第5話 第一試合
「待て。」
急にレオに腕で制された。
「?」
ルイが訝しむとレオが小石を投げてみせる。地面が光り、水が噴き出す。
「!」
誰かの仕掛けた魔法陣。さほど威力は無いが、踏むとびちょびちょにはなる。
誰かの嫌がらせか、悪戯か、ルイを狙ったのか違うのか。判断がつかない。
微妙な悪意。
「どうして…」
「気にするな。」
「違います、どうして判ったのですか?」
ルイは瞳を輝かせていた。
「…、言えんな。」
レオは少し目を見開くと、それをふいっと逸らしぶっきらぼうに答える。
「…そうですか。」
ルイは残念そうだ。
「落ち着いているな。」
「…、はい。」
ちょっと顔を曇らせる。自分のようなものが候補など、面白くない人間もいるだろう。
それについてレオは何も言わず、代わりに実務的に魔法陣を無効化する方法をルイに教えた。
剣士なのに魔法に詳しいレオをルイは不思議に思った。
やはり、ルイが狙われているらしく、何度も魔法陣が仕掛けられていた。
その度に事前にレオが気付いて解除する。
「ありがとう、ございます。」
礼を言うルイの顔色は優れない。誰から向けられているか分からない悪意に消耗していた。
「気にするな。」
レオは素っ気なく言うが、気遣ってくれている。
食が細くなるルイをエレノアもフレイヤも心配していた。
ルイには、誰かの悪意以外にも、思い悩むことがあった。
「っこんなことやめて頂けませんか?」
ルイは堪りかねて王子へ訴える。皆自分への罰に巻き込まれているのでは、と感じていた。
「っ誰の所為だと思ってるっ」
苛々と王子は言い返す。ルイは青ざめた。やはり、自分の所為で。
「嫌いなら手紙など書くな。踊るな。
弄んだつもりなどない。でもそう思われていた?衝撃に言い返す事も出来ず立ち尽くす。
「…一位になれば話くらい聞く。それまで話しかけるな。」
もう二度と話しかけるなという意味に聞こえた。
面倒臭そうにそう言い残すと王子は歩み去っていく。
「一位に、ならないと。」
話を聞いて貰わなければならない。
二人の姉様や他の人まで巻き込まないでと。罰なら自分一人で受けるからと。
「大丈夫か。」
王子に話があるからと追っていったルイをようやくレオが見つけた。
「あの男、何を言った。」
ルイの様子にレオは険のある顔になる。
「レオ、私、一位にならないといけないんです。協力して下さい。」
「…、判った。」
ルイの思い詰めた顔に、レオは簡潔に答えた。
そして最初の戦いが始まる。
試合開始の合図を王子が出す。
ルイは一気に間合いを詰めようとする。
「あ~っ!もう!こんな可愛い子をいぢめるつもり?!」
出鼻を挫かれる。たたらを踏む。その場にいた全員が、自分で言うのか、と思う。
アイラという少女は、確かに可愛らしい容姿だった。金髪でふわふわの髪の、ルイよりも更に小柄な少女。これで王太子の疑惑が更に増えた。
「試合、ですから。」
ルイが生真面目に答える。
「私は魔術師なの!最初の詠唱くらい待ちなさいよ!」
「…はい、わかりました。」
何だか押しきられる。レオはもう、僧正寮の副寮長イーサンと戦い始めていた。バリバリという音と金属が何かに当たる音がする。
「いい?行くわよ!」
杖で中空に描かれた魔法陣がぼうっと光り、急にこちらに向かって飛んで来る。
それを躱して地面を蹴る。怪我はさせられない、どのくらいの力で叩けば大丈夫だろう。
目の前で寸止めすれば降参してくれるだろうか?
