第3話 舞踏会

「舞踏会、ですか?」

 こくこくとフレイヤが頷く。年に何回か開かれるらしい。今年度は初めてだ。

「ああ、ルイは私とパートナーだ。」

 本来自分たちでパートナーを選ぶのだが、寮長達で打ち合わせを重ねた結果、今回はそういう事になった。

「ルイは男装な?」

 ルイを着飾らせて踊らせるのは危険、という配慮である。

 きっと似合うぞ、悪戯っぽく女王が片目を瞑ってみせた。フレイヤも激しく同意している。

「私もルイと踊る。楽しみ。」

 フレイヤはうっとりと視線をさまよわせる。

「そうと決まればダンスの練習だ。」

 男役の方のダンスを憶えなければならない。


 連れていかれたダンスホールでは、何人かの生徒がすでに練習していた。

 待っていたのはディランだった。

 ディランがフレイヤと組み、踊る。

 それを見ながら、ルイはエレノアとだ。

「少しかかとの高い靴が必要だな。」

 小柄なルイをエレノアがからかう。

「ルイはそれで良いの。」

 フレイヤがぷっと膨れる。

 ディランはくすくす笑っている。


 王子も膨れている。人数が足りている事と、無用な混乱を避けるために置いていかれた。

「良いなぁ、ルイとダンス…」

 心の声が駄々漏れる。

 忍耐を鍛えろと言われたばかりなのに。

「では女装しますか?」

 ルイ様は男装なんですから、そう言われて渋い顔をする。


「もっと胸を張って堂々と」

「女性をリードして動くんですよ。」

 中々に難しい。

 ダンスの申し込み方や、立ち居振舞いなど、憶えることは沢山あった。

 忙しく日々が過ぎていく。


 そして舞踏会の日の夕方となった。

「似合いますか?」

 ルイは衣装を着るとくるっと回って見せる。早速フレイヤが抱きつく。

 今日は男の子らしく髪もシンプルに束ねている。

「ああ、良く似合っている。」

 女王は嬉しそうなルイを見て珍しいなと思う。

 きりっとした男装は、確かにとても良く似合っていた。


 夕闇が迫ってくる。

 豪奢な照明が辺りに光を振り撒く。

 最初に踊るのは王太子と、学校長夫人だ。

 王子はきらびやかな笑顔で堂々と踊り、対する夫人も凛とした姿勢と年齢を感じさせない足捌きで生徒達を魅了する。

 踊り終えると拍手に包まれた。舞踏会の開幕だ。

 ルイはエレノアをエスコートして踊りに加わる。

 二人のダンスに女生徒達から溜め息が漏れる。

 次は待ち受けていたフレイヤと踊る。

 その後は寂しそうな女生徒を誘っては踊る。

 まるで誘うかどうか迷っている男子生徒に発破を掛けているようだ。

 エレノアは思う。やはり男装のせいかいつもと違う気がする。

「楽しそうで何より。」

 踊り終わったところに声を掛けてみる。

「ありがとうございます。楽しいです!」

 息を弾ませてルイは答える。上気した頬が本当に楽しそうだ。

 ふっと会場の明かりが落ちる。

 すると小さな幻の炎がふわふわと浮き上がる。

 僧正寮寮長の幻想的な演出。

 周囲から感嘆のため息が上がる。

 曲が終わるとまた明かりが点いた。

 フレイヤは珍しく僧正寮の寮長と踊ってきたようだ。

「珍しいな。」

 いつも断っていただろう、とエレノアは声をかける。

「ふざけないから。」

 フレイヤはぽつりと呟く。何の事か問おうとするのを手で制した。

「疲れた。帰る。」

 フレイヤはホールを出ていった。

 王子も談笑していたと思っていたらいつの間にか居なくなっている。


 曲目も終わりに近付いてくる。

 エレノアはもう一度ルイに声を掛ける。

「フレイヤの様子を見てきてくれないか?」

 ルイは辺りを見回し、フレイヤの不在に気付いたようだ。

「部屋に戻ってるとは思うが、少し心配でな。」

 少し様子がおかしかったようにも思う。

「分かりました。」

 ルイはすぐに頷く。

「済まない。一緒に戻れば良いのだが、先約があって、な。」

 後ろを見やるとディランがこちらに近付いてくる。

「エレノアは俺がちゃんとお送りしますよ。」

 ルイはほっとしたように二人にお辞儀をして出ていった。

「良い子ですね、本当に。」

 ディランはそう言いながら腕を差し出す。

「だろう?」

 エレノアはその腕に手を掛けた。


 ルイは廊下に出た。ひんやりしていて火照った身体に心地よい。

「!」

 そう思った途端、近くの扉に引き込まれた。

 扉が閉まる。声を上げようとした口を手で塞がれる。

「驚かせてごめん。」

 ルイは目を丸くする。

「あの、あんまり見ないで、欲しい。」

