第4話 対決

 学校へ戻る時も二人の姉様と一緒だった。

 家まで遊びに来てくれて、そのまま一緒に戻ったのだ。

 両親はとても喜んでくれた。


 新学期になっても、テオは戻って来なかった。

 一人戻って来たディランによると、公務が長引いているらしい。

「お淋しい、ですか?」

 ディランに聞かれて黙ってしまう。心配そうにフレイヤに引き寄せられた。

 最近はよく声をかけてくれる。姉様方と居るとき限定だが。

 数日後、テオが戻って来た。

 何となく疲労感が漂っている。それにどこか痛めているような。

 そういう風に見えると姉様方に言うと、

「心配か?」

 悪戯っぼくエレノアに聞かれて、また答えられずに黙る。

 エレノアとフレイヤは困ったように顔を見合わせた。


「歯痒い。」

「ルイだもの。」

 エレノアがこぼすとフレイヤが無表情に返す。

 何とかルイの意思を確認しようとするのだが、あまり追い詰めてこの間のようなことになっても困る。

 結局、嫌い、ということは無いのだろう、位しかわからなかった。


 テオは時折公務ということで出掛けて行っては、何となくボロボロになって戻ってくる。

「大丈夫ですか?」

 つい気になって、人の居ない時に声を掛けた。

「あぁ、ルイ。」

「っこの間はご迷惑おかけしました。」

 誰も来ないうちに急いでお礼を言う。

「迷惑?いや、役得。あと大丈夫。」

 にやりと何時もとは違い、男臭く笑って、テオは行ってしまう。


「また格好つけて。」

「っ…」

 ぽんと肩を叩かれて悲鳴を飲み込む。

「やめろディラン。」

 痛いんだから。手で押さえる。

「心配してもらえて良かったですね。」

「だからやめろよ。」

 さらに背中を叩こうとするのを躱す。

「首尾は?」

「大丈夫だ。」

「まだなんですね。」

 察して若干呆れられる。

「あまり休みすぎもどうかと思いますよ。」


 次の公務から帰ったテオは相変わらずどこか痛めているように見えたが、晴れやかな顔をしていた。

 それを見た寮長達が少し浮き足立って見える。

 その日の寮長会議は長引いているらしく、二人ともなかなか帰って来なかった。

「やはり王子をあちらに取られては困る。」

「じゃあディラン?」

「それはより悪い事態になりかねない。」

 ベッドでついうたた寝をしていたルイは二人の話し声で目が覚めた。

「ルイ!起きていたのか?」

 二人ともしまったという顔をする。

「…何のお話ですか?」

 聞いてしまった、ので聞く。

「いや、校内行事の話だ。」

「まだ内緒。」

「待っていてくれたのだろう?早く眠ると良い。」

 頭を撫でられ、何となく誤魔化された。


 最近テオは公務には出なくなった。代わりによく手紙を出しているらしい。

 王都の恋人宛の恋文ではないかと噂になっていた。

「はい、恋文、届きましたよ。」

「誤解を招く言い方をするな。」

 そもそも上機嫌で手紙を受け取ったり出したりしている(ように見える)貴方の所為でしょうに、とディランは思う。

 あれが上機嫌に見えるのだから恐ろしい。自分には悪魔の笑いにしか見えないが。

「来た。」

 手紙を読んだテオは物凄い笑みを浮かべた。

 ついにこの時だ。


「私が寮長会議にですか?」

「ああ、頼みたいことがある。」

 エレノアに言われ、何故かルイも寮長会議に出席することになった。


「さ、ここだ、ルイは初めて入るか?」

「はい、失礼致します。」

 寮長用の会議室はぴんと空気が張りつめている。

 すでにテオ、ディラン、ノアが居た。

「ルイ、良く来てくれたね。」

 テオが立ち上がって迎える。

 ルイもお辞儀をする。

「お邪魔致します。」

「いや、実は頼みがあるんだ。」

 すぐに用件に入る。

「君の身につけているものを借りたい。」