そう考えたルイの、利き腕が止まる。
蔓のようなものが腕に巻き付いていた。気付けば足にも。
首を狙われて咄嗟に空けた腕を入れて庇う。あの魔法陣から伸びていた。油断した。
「あら残念♪締め落としてあげようと思ったのに。」
愉しそうな笑みを浮かべる。
「っ」
レオが一瞬こちらを見る。その隙を見逃さず魔法が襲いかかる。
「っ大丈夫です!」
ルイは何とか魔法を躱しきったレオに叫ぶ。
心配しなくて良い、と。途端に首と腕の蔓の力が強まる。
「随分余裕ねぇ、いぢめがいがありそう。」
余裕は無い。無いけど勝たなきゃいけない。
レオにも頼んだ。目に力を入れる。
「降参したら放してあげる。」
蔓が徐々にルイの身体を持ち上げていく。
巻き付いた所に体重が掛かり痛みが増す。
イーサンがちらとこちらを見て顔を曇らせるが、今度はその隙をレオに突かれ防戦する。防御系魔法とレオの剣がバチバチと音を立てる。
義兄が劣勢と見るとアイラは更に蔓を締め付ける。
「早く降参しなさいってばっ」
「っ出来ません!」
「っもう!」
ついに首が腕もろとも絞められる。
「…っ」
「声も出ないでしょう?降参するなら頷きなさい!」
しかしルイは首を動かさない。
「いいわ、このまま絞め落としてあげる。」
そう言って更に締め付けようとした時、不意に何かが起こる。
一瞬蔓が震える。ルイはそれを逃さなかった。
アイラはそれを避けようとして尻餅をついた。
それで更に弛んだ蔓から腕を引き抜くと首の蔓を掴んで。
何と噛みついた。
蔓が慌てたように
首を蔓から抜き、地面に両手を着くと足の蔓も蹴るように抜いて転がり距離を取る。
立ち上がると一つ咳き込み、投げつけた剣を拾い、構える。
蔓は何故かアイラに絡んでいた。
制御しようとするが、どんどん絡み付いていく。
「何で?言うこと聞いて!聞いてよ!」
アイラは
「怖い、助けて!
その叫びを聞いてイーサンは杖を退く。
「降参、します。」
ルイはアイラを助けようと剣を振るっていた。
一瞬は怯むように見えるが、更に勢いを増して襲ってくる。
アイラはぐるぐる巻きの状態で魔法陣へと引き摺られていく。
刃を潰した剣では全く切れないが、ルイは何度も剣を振り下ろす。
それを見たレオは一つ溜め息を吐いて、自分の剣を二本の指でなぞる。
光を蓄えた剣は易々と蔓を分断した。
斬られた蔓は叫ぶようにくねりながら魔法陣へと消えて行った。
魔法陣はイーサンが消した。
王子はルイの勝ちを宣言すると退出していった。
蔓から解放されたアイラはがちがちと歯を鳴らして固まっている。
「大丈夫ですか?」
ルイは肩をさすりながら声を掛ける。
「大丈夫な訳無いじゃない!何この良い子、腹立つ!」
どうやらアイラの逆鱗に触れたらしい。
「おまけに何、助太刀が魔法も使えるなんて…!」
言い掛けてはっとイーサンを見る。イーサンは困ったように微笑んだ。
「反則よ反則!八百長っ!」
「すみません、
「試合なのですから。」
謝られてルイは驚く。
「いえ、そちらもですが、」
アイラを見やる。見られたアイラはぎくりとする。
「…。ちゃんとお詫びしなさい。」
言われたアイラは頬を膨らませる。
「っ悪かったわよっ」
そっぽを向く。
「ちゃんと。」
その顔をイーサンがぐいっとルイへ向ける。
「申し訳ありませんでした!」
頭を下げた。
「?何の事でしょう?」
思い当たらず、ルイは首を傾げる。
「ほら気付いてないじゃない!」
「黙りなさい。」
謝り損と言いたげなアイラを窘める。
「魔法陣の件だ。」
レオが言う。最近頻繁に仕掛けられていた悪戯まがいの魔法陣が、目の前の少女の仕業だったらしい。
「そうでしたか。」
犯人が判って安心したように微笑むルイにアイラは呆れる。
「変な子。」
「アイラ何てことを!」
イーサンは苦労性のようだ。
「怪我は?」
「大丈夫です。」
少し痛みはあるがこの程度。とレオに答えたらぐいっと腕を掴まれる。
「大丈夫なものか。」
袖を捲られると腕に赤い痣が付いていた。
「治す。」
少し触るぞ、光る手で押さえられると、痛みと痣が無くなる。
両手で首に触られる。顔が近くて困る。
「魔法、使えるのですね。」
攻撃魔法と治癒魔法、両方使えるのはかなり高い技量が必要なのでは、と思う。
剣士としても自分よりも上。魔法剣士なんて初めて会った。何者なんだろうこの人。
「こういう時は便利だ。」
何でも無いように言われる。
「ここはどうした?」
唇の端がやや赤く腫れている。さっきより顔が近い。
答える前に治癒された。
「…変な味がします。」
思えば何か苦い。そういえば噛みついたのだった。
「医務室に行くぞ。」
そのままぐいぐいと手首を掴んで連れていかれるので慌てる。
「自分で行けます。」
「なら駆け足だ。」
手を離すと駆け出す。慌てて後を追う。
