第8話 お茶会

「それだけで?帰って来たんですか?」

 幸せ全開にしていたら、ディランに呆れられた。

 折角エレノアが心を鬼にして作ってくれた機会なのに。

 感謝は肯定でも否定でもないんですよ。

 どうせなら結婚の承諾位貰ってきたら良かったのに。

 と、まあ大体こんなことを言われて凹む。

 それはそうかも知れないが、自分にとっては大きな進歩だったのだ。

 ようやく、ようやくルイに気持ちを伝えられた。

 返事をもらうなんて、考えもしなかった。

「お茶会に誘えたことだけは評価しますよ。」

 せめて次に繋げないと、と上から言われる。

 自分は王太子のはずなんだが。


「ルイは恥ずかしがり屋だったのだな。」

 未だにエレノアにからかわれる。

 抱きしめられてから変に意識して、逃げ回っていた事を知られて以来。

 それなのにレオがテオだったなんて。

「…、おっしゃらないで下さい。」

 顔を赤らめて俯く。

「すまん、ついからかいたくなる。」

 エレノアはそう言って優しくルイを撫でた。

 撫でられると目を細める。

 素直になったルイはより可愛くて困る。

「ルイいじめちゃダメ。」

 フレイヤが奪い取る。

「愛でてただけだぞ。」

 うそぶくと、より悪い、と怒られた。


「ようこそ、ルイ。」

 いつにも増して清楚で可憐なルイにテオは目をみはる。フレイヤの自信作はしっかり刺さった。

「とても綺麗だ。」

 嬉しくてふわりと微笑む。抱きしめたい衝動は抑え込む。

「…ありがとうございます。」

 ルイも頬を染め微笑む。自信を持てとエレノアに言われたことを思い出す。

「お招き頂き光栄に存じます。」

 綺麗な御辞儀をして入る。

「先に僕から、良いかな?」

「はい。」

 何だろうと思いながら答える。

 テオはルイの左手を取るとひざまずき、指輪をめると口付ける。

「僕と結婚して欲しい。」

「お気持ちは嬉しく思います。ですが私はすでにエレノア御姉様の…」

 はっと気付く。手を取られての求婚と口付けに驚き、思わず口走っていた。

 慣れとは恐ろしい。

 テオは目を丸くしたが、ふっと笑った。

「そうか、ならば今からエレノアに決闘を申し込もう。」

 立ち上がるとそのまま部屋を出ようとする。

 その腕に必死にすがり付いて引き留める。

「違います!テオ様っ違うのです!」

「違うとは?」

 ぎゅっと腕に抱きつかれ気を良くしたテオは笑顔で聞く。

「…嬉しく、思います。」

 自分の体勢に気付いて赤くなり、ぱっと手を離す。

「…返事はもらえるかな?」

 テオはその左手を両手で包む。ぴくりとルイの肩が揺れたが、逃げない。

「あの、…お話が済んでからでもよろしいでしょうか?」

 ルイは俯き、遠慮がちではあるがはっきりと言う。

「なかなか交渉上手だ。」

 テオはふっと笑う。手を引くと席に案内する。


 お茶の良い香りがする。

「さ、どうぞ。」

 召し上がれ。テオは茶器をルイの前に置く。

「ありがとうございます。頂きます。」

 茶器を持ち上げて一口飲む。

「これ、あの時の?」

 自分の家のお茶会でも出した、城の帰りのいちで出会ったお茶だった。

「分かった?」

 テオは嬉しそうに微笑む。

「君が美味しそうに飲んでいたから。」

 他のが良ければ他のもあるよ。

 にこやかに言う。

 飾ってある花も見覚えのあるものばかりだった。

 あの時、ディランが届けてくれた、テオからの。


「…もう、お茶会じゃないのは知っているね?」

 テオはそう切り出す。

「…はい。」

 ルイは頷く。アイラに言われた。

『殿方がお茶会なんてなさらないわよ。』

 言われてみれば、自分の家のお茶会も母が取り仕切っていた。

 あと、テオが魔法剣士なのは僧正寮では有名な話、と呆れられてしまった。