「え?」

「これで良い。」

 言うやいなやシュルッとルイの制服のリボンを引き抜く。ルイの答えも聞かず。

 焦りのようなものを感じる。

 きゅっとそれをテオが握りしめるのを見て、嫌な予感がする。

「…どちらに行かれるのですか?」

 まるで御守りのようだ。嫌だ。

「戦われるのですか?」

 ここにいる皆がどこかしら張りつめている。戦いの前のように。

「戦いはしない。話し合うだけだ。」

 ふ、とテオが笑う。この間と同じような、見慣れない笑み。

「ですが…」

 なら何故御守りのようなものを必要とする。

「心配は有り難いが、それは僕が王太子だからか?」

 望む答えはくれないだろう。そう思いながら聞く。

「…、はい、勿論です。」

 迷ったあと、やはりルイはそう答える。

 テオはそれを聞くと笑みを深くした。

「…なら、僕を嫌いと言ったのだ、今さら心配などしないでくれ。」

「王子!今この時に」

「テオ様、それは」

 エレノアやディランが何か言おうとするが手で制される。

 ルイは目を見開いて、それから俯く。

「そう、でした。申し訳ございません。出過ぎた事を申しました。」

 非礼を詫びて頭を下げる。

「用がお済みなら、退出致します。」

「ああ」

 ルイはお辞儀をすると部屋を出て行った。

 フレイヤが後を追う。


「察しが良くて困るな、ルイは。」

 テオはリボンを手に巻き付けて握りしめるとこっそり口付ける。

「良いのか、こんな時に。」

 心を乱すことをして。エレノアに言外に責められる。

「ルイ様に言えば良いのに。君のために僕は国を賭けても戦うつもりだ、と。」

 冗談とも本気ともわからない顔でディランが言う。ディランも言外に無茶を責めている。

「言うな。」

 そんなことを言えばルイが苦しむ。

「それはそうと王子、」

 ぽんと肩に置かれた手が指がぐぐぐっと食い込んでくる。

「姫に嫌われていたとは初耳だぞ。」

「いやっ、それは、」

 弁明しようとするテオの背後で椅子が倒れる。

「フレイヤが呼んでるぅ!」

 今まで我関せずで居るだけだったノアが急に声を上げて消える。

「!ルイ!」

 皆会議室を飛び出していった。


 すんでの所でルイを捕まえた。文字通り、ノアが魔法で拘束し、フレイヤが当て身を食らわせて。

「ルイごめん。」

 フレイヤが済まなそうに当て落としたルイを抱きかかえていた。

「手紙、届いて。」

 中を読んだ途端部屋を飛び出していったらしい。止めても止まらず、やむを得ず強硬手段に出た。

「アレだねぇアレぇ。」

 ノアはのほほほ~んと言う。

「っ、こんな時に。」

「これだな。」

 部屋から取ってきた手紙の宛名をエレノアが見せる。

 そこには見覚えのある署名。

「くそっ」

 テオは珍しく毒づく。

「…、本当に今行かれますか?」

 精神状態が著しく悪い。ディランは計画変更も考える。

「ああ、勿論だ。」

 しかしテオは揺るがない。

 目を閉じて開く。決めたことだ。

 一度ルイの顔を見詰め、顔を上げる。

「ルイは我々が常に側に居るようにする。」

 エレノアが請け合う。

「頼む。」

 そしてテオはディランと旅立った。


 一週間程して、テオとディランは帰途につく。

「確認しますよ。貴方の愛する人は誰ですか?」

 テオはすうっと息を吸い込む。

「ルイだ。」

 そう言えるのが嬉しい。頑張った甲斐はあった。

 リボンと小さな紙片が、守ってくれた。

「また嫌われましたけどね。」

 ほっとしたようにディランは冗談を言う。

「っうるさい。」

 言質は取ったが、根本的な解決には至らなかった。

 方法は知らないと言われた。あっけらかんと。

 帰ったら相談しないと。

 手紙はまた来るかもしれない。それまでは止められなかった。