「あらあら、意外とお転婆さんなのねぇ。」
おっとりした先生は面白そうに微笑んだ。
沢山うがいをして、薬を飲まされた。
ベッドに座らされて足の痣も治癒される。足を見られるのは恥ずかしかったがレオは有無を言わさない。
魔法って便利だな、と思う。
「使いすぎじゃないかしら?」
先生が珍しく硬い声でレオに言う。先生も魔法使いだ。何か見えているのだろう。
驚いてレオを見る。簡単にするから簡単なのだと思っていた。
「問題無い、です。」
レオは無表情に答える。
「完全に治さなくてもあとは自然に任せて大丈夫よ。」
全部治すのと半分治すのでは消費魔力が違う。自明の理だ。
「痕が残ったら、」
真剣な眼差しで痣のあった場所を見つめ、ふと気づいてにやりと笑う。
「女王が怖い。」
「それもそうね。」
先生も納得した。
ルイが医務室に行ったと聞いた両姫はもう迎えに来た。
「勝ちました。」
聞くと二人ともほっとしたようだった。
「怪我は…」
「痣が少し、ですが治して頂きました。」
女王はルイの袖や裾を捲って調べる。腕も足も首も。フレイヤもじっと見詰める。
「ふむ、綺麗なものだ。」
じっくり見られると恥ずかしい。
「では何故医務室に?」
「それは…」
「はははっルイは存外お転婆なのだな。」
悪魔の蔓に噛みついたと話すと笑われた。フレイヤには無理やり口の中を検分される。
「私も噛みつかれないよう気を付けよう。」
「そんな…」
ルイは顔を赤くする。あれしか思い付かなかっただけなのに。
「自力で抜けるとはな。」
レオがぽんとルイの頭に手を置く。じっとルイの赤い顔を見ている。
触るな、というように女王がルイを引き寄せる。
「何で一言も声を掛けないんだ。」
テオは嘆く。ディランは呆れたように溜め息を吐く。
「自分でしたことでしょうに。」
「あぁ、でも今日も可愛かった。」
ルイを
「はい、これとこれ、飲み合わせも確認しました。」
呆れるディランに瓶を二つ渡される。ちゃんと飲んでくださいね、と念を押された。
「まずは一勝だな。」
帰ってお祝いするか?と女王は笑う。
次はしかし、エレノアかフレイヤと対戦だ。
勝たねばとは思うが気は重い。
「ルイ、あまり思い詰めなくて良い。」
エレノアが言い、フレイヤも頷く。
「我々を心配しているのだろう?」
ルイははっと顔を上げる。
「我々はルイと一緒ならそれも良いと思っている。」
ま、良縁と言えなくもない。と笑って見せる。
「ですが、私の
「それは違う。全て王子が悪い。」
妙にきっぱりと女王は言い切る。フレイヤも大きく頷く。
「たからルイはもう少し、自分の事を考えなさい。」
「私は、…っ」
「良いのだ、ゆっくりで、」
張りつめていたルイの眼から涙が溢れる。エレノアが抱いてフレイヤが頭を撫でる。
「良いのだ。」
しゃくりあげるルイの背を
本当に、こんなに泣かせて、一度
「試合だって、ただの試合と思え、私は楽しみにしてるぞ。」
ルイと実戦は初めてだしな。
エレノアに優しく頭を撫でてもらった。
「私も楽しみ、ルイも楽しみ。」
フレイヤも撫でる。
「エレノア御姉様、フレイヤ御姉様、」
ルイは二人に初めて抱き付く。
「大好きです。」
二人は驚き、顔を見合わせた後抱き締めて髪の毛がぐしゃぐしゃになるほど撫でた。
「我々もだ。」
ルイはぐしゃぐしゃの髪で嬉しそうに笑った。
二姫からテオに果たし状が届く。
いや、単に呼び出しの手紙なのだが、果たし状の気を纏っている。
テオはディランの同行を断り、出掛けて行った。
端から見ると憂い顔でテオは戻って来る。
実際は満身創痍だ。精神的に。殴られた方がましだったかも知れない。
身に覚えの有ることも無いことも責められた。
それよりもルイをそんなに追い詰めていたなんて。苦しめて泣かせていたなんて。
自分の招いた事に落ち込む。
「僕は間違っている。」
よろよろと寝台に倒れ込んだ。枕に顔を
ルイが振り向いてくれるのを待てずに、確実に手に入れようと焦った。
「浸ってないで、行ってらっしゃい。」
原因の一つのくせに容赦ない。
出掛けにディランに何か言われるが、上の空で返事をして出ていく。
薬を飲み忘れたと気付いた時には遅かった。
目の前にはルイが居た。
まだ腫れの残る目を隠すように俯き、会釈をしてすれ違う。
その不意を突き、捕まえて抱き締めた。見ていられなかった。
「テオ様?!」
逃げようと
「僕を恨め。」
泣くくらいなら。耳元で言うと驚いたルイが踠くのをやめた。
「全部僕が悪い。」
君が苦しむことは無い。身体を押し返す手を握る。
「だから泣くな。」
泣かせるつもりなどない。両手を握って、額に押し当てる。祈るように。
「…、また私、弄んでしまいましたか?」
ルイは後退ると上気した顔で聞く。不思議そうに。
「?何を言ってる?」
弄んで?ルイに?
