第7話 第三試合
ここ暫く、ルイに会えていない。
前も避けられてはいたが、ここまであからさまではなかった。
いつからだろうと考えて、思い当たった。
あの日だ。
「…」
泣かせた上に強引に抱き締めた。
肩を落とす。嫌われてもおかしくない。
ルイは医務室に来ていた。
顔が赤く、ぼんやりしているのを心配した両姫に連れてこられていた。
先生は一目見るなり両姫に外で待つように告げた。
あと色々聞かないように釘を刺す。
「大丈夫、何ともないわ。」
おっとりと先生は両姫に微笑む。ちょっと面白そうに。
「まだ、顔赤い。」
フレイヤは額に手を当てる。
「ああ、それはね。」
言いかけて先生はふふっと微笑う。
「お悩み相談したのよ。」
さらにルイは真っ赤になる。
「大丈夫よぉ、また何かあったら相談にいらっしゃい。」
笑顔の先生に見送られ、医務室を後にする。
「大丈夫、なのか?」
ついエレノアが聞く。
「だ、いじょうぶ、です。」
真っ赤な顔でぎくしゃくと答える。
フレイヤが頭を撫でようとするとびくりと震える。
フレイヤは構わず抱いてわしわしと撫でる。
「落ち着いて。」
とんとんと背中を叩く。
「ありがとう、ございます。」
少し落ち着く。とルイは不意に姿を消した。
「…」
「…」
振り返ると、案の定落胆したテオを見つけた。
フレイヤは思い切り睨み付けた。エレノアは溜め息を吐く。
「風邪を引くぞ。」
レオの声に驚いて振り返る。
ルイは
温室とは違い、肌寒い。
「…頭を、冷やしていました。」
冷たい風が頬に心地よい。
ふわりと包まれる。
レオの上着が掛けられていた。
「大丈夫です。」
「着ていろ。」
脱ごうとすると押さえられる。
「それではレオが、」
「大丈夫だ。」
すとん、と隣に腰掛ける。
「…次の試合が終われば、」
レオの言葉にルイは気付く。
「お戻りに?」
レオは頷く。
「もう大丈夫だ。」
ふっと手を伸ばす。ルイは一瞬固まるが逃げない。
ぽんぽんと頭を叩く。
「…お世話になりました。」
色々考えて、それだけ言う。
「まだ試合がある。」
レオは相変わらずぶっきらぼうに言う。
「それは、大丈夫なのか?」
ルイから聞いたエレノアは心配する。
「レオも、もう大丈夫、と。」
ちょっと寂しそうに言う。
「それは、…そうか、そういうことなら仕方ないな。」
ぽん、とルイの頭に手を乗せる。
「寂しくなるな。」
「…はい。」
そのままルイの頭を引き寄せる。引かれるまま、もたれ掛かる。
「…狡い!」
部屋へ入ってきたフレイヤが怒る。
別れは来る。でも今じゃない。
ルイは吹っ切れたように試合への準備を励む。
テオは悩む。
ルイのことになると頭がちっとも回らない。
先走って後悔して、先走って後悔して。
もう少し、自分は賢いと思っていたのに。
「いつ、言うんですか?」
ディランに呆れた顔で言われる。
そして遂に試合の日がやってくる。
ルイに何も言えないまま。
王子はエレノアとルイに指輪を差し出す。
「開始前に、少し宜しいですか?」
ディランが手を挙げる。
レオが身構えた。
「俺は全力でルイ様を攻撃します。」
その方が効率的なので。と続ける。
規定上、障壁が壊れると負けなのだ。
「先に言わないと卑怯でしょう?」
しれっと宣言する。
「あと、これは余談ですが…。」
面白そうにルイに微笑む。
「俺はテオとは付き合ってませんよ。」
この言葉にはルイもエレノアも唖然とした。
「…、こういう戦い方もあるのですね。」
勉強になります。気を取り直したルイは生真面目に答える。
ディランは少し目を
ルイもエレノアも指輪を嵌める。
虹色に包まれる。
王子が手を挙げ、開始の合図を出す。
ルイはエレノアに走り込んでふっと姿を消す。反対側から現れて斬り込む。
その素早さで消えるように見せかけているだけだが、エレノアは不意を突かれる。
反応が遅れて剣が
「くっ」