 恥ずかしそうに、そこにいたのは女性にしては肩幅の広い、背の高い人物だった。

「テオ様?どうなさったのです?その格好…」

 呆気にとられてルイは聞く。

 長い髪はかつらだろう。綺麗に化粧をして、ドレスを身に纏っている。ご丁寧にレースの手袋まではめていた。

 さすがといおうか肩幅と背丈以外は美しい女性に見える。

「その、どうしても君と踊りたくて。」

 真っ赤な顔でドレスをぎゅっと握りしめる。

「ふふ」

 思わず笑みがこぼれる。

「ルイ」

 笑わないでよ、と抗議するテオにディラン仕込みの優雅な一礼をする。

「女性に誘われて断るなんて、男がすたりますね。」

 手を差し出す。

「ボクと踊っていただけますか?」

 差し出される手に口付ける仕草をすると、そのまま手を引いて腰に手を添え、踊り出す。

 しかし、足を何度か踏みそうになる。

「ごめん。」

 テオが謝る。女性の足捌きまでは憶えていないらしい。

「じゃあこうしましょうか。」

 言うとテオの肩に手を滑らせる。テオが目を見開く。

 びっくりしたままテオはルイの腰に手を添え、もう一度踊り出す。

 今度は順調に踊れる。男女逆の格好で端から見れば滑稽だろうな、と思う。

 可笑しくなってまたふふ、と微笑う。

 くるくると廻る、廻る、廻る。

 ルイの意識はそこで途切れた。


 気付けば医務室に寝かされていた。

「起きた?起きた!起きた!」

 すぐさまフレイヤに抱きつかれる。

「大丈夫か?」

 額に手を押し当てられる。

「まったく、体調が悪いなら悪いと言わないか。」

 エレノアにもコツンと小突かれた。

「あの?」

 記憶が無い。

「あら、起きたのね?」

 おっとりとした校医の先生がやって来て熱を測る。

「無理はダメよ。」

 どうやら過労気味だったらしい。まったく自覚がない。

「熱も下がったし、もう戻って大丈夫。」


「あ、そうそう、これ。」

 帰り際渡されたのはレースの手袋だった。

「貴女を連れてきてくれた子のなんだけど。」

 慌てていたらしくタオルを手袋ごと濡らしてしまい、乾かしていたのだそうだ。

「見覚え無い子だったのよね…?知り合い?」

 ルイは受け取って微笑む。

「はい、友達です。」

 エレノアとフレイヤが顔を見合わせる。

「そう、なら返してあげてね。」

 校医の先生は優しく微笑んだ。


「友達、とは?」

「え?」

 エレノアの問いにルイは固まる。

「ルイを介抱してくれたのだろう?礼を言わねば。」

 至極真面目な顔で尋ねる。ルイの額にじんわりと汗がにじむ。

「しかし我々より背の高い女生徒など居ただろうか?」

 訝しむエレノアにルイはさらに焦る。

「あの、お礼は自分で伝えますっ」

 紹介など出来るはずがない。

「…何だ、内緒か?なかなかの美人だと聞いたぞ。何だか妬けるな。」

 ルイの頬に手を掛け、唇をなぞる。

「あ、の、」

「隠さず教えなさい、どこの寮の者だ?」

 楽しそうにルイを追い詰める。

「……っ」

 ルイは睨まれた蛙のようになっている。

「ルイ、いじめちゃダメ。」

 見かねたフレイヤが割って入る。

「苛めてなどいないぞ。」

 質問していただけだ。女王はうそぶく。

 ルイは心配していた同級生達が見つけ、囲まれている。


「しかし、友達なぁ。」

 もみくちゃになっているルイを遠目にエレノアは溜め息を吐く。二人の前だからああ言ったのか、それとも本気か、判断がつかない。王子は中々に頑張ったと思うが。

「友達、良いと思う。」

「そうか?」

 あの格好のまま、全然バレないとは大したものだが、医務室までルイを抱えて走ったのだろうに、ちと報われない。

「私も、ノアと友達。」

 意外な事をフレイヤが言い出す。僧正寮の寮長のことだ。

「ほお。」

 素直に驚く。むしろ嫌っている風だったのに。

「だから、友達、良いと思う。」

「そうか、な。」

 フレイヤがそう言うなら、前向きに一歩前進と捉えておくか、と女王は思った。


「しっかりしてください。」

 テオは揺すられてはっと気がつく。

「何が。」

「何がじゃありません。授業終わりましたよ?」

 不思議とちゃんとノートが取れている。本当に不思議だ、とディランは思う。

 自動書記とかだろうか。当てられればすらすらと答える。謎だ。

 その為かディラン以外は気付いていないが、テオは始終呆けている。

 ダンスの夜以来ずっと。

「もうすぐ試験ですよ、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。」

