第6話 第二試合

「めんどぃ~めんどぃ~めんどぃ~」

 歌うように言いながら調合を続ける。

「まぁ~だぁ~まぁ~だぁ~」

 調合の終わった物を小瓶に詰めていく。

「めんどぃ~…」

 きゅっと蓋を閉めると黙る。

「あぁぁ本当ぅぅめんどぃぃ」

 作業台にべたぁっと伸びる。

 詰め終わった小瓶がころころと転がる。

「むかむかぁ~」


 アイラとエレノアの対戦はエレノアの圧勝だった。

「ううううっもおおおおっ」

 未だにアイラは悔しがっている。

 エレノアは苦笑する。


 フレイヤとルイの対戦の日が迫ってきた。

 ルイはこっそり何かを準備している。


 対戦当日、何故かテオは公務に出掛け、ディランが立会人となった。


「行くよぉ、フレイヤ」

 ノアが声を掛けるとフレイヤは付いていく。


「フレイヤ様ルイ様お着け下さい。」

 ディランは指輪を二つ差し出す。

「物理障壁です。この障壁が先に壊れた方が敗者となります。」

 初戦の結果そういう措置になった。

 ルイは自分で嵌めたが、もう一つはノアが勝手にフレイヤの右手薬指に嵌めた。

「りぃ~んごぉ~ん」

 歌いながら。フレイヤの表情は変わらない。

 ディランが眉をしかめる。

「ノア。」

「なぁにぃ?規定遵守きていじゅんしゅぅ」

 にたにた笑うノアにディランはそれ以上言えない。

 指輪を嵌めた二人の身体を淡い虹色が包む。

 試合開始直後からルイは眠気に襲われる。目蓋が重い。身体がふらつく。

 フレイヤは容赦なく打ち込んで来る。舞うように。

 躱すので精一杯。距離を置いた所にノアの魔法の流れ弾が飛んで来た。

 かわしたものの足がもつれ地面に倒れ込んだ。

 フレイヤが近付いて来る。

 眠気に抗い身体を起こす。フレイヤが剣を振りかぶる。

 損傷を覚悟したが、ばちぃっと剣が弾かれる。

 レオが隣で障壁を張っていた。

 フレイヤは無表情に何度も剣を振り下ろす。

「?姉様…?」

 何かおかしい。

「フレイヤ退いてぇ」

 フレイヤが飛び退すさると大きな水球が飛んで来る。水の刃が回転している。

 更に別の障壁で防ぐ。

「じっとしてろ。」

 レオが額に光る手を当てる。

 眠気が晴れていく。

「姉様も。」

 きっと何かされてる。

 レオに解呪を頼む。障壁が端から崩れて来ている。裂け目から水滴が飛んで来る。

「動くと無理だ。」

 何とか維持しながらレオは答える。

「わかりました。」

「解除する、跳べ。」

 持たない。端から障壁が消えていく中、レオは剣をくわえ指でなぞる。

「はいっ」

 低い姿勢から跳躍する。宙で見るとレオは魔法を帯びた剣で水塊を切り裂いていた。

 ざぁっと左右に流れる。

 ルイは水流を避け、レオの背後へ降り立つ。

 そこへフレイヤが斬り込んで来る。

 フレイヤの背後にノアが居るように体を入れ換える。

 ルイの意図を察したノアは明らかに苛つく。

「いらないぃ」

 水刃がルイを目掛けて襲い掛かる。躱しても追ってくる。

 一つ二つ切り飛ばして壊す。

 三つ目が間に合わない、レオが切り裂いた。

「相手は俺だ。」

「うざぁ」

 宙に浮くノアにレオは跳躍して斬りかかる。

 寸前で消え、別の中空に水球とともに現れる。

 レオに撃ち込む。

「っ」

 落下中のレオはまともに喰らう。

「レオっ」

 地面に叩きつけられる前に受け身を取って跳ね起きる。

「大丈夫だ。」

 続けて放たれる水球を切り裂きながら応える。

 分が悪い。ルイもレオも防戦一方だ。

「っ姉様すみませんっ」

 不意にルイは用意していた紐を取り出すと見事な手際でフレイヤを縛り上げた。

 フレイヤはもがくが為す術なく縛られていく。

「!」

「ええぇ?」

 ノアもレオも唖然とする。立会人のディランも。

「お願いします!」

 レオを呼ぶ。我に返ったレオがフレイヤの額に手を当てる。