速い。しかし、視界の範囲からしか斬りかかって来ないとはルイらしい。
エレノアは微笑む。甘い、が嫌いではない。
ディランは甘くない。レオに打ち込むと見せかけて死角からルイに斬りかかった。
ルイはぎりぎりで
エレノアはルイに斬りかかる。きいんっとルイは切っ先を逸らす。
まともに打ち合えば力負けする。
二の太刀、三の太刀も逸らし、距離を取ると見せかけて脇を走り抜け、回り込んでから斬り込む。また虹色の光が散る。
エレノアの剣が追う。弾き損ねてよろめく。
そこへ二の太刀が来る。がぎんっレオが受け止める。
同時にルイを障壁で包む。ほぼ同時にディランの剣が打ち込まれ、障壁は呆気なく砕け散る。
ルイは跳躍して距離を取る。
呼吸を整える。すぐさまエレノアが斬りかかってくる。
躱して躱す。エレノアの背後に立つものの斬るのを
「遠慮は無用。そんな事で勝てるつもりか?」
エレノアに振り向きざまに斬りかかられ飛び
「っはいっ」
周りを高速で移動しながら斬り込むが、エレノアも慣れてきたのか三回に二回は受けられる。残る一回も掠る程度だ。障壁が淡く虹色に光る。
一旦呼吸を整えようと距離を取るが、そこへディランが打ち込んでくる。
「っ」
咄嗟に剣で受けるが吹っ飛ばされる。その身体をレオが抱き止める。
「大丈夫か?」
「っはい!」
腕が衝撃に痺れている。庇われてばかりだ。
足手纏いにはなりたくない。駆け出す。
その後ろからディランが迫る。レオがまた間に入る。
「守りきれるとでも?」
ディランが揶揄する。
レオは返さない。黙って打ちかかる。
金属が打ち合う重い音がする。
ルイはエレノアにじりじりと押されていた。
ぱっと背を向けて走り出す。
エレノアに追わせると壁を蹴って宙返りし、斬る。
また躱されぎりぎり掠る。浅い。
呼吸が乱れる。エレノアはまだ余裕がありそうだ。
また走り出す。不意を突こうとするが見切られる。
「っ」
にやりと笑ったエレノアの剣がまともに胴を
避けられず剣で防ごうとするが力負けして押される。
ふっと力を抜いて押されるままに後ろへ跳ぶ。
息を吐く。汗を拭う。
ふと振り返るとディランが剣を振り上げていた。
駄目だ。と思う。
ばりばりと目の前に火花が散る。
レオが障壁で防いでいた。
二重三重に張られた障壁だが、今にも砕けそうだ。
「
もう一つ障壁を重ね張りしてレオは言う。
外側の障壁が砕けると更に張る。
ルイは思う。どうして、こんなに守ってくれるのだろう。
頼まれたとはいえ護衛の任務とは関係ないのに。
エレノアとディランの連携で障壁が二つ同時に砕ける。
レオはルイを片手で抱えると飛び退った。
「もう、大丈夫です!」
呼吸は大分整った。
しかしレオはルイを抱えたまま障壁を張る。
その腕から白い湯気のようなものが立つ。
「?!」
レオは驚く。
「まだのはずっ」
レオの身体からしゅうううと煙が立つ。煙の中で濃い色の髪がみるみる淡い色になって光沢を放つ。
顔を背け、腕で顔を隠す。
「見るなルイ!」
この声、ルイは思う。
「観念したらどうです?テオ。」
ディランはふっと笑う。テオはディランと向こうにいる王子を睨む。
また謀られた。
「テオ、様?」
ルイは戸惑う。遠くの王子を見やるとそこにはノアが居てひらひらと手を振っている。
「どうして、テオ様…」
混乱するルイは周りを見回す。全員の顔を見る。
「側に、居たくて。」
テオは覚悟を決め、ルイを真っ直ぐ見て言う。ルイはちょっと赤くなるがきゅっと眼を閉じてそれを打ち消す。
「…これも何かの罠ですか?」
ルイはディランを見やる。知らなかったのは自分だけと悟った。
「っ違いますよ!」
思っていた反応ではなくてディランは珍しく慌てて答える。
「…そうですか。」
ふわりと怒りを纏わせた。
「もうテオ様でもレオでもどちらでも良いです。」
ルイは言い放つ。テオは呆気にとられる。
「協力して下さい。」
約束したでしょう?