「そんなこと、」
ぎゅっと両手ごと引き寄せる。
「絶対されたい!」
「黙れ変態。」
暗黒を背負った怒れる二姫が現れた。
フレイヤにそれでも離さなかった手を力一杯つねられた。
最近二姫は王太子の扱いが雑だ。
「テオ様、薬を。」
そこへディランが忘れ物を届けに来る。
「何の薬だ?」
ルイが小瓶をじっと見つめているのでエレノアが聞いてやる。
「精神安定剤です。」
落ち着かせないと何をするか判りませんから。ディランはさらっとテオをケダモノ扱いする。
酷い、とは思ったが、実際仕出かしたところだったので何も言えない。
「早く飲んで行ってきて下さい。」
追い払うように急かした。
不満顔でテオは去っていく。その後ろ姿をルイは見送る。
「ルイ、顔赤い。」
フレイヤがじっとルイの顔を見て言う。
「そう、ですか?」
両手を頬に当てる。熱を持っている。昨日泣いた所為だろうか。
「王子に何かされたのか?」
額に手を当ててみてから、胡乱な眼でエレノアが聞く。
「いえ、ですが」
された、と言えなくもないが、二人が怒りそうなので言わない。
「ですが?」
「気のせいかもしれませんが」
「うん?」
「嫌われてはいないのではと思いまして。」
「ん?」
一瞬その場の時が止まる。
「すみません、やはり勘違いです。」
「いや、そんなことは無いと思うぞ。」
しゅんとするルイに慌ててエレノアが言う。
その後、レオがやってくる。
「何をしていた。」
「職務怠慢。」
二姫はレオにも厳しい。
「私の寵姫の貞操の危機だったぞ。」
ていそう?とルイが呟く。意味が判らないらしい。
「!…それは、済まない。」
レオは素直に詫びた。
「冗談だ。」
大して面白く無さそうに女王は言った。
あとはレオに任せて三人は授業に向かう。
「…。」
「ルイ様は以前からああいう方ですよ?」
無言の両姫にディランは今更という顔。
あんな駄々漏れのテオの気持ちに全く気付かないとは。
その上、何故か嫌われていると思い込んでいる。
今回の事も罰だと思っているとはさすがに可哀想過ぎてテオには言いかねた。
「…、
「気の毒。」
テオはフレイヤにすら同情されるに至った。
試合以来、アイラもルイにくっついてくるようになった。
来るもの拒まずなルイが居心地が良いらしい。
驚いたことに、アイラは両姫と同学年だという。
四人で妃教育の特別授業に向かう事が多くなった。
「ルイちゃんは殿下の事どう思ってるのよ?」
話の流れで不意にアイラが聞いた。
フレイヤが咄嗟にアイラの口を押さえる。
「え~、何で?気になるじゃない。」
もごもごと言う。
「殿下を…?」
そう言って黙るルイに皆が
「?あの、何とお答えすれば?」
しばらく考えてルイは小首を傾げる。
「っそうか!いや、ゆっくりで良い。良く考えてみることだ。」
慌ててエレノアが引き取る。アイラは額を押さえ、フレイヤは両手でこめかみを押さえた。
「?…はい。」
不思議そうにルイは頷いた。
前途多難だ。
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