 筆記具を片付けて立ち上がる。ふと窓の外を見るとちょうど眼下をルイが同級生と歩いている。持ちあげたはずの筆記具が机の上に落ちていく。

「成績が落ちたら、ルイ様はどう思われるでしょうねぇ。」

 釘付けになっているその背に向けて声を投げつける。

 振り返って睨まれた。

「帰って勉強する。」

 むすっとして窓から離れた。


 舞踏会後は試験勉強一色になる。

 あちこちで問題を出し合ったり、教え合う姿が見られる。

 ルイは姉様達にみっちり教え込まれているらしい。

 テオは部屋に籠りきりで勉強している。

 成績発表の後は長期休暇になる。

 文献を調べているテオにディランが声を掛ける。

「少し帰省が遅れても問題無いですか?」

「ああ、行事ごとはもっと後になるだろうから問題は無いが…。」

「ですよね。」

 早く帰ったって窮屈なだけ、とは思うものの何か考えを巡らせているようなディランを見やる。

「また何か企んでないか?」

 胡乱気うろんげな視線を送る。

「おや、人聞きの悪い。」

 ディランはにっこりと微笑んだ。


 滞りなく試験は終わり、テオは首席を守った。

 ルイも姉様方の指導の賜物で、なかなかの順位だった。

 成績が貼り出される中、皆は帰省の途につく。

 学校も寮も人少なになった。

「暇だな。」

 帰省する日になっても、何のために遅らせたのか、未だ明らかにされないままで、テオは不満を込めて言う。

「暇なら温室にでも行かれては?」

 バラがちょうど見頃ですよ。何か片付けものをしながらディランが素っ気なく言う。

 暇ならとっとと行ってこい、と暗に言われてしぶしぶ部屋を出た。

 寮の扉を開けた所でこちらに向かって歩いてくるルイを見つけた。

 一旦扉を閉めて身だしなみを整える。

 何でルイが、しかも一人で。

 はっとして外へ出て振り返る。

 窓からディランがにんまりと見下ろしている。

 またはかられた。いや、それはもう良い。

 せめて事前に教えてくれ。

「おはよう、良い天気だね。」

「おはようございます、テオ様。」

 気を取り直して声を掛けると、ルイはふわりとお辞儀をした。今日も可愛い。

「ルイも今日帰るのかな?」

 今日はルイも私服だ。私服も可愛い。

「はい、エレノア御姉様達とご一緒させていただきます。」

 少し周りを、特に後ろを気にしているように見える。今のところ誰も見えない。

「温室のバラが見頃だそうだ、少し時間をもらえるかな?」

「はい、ご一緒します。」

 逆方向に誘うと、素直についてくる。可愛い。

「並んで歩こう。」

「…はい。」

 後ろに付き従うルイに腕を差し出す。

 かなり躊躇ためらいがちにだが、手を掛けてくれた。本当に可愛い。


 バラは確かに見頃だった。

 アーチをくぐって、奥へと向かう。

「あの、この間はありがとうございました。」

 人の来ないであろう辺りに着くと、ルイはテオに向き合い、お礼を言う。

「これ、お礼に、宜しければ受け取っていただけますか?」

 小さな籠を差し出す。焼き菓子が詰まっていた。

「作ったの?嬉しいな、ありがとう。」

 久しぶりのルイの焼き菓子。喜んで受け取る。受け取るが、

「いや、こちらこそ無理をさせて済まなかった。」

 もっとちゃんとルイを見ていれば良かった。舞い上がっていた。

 倒れるまで気付かない程。

「無理は、しておりません。」

 本当に、自覚も無かった。それに

「楽しかったです。」

 微笑む。その顔を見てテオは不安を覚える。

 ルイは綺麗に畳んでリボンで纏めた手袋を取り出す。

「そうでした、こちら、お返しいたします。」

 預かりましたので、とテオに差し出す。

「ありがとう」

 少し複雑な顔で受け取る。

手袋それが無ければ、夢と思っておりました。」

 また微笑む。綺麗な顔で。

「やっぱり、これ、君が持ってて。」

 夢なんかにされたくない。微笑んで踊ってくれた。自分は気付けば何度もあの時を反芻しているのに。

「いえ、受け取れません。」

 平坦な声で拒まれる。激情に駆られそうになる。落ち着け。

「僕を、過去にしないでくれ。」

 いつも思い出を見るように微笑んで。

「僕は今ここにいるんだから。」

 君と今を共に生きたい。それはまだ言えない。

「…できません。」

 ルイは感情の無い声で答える。表情の無い顔からいつの間にかぽたぽたと落ちる涙。

「私は……様を愛しています。……様のものです。」

 その表情かおは最近見た。その表情かおは!