怒りを溜めたまま冷静に言ってのける。今は戦いの最中だ。勝つために最善を。
「…わかってる!」
気を取り直し、テオは剣を構えるとディランに斬りかかった。盛大な怒りも込めて。
「エレノア御姉様。」
唖然としていたエレノアの腕に、捕り縄が掛かっていた。
「お相手願います!」
ぐんっと捕り縄が引かれる。エレノアが踏み留まるとルイはそのまま駆け、縄を掛けようとする。
ほどくように回りながらルイに足払いをかける。
縄を離して跳躍するルイから何か放たれる。
咄嗟に剣で払うが幾つかは身体に当たり虹色に輝く。
絡み付いた縄をほどいて投げ捨てる。
「これも武器か?」
当たって落ちたものを拾い上げる。
「はい。」
エレノアは初めて見る。
小石のような鉄片。
「面白いな、ルイ!」
言うやそれを投げつける。
ルイは飛び退り、更に横に跳ぶ。ディランの剣が空を切る。
ふっとディランは笑う。怒りの所為か、更に動きが良くなっている。
本当、良い人材だ。正直うちに欲しい。
すっと横に動く。がっと地面が
「俺達は障壁無いですよ?」
ディランは軽く笑う。
「だから何だ!」
横に薙ぎ払う。
「それ、当たったら死にます。」
僅かな動きで躱す。
「どうせ当たらないんだろう!」
「そうですけど、ね!」
躱して躱して剣で受け止める。
「何、怒ってるんです?」
ぎりぎりと
「っお前っ」
押し込んで斬り払う。ディランはふわりと躱した。
「いえ、すみません、予想外だったのは確かです。」
テオが斬りかかるのを右へ左へ躱しながら珍しく謝る。ルイを怒らせたことは確かだ。
「良い時機だと思ったんですがね。」
これでルイの心も傾くかと思ったのだが、逆効果だったか。
踏み込んで斬りかかるのを今度はテオが受ける。
「やっぱり嫌われてます?」
テオはぎいんっと力任せに剣を
「うるさい。」
「ご存知だったのですね。」
ルイはどこから取り出したのか短剣を握りしめる。
「いや、全然知らなかったぞ。」
エレノアはそらっとぼける。聡いルイがもう気付いているのはわかっていて。
長剣を捨て、速度が増したルイに二三度浅く斬られる。四度目を弾く。
「もう良いです。皆様全員でっ」
ルイはぎゅっと唇を引き結ぶ。目が潤むのを堪える。
「私だけっ」
ぎゅっと眼を閉じて涙を振り払う。
がっと後ろから肩を掴まれ、動きを封じられる。
「っ」
油断した、と抜け出そうとするルイをエレノアは押さえ込む。
「良く見ろ。」
テオとディランの方へと向ける。
「王子は戦っているだろう?」
「…」
「あれが遊んでいるように見えるか?」
激しい剣戟、むしろ殺気すら感じる。
「…誰の為だ?」
勝とうとしている。勝とうとしてくれている。
「…っ」
テオの剣さばき、癖が、レオと同じだ。
同じだ。
ずっと。
俯くルイをエレノアは覗き込もうとする。
ぐるんっと視界が回った。地面に落とされていた。
その時になってルイに投げられたと気付いた。
まだ障壁は残っている。跳ね起きる。距離を取った。
ルイは上気し、肩で息をしていた。ぐっと胸の辺りを掴んでいる。
「勝負は、まだ、ついていません。」
「そうだな。」
お互いにまた剣を構えた。
ルイは切っ先を逸らし、懐に飛び込んで短剣を振るう。
躱される。礫を投げる。三つのうち一つだけ命中する。
まだ障壁は消えない。
呼吸が乱れる。
「ルイ、大丈夫か?」
苦しそうなルイにエレノアは声をかける。
「降参しても良いのだぞ?」
「しません!」
悪戯っぽく言うとむきになって否定する。
「そうだな、王子があんなに頑張っているのだから。」
「っ…」
さらにからかうと赤くなる。
「もう、わかったのだろう?」
真面目な顔で聞く。ルイは追い詰められたような顔をする。
小さく首を振った。
「強情だな!」
エレノアは剣を横に薙ぐ。ルイは飛び退る。
二度三度繰り返し、エレノアはふっと微笑う。
「後ろだ!」
テオの声で横に跳ぶ。ディランの剣がまた空を斬る。
「大丈夫か?!」
「はい!大丈夫です!」
ディランとまた戦い始めたテオに応える。
「良く見ている。」
エレノアは感心する。
「な?ルイ。」
「からかわないで下さい!」
礫が飛んで来る。
「からかってなどいないぞ。」
礫を弾く隙を突いてルイが斬りかかる。
また掠る。駆け抜けようとするルイの背を剣の柄で突く。虹色に光る。
