七月二十四日
昨日は雨だった。しかし海の日でもあった。灰色の空にそれぞれの艦艇が飾った五色の旗は呉の港に華やかな彩を与え、見る人を楽しませた。俺と弟、長哉にとっても最期の満艦飾は確かに感慨深いものであった。日没までは……。日が山の向こうに沈みゆく中、ラッパ君が代を聞きながら全ての旗を取り込んで外して、雨に濡れた旗を干す場所が必要だった。そして選ばれたのが、狭苦しい艦橋の中だった。
「まだ湿ってる」
昨夜から干しっぱなしで、もうお昼も過ぎたというのに艦橋の中は未だに満艦飾の真っ最中だ。その中の『3』の旗をつまみ少し揺らすと狭い艦橋の中で湿った空気が動く。艇長の席に座って寛ごうにもこうも湿っていては座る気にもなれない。ふと前を見れば旋回窓の向こう、雨に滲んだ呉総監が見える。この特等席からあの赤レンガが見られるのもあと一週間とちょっとだ。再来週の月曜日には三年間もやいをかけたこのバースを離れて、Fバースへと移動するのだ。そうして最低限の物を残し、使える全ての物を他の艦艇に譲ったり付け替えたりする。
「カビさせたら悪いもんな」
パンパンと旗を叩くと俺が触ってついた皺が少し伸びる。誰もいない艦橋に響く湿った布の音。それがとてつもなく寂しく感じられた。
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