 時折魔法の授業も受けているらしい。

 エレノアから王子のお茶会の意図を知らされて動揺した。

 そろそろちゃんと向き合えと諭された。

 テオの気持ちに、自分の気持ちに。

「どうすれば君と二人だけで話せるかと思って、」

 これでも無い知恵を絞ったんだ。そう言って微笑む。

「あの日も…」

 お茶会だからと言えば、来てくれるかも、と。

「君に交際を申し込むつもりだった。」

 気はとても早いが結婚を前提に。

「え?」

「今ならわかるよ、断っていただろう?」

 そもそも、あの日は会うことも出来なかったが。

「…はい。」

 躊躇ためらいがちに頷く。多分断っていた。

 分不相応だと。

「はっきり言うなぁ。」

 ちょっと傷付いたように微笑む。

「申し訳ありませんっ」

「いや、良いよ。意地悪だったね。」

 焦って謝るルイが可愛い。つい意地悪してしまった。

 あの日、王太子就任云々より会えなくなって荒れた。後で散々ディランに怒られた。

 ともも無くドレスで出掛けたルイが、一歩間違えばさらわれるところだったと聞いて青くなった。

 ルイが偶々たまたま表通りに居るうちにディランが見つけて事なきを得たが。

 流石のディランも焦ったらしい。


「では、君の話を聞こうか?」

 テオに言われ、ルイは意を決して席を立つ。姉様達を解放しなければ。

 戦う時の様な顔になる。テオはその顔にちょっと見惚れる。

「私はテオ様を弄んだつもりはございません。」

「?」

「ですがテオ様が傷付かれたのなら罰は受けます。」

「??」

「お願い致します!罰は私一人になさって下さい。」

「???」

 一生懸命ルイは話し、跪いて手を組みこうべを垂れる。

 ルイを遮ることはしなかったが、疑問符を飲み込んだテオは幾分苦い顔になる。

 そんな風に思われていたなんて。

「…それが、一位になって話したかったこと?」

 かたん、と立ち上がり、テオは少し拗ねた様に聞く。

「はい!どうかお願い致します!」

 ルイはその声音に気付かずもう一度頭を下げた。

「…」

 テオはしばらく難しい顔をしたが、ふと微笑む。

「その願い、叶えよう。」

 ルイに近付いて、立ち上がるよう促す。

「!本当ですか?」

 驚いて顔を上げる。都合の良い事を言っているのは解っていたのに。

「要は君以外めとるなということだろう?」

 もとよりそのつもりだ。テオは笑顔で言う。それにルイからの頼みを断るわけない。

「嫉妬と取っても良いのかな?」

 嬉しそうに、若干意地悪そうな笑顔になる。

「…冗談だよ。とりあえず、謎解きをしたいのだけど?」

 言葉に詰まるルイをそれ以上追い込まないことにする。それに知りたいこともある。

 手を引くともう一度席につかせる。

 自分も椅子を寄せて、並んで腰掛けた。向かいに座るよりは威圧感が減るかと思う、よりも単にもっと近付きたい。

 距離を詰められ、ルイは落ち着かない様子だ。

 嫌がられてはいないはず、多分。


『手紙など書くな。踊るな。もてあそぶからこういうことに』

「済まない、僕がそんな酷いことを?」

 何と言ったか、言いづらそうなルイからいて聞き出した。

 ルイの目が潤んでいる。

 随分酷い物言いだった。無理に言わせたことを悔やむ。

 無論身に覚えは無い。両姫からもディランからも聞いていない。

 誰にも言えなかったのだ。

「?…」

 ルイは質問を訝しむ。

「言い訳をするつもりは無いが…」

 責任は全て自分にある。知らぬ間に酷く傷付けていた。

「信じて欲しい。手紙も踊ってくれたことも嬉しかった。弄ばれたなんて思っていない。」

 本当に、本当に嬉しかったのだ。

 あの手紙も、あの時の手袋も、宝物だ。

 次はちゃんと、ドレスのルイと踊りたいという願望はあるけど。