 ノアは水球を呼び出すが、諦めて消す。フレイヤにも当たる。

 レオが頷くとルイは紐をほどいた。

「…」

 フレイヤは立ち上がるとノアを手招きする。

 ノアが降りてくる。

 フレイヤが地面を指すと座る。

 ごつっと拳が振り下ろされる。繰り返される。

 ごつっごつっごつっ

「ごめ、ごめんなさいぃっごめんなさいぃっ」

 ノアは抵抗もせず拳を受けながら謝る。

「姉様っもうおやめ下さいっ」

 あまりに繰り返されるそれに堪り兼ねてルイは割って入る。

 フレイヤの拳が傷付いていた。

 フレイヤはルイを抱き締めた。

「ルイごめん。」

 俯いてノアを殴っていたフレイヤは泣いていた。

「ちゃんと戦いたかった。」

 正々堂々、勝負は勝負。

「でも迷った。」

 ルイが悩んでいたから。

「そしたら魔法で…」

 ノアはフレイヤの為にした。解ってる。半分は己の弱さへの八つ当たり。

 ぎゅうっと抱き締める。ルイも大丈夫、と抱き返した。

「狡いぃ、我嫌いぃ」

 フレイヤが拳を握ると黙る。

「ルイ大事って言った。」

「うううぅ、うううぅ、だってぇ」

 ノアは涙ぐむ。

「ルイばっかりぃ」

 ぼろぼろ泣き出す。狡い狡いと子供の様に。

「…所為せいでぇっも、解けてっまだぁっめんどぃのにぃっ」

 何を言ってるか判らない。

「も、やぁだぁっやめるぅっ」

 大きな図体でえぐえぐと泣く。

「じゃあ下僕じゃない。」

 フレイヤは冷たく言い放つ。

 下僕、に皆顔を見合わせる。

「!やだぁっ捨てないでぇっ」

 フレイヤに縋り付こうとして躱されさらに泣く。

「言うこと聞くぅ、何でもするからぁ」

「あの、許してあげて頂けませんか?」

 膝をついて泣き喚くノアを可哀想に思い、ルイが取りなす。

「…ルイが、言うなら。」

 渋々フレイヤが言う。

「ですって。」

 ノアの背をさすって笑いかける。

「っほんとぉ?っほんとにぃ?」

 しゃくりあげる。

「ルイが言うから。」

 ぷいっとフレイヤはそっぽを向く。

「我感謝ぁっ」

 がばぁっとルイに抱きつこうとしてレオに止められる。


「ルイ笑うと可愛いねぇ」

 すっかり機嫌を直してレオにもたれ掛かる。

「我もルイ気に入っちゃったぁ」

 フレイヤにじろっと見られて口を両手で塞いだ。


「さて、勝敗ですが、」

 ディランは淡々と責務をこなす。

「フレイヤ様の障壁が先に消えたので、勝者ルイ様。」

 ノアを力一杯殴った結果だった。

「…」

 ルイは何か言おうとしてフレイヤに頷かれ、やめる。


「フレイヤ、手、手見せて」

 ノアは焦ってフレイヤの手を掴もうとする。

「いい。」

 まだ機嫌の悪いフレイヤはさっと手を隠すが、また潤んでくるノアの眼に辟易へきえきして諦め、赤く腫れた手を差し出す。

「ごめん、フレイヤぁ」

 両手でそっと覆って治癒する。

「いい、頑張った、ありがと。」

 なでなでされたノアは固まる。みるみる耳まで朱くなる。

 フレイヤはさっさとルイを追いかけて行ってしまう。

 ノアはその場にくずおれた。

「狡いぃ」


「レオ、怪我は、」

「大したことない。」

 終わって見ると、レオの着衣があちこち切れていた。濡れてもいる。

 水刃が掠ったのだろう、うっすら血が滲んでいた。

「治癒なさらないのですか?」

 自分の時はすぐに治してくれた。きっと無理をしてまで。

「男だからな。」

 にっと笑う。どこかで見たような笑みにどきりとする。

「ではこれを、」

 手巾で腕の傷を覆う。

「医務室開いてる。」

 フレイヤが追い付いた。

「…そう、だな。」

 別にこれでいい、と言おうとして心配そうな視線にぶつかり、取り下げる。

 医務室に向かった。


「ルイは捕り縄の名手だったか。」

 驚き半分からかい半分でエレノアが言う。

 きっとディランから聞いたのだろう。

「…母から、教わりました。」

 恥ずかしそうに答える。万一の為に用意だけはして、使うつもりはなかった。