「ルイ!」

 肩を掴んで揺さぶる。ルイの表情は変わらない。

「…できません。」

 同じ言葉を繰り返すルイの、冷たい手を握った。目を合わせようと、顔を近付ける。

「はぁ~い、そこまでぇ」

 陽気な声が降ってくる。とん、とその指が触れたか思うとルイは倒れこんだ。

「重ぉ~いぃ」

 その人物はルイを抱き止めて文句を言う。

「何をした!」

 ルイを奪い返すとテオはその人物を睨み付ける。

「えぇ~、眠らせただけだよぉ、危ないからぁ」

 面白ぉい怒ってるぅとへらへらと笑う。

「我ならいつもだからって言われたぁ」

 ひどいよねぇ、と笑う。

「口付けようとしたぁ?それともせ」

「してない!」

「口付けで解けるのはぁお伽噺だよねぇ」

「だからしてない!」

 断じてしてない。ちょっと考えたのは否定できないけど。

「あそぅお?良かったねぇ、壊れちゃうよぉ」

 不穏なことを言う。さらに嗤う。

「あぁ壊しても自分のにしたかったぁ?」

 わかるぅ。へらへら笑う僧正寮寮長、殴りたいのを何とか堪える。

「絶対しない。」

 ぎりぎりと歯を噛みしめ、怒鳴らないようにする。

「何をした!王子!」

 そこに現れた怒れる女王にルイを奪われた。気を失い涙の跡の残るルイを抱きしめていた。

 説明し辛い状況だ。

「口付けて壊そうとしたぁ」

「ノア。」

 ぺいっとフレイヤに叩かれる。

「痛いぃ」

 大袈裟にしゃがみこむ。

「ちゃんと見張ってたのにぃひどいひどいぃ」

「ノア、黙って。」

 黙った。

「何も、していない。」

 話していた、だけだ。

「ノア、説明、ちゃんと。」

 フレイヤが言うとノアは立ち上がる。

 その説明を聞いた皆が顔色を変えた。


 気付けば馬車に揺られていた。エレノアの膝枕で。

「っすみません!」

 また倒れたのだ、きっと。ルイは慌てて身を起こして謝る。

「良い、じっとしていろ。」

 また寝かされた。フレイヤもルイの手を握って頷く。

「王子が見つけて保護したそうだ。」

 倒れてる君を。と頭を撫でられる。

「それは、ご迷惑をおかけしました。」

 仕方なく横になったまま話す。また迷惑を掛けてしまった。

「どこも痛くないか?」

「はい、大丈夫です。」

 頭をあちこち触られる。フレイヤも頭を撫でる。

「何があった?友達に会いに行ったのではなかったのか?」

「はい。お礼をお伝えして、お別れして、後は、憶えておりません…」

 最後は消え入るような声で言う。嘘を吐くのは苦手だ。

 エレノアとフレイヤが目を合わせる。

「そうか、ルイはもう少し体力をつけるべきだな。」

 休み明けは特別訓練だ。そう言い渡された。


 一方こちらの馬車。

「ふふ、ふふふふふ…」

 一見ご機嫌に見えるテオ。

「や、怖いのでやめていただけますか?」

 あとその計画書もこちらで処分しますね。と何かぶつぶつ呟きながら作成していた書類を取り上げる。

