑顔が怖い。

「王太子殿下自らがなさることかしら?」

 お気持ちは有難いけど、と母上は言う。

 貴方には立場があるし、無理じゃない?と暗に言われている。

「ええ、僕だけでは。」

 母上はまた目を細める。

「ですからご助力ください。」

 頭を下げた。下げた頭に貫くほどの視線を感じる。

「…そうねえ、あのひとにやられっぱなしもね。」

 気のせいか、あのババアと聞こえた気がする。

「そっちの件はさておき、この件については協力させていただきますわ。」

 にっこりと微笑む。出来ればそっちも協力して頂きたかったが。

 ディランの師匠にご助力頂けるのは幸いだろう。

 高望みはしないことにする。

 ルイの解放が第一義だ。


 父上には庭に引き出された。

 義足を外し、眼鏡を取ると、もうルイの師匠がそこに立っていた。

「知っていたか。」

 目の前に木刀を投げられた。

 拾って頷く。

「ならば立合いなさい。」


 気絶しそうなほど打ち据えられた。

 情けないことに全く歯が立たない。

 身体中が痛いというより熱い。

「その程度で。」

 起き上がれずにいるとそう言われた。

 確かに、と思う。

 全身に回復を掛けながら起き上がった。

 しかし立っているのがやっとだ。

「お帰りだ。」

 母上に向かってそう言われてしまう。

「また、来ます。」

 必ず。一礼して、今日の所は引き下がった。

 このまま戦った所で勝てない。

 出直しを誓う。

 魔法で無理矢理治癒して、次の日にまた訪ねた。

「諦めなさい。」

「お断りします。」

 開口一番に即答する。

 どちらについてか分からないが、どちらも諦める気など無い。

「誰に似たのかな?」

 放られた木刀を掴む。

「僕は僕です。」

 構える。


 また打ち倒された。

 昨日の今日だ。勝算があった訳でもない。

「無謀だな。」

「無謀、だからといって、諦められ、ません。」

 治癒魔法を使いながら何とか言葉を紡ぐ。

「今日は帰りなさい。」

 溜め息の後にそう言われた。


 次の日も結果は同じ。

 しかし僅かながら、昨日一昨日よりは長くった。

 が、稽古をして出直せと言われてしまった。

 一度学校に戻ることにした。

 さすがにぼろぼろだ。

 魔力もぎりぎりまで使ったが、全快とはいかなかった。

 軋む身体で学校へと戻った。


 剣術の師範に稽古をつけてもらえるよう頼んだ。

「誰をほふるおつもりか?」

 まず聞かれた。

 どうやら殺気立っていたらしい。

「一矢報いたい相手が出来ました。」

 努めて心を鎮めて話す。殺したい訳ではない。それとも別の殺意に気付かれたのか。

「首席の貴方様が勝てぬ相手とは、何方どなたでしょうな。」

 王都に居る東方の剣を、と言いさして、師範と目が合う。

「…それほどまでに、惚れていなさるか。」

 静かな眼差しだった。

「はい。」

 色々見抜かれた。これは隠しようもない。

 ルイへの気持ちは、隠す気もないけど。

「ならば仕方ありませんな。」

 半ば諦めたように請け合ってくれた。

「では!」

「いやいや、まずは身体を元に戻しなされ。」

 すぐにも剣を引き寄せようとすると制された。

 数日、回復に努め、それから連日稽古をつけてもらった。

 なかなか、手応えは得られないが、何度も再戦に出掛けた。


 毎回、ぼろぼろで帰って来ては師範に叱られた。焦り過ぎだと。

 自分でも焦っているのは自覚があった。しかし、何故焦っているのかはわからなかった。


「私に勝てなくてどうする。」

 ある時師匠に言われた。

 治癒をかけて起き上がったあと。

 現状、すぐ勝てる相手ではない。

 手練れに狙われた時に、守れるか、ということだろう。

「ルイは絶対に逃がします。」

 自分が盾になれば良い。

 ルイなら逃げ切れるだろう。

 安易に考え、答えた。

 木刀が腹に食い込み、そのまま吹っ飛ばされた。

 しばらく吐き気と痛みで動けない。

「それで良しとするなら、もう来ないように。」

 師匠はそのまま家に入ってしまった。

 ふわっと頭にタオルが降ってきた。

 どかっ。

「うぇっ?!」

 蛙が潰れたような声が出た。嘔吐という失態は死ぬ気で堪えた。