 王子が無事戻ったとエレノアから聞かされた。

「リボンを返してもらいに行くぞ。」

 エレノアから誘われた。逢いに行こうと。

「いえ、もう良いのです。」

 傷つけていたのだ、未だに嫌いと言ったのを憶えていた。

 フレイヤから新しいリボンも貰った。

 もう、会えない。必要もない。


「だ、そうだ。」

「…」

 解ってはいたが落ち込む。

「ま、仕方ないな、嫌われているのでは。」

 真顔で冗談を言われる。

「っ」

 心に刺さる。

「エレノア様、それくらいに、」

 珍しくディランが制する。

「本人も自覚があるんですから。」

 かと思うと追い討ちをかけられる。

 泣きそうだ。


 学年の違うエレノアやフレイヤが四六時中付いている訳にもいかず、事情を知らない者に任せる訳にもいかず、ルイには護衛が付くことになった。

 レオという名の無口な男だ。あまり目立つのも問題なので、生徒と同じ制服姿だ。

「レオ様、お手を煩わせて申し訳ありません。」

 校長室で紹介された後、挨拶をした。

「従者だ、様もさんも要らない。」

 素っ気なく返される。

「では、レオ、よろしくお願いします。」

 言い直すと無言で頷く。少し口元が弛んだように見えたのは気のせいだったか。


「代わろう、問題はないか?」

 授業が終わったエレノアとフレイヤが来た。

 頷くとレオは去る。

 エレノアやフレイヤが居なくなる頃には呼ばずともいつの間にか戻ってくる。

「大丈夫か?」

 ルイには、家の事情で狙われているかもしれない、と両親から手紙を書いて貰った。護衛も両親からだ。

「家の事でご迷惑をお掛けします。」

 そうと信じているルイは申し訳無く謝る。

「ルイは私のものだ、気にするな。」

 それに危険はルイにしか無い。ルイを奪われる訳にはいかない。

 奪われたら王子は逆らえまい。

「ですが…」

「それ以上言うと口を塞ぐぞ。」

 顎をくいっと持ち上げる。

 その腕を何処からか現れたレオが押さえた。

「ちゃんと仕事をしているな、感心感心。」

 笑ってエレノアはルイを離す。

「レオ、大丈夫ですから。」

 鋭い目でエレノアを見るレオにルイは慌てて言う。

 頷くとまた何処かへ去った。

「愛想の無い。」

 エレノアはふとため息を吐いた。

 フレイヤも難しい顔でレオの去った方を見ている。


 王子とルイの間の溝は開いたままだった。

 ルイは狙われているのもあり、前にも増して近付こうとしないし、王子もルイに無関心になったように見える。

 ちょっとあからさまだ、とエレノアは思う。


「嫌いなどと、言わなければ…」

 ぽつりとルイが洩らしたのを聞き逃さない。

「王子の事か?」

 初めて自分から言い出した、ここは聞き出さねば。

「私、男の子でしたら…」

 良かったのに。ルイはまた過去を微笑む。

「?何故だ。」

 不思議な事を言う。

 続く言葉にエレノアは唖然とした。

「はあ?」


「お前たち、付き合っているそうだな。」

 エレノアが渋~い顔でテオとディランを見る。

 テオは飲んでいたものでむせた。ディランが水を渡す。

「っ一体何の話だ。」

「女生徒達の間では有名な話だそうだぞ。」

 自分は初めて聞いたが。

「話を聞くととても筋が通っていた。」

 入学以来女生徒達の誰とも親密にならず、ダンスも踊らず、いつもディランと二人で居る。

「ははは」

 ディランが笑う。

「お前、何かしただろう。」

 その笑いでテオが気付く。

「女避けがしたいと言うことだったので。」

 ちょっとしつこい年上の女生徒数人に俺の王子に近付かないで、と壁に手をついて凄んだだけ。とにこやかに言われる。

 あとは噂が回って余計な手間が減る。

「合理的でしょう?」

 こいつ、と肩を落とす。