 それに、ルイにならむしろ喜んで弄ばれよう。

「本当に済まない。それは、ノアだ。」

 これで判るだろうかとルイを窺う。

 言われたルイは記憶を辿って、答えにたどり着く。

「ノア様、だったのですね。」

 テオがレオになっている間、王子テオの代わりはノアがやっていたのだ。

 ノアはそれを教えるつもりだった、と今気付く。

 あの時、フードを脱いだノアの顔はテオだった。

 自分はテオとノアが同一人物だと勘違いしてしまい、それならフレイヤと自分は、と思い悩んだ。エレノアにノアの悪戯だと言われてほっとした事を思い出す。

「手紙や、ダンスのことは?」

 何で知っているのだろう。だからテオだと思っていた。

 テオは苦い顔になる。

「…やむを得ず話した。」

 済まない。と更に詫びる。

 大事なルイとの思い出。

 出来れば教えたくなどなかったが、護符の為に必要だった。

 テオは思い出す。『遊ばれてるぅ、お兄ちゃん心配ぃ』ノアにその時そう揶揄された。

 異母兄ノアなりに代わりに言ってやった、位のつもりで、悪気など無いのだろう。

 だからと言って怒りが無い訳ではないが。ぐっと拳を握る。次会ったら一発殴る。どうせあいつはタコ殴りしたところで障壁でびくともしない。

 フレイヤが殴った時もそうだった。

「そう、でしたか。」

 ルイは息を吐く。

「だから罰と思っていたのか。」

「え?」

「いや、何でもない。」

 そう言いながらもテオは傷付いていた。大々的に求婚したつもりだったのに。

「私、嫌われたと思っていました。」

 冷たいテオ、少なからず衝撃だった。でも自業自得だと。

「『嫌い』と言ってしまったから。」

 言わなければ良かったと落ち込んだ。

「今は?」

 真剣な目でテオはルイを見ている。

「え?」

「ルイ、今は?僕を、どう思っている?」

 立ち上がると、ルイに近付く。ルイも焦るように席を立つ。が、逃げようとはしなかった。

「今、は…」

 答えようとして真っ赤になる。

 答えなんて、その顔が全てだ。

 でもちゃんと聞きたい。

「ル…」

 ぽす、と軽い音。

「好き、です。」

 小さな告白が随分近い。

 気付けばテオの腕の中にルイがいた。

 自分から来てくれた。ぶわっとテオは赤くなる。

「すごく、嬉しい。」

 もう我慢せず抱きしめる。胸にもたれ大人しく抱きしめさせてくれるのに感動すら覚える。

「では、結婚もうんと言ってくれるね?」

「…」

 嬉々として囁くと、ルイは困った顔をする。

「それ、は…」

 ルイは身体を離そうとするが許さない。

「お願い致します、お離しください。それに、それは…そのことは、別のお話です。」

 赤い顔で懸命に訴えるので名残惜しいが離す。

 性急過ぎただろうか。

「何をそんなに気にする事がある。」

 ルイの両手を取る。

 気持ちを確かめた今、もう何も問題は無いとテオは思う。

「王太子殿下との結婚となれば、二人だけの問題では済まないと思います。」

 毅然とルイはテオを見る。が、すぐに不安そうに瞳が揺れる。

「私は、相応しくは無いかと。」

「何を言う。」

 沈むルイを不思議に思う。まだ何か齟齬そごがある。

「身分も釣り合いませんし…」

「そんなことはないだろう、ルイーズ。」

「!」

 急に隣国での名前で呼ばれて驚く。この国の名前ではない、隣国、ヴィロア帝国の皇家の御祖母様と同じ名前。

「僕は知っている。ルイ。」

 ふっと笑う。ルイはこの国では母方の姓だ。名前もルイで登録されている。

 母方の家は伯爵家であり、エレノアやフレイヤと比べると二段ほど劣る。違う意味で知る人ぞ知る家ではあるが。

「何故、ご存知なのですか?」

 戸惑いながら尋ねる。

「あの日、君に『嫌い』なんて嘘をかれて、僕はとても落ち込んだ。」