 誰かが上に乗っている。

「あ~あ、残念だわ。」

 ルイの母上だ。

「…すみ、ません、どいて、いただけ、ますか?」

 痛みで息も絶え絶えだ。

「少しは買っていたのに。」

「!」

「ルイは、優しい子よ。」

 私と違って。ぐう、と更に体重をかけられる。確かに、と思う。

「知って、ます。」

 声を絞り出す。

「死なれたら嫌よね。」

 それだけ言うとふっと気配が消えた。


 僕は馬鹿だ。

 本当に我が儘で身勝手だ。

 君にだけ、生きて欲しいなんて。

 それに、見捨てて逃げろなんて、例え必死で頼んだとしても、君は。

「…」

 痛くて溜め息も吐けない。


 学校へと戻ると、ルイが心配そうに声をかけてくれた。

 嬉しい。やっぱり君は優しいな。

 痛みで上手く話せなかったが、何とか笑って見せられた。

 そうだ。その優しさを守りたいんだ。


 方向を変えて、師範に稽古をつけてもらう。

 作戦、とまではいかないが、を話すと、少し感心してもらえた、ような気がする。


「もう来ないように言ったはずだが。」

「もう一度、答えさせて下さい。」

 しばらく睨み合う。

 師匠は木刀を放り投げ、掴むと同時に打ち込んできた。

 ぎりぎり受け止める。

 力では負けない。

 いつもはここで血気けっきはやって攻撃に移ろうとするが、今回は防御に徹する。

 死なない為に。これは実戦だ。

 一矢報いる、じゃない。

 自分が生き残ることが、ルイの為になる。生き延びて、側に居る。

 相手の木刀を真剣と捉え、斬られないように躱し、受け止め、弾く。

「防戦一方か。」

「でも、生きてます。」

 いつもなら隙を突こうとして逆に一撃喰らい、そこから崩れてぼろぼろになってる頃だ。

 焦って攻撃しなければ、何とかしのげる。

 こちらが攻撃しないと見ると、攻撃の手が激しくなる。

 必死で凌ぐ。一撃でも喰らえばいつもの二の舞だ。

 凌ぎながら目を、神経を研ぎ澄ます。

 焦るな、自分に言い聞かせる。

 ここだ、と思う前に身体が動いていた。

 木刀が一閃する。

 その隙に肩に木刀が食い込んだ。

「ぐっ……?」

 いつもの追撃が来ない。

 師匠を見やる。

「相討ちにもならない。」

 師匠は木刀を下ろしていた。

「斬った、か。」

 自分の木刀は狙った所に当たっていた。腕の神経。

 切れていれば、物が握れなくなる。戦闘力を削げる。

「これが、答えです。」

「まだまだだ。」

 即答される。肩に真剣が食い込むのと、神経を斬られる、の、どちらの損傷が大きいかなんて、考えるまでもない。

 まだ、及ばない。

「…、見込みが無いとは言わないが。」

 師匠の言葉に驚いて顔を上げた。

「では!」

「仕方無い。求婚する権利位は認めよう。」

 渋々といった感じに師匠は言う。

「?あ、りがとうございます!」

 変な間を空けてしまった。

 やっと少しは認めて頂けた。

 何か話が噛み合わない気もするが。

「あらエリック、そっちを認めちゃったの?」

 ルイの母上が微笑んでいる。

 やや怖い。

「?そういう話ではないのか?」

 師匠は首を捻る。

「いえ、そういうお話です。」

 折角認めて貰えたのだ。

 今更取り消されては困る。

 慌てて言うが、ルイの母上は師匠に何か囁く。

「…、あぁ、…」

 師匠の目が泳いだように見えた。

「うん、聞いた。うん。聞いたとも。」

 ルイの母上にぼそぼそと囁いているのが漏れ聞こえる。

「妙に焦っているからてっきり、」

「まさか、あのルイちゃんよ?」

「…。」

 師匠は、ルイの父上は沈黙の後、複雑な息を吐きだす。

「そちらの件も勿論協力は惜しまない。」

 可愛い娘の為だ。向き直った師匠はやや汗ばみながら約束してくれた。

「ありがとうございます!」

 素直に感謝を示す。

 味方は多いに越したことはない。

 第一段階の準備は整った。

 帰り際、師匠に懐かしげに言われた。

「ローガン殿は息災のようだな。」

「ええ。何かお伝えしますか?」

 やはりお知り合いなのだ。

「いや、良い、わかっておられるだろう。」

 師匠は穏やかに微笑んだ。

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