「ぐるぐる巻き。」

 気がつけばぐるぐる巻きだったとフレイヤも言う。

「すみませんっ」

「規定には無いのだ、構わないだろう。」

 気にするなとエレノアは笑う。

 しかし、捕り縄を仕込むなど、随分実戦向きだなと思う。


「ああ、それはルイ様ですから。」

 あっけらかんとディランは言う。

 成る程とエレノアは思った。


「ルイぃ良いこと教えてあげるぅ」

 不意に湧き出たノアに驚く。

「ばあぁ」

 フードを脱いでみせる。

 フードの下の顔は。


「顔色が悪いな、どうした?」

「エレノア御姉様、私、」

 ノアに内緒と言われた。それ以上言えず、黙る。

「どうした?」

「…」

 ふるふると頭を振るとルイは離れていく。

「…」

 また誰か何かしたな、と女王は思う。

「で、何で僕の所に?」

 真っ先に疑われたテオは不満そうだ。

「すまない、、違うようだな。」

 今回は、を強調された。謝っているのか怒っているのか、テオは閉口した。

 エレノアはディランを見る。ディランも首を傾げる。

「俺も違いますよ。」


「何か聞いていないか?」

 アイラにも聞いてみる。

「何か言いたそうだったけど…」

 結局話さずに戻って行ったらしい。

 アイラでもないか、と女王は思う。


「ルイ、何かあった?」

 フレイヤがエレノアに聞きに来る。

「こっち見るから聞いたら謝って逃げた。」

 こっち来てない?と。

「君が何かするわけないしな。」

「何それ。」


「どうした?大丈夫か?」

 ルイが温室の腰掛けに座っていたらレオが現れた。

「わかりません。」

 ぽつりと呟く。

「色々、解らなくなって…」

 頭の中が整理できない。

「私、どうすれば良いのでしょう。」

 途方に暮れるルイの側に腰掛ける。

「何があった?」

 言える範囲で良い、とレオは促す。


「下手人がわかったぞ。」

 レオに聞いたエレノアはフレイヤに言う。

「ノアを呼べ。」


「我今日はまだ何も悪いことしてないぃ」

 エレノアとフレイヤに囲まれてノアは怯える。

「ルイに何を言った?」

 刺々しくエレノアが聞く。

「ルイにぃ?」

 う~んと考えた後、ぱぁっと笑みが広がる。

「あぁ、教えたぁ」

「何を。」

「我だってぇ」

 ルイ気に入ったから親切ぅ、ぽやぽやと話す。

「我ひどかったからぁ」

 面倒臭くてぇと続ける。

「だから我だってぇ」

 何で知ってるのぉ?のんびり答えるノアの頬っぺたをフレイヤはびろ~んと伸ばす。

「いひゃいぃふうぇいやぁ」

 全く悪気が無いのでこの位でやめておく。


「ルイ、寮長会議に行った事を憶えているか?」

「…はい。」

 あぁこれもあまり良い記憶では無かったな、とエレノアはこめかみを指で押さえた。

 全く王子はろくなことをしない。

「あの時、部屋に誰が居た?」

 暫くルイは考え、はっとする。

「そういうことだ。」

 ノアの悪戯だった、と言うことにする。

 ルイは明らかに安堵しているようだった。

「あまり真に受けるな、またやられるぞ。」

 軽く注意をしておく。


「再度確認しましたが、」

「間違いない、と?」

 ディランが頷くとふぅっと息を吐く。

「何でもっと早く…」

「それはノアに言ってください。」

 聞かれないから、と言ってましたよ。と付け加えると嫌な顔をされる。


「会議、ですか?」

「ああ、少し付き合ってくれ。」

 及び腰のルイを気の毒に思うも、エレノアは有無を言わせず、また寮長用会議室に連れて行く。

 窓の前にそれぞれディランとフレイヤ、もう一つのドアの前にはレオが立っている。

 会議にしては変な配置だ。

 しかしテオが居なくてルイはほっとする。

「始める前に、これが届いていた。」

 手紙を渡される。

「悪戯かとも思ったが、とりあえず読んでみてくれ。」

 差出人を見て、慌てて開封する。皆に緊張が走る。