 ディランへの手紙を見た、とは言えない。

 ルイが気にしないよう、もう気にしてはいないと、言い添える。

「…何故嘘だとお思いに?」

 気付かれていたとは思っていなかった。ルイは唖然とする。

「…秘密だ。」

 テオは逆に気付かれていないと思っていたことに唖然とする。一方でルイらしいな、と微笑む。

 あんな泣きそうな顔で微笑まれても、信じる訳がない。

 泣かせるのが嫌で手を掴み損ねたことを、今も悔やんでいる。

「何であんな嘘を吐かれるに至ったか、沢山たくさん調べた。」

 嘘だと信じて。意地になって。ディランも巻き込んで。

「だから僕は、君のことなら殆ど知っている。」

 家柄の事も、身分の事も。家族の事も。

 ルイの気持ちだけは、さっきまで確信できなかったが。

「釣り合うだろう?」

「…、そうでしょうか。」

「それに、そんなことは気にしない。」

 王太子に成らざるを得なかった時、妃は自分で選んだ人、と約束させた。

 絶対にルイを諦めない為に。

「お気になさって下さい。」

 王太子殿下なのですから。それを知らないルイはまだ言う。

「じゃあ釣り合う。」

 この話はしまい、とテオ。

「…許されないと思います。」

 ルイは逃げ惑うように言う。

「君のご両親にも御祖母様にも許可は貰った。」

 あくまでも求婚しても良いという許可だが、それは言わない。

「いつの間に、どうやって…」

 驚く。両親はともかく御祖母様には、会うのも難しいのに。

「それは内緒。」

 含み笑う。言霊で皇太后の地位まで登り詰め、しゅでルイを縛っていた御祖母様。

 色々な手を使って陥落させた。

「ちゃんと誠心誠意、お願いして、許して頂いた。」

 きゅっとルイの手を握る。半分本当、半分は。

師匠ちちと試合を?」

 不安そうにテオを見上げる。

「ああ、勝てはしなかったが、認めて頂いた。」

 にっと力強く笑う。ルイの父が師匠なのはお茶会で会って気付いた。テオの目は魔法を見透す。言霊と共に持つものの限られた能力。

 発動する前の魔法陣も判るし、魔法道具で義足の振りをしているのも判る。

 最初は全く歯が立たず、痣だらけになった。それでも挑んだ。何度でも。

 諦めないテオに、最後は根負けしたように求婚することだけは許してくれた。

「だから何も問題は無い。」

 ルイは真っ赤になって口をつぐんでしまった。

「言ったろう?もう逃がさないって。」

 ルイが口にしそうな逃げ道は全て塞いだつもりだ。

 ここで断られても諦めるつもりも無い。

 一生かけて口説き落とす。

「だから諦めて僕のものになりなさい。」

「…ですが」

 それでもルイは首を縦に振らない。思った以上に強情だ。もうその唇を塞いでやろうかとさえ思う。

「私は隣国に連なる者です。国益になるとは思いません。」

 国益なんて関係ない。ルイに側に居て欲しいだけなのに。

 違う、自分が側に居たいんだ。

 それでも真剣に自分とのことを考えてくれている事が嬉しい。

 やはり邪魔な隣国など滅ぼすべきだったかとテオは思う。

「君を利用などさせない。絶対に。」

「むしろ利用価値があれば…」

 廃嫡され亡命した皇子の娘である自分には隣国に対する影響力など何もない。きっとテオが批判を受ける。

 何の取り柄も無い娘を妃にしたと。

「それなら作ろう。」

 どうとでもなる。

 この結婚には益があると、皆に思わせられれば良い。

「嘘は駄目です。」

 ルイははっきりと言う。嘘を吐いてまでとは思わない。

「分かった。嘘は言わない。」

 じゃあ例えば、と悪戯っぽく笑う。

「僕は君に一目惚れして、無理矢理娶った。だから君の言うことなら何でも聞く。」

 とか?これなら嘘じゃないよ。と微笑む。

 しかし、これを広める気にはなれない。広まれば有象無象がルイにたかるだろう。