 道理でこの間家族に妙に交遊関係について聞かれたわけだ。ついでに早く身を固めろとせっつかれた。

「ルイは責任を感じて、合わせる顔が無いらしい。」

「?」

「自分が嫌いと言った所為かもしれない、と。」

 そことそこが今繋がるか、とテオは机に突っ伏す。

 あの時は解ってはいたが自分自身を見てくれないルイに、ついきつく当たってしまった。

 戦いを前に高揚していた。あの言葉を否定して欲しかった。

 後悔は先に立たないから後悔という。

「反省してる。」

「今さらだな。」

 エレノアにぐっさりと刺される。

「あ、じゃあ俺がルイ様と偽装結婚っていうのは?」

 すっかり離れてしまったルイの気持ちを取り戻すのはなかなか困難だろうし、とディランが冗談半分に提案する。

「通って来れば良いじゃないですか。」

 その言葉にガタンと立ち上がる。

「もう、キレた。」


「え?」

「だから、王太子殿下がお妃様を選ぶんだって。」

 同級生から言われて驚く。

「ルイちゃんも候補になってるんだよ。」

「え?!」

 更に驚く。そんなの、何も聞いてない。

 貼り出された紙には、寮長、副寮長と関係者、あとルイの名前が確かにあった。

 武芸や魔法、頭脳を競い、順位をつけることになる。

 驚くことに、脱落者が居ない限り全員を娶るとある。あまりテオらしくない。

「絶対偽装だよね。」

 こそこそと囁きあう声が聞こえた。

 学内成績的には無難な人選、でも可哀想、でも羨ましい、様々な囁きが渦巻く。

「ルイ、これからは対戦相手だ、よろしくな。」

 呆然と立っていたルイにエレノアが握手をしに来る。

「ですが私は…」

「これは決定事項だ。私もさっき聞いたばかりだが。」

 握手を交わすとぽんぽんと頭を撫でられた。

 フレイヤもやってくる。

「王子、コロス。」

 ルイを抱き締めると宣言する。

 一緒にいたノアがすぐ動こうとする。

「フレイヤ止めろ。」

「ノア、『待て』。」

 ノアがピタッと止まる。フレイヤは不満そうだ。


「ルイの助太刀を頼めるか?」

 エレノアが急にレオに話しかける。

「構わない。」

 レオは割りと簡単に返事をする。

 武芸を競うにあたり、助太刀を一人、付けられることになっていた。

 フレイヤはノア、エレノアにはディランが付くことになっていた。

 もう一人の候補にもその義兄が付くことになっている。

 ルイにはテオを付けたいが、テオも付きたがったが、主宰側でそれは叶わない。

 ルイの護衛なら丁度良い、ということになった。


「あのっ王太子殿下!」

 思い切ってルイは王子に声を掛けた。

「何?」

 呼び止められた王子は不機嫌そうに振り返る。

「っ」

「用が無いなら行くよ。」

 睨まれて怯んでしまい、話し出す前に去られてしまう。

 もう愛想を尽かされてしまったのだ。前は、話すまで待っていてくれたのに。

 まるで別人のように冷たい。

「大丈夫か?」

 立ち尽くしているとレオが声を掛けてくれる。目付きは鋭いが、低めの声は少し優しい。

「何の用だ?」

 代わりに聞いてくれるつもりらしい。

「理由を、伺おうと思ったのです。」

 何故自分が候補なのか、何でそんな、競わせるような事をするのか。

「何か、王太子殿下らしくない、ように思いましたので。」

 訥々と話すのをレオは最後まで黙って聞く。

「切迫詰まってる、ような感じだな。」

 妙に確信めいてレオが言う。

「あと、相応ふさわしいと思ったんだろ。」

 大きな手でぽんぽんと頭を叩く。エレノアのようだ。

「お優しいのですね。」

 慰めてくれたのがわかる。

「警護対象者だからな。」

 それでも無愛想なレオにルイはようやく少し笑った。

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