地面に倒れそうになり受け身を取って跳ね起きる。
「ルイ!」
ばりばりと障壁が光る。
起きた所を狙われたルイを障壁が庇っていた。
隣にはテオが立っている。
そうやって今までずっと。
ずっと、側で守ってくれていたのは。
「テオ様、だったのですね。」
口をついて出て、ルイは口を押さえる。
「うん、ごめん。」
テオは済まなそうに微笑む。ルイは目を
「ごめんでは、ありませんよ。」
俯くと駆け出す。エレノアの方へと。
テオは障壁を解く。ルイの為に。ちょっと名残惜しそうに。
「決めさせて頂きます!」
ルイは決意の顔でエレノアと向き合う。
「そうか、来なさい!」
エレノアは応じる。
ルイは懐から出したものを、地面に投げつけて破裂させた。
「!?」
その煙に紛れてエレノアに斬りかかった。
煙が晴れた時、勝負は、付いていた。
「ルイの、勝ちだな。」
「すみません。」
エレノアに組み付いたルイの剣はエレノアの喉元にあった。
エレノアの障壁は消えていた。
ルイは剣を仕舞う。
「いや、大したものだな。」
エレノアは感心する。どれだけ仕込んでいるんだ。
「…本当は、剣で勝ちたかったです。」
ルイは悔しそうに言う。勝てなくて沢山小細工を使った。
「まだまだです。」
「剣は、そうだな。」
エレノアは微笑んでルイを撫でた。
勝負の付かなかったテオとディランは怪我をする前に止められた。
「勝者ぁ、ル」
ぱしっ
「イ?」
「?!」
「もう逃がさない。」
ノアの宣言が終わる前にルイの手首をテオが掴んでいた。
「やっと捕まえた。」
にっと笑う。
それにルイは真っ赤になり、へなへなと座り込んだ。
「…様」
「ん?」
呼ばれたと思い、テオが笑顔で屈む。
「御姉様ぁ…」
ルイはエレノアに助けてと眼で訴えた。
「離してもらおう。」
潤んだ瞳でせがまれると否とは言えず、テオから救い出す。
心の中で王子に詫びながら。
余程衝撃を受けたのか、テオはすんなり手を離す。
ルイはひしとエレノアにしがみつく。
エレノアは真っ赤なルイをよしよししながら不思議に思う。
完全に射止めたと思ったのだが。
「何で逃げる。」
この期に及んで逃げられたのも、エレノアに助けを求められたのにも凹んだテオは悲しげに聞く。
「そんなに、そんなに僕が嫌いなのか?」
ディランもエレノアも息を呑む。
ルイはそれに、
首を振った。
「では何故…」
少し安堵して頬を染め、テオは更に聞く。
「…胸が、苦しくて…っ」
どうしていいかわからない、とルイはテオを潤んだ眼で見上げるが、目が合うと反らし、更に真っ赤な顔で。語尾は小さく消えていった。
そのまま顔を隠すようにまたエレノアにしがみついた。
テオは心臓を撃ち抜かれた。
可愛さの暴力。
その場の全員の頭にそんな謎の単語が駆け巡った。
「さあ、皆くたくただ、話は後日ということにしよう!」
二人は真っ赤で使い物にならないし、エレノアはそう言ってその場を収めた。
「待って!」
テオはルイを呼び止める。
びくっとルイは固まる。ぎゅっとエレノアの腕に掴まるが、エレノアはそれを優しくほどいた。
「…先に行って待っている。」
エレノアはそっとルイをテオの方へと押しやった。
「御姉様っ」
ルイは心細くエレノアを見る。
「そろそろ、逃げないでやれ。」
さすがに可哀想だぞ。ルイの頭に手をやると諭すように微笑んだ。
そして二人だけになった。
テオはゆっくりとルイに歩み寄る。
ルイは少し後退るが、言われた通り逃げない。
「話だけ、何もしないよ。」
怖がらせているような気がして、手を広げる。
「これだけ、わかっていて欲しくて。」
ルイを見つめる。ルイは赤くなり顔を伏せ目を瞑るが、もう一度顔を上げて目を合わせる。
「ずっと君が好きなんだ。」
ルイは目を
「…あ、」
声が掠れる。ますます顔が赤くなっていくのがわかった。
テオは、ルイが話すまで待っている。
「ありがとう、ございます。」
ようやく、それだけ何とか答える。
「うん。」
テオは微笑む。
「そうだ、今度また、お茶会に誘っても良いかな?」
話は、そこで聞こう。そう提案する。ゆっくり話がしたい。
「…はい。」
そう言われると断れない。
「じゃあ、また。」
テオは嬉しそうに微笑うと、手を振って去っていった。
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