「?」

 ルイは中身を読んで首を傾げる。

「どうした?」

 エレノアが聞く。

「何か、おかしな内容なのです。」

 不思議そうに顔を上げる。

「聞いて良いか?」

 ルイ宛の手紙だ。

「外の森に来るように、と。」

 迎えに来るつもりなのだろうか。日時の指定も無い。

「やはり悪戯か?」

「わかりません、こんな悪戯なさるでしょうか?」

 ルイは考え込む。

「今度機会がありましたらお手紙で伺ってみます。」

 考えたまま言う。

「そうだな、それが良いだろう。」

 ほっとしてエレノアが言う。

 他の面々も一様に安堵の表情を浮かべていた。

 念の為に森を見に行きたいというルイにレオを付けてやる。


 会議の終わる頃、ルイが誰も居なかった、と戻ってくる。

 両姫が居るのでレオも離れたらしい。

 会議室に随分遅れてテオが入ってくる。

「遅れてすまない。」

「では私、おいとまします。」

 ほぼ同時に挨拶もそこそこにルイは出て行ってしまう。

 扉が閉まる。

「素早いな。」

 エレノアが留めようとしたが逃げられてしまった。

「僕、そんなに何かしたのか?」

 衝撃を隠せないテオ。

「しただろう。」

「したでしょう。」

 女王とディランが和音を奏でる。フレイヤも頷く。

 今日こそはルイと話そうと思っていたテオは完全に挫かれる。

「あれはっ…いや、会議は終わったのだろう?…帰る。」

「追うつもりなら止めておけ。」

 釈明しようとしてやめ、出ていこうとするのを女王は止める。

「話しかけるなと言ったのだろう。」

 一位になるまで。フレイヤの躊躇いもそこにあった。

「だからそれはっ」

「なのに次には自分から手など握って、」

「っ」

 実際には手を握った位では無かった。頬に赤みが差す。

「行動がばらばらすぎる。」

「判っている。」

 自分の招いた事だ。判ってはいるが。


「確実に振られそうだな。」

 結局テオはルイを追っていった。

 どうするつもりだ?とディランを見やる。

「そうですねぇ。」

 ここまで拗れるとは少々計算外だった。

「対処は考えてあるのだろうな?」

 振られた場合、立ち直れ無さそうだ。

「勝算があると思いたいですね。」

 ディランは曖昧に微笑む。


「何でだ。」

 あちこち探したが結局ルイを見つけられず戻って来た。

「余程…。」

 ディランは言いかけて睨まれ、苦笑する。

「見つけて、どうするつもりです?」

 そもそも。

「話がしたい。」

 声が聞きたい。とにかく会いたい。側に居たい。

「何の?」

 ぐっと詰まる。自分から話しかけるなと言っておいて、世間話というわけにいくまい。

 ふう、と溜め息を吐く。策もなく会ってどうする。女王に感謝だ。

「とりあえず、試合が終わるまではそっとして差し上げたらいかがです?」

 忍耐を鍛えるのでしょう?ちくりと釘を刺す。

「焦ると良いことがないのは経験済みでしょうに。」

 ルイ様をひどく泣かせたこと、お忘れですか?と目が語る。

「それについては僕もお前に言いたいことがある。」

 ディランを睨み付ける。

「何でしょう?」

 面白そうに視線を受ける。

「全員娶る、と、もう一つだ。」

「おや、よくお分かりで。」

 良くできました、という口振り。

「お前にも責任の一端はあるぞ。」

「部下の責任は上司が負うんですよ。」

 上に立つものとして。

「ちゃんと上司のことも考えてあげてるんですがねぇ。」

 やれやれ感満載の上から目線にテオは怒る気力を無くす。

「お前、本当に僕が上だと思ってるか?」

「はい、やりがいのある上司ですよ。」

 厄介事ほど燃える質なんで、と続けた。

 暫く睨み、溜め息を吐く。

「なら役に立て。」

「はい。」

 ディランはにっこりと笑う。

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