 そんなことは望まない。

「…そんなこと、嘘です。」

 一目惚れとか何でもとか、ルイは頬を染めながらも言う。

「どうして?嘘じゃないよ。」

 全部本当だ。あの月明かりの下で、ルイに一目で恋をした。

 自分には困った顔で、ディランにだけ可愛く微笑みかけるのにすごく苛立った。

 また絶対に会いたいと思った。

「…無理矢理、じゃないです。」

 ぽつりと言うと更に赤くなって俯く。

「本当に?」

 追い詰めて、かなり強引に諾と言わせようとしているのに。

「…嫌では、無いですから。」

 顔を上げてテオを見つめる。真っ直ぐな眼差しにテオは驚き、嬉しそうに微笑む。

「では諾と?」

「…それは、あの…」

「君が王妃じゃない王になる気はないよ。」

 きっぱりと言い切る。

「何故そんなにお急ぎになるのですか?」

 まだ二人とも学生の身だ。卒業までまだ間がある。テオの父もまだそこまでの年齢でもないし、健康そのものだ。国内外の情勢も安定している。

 どうしても今答えさせようとするテオを不思議に思う。

「君が言うのか?」

「?」

 分かってない、全然分かってない。エレノア御姉様の…なんて台詞が咄嗟に出てしまうほど男からの誘いがあるのに。レオであるときに幾人睨み付けて退散させたことか。

 焦りもする。閉じ込めておきたい位だ。

「僕は約束が欲しい。」

 それで安心する保証は無いけど。

 無いよりは、いや、どうしても欲しい。

 約束があれば待てる。多分。待つよう努力する。無ければ無理にでも手に入れてしまいそうだ。

 今、この場でも。

「私に務まるとは思えません。」

 応えたいと思うものの、妃になるという覚悟が決まらず、あと一歩が踏み出せない。

 そんなルイの躊躇いをじっと見詰め、テオは口を開く。

「…僕は、そんなに頼りないか?」

 真剣な眼差しでルイを捕らえる。珍しく少し躊躇いがちな笑みを浮かべる。

 ルイは目をみはる。

「僕は君を愛し、支え、守るよ。」

 君とならどんな困難も越えられる。越えて見せる。そう思っている。

「僕では君の隣には立てないのか?」

 不安そうに微笑む。

「言ってくれ、ルイ、僕は君の側に居たいんだ。」

 もう一度跪く。繋いだ両手は、今度こそ離さない。

「………テオ様…」

 暫く黙った後、ルイは微笑んだ。見蕩れる程可愛い顔で。

「狡いです。それでは諾としか言えません。」

「あ、分かった?」

 にっと笑う。ルイはこの顔を好きだな、と思う。

「だから、もう逃がさないと言っただろう?」

 ぐっと手を引いて抱き寄せる。

「これで君は僕のものだ。」

「…はい。」

 小さな声で返事をするやっと手に入れた宝物を大切に抱き締めた。


「…妹を人身御供に出した気分だ。」

 エレノアはふう、と溜め息を吐いた。

「酷い言われようですね。」

 それではテオは魔物か何かですか?お茶を淹れながらディランは苦笑する。

 今日で、ルイとの関係をどうにかしようとしている王子を知りながら、二人きりで会わせた。

 穏便に運べば良いが、万一にはルイの身に危険が及ぶ可能性も無いではない。

 隣の部屋で待機しているのは、ルイと約束したこともあったが、万一には王子の暴虐を止める為でもあった。

「大丈夫ですよ、ルイ様が許さなければ、テオは何も出来ません。」

 腰抜けと言っているようにも聞こえる。エレノアとフレイヤの前に茶器を置く。

「テオはルイ様に呆れるほど惚れてますから。」

 ふふっと笑う。笑みの奥の目でじっと見詰められ、エレノアは首をすくめる。

「それは知っているが…」

 一口茶を飲む。あの執着は恐ろしい。たまに本気の殺意を感じる。

「しかし、だからこそだ。」

 だからと言って、ルイに無体を働くのは許さない。

 頼まれたから始まった関係とは言え、今では大切な大切な可愛い妹だと思っている。

