七月十三日 1258~1316

 雨の降る中、深い緑の雨衣に赤ヘルメットという、変ちくりんなカエルのような乗員が忙しなく甲板を行き来する。

「晴れてくれたら良かったのに」

雨に打たれながら測距儀(そっきょぎ)のダイヤルをイタズラに回せば、航海員は迷惑そうに俺のことを見たが気にしないことにしよう。機関が独特の唸り声をあげ回る。すぐ隣の艇の艦橋を見れば弓哉がヒラヒラと手を振る。それに軽く振り返せばほんの少しさみしさが胸の底をついた。煙突から出る黒い煙が雨に紛れ、灰色の空に溶けて見えなくなったその時、自慢のラッパが高らかに鳴り響いた。

「出港よーい」

独特の節のついた号令が艦橋から末端に伝わる。二十余年、人や癖は変わりつつも聞き続けた艦乗りの歌だ。艇はゆっくりと岸壁を離れ、たった二十分の短い航海が始まる。港内の波は相変わらず穏やかで老体に優しい仕様だ。すぐに目的地であるF1バース、そして、そこまでの距離を知らせる艦乗りの歌が再び艦橋に届く。もうすぐ、俺の航海が終わろうとしている。

「楽しかったなあ」

 

雨と罐(かま)の音、そして艦乗りの歌。これが【掃海管制艇ながしま】の最期の航海だった。


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