大・ハード

鳥取の人

大・ハード

 テロ集団がパーティ会場に突入したとき、阿部はトイレでウンコと向き合っていた。

「……流れないッ!」

 肛門がヒリヒリする。ウンコはデカく、その上とてつもなく硬い。丸めたトイレットペーパーで押したり崩したりできないかと試みたが、1週間の便秘の帰結はビクともしなかった。海面上に屹立する奇岩のように、便器の中に居座っている。

 もう何度目か分からないが、彼は「流す」のボタンを押した。今度も流れまい、という苦い予感と共に。


 ウンクオ社創立記念日のパーティには社員全員が出席していた。今、ウンクオ社ビルの大ホールに集まった社員・役員たちは、武装したテロ集団に囲まれ、口を閉ざして席についている。

「これで全員か?」リーダー格の男が、人質を数え終わった部下に尋ねる。

「それが……1人足りないようで……」

 リーダーは拳銃を天井に向けて発砲した。震え上がる人質たちに、澄ました調子で問う。

「会場の外に出て戻ってない客がいるようだが…………。教えて貰えないかな?」

 張り詰めた沈黙。男は社長の頭に銃を突きつけ、先程とは打って変わった様子で怒鳴る。

「何も言わねぇなら1人づつドタマぶち抜いてやろうか!」

 即座に1人の社員の手が上がる。リーダーが銃を向けた。

「あ、阿部って男で、ト、トイレに行ったきりまだ帰ってません」

「確かだな?」

「は、はい。あのドアを出て真っ直ぐ行った先のトイレのはずで…………あっ、でも、トイレは済んでてもういないかも……」

 テロリストの親玉は、野性的な髭を生やした部下に命令した。

「S、行ってこい」

 Sと呼ばれた男はサブマシンガンの安全装置を外し、トイレに足を向けた。


「どうして……どうして流れない……」

 個室から野太い声が漏れ聞こえる。

 Sが声をかけた。

「用が済んだらさっさと出てこい。ホールに戻れ。我々はこのビルを占拠した」

「少し待ってくれ。今ちょっと………………ん?我々?占拠?何の話だ?誰です?」

「我々はこのビルを占拠した。我々は武装している。これ以上の説明はしない。とにかく用を足したらさっさと出てこい」

「よく分からないが、その、少し待ってくれないか」

「ウンコ出すのにそんなに時間がかかるのか?」

「いや、その、なんというか」

「ハッキリしろ。撃っちまうぞ」

 阿部はついに観念した。

「…………………………ウ、ウンコが」

「……ウンコが?」

「ウンコが、流れないッ!」

「…………………………は?」

「ウンコが流れないんだ!どうしても!」

 Sが激昂した。

「……そんなことどうでもいい!ほっといて出てこい!」

「で、でも、ウンコは、流さなくちゃあ!」

「オイ撃ち殺すぞ!」

「アンタにだって無いか?トイレで困ったことが!」

 一瞬、Sの脳裏に暗い記憶がよぎる。

 小学一年生のとき。学校のトイレで用を足すも、ウンコが流れず、先生に泣きついたのだ。それから1年ほどの間、彼は「ウンコマン」だった。

「…………そうだな。ウンコは、流さなくちゃあな」

「分かってくれたか!しかし、このウンコ、デカい上に硬すぎて、どうにも……」

「銃を貸してやる。コイツで撃って砕けば流れるだろ」

「ありがとう!」

 ドアの上を通してサブマシンガンを渡す。

 阿部はウンコに銃口を向け、引き金を引いた。トイレに銃声が響き渡る。

 撃ち尽くしてみると、便器にいくらか穴が空き、ウンコは───

 ウンコは、依然としてそこに鎮座ましましていた。代わりに、ウンコに弾かれた弾丸が天井に穴を空けている。

「どうした?流れそうか?」

「……ダメだ。歯が立たない」

「なんだと?チクショウ!銃でも倒せないなんて!」

 そのとき、テロリストがもう1人、トイレに入って来た。


「お前がなかなか戻らないから様子を見に行けって言われてな。何があったんだ?さっきの音は?」

「Tか。この中の奴、ウンコが流れなくて困ってるんだ。硬すぎるみたいで」

「ウンコ?何言ってるんだ?」

 阿部が自ら説明する。「ウンコが硬すぎて流れないんだ。銃でも撃ってもダメだった」

「銃を渡したのか!?この中の男に!?」

「落ち着いてくれ。お前もトイレで困ったこと無いか?」Sが諭す。

 Tはハッとした。まだカタギの世界に生きていた頃、彼女の実家に挨拶に訪れたことがある。そこで急に腹が痛くなり、トイレを借りた。ところがこのウンコが流れず、彼女の両親に怒られ、彼女からは「トイレにウンコを詰まらせるような人とは付き合えない」と言われて破局したのだった。

「…………そうだな。ウンコは流さないとな。よし、コレを使え」

 ドアの上を通して手榴弾を渡した。

「ありがとう!」

 阿部はピンを抜き、手榴弾を便器に投げ入れ、瞬時にかがみ込む。炸裂音がトイレにこだまする。

 再び便器を覗き込むと、そこには───

 そこには変わらぬ姿のウンコがあった。

「いけたか?」SとTが同時に訊く。

「いや、ダメだ……。ビクともしない……」その声は悲痛な響きを帯びていた。

 Tが頭を抱える。「手榴弾でもダメだなんて……」

 そこへまた別のテロリストが入って来た。


 人質たちは、一人一人どこかへ消えていくテロ集団を不思議そうに眺めていた。

 1人も戻ってこない。ついに最後に残ったリーダーが様子を見に出て行き、人質だけが残された。

 最初に立ち上がったのは、冴えない万年ヒラ社員だった。他の者もそれに続く。やがてビルから全ての人質が脱出した。


 機動隊がトイレに突入したのは、アサルトライフルを撃ち尽くしてウンコがバラバラになった直後だった。

 ウンコが流れ、阿部が歓喜の涙を流し、テロリストたちが快哉を叫び、機動隊がトイレに踏み込んだ。


 ウンクオ社ビル占拠事件は翌日の新聞の大見出しを飾った。

 テロリスト一派は全員逮捕され、人質は全員無事に脱出。

 以下はウンコロ新聞の取材に答えて阿部が語ったものである。


『あの人たちは確かに悪いことをしました。しかし彼らはウンコを流すのを手伝ってくれたのです。そんなに悪い人たちではないと思います。どうか水に流してやってくれませんか』

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大・ハード 鳥取の人 @goodoldtottori

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