「大丈夫、好き合っているもの。」

 フレイヤがそう言って珍しく微笑む。

 入学の時に見かけたルイは、名簿にあった騎士寮寮長の名前を見つめていた。

 少し移動すれば本人が居るにも関わらず。皆早々にそちらへ移動したにも関わらず。

 何か事情があるのだろうと思って声を掛けたら、名前を聞いていたあの子だった。

 そういうことか、と思った。

「いつから知ってた?」

 エレノアは些か不機嫌になる。

「内緒。」

 あの時の名前を見詰めるルイの横顔は自分だけの宝物だ。

 ふふ、と微笑む。

「なんだか面白く無いな。」

 エレノアはむくれる。

 自分一人やきもきしているようで何とも面白く無い。

「妬かないの。」

 フレイヤはそう言うと笑いを収めてお茶を飲む。

 ルイもずっと好きだったのだろう。

 自覚の無いまま。

「それでは余計に危ないじゃないか。」


 大人しく腕の中にいるルイを見つめる。

 髪から身体から良い香りがする。

 テオのままこんなに近くに居られる日が来るなんて。

 伏し目がちな眼は長い睫毛に隠されている。赤い頬が可愛い。

 艶やかに彩られ、やわらかそうな唇に釘付けになる。

 触れたい。

「あ、の、テオ様?」

 ルイは見上げ、身体を控えめに押し返す。

 そろそろ離してもらわなければ心臓が保たない。

「触れても、良いだろうか?」

「?」


 ばたんとドアが勢いよく開いて中に居た二人は驚く。

 お互い庇うように抱き合った。

「何をしている。」

 その光景を見たエレノアはルイを無理矢理引っ張る。

「ルイは私のものだぞ。」

 奪い返すとルイから残り香がする。

 ルイの左手の薬指に光るものを見つけた。

「エレノア。」

 フレイヤが声を掛けるが苛立つエレノアは止まらない。

「もう僕のものだ。」

 テオももう遠慮なく取り戻そうとする。

 ルイの腕を掴む。

「っ本当か?ルイ。」

「…はい。」

 怒りをあらわにするエレノアに躊躇ためらいがちに答える。

「私は許可した覚えはない!」

「エレノア。」

「御姉様?」

 エレノアの言葉にルイは驚く。認めてくれるものと思っていたのに。

「私の方がルイの事をわかっている。」

 テオになど渡すものか、とルイを抱き締める。

「僕の方がルイを想ってる。」

 テオも腕を離さない。

 言い争いが段々低次元になっていく。ルイの私的情報の暴露合戦になっていることに熱くなっている二人は気付いていない。

 フレイヤは眉間を押さえ、ディランは肩を震わせて笑っている。

 俯き黙りこむルイの顔はどんどん赤くなっていく。

「もうっいい加減になさって下さい!」

 ついに恥ずかしさに耐えかねルイが爆発する。その声で二人はぴたりと止まる。

「私はエレノア御姉様ので、テオ様は私のです!」

 宣言する。

「それで良いですね?」

 エレノア御姉様が許して下さるまで。

 怒りと羞恥の赤い顔で二人を睨む。

「「はい。」」

 気圧された二人は同時に返事をする。

 その様子を見ていたフレイヤとディランは堪えきれず声を立てて笑いだす。

「…僕の方がエレノアより下じゃないか?」

 そうなると、とテオが言う。エレノアも噴き出す。

「御不満ですか?」

 まだちょっと怒った顔のルイが見上げるとしばらく複雑な顔をしたテオは笑い出す。

「いや、ルイのものなんて本望だ。」

 不満などあるはずがない。漁夫の利を掠め取っていたフレイヤからルイを奪い返すと抱き締めて髪に口付けた。

 人前でと焦るルイが可愛すぎて、唇を奪おうとしたらエレノアに接触禁止を言い渡されたり、色々あったが、とにかくこれで非公式ながら婚約は成った。

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