十月一日 1028~1057

海は青い空を映し輝き、白い雲は秋風に流されていく。役目を終えた本体との【縁】が切れてしまったので、仕方なくFバースの隅っこに出れば、ちょうど曳船(えいせん)98号がペンキとローラーを持った乗員を載せてやって来たところだった。

「ギリギリ間に合ったな」

兄がほっとしたように笑い曳船を見つめる。曳船は元ながしまの艦尾につくと、ローラーで白い文字を消し始めた。

「あ、俺から消すんだ」

「近い順か?」

「多分ね」

今までは綺麗にするために塗っていたペンキが、艇が自分であった証を消していく。そしてペンキを塗ってもらえるのはこれが最後なのだ。

「死化粧みたいだ」

そう呟けば兄がきゅっと俺の制服の袖をつまんだ。幼児なような仕草は何となくもっと上の兄、前哉を彷彿させた。その間にも作業は進み、曳船は左舷の番号を消し始めた。曳船の甲板には丁寧に布が敷かれている。

「消え始めると早いな」

バースからも消していたが、どうもローラーが短かったらしく諦めたようだ。左舷を消し終わった曳船が器用に右舷とバースの隙間に入り、残りを消していく。

「やっぱり三十分はかからないな」

「あ、弓ちゃんところ行くみたいだよ」

「この前、久ちゃんの番号消すの見たばっかりなのにな」

「二年……二年半くらいかな。早かったね」

元ながしまと同じように元ゆげしまの艦尾に曳船がつき、同じように艦名が消されていく。

「久ちゃんの時もYT‐98が消してくれたんだっけ?」

「久ちゃんは91じゃなかったっけ?」

「二年半あれば忘れるもんだね」

「そうだな」

除籍は見られなかった分と思い元くめじまの番号を消すところを見届けたのは自分のはずなのに、なぜか兄の方がしっかりと覚えているようだ。曳船は元ゆげしまの左舷に移動する。みるみるうちに消されていく番号を兄と並んで見る。この日が来ることは生まれた時から知っていた。この日に来るまでに同じように消される番号を幾度も見た。それでも。

「不思議だな」

「本当にな」


今日は来たるべくして来た今日。


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