「返してくれる?」

 にこぉっと笑う。口調が何時もと違って気持ち悪いとディランは思う。

「ダメです。」

 折り畳んで懐に仕舞う。本当は目の前で破きたい。

「僕は今とても機嫌が悪いんだよ?」

 解っているよね?と微笑む。

「それはもちろん解っておりますとも」

 ディランで無ければ震え上がる程の微笑だ。

 ああ、この微笑、見たことがある。王太子就任が決まった時だ。

 全く、ルイが絡むと。

「しかし、暗殺か戦争かの二択はお止めください。」

 そしてまあまあ実現可能な緻密な計画書を作るのもやめて欲しい。

「何で?出来るだろう?」

 微笑みが深くなる。大天使というよりは堕天使の笑みだ。

 あの時、年若き王太子に挨拶に来た面々に、侮るなかれと叩き込んだ笑み。

「出来る出来ないではありません」

 ディランは怯まない。

「少し落ち着いてください。それをしたとして、ルイ様が喜ぶとでも?」

 『ルイ様』を強調する。ぴくり、と反応する。

「ルイ様にとっては、大切な方なんですよ」

 こんなものかな、とディランは思う。テオだって解ってる。止めて欲しいだけだろう。

 怒りを鎮める為の儀式のようなものだ。

「…解ってる。こんなの私怨だ。」

 ふぅっと息を吐き、両手で顔を覆う。

「本当にはやらないよ」

 ルイを悲しませるようなこと。

「それは何よりです。」

 それにしては計画に具体性がありすぎるが。

「…、本当に、諦めるという選択肢はないんですか?」

 客観的に見て一番簡単な選択だと思いますが。至極冷静に尋ねる。

「ルイ様は特別ではないかもしれませんよ」

 ルイの特性が特別ではない可能性を上げる。それが確かなら、ルイは特別な訳ではない。

「それは、そうかもしれない」

 ルイを特別と思っているからこその執着ならば、根底から覆る。

 諦めるなら、この時機だろう。

「でも、それがどうした」

 そんなもの切っ掛けに過ぎない。自分にとってもうルイはルイで、世界に一人しかいない。

「諦めるなんて、一番高難度だ。」

 それにこの件を片付けて、もしルイの特性が失くなったら。

「もう結婚するしかない。」

 婚姻の誓約書だって何だって書かせられる。

「結婚さえしてしまえば」

 もうルイにだって触れ放題だ。触れ…。

 何を思ったのか耳まで朱くなる。

「…、安心しました。」

 ディランが何とも言えない顔で微笑んでいる。ちょっと強めの言葉でこちらを慌てさせる腹が自爆したな、と背景に書いてある。

「…今、何かもの凄く侮られた気がするんだが。」

 朱い顔のままディランを睨み付ける。

「そんなことありませんよ。」

 気づきましたか、と同意義で答える。

 あるじがどうあっても諦めないのなら、計画を練らなければ。

 目指すは奪還。あの場で聞いた皆